• 木田 厚瑞 医師

No.170 新型コロナウィルスに感染した肺胞構造の超微細構造の変化


2021年5月27日


 新型コロナウィルス(SARS-Vo-2)の感染により臨床症状を示すのが新型コロナウィルス感染症(COVID-19)です。空咳などの症状は、ほとんどが気道に起こる病変と推定されますが肺胞に病変が及ぶと一気に重症化します。胸部CTでは、淡いスリガラス状の陰影が多発することが特徴ですが、それとともに生ずるのが高度の低酸素血症です。

 これは、肺胞で行われるガス交換の障害によるものです。すなわち、吸気で肺胞に達した空気から酸素を血液中に取り込み、呼気とともに二酸化炭素を排出する肺胞が広範囲にわたり傷害を受けていることによります。


 感染した肺胞が実際には、どのような傷害を受けているかについては、詳しい報告はありませんでした。ここで紹介する論文[1]は、COVID-19で死亡した肺を電子顕微鏡で観察した所見の報告です。

 最初に肺の微細構造についての概略を説明します[2]。




Q.肺胞の形成と構造とは?


肺胞の形態、新生の過程の研究は、スイスの解剖学者、Weibelの長年の研究によるところが大きい。


・気管を経て気管支、さらに細い細気管支に分岐していく。細気管支は、終末細気管支を経て呼吸細気管支に至る。呼吸細気管支では壁の一部に肺胞が見られる。肺胞全体はブドウの房状と表現されることが多い。


・妊娠4か月目の胎児期に終末細気管支までの構造は完成する。これ以降に新しい細気管支が作られることはない。妊娠5~7か月目の胎児期に細気管支の一部に肺胞が形成される。次第に増加していき、出産期では総数は、約6千万個に達する。2歳までに成人の約90%が完成するがその後、18歳ころに全体が完成する。従って、この時期までが肺の成長期に相当する。これ以降は、肺胞の再生は起こらない。成人の肺胞総数は、肺の総容積により差異があるが約4億8千万個といわれている。大まかにいえば、肺胞の径には個人差が少ないので身長が大きな人では肺の総容積が大きく、従って、肺胞数が多いことになる。


以下はWeibelによる文献[2]による。


(図1)


・図1aは、ウサギの肺胞の走査型電子顕微鏡写真。立体構造を示す。ADは肺胞管、Aは肺胞を示す。図1bは、犬の肺胞の透過型電子顕微鏡写真。平面構造を示す。図1cは、模式的な立体構造を示す。網目状の毛細血管(赤色)は、細い繊維状成分(緑色)が全体のシート状の構造をところどころで貫いている。呼吸に伴い肺胞は線維成分により傘を開閉するように拡張と収縮を繰り返している。これら全体のメッシュ状構造は、両面から薄い肺胞上皮細胞が覆っている(黄色)。肺胞上皮細胞は、広く肺胞表面を覆うI型肺胞上皮細胞と、主に肺胞の角(コーナー部分)に位置する場所にあるII型肺胞上皮細胞から成る。II型肺胞上皮細胞では、肺胞の表面張力を低下させ、肺胞全体の膨らみを維持するサーファクタントが産生されている。




Q.COVID-19による肺の傷害で推定されている機序は?


・II型肺胞上皮細胞が新型コロナウィルスの感染で選択的に傷害を受けているのではないか?


・II型肺胞上皮細胞は、サイコロ状であるがこれが肺胞の大部分を占めているI型肺胞上皮細胞に変わっていくのでこの過程が傷害されているのではないか?


・肺胞上皮細胞の広範な傷害はDAD(び漫性肺胞上皮傷害)を起こす。COVID-19の肺はこれまでARDS(成人型呼吸窮迫症候群)と呼ばれてきた病態に一致している。




Q.COVID-19に見られた肺胞病変の超微細構造とは?


COVID-19により治療後、死亡した62歳男性の解剖で得られた肺を1.5%グルタールアルデヒドで固定した後、0.1%タンニン酸で固定し、弾性線維の観察が容易なように準備した。


(図2)


・図2は、透過型電子顕微鏡写真を示した。


・図2a:肺胞中隔は、水腫により膨化、肥厚している。肺胞上皮細胞の基底膜が剥離している。スケールは2μm。

cap:毛細血管、col:コラーゲン線維、el:弾性線維、alepi:肺胞上皮細胞、alv:肺胞腔、bl:肺胞上皮細胞の基底膜。


・図2b:肺胞中隔は著明に肥厚している。毛細血管周囲が膨化、肥厚。肺胞構造が潰れている(赤矢印)。スケールは1μm。


・図2c:2bの部分的な拡大図。肺胞壁の重なりがみられる。スケールは250nm。


・図2d:肺胞壁と毛細血管を示す。肺胞上皮細胞が長く伸びている。肺胞上皮細胞の再生が見られる。正常で見られるようなII型肺胞上皮細胞がI型肺胞上皮細胞へ移行している像が見られる。スケールは2.5μm。


・図2e:2d部分の拡大図。虚脱した肺胞壁がたたみこまれた状態であり、肺胞上皮細胞の基底膜がむき出しの状態となっている。スケールは250nm。


観察結果のまとめ:肺胞壁は水腫(浮腫)状態となっている。ところどころでII型肺胞上皮細胞の再生が認められ、さらにこれがI型肺胞上皮細胞へ移行している像が認められた。




Q.超微形態の観察から考えられる治療は?


・II型肺胞上皮細胞の傷害でサーファクタントの産生ができなくなり、肺胞壁の表面張力が増加し、肺胞が潰れやすくなっている。他方、傷害を受けた肺胞上皮細胞の再生が見られている。このことからサーファクタントの補充療法が急性期の治療に有用ではないか?




 著者らが観察したCOVID-19で死亡した方の肺の病理学的な変化は、これまでに報告されてきたARDSにほぼ一致したものでした。ただし、病理学的な超微細構造の観察では、治療による肺の構造変化と死後に生じた変化が加わった変化をみていることになります。さらに、死亡時には、細菌性肺炎が加わっている可能があります。厳密な検証は動物実験での観察結果を待ちたいと思います。


提言するサーファクタントの補充療法は、新生児でみられるARDS (IRDSと呼ばれる)には極めて有効ですが成人の場合には、必ずしも有効ではなく現在は実施されていません。最重症でエクモ以外に救命の手段がない場合には有効かも知れません。ただし、サーファクタントの補充は気管支鏡を用いて行うので術中に患者さんが咳き込む可能性が高く術者側の感染リスクは極めて高いと云われています。


この論文で問題となることは、COVID-19により肺胞の広い範囲に病変を起こした後の回復状態です。後遺症は、早い段階から報告されています(コラム No124, 参照)。労作時と睡眠時の低酸素血症、さらには将来、癌化の可能性です。治癒後にも一定のフォローアップ検査は必要となりそうです。




参考文献:


1. Ochs M. el al. Collapse induration of alveoli is an ultrastructural finding in a COVID-19 patient

Eur Respir J 2021; 57: 2004165 [https://doi.org/10.1183/13993003.04165-2020].


2.Weibel ER. How to make an alveolus

Eur Respir J. 2008; 31:483-485.


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