2020年11月30日
「息切れ」は呼吸困難とも呼ばれます。脳で感知しますが、その詳しいメカニズムが判明したのは近代になってからのことです。Proctorは、ジョンス・ホプキンズ大学の耳鼻科の教授でしたが「呼吸困難」の研究の歴史に興味を持ち、晩年に、「呼吸生理学の歴史」[1]という400ページ近い本を編集しています。
「なぜ、呼吸するのか、何のために呼吸するのか」、という問いから始め、呼吸困難という症状が、古代ギリシャ、イスラム医学、イタリア医学、ルネサンス初期まで綿々と受け継がれた命題として、どのように研究されてきたかを解説しています。血液が連続的に体中を流れ、これが肺を通じて呼吸すること、さらに呼吸困難とどのようにつながるのかは医師だけでなく生理学者、物理学者の興味を惹く課題でした。呼吸困難の機序解明のきっかけは「大気圧」という現象を発見したガリレオの弟子、トリチェリ(1608-1645年)であると結論しています。彼の業績は気圧をTorrという単位で示すことで現在まで伝えられています。
息切れがなぜ起こるかの研究は、19世紀になり、Miescher-Ruschが、ヒトにわずか1%だけ二酸化炭素(CO2)の濃度が高い空気を吸わせると大きな呼吸をするようになることを発見(換気量の増加)、続いて他の実験では酸素が3%低下しても換気量は増えないがCO2 の濃度が1%増加すると、換気量が増加する現象を発見。Proctorは、あまり知られていないこの研究成果こそが今日に続く呼吸困難を起こす科学的研究のスタートとなったと高く評価しています[1]。
「呼吸が苦しい」という理由で受診する患者さんを私は、たくさん診ていますが、ときに患者さんの苦しいという訴えを該当する医学用語に置き換えることが難しいと思うことがあります。Mahlerは、呼吸困難という感覚を数値化して分かりやすくしようとした研究者です。この成果は、現在でも呼吸リハビリテーションなどの効果を判定する手法として広く使用されています。私も同じテーマに興味があり、一時期、情報を交換し合い、彼を日本に招き各地で講演してもらったことがあります。その折、彼から献本された書物には、呼吸困難をめぐるさまざまな問題が詳しく解説してあります[2]。中の記述の例ですが、呼吸困難は4つのタイプに分けられると云います。すなわち、息こらえの感覚、気道が刺激される感覚、胸が詰まった感じ、空気が気道を通るときの違和感、です。さらに、これらの感覚を生理学的な研究に結び付けるために4つのタイプに分けられていると解説します。胸部の締めつけ・刺激感、換気が過剰になった状態、呼吸数が増えた状態、呼吸するという行為の困難さ、です。
息切れはどのような現象なのか?米国胸部学会は患者さんに向けてこれを解説しています[3]。どのように起こるのかの説明は膨大なスペースが必要となりそうですのでここでは、その概略をお知らせします。
Q.急性と慢性の息切れとは?
・慢性と急性に分けられる。
・慢性とは、長い期間症状が続くことを意味する。COPD(慢性閉塞性肺疾患)、喘息、間質性肺炎など慢性の呼吸器疾患が代表である。
・これに対し、急性症状は、急に肺に問題が生じたときに起こり、肺炎や新型コロナウィルス感染症で起こる。
・多くの呼吸器疾患は経過中に急激な症状の悪化を起こすことがある。新型コロナウィルス感染症やCOPDの増悪がこれに相当する。
・屋内、屋外での粉塵、ほこり、化学物質の吸入で起こる場合がある。喘息症状と重なる部分がある。
・心臓発作、心不全でも息切れを起こす。
・肺がんや他のがん、あるいはその治療中に起こす。
・貧血。
・健康でも、普段ほとんど運動をしない状態で過ごしている人が階段を急いで上るときに感ずる。
Q.受診したときに医師に伝えるべき情報は何か?
・息切れの自覚は、いつからか。急か、数日前からか。
・どうした時によくなるか、吸入薬使用か?
・どのようにときに悪くなるか?シャワーか、歩いたときか。
・痰がある場合には色、量、臭い、切れやすさの変化はどうか。
Q.息切れをどのように治療するか?
・悪化の理由が不明の場合、自分自身で治療できることは少ない。
・喘息などでは処方されている薬を指示された通りに使うことが大切。喘息の場合では呼吸の状態が良くても中止せず、いつものように使う。
・吸入薬、ネブライザーの正しい使用法を医療者(医師、看護師、薬剤師など)に確認すること。必要ならスペーサーを使用する。うまく使えない場合には相談すること。
・酸素吸入は薬であるという認識を持つこと。息切れが低酸素の場合には改善効果がある。
Q.息切れを運動で改善していくには?
・息切れが強いという理由で体動しないと筋力が低下し、さらに苦しくなる。その場合には、呼吸リハビリテーションを紹介してもらう。
・呼吸リハビリテーションでは理学療法士から安全に運動する方法や、日常生活をより快適とする方法を学ぶ。日常の運動は、安全でかつ効果的であることが大切。
・自分の生活の中で快適なペースを設定することが大切である。活動性の高い仕事はスローダウンする。仕事をいくつかに分けて時間をかけて行うようにする。朝方は息切れが比較的楽なことが多いので活動を挙げられる時間帯にアップする。
Q.栄養状態の息切れの関係は?
・体重に注意する。肥満は内臓脂肪が蓄積し、横隔膜を下から押し上げて肺を圧迫する。逆に、痩せは呼吸に必要な筋肉量が少なくなる。必要に応じて管理栄養士の指導を受ける。
・食事中に息切れを感ずる場合には、噛みやすい食事メニューにする。
噛んでいる間に息こらえをすると食べているときに余計、苦しくなる。
Q.移動中の息切れの対策は?
・正しい呼吸法を知る。息切れを改善する呼吸法として口すぼめ呼吸(pursed lip breathing; PLB)がある。これは吸気より呼気で時間をかけて吐く方法。医師、看護師、理学療法士などから正確な方法を習うこと。
・行動するときには息を止めてはならない。例えば、物を持ち上げる、取ろうとするとき、椅子から立ち上がるときに息を止める癖がある場合には直す。
・その場合には、まず、吸ってから行動するようにする。ドアを開けたりかがんだりするときには吐きながら行う。
・吸うときより吐くときには2倍の時間をかけて吐くようにする。
・口すぼめ呼吸を行い、できるだけ肺から空気を出すようにする。ゆっくり空気を吐き切ることで次に十分吸うことができる。
・無理に力を込めて吐くようなことは止める。
・歩くときには吸いながら1歩踏み出し、吐き出しながら2歩、3歩と進む。このようにするにはゆっくり歩くことが必要だが、立ち止まらずに歩くことができる。時間を掛けて吐くようにする。頭の中で一定のリズムで吸って、吸って、吐いて、吐いて、吐いてというように自分の心地よいリズムの設定が大切。
Q.間質性肺炎で強い息切れが薬でも改善しない時には?
・ファンを使う。顔にうちわなどで風を送ると息切れが改善する現象が知られている。
・強い息切れを感ずるときや、PLBでも強い息切れを感ずるときには試みる。
・息切れが起こる状況を担当医に詳しく説明し、息切れを改善する処方を頼む。
不安神経症に対する薬を使ったり、痛み止め薬が効果的なことがある。
Q.かかりつけ医への連絡が必要な息切れとは?
・強い息切れが治まらない。
・息切れと共に胸痛や圧迫感がある。
・吸入薬を使用してもいつものように楽にならない。
・休んでも楽にならない。
・発熱がある。
・いつもより疲れやすい。
・いつもより痰が多く、色がついている。
Q.緊急性が高い息切れとは?
以下は緊急性を要する場合の症状である。
・しゃべりにくい、云うことが混乱している。
・強い息切れ。胸痛があるとき。
・唇や指先の色が悪い。
・2言、しゃべるのも苦しい。
呼吸困難は痛みの感覚と似ていると云われます。しかし、呼吸困難は、不安感を伴い、痛み止めのような便利な薬がないので治療は簡単ではありません。
呼吸困難を起こしている病気の種類、その重症度を決め、ついで治療の方針を決める、治療中に急に強くなった場合の方針をあらかじめ決めておくなどの対策が必要です。
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