• 木田 厚瑞 医師

No.110 COPDの発症には肺の発達、成長が関係する


2020年9月29日

 私は、若いころ、「肺の成長と発育」というテーマに取り組んでいました。COPD (慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎) の病理学的な研究に興味をもち、その頃、先端的な研究に取り組んでいたWilliam Thurlbeck 教授(1930-1995年)の下で教えをうけたいと思っていました。たまたま、New England Journal Medicine という医学雑誌に研究者を求むという小さな広告記事を目にして応募したところ思いがけなく採用となり、カナダ、Winnipeg市にあるUniversity of Manitoba で研究生活を過ごしました。母校、金沢大学で大学院生として電子顕微鏡を使って実験的な間質性肺炎の研究を行っていたキャリアーを買われたらしいのです。長くカナダに滞在できるからという恩師のアドバイスで研究者用のビザではなく家族中が移民として過ごしました。2年半の滞在でした。

 研究室に着任し、先生からCOPDの詳しい理論や問題点を聞き、与えられたテーマはなんと「肺の成長と発育」でした。COPDは、高齢者に多い病気です。それと真逆ともいえるような研究を勧められたのです。しかし、このテーマを戴いたおかげで、COPDが発育、成長と密接に関係していることを初めて知りました。ここ数年間でCOPDが胎児期、幼児期の成長過程と密接に関係していることが判明し、COPDの国際的ガイドライン、GOLD(ゴールド)にも記載されています。

 さらにCOPDだけでなく他の多くの呼吸器疾患が成長期に大きな影響を受けることが知られ始めています。

 ここで紹介する論文は、成長発育という視点からCOPDに関わる遺伝子を特定しようとした論文です。COPDは肺機能の検査結果で定義されている病気です。従って、まず、COPDで変化する肺機能の変数に関わる遺伝子を決める必要がありますが多くの候補遺伝子の中で絞り込みに成功したという論文です[1]。



Q.成人の病気は胎児期にすでに問題があるという仮説の根拠は?


・2011年、Hanson らは、成人にみられる多くの病気が胎児期に始まるという学説を発表した(Developmental Origins of Health and Disease hypothesis)。成人の病気には胎児期、生後、幼少時の環境要因、発達段階などが影響するという仮説である。この仮説に基づき著者たちは研究を進めた。



Q.この研究の方法は?


・英国、バイオバンクで保存しているデータで肺機能検査と遺伝子の関係を調べた。

・平均年齢56歳(39-70歳)の約35万人分。肺機能を実施し、遺伝子解析を実施した。

・計391個の候補遺伝子(変異数は106,384個)を選別。

・肺機能検査の変数のうちFVCとFEV1/FVCを選択。前者は努力性肺活量。後者は一秒量と努力性肺活量の比でCOPDの診断基準を示す。




Q.研究結果は?


・36個の遺伝子が候補。FVCに関係する遺伝子は16個。FEV1/FVCに関与する遺伝子は19個。1個は両者に関係。

・他の10万人以上のデータを蓄積してある他のデータにおいて再現性があるかどうかを調べた。16個の遺伝子の再現性を確認した。

・16個の遺伝子の生物学作用を確認した。成長因子、転写に関わる因子、細胞間の接着/細胞の骨格関わる因子、細胞間マトリックスに関わるものであることが判明した。

・16個の遺伝子はFVC, FEV1/FVCの変化を説明できる生物学作用に関係していた。



Q.何が判明したか?


・COPDは多彩な種類があり、リスク因子や併存症に関わる遺伝子が関わってくるが本研究では、肺機能での変数に限ったことで結論が明瞭になった。

・FVCに関わる遺伝子とFEV1/FVCの比に関わる遺伝子は別個だった。FVCの低下は肺のサイズが小さいことを意味する。

・FVCが年齢補正しても小さいことは呼吸器疾患にかかりやすく、死亡率が高いことが判明している。

・発達段階を経て肺機能が一様に変化するのではなくおそらく多様性がある。

・成人では年齢と共にFEV1が低下していく人たちがCOPDを発症しやすい。これは従来の先行研究と一致している。

・成人になって低下するよりも肺の成長発育段階での問題が成人のCOPDの発症に影響を与える。それには成長発育期に完成する肺の基本構造、すなわち気管支と肺胞の形成に関わっている。

・次に解明するべきは成人になって低下しやすい人たちの遺伝子を確認することであろう。

 すなわちタバコの影響を受ける人と受けない人の区別を明らかにすることが必要である。

・16個の遺伝子の生物学作用は成長因子、転写に関わる因子、細胞間の接着/細胞の骨格関わる因子、細胞間マトリックスに関わるが細胞外マトリックスに関わる遺伝子として知られるエラスチンの合成に関わる遺伝子が含まれていた。これはCOPD, 喘息、間質性肺炎の病態深く関わり治療の上でのターゲットとなる可能性がある。



Q.この論文のまとめは?


この論文を解説した論文[2]に、以下のような図が掲載されている。まとめの図である。

成人の肺の模式図(左)と肺機能が年齢と共にどのように変化するかを示している。グラフはフロー・ボリューム曲線。正常と比較して閉塞ではカーブが小さくなっている。周囲に配置してある図は、発育の過程で気管支は最初は1本の枝であるが分岐を重ね気管支が次第に完成していく様子を示している。



出典:Mele´ E. et al. On genetics, lung developmental biology, and adult lung function

Originally Published in Press as DOI: 10.1164/rccm.202006-2123ED on July

7, 2020より一部改変

胎児初期の発育段階で、肺と腸は同じ内胚葉から発達します。つまり、肺と腸のルーツは同じということです。実際、前首相を苦しめた潰瘍性大腸炎には、多種の呼吸器系の合併症がみられることが知られています。私がいま、診ている呼吸器疾患の患者さんのなかにも潰瘍性大腸炎で、喘息やCOPDが併存している人がいます。消化器の病気と呼吸器の病気が密接に関係していることを示すものですがこれは発生学にかかわるできごとです。

ところで私が恩師のアドバイスで行った研究の一つは、幼若ラットに先の論文で記載されているエラスチンを実験的に作られないようにし、その結果、成熟後に肺気腫ができることを明らかにせよ、というものでした[3]。そのころ、ある種の牧草を食べた競馬が肺気腫になり使えなくなったという論文からヒントを得て、βアミノ・プロピオニトリールという化学物資を知り、実験的に肺気腫を作成しました。この物質はエラスチンの成熟を抑える働きがあります。この方法は、当時は数少ない、実験的に肺気腫を作成する新しい方法となりました。

COPDの成立機序に関わる遺伝子を明らかにした本論文は私にとっても印象深いものとなりました。




参考文献:

1. Portas L. et al. Lung development genes and adult lung function.

Am J Respir Crit Care Med Vol 202, Iss 6, pp 853–865, Sep 15, 2020

Originally Published in Press as DOI: 10.1164/rccm.201912-2338OC on May 11, 2020

2. Mele´ E. et al. On genetics, lung developmental biology, and adult lung function

Originally Published in Press as DOI: 10.1164/rccm.202006-2123ED on July

7, 2020

3.Kida K. The effects of beta-aminopropionitrile on the growing rat lung.

Am J Patho. 1980 Dec;101(3):693-710.


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