• 木田 厚瑞 医師

No.113 免疫能が著しく低下した新型コロナウィルス感染症の治癒症例


2020年10月20日

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は、癌で化学療法を実施中の場合や、免疫能が低下した高齢者では重症化しやすいと恐れられています。恐らく、抗がん剤の治療や、関節リウマチなどの病気で免疫療法を受けて方は心細く思っているのではないでしょうか。最近の報道では治療が必要な人の2割が受診控えをしていると報道されています(令和2年10月12日)。

 米国、ハーバード大学の付属病院では、定期的に詳しい症例検討会を行っており、その内容が毎号のNew England Journal of Medicine に掲載されています。ここで報告されている症例は免疫能が著しく低下し、重症であるにも関わらず治療により救命できた方です。

 COVID-19の猛威は続いていますが、治療法も最近は格段に進歩していると思えます。

 COVID-19に関する現在までの知見を分かりやすく説明しているのもこの論文の特徴です[1]。




Q.どのような患者か?


・66歳男性。アルコール中毒で重度の肝障害を起こし、22カ月前に肝臓移植を実施していた。

 入院する2日前より悪寒、発熱、全身の筋肉痛あり。また、咳、強い吐き気があり受診、入院となった。その当日、同居している妹がCOVID-19と診断された。


・入院時、軽度の息切れあったが苦しそうには見えなかった。37.8 ℃、脈拍は125、呼吸数は18。空気呼吸の状態で酸素飽和度は97% (正常)。


・患者は、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、末梢神経障害、慢性腎機能障害、B型慢性肝炎でアルコール中毒。肝移植を行うため摘出した肝臓には肝細胞癌が見られた。


・BMI(体重/身長2)=32.1、高度の肥満。


・入院時 酸素飽和度は88% (低下)。


・COVID-19のPCR検査が陽性と判明。次の2日間は、39.2℃、悪寒戦慄、筋肉痛、吐き気、咳、呼吸困難。頭痛、下痢、嘔吐反復。入院直後の酸素飽和度は 90%(低下)。


・酸素吸入は6L/分。血清IL-6値は24.6 pg/ml (正常値は1.8以下)


・入院時の検査の異常値:リンパ球減少。D ダイマー高値。フェリチン高値。CRP高値。トロポニンT高値、IL-6 高値などの検査結果より、COVID-19感染で高度のリンパ球減少、血液凝固能の亢進(血栓形成)、高度の炎症で心筋傷害あり、サイトカイン・ストーム状態と診断された。



Q.COVID-19はどのように悪化したか?


・第1段階:この患者は臓器移植後であるがCOVID-19の症状は軽症だった。

・第2段階:ウィルス増殖に伴い自然免疫、獲得免疫反応が亢進。それと並行してウィルス増殖に伴う肺の細胞傷害が進行した。



Q.この患者はどのような経過だったか?


・人工呼吸器を装着したが、経過中に緑膿菌による肺炎を合併した。しかし、治療により入院24日目に人工呼吸器離脱。

・入院26日目に血液検査で肝機能障害が高度となった。これは臓器移植後の拒否反応と判明。免疫抑制剤を投与して改善した。

・その後は徐々に回復し34日目に退院した。



Q.この患者でみられたリスク状態は?


・一般的に臓器移植後にCOVID-19罹患し、その症状がある場合の死亡率は10-28%。

気管内挿管が必要となり人工呼吸器装着では死亡率は52-75%に上昇する。

➡ 上記は免疫能が著しく抑制されることに加え、さらに併存症によりリスクが上昇する。

その併存症とは、この患者の場合には、高齢、肥満、糖尿病、心血管疾患、腎機能傷害がある。

➡ しかし、実際に免疫能が低下しているかどうかを明確に判断する具体的な検査法はない


・この患者では気管内挿管後に血液中のプロカルチトニン、フェリチンの上昇が見られたがこれは人工呼吸器装着に伴う細菌性肺炎によるものである。


・この患者では、インターロイキン-6受容体阻害薬サリルマブの治験投与が行われたが実薬かどうかが不明であり効果判定はできていない。



図1 免疫能が著しく低下した臓器移植後でCOVID-19の経過


出典:1.Jay A Fishman. et all. Case 29-2020: A 66-Year-Old Man with Fever and Shortness of Breath after Liver Transplantation. N Engl J Med. 2020 Sep 17;383(12):1168-1180.

doi: 10.1056/NEJMcpc2004982.より一部改変


ARDS:急性呼吸窮迫症候群

新型コロナウィルス感染後にウィルスは肺内の呼吸上皮細胞の中で増殖。増殖したウィルスは血流にのり全身に放散される。次いで、アンギオテンシン変換酵素 2の受容体を持つ臓器に感染し、傷害を引き起こす。


図2 新型コロナウィルス感染症による身体兆候と症状

出典:1.Jay A Fishman. et all. Case 29-2020: A 66-Year-Old Man with Fever and Shortness of Breath after Liver Transplantation. N Engl J Med. 2020 Sep 17;383(12):1168-1180.

doi: 10.1056/NEJMcpc2004982.より一部改変


 新型コロナウィルス感染症は、図2に示したように全身の臓器に複雑な炎症反応、免疫反応を起こすウィルス感染症です。その臨床経過を分かりやすく図1で解説しています。

 この患者さんの経過は複雑で、COVID-19の感染前にすでに重症でした。恐らく、多年にわたる多量の飲酒習慣で重症の肝障害を発症。これに対し、肝移植が行われました。

 臓器移植を行った後にCOVID-19に感染。臓器移植後に必要な免疫抑制剤やステロイドホルモン薬の投与はかえってCOVID-19で引き起こされた免疫異常や高度の炎症所見は抑え込む効果があったのではないかと推察しています。これらのことは、癌の化学療法や、膠原病などで長期にわたり副腎皮質ホルモンの投与を受けている人では、考え方は複雑ですが、COVID-19の経過では、かえってプラスになることがあることを示唆するものです。自分だけで悩むことは止め、悩んでいる理由を相談しましょう。名案が見つかる可能性があります。



参考文献:


1.Jay A Fishman. et all. Case 29-2020: A 66-Year-Old Man with Fever and Shortness of Breath after Liver Transplantation. N Engl J Med. 2020 Sep 17;383(12):1168-1180.

doi: 10.1056/NEJMcpc2004982.


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