• 木田 厚瑞 医師

No.183 新型コロナウィルス感染による脳組織の傷害


2021年7月29日


 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の後遺症に悩む患者さんを診る機会が増えてきました。発症の初期に、嗅覚異常、味覚低下を認めた人、速く歩いたり、夜間睡眠中に血中の酸素低下が強く起る人。訴え方も様々です。「脳の霧」(brain fog)とも表現されています。

COVID-19は、SARS-CoV-2と呼ばれるウィルス感染症ですが、その流行初期のころには神経系には感染しないと云われていましたが、現在では神経系の影響に関しても基礎的な情報が集まってきました。


 科学雑誌、Natureでは、科学ジャーナリストが研究上の問題点を整頓しています[1]。ここでは、さらに臨床医のデータをまとめた論文[2]を参考に「脳の霧」を起こす脳組織の傷害について考察します。




Q.COVID -19の神経学的合併症とは?


・入院治療が必要な重症者の80%以上で経過中に神経学的な症状が見られる。


・頻度が高い症状:筋肉痛、頭痛、脳症、めまい。


・味覚障害、嗅覚障害は当初に指摘されたほど高頻度ではない。ただし、高度の認知機能障害や心肺機能障害を伴う場合には正確な評価が難しいので詳しい実態は不明である。


・運動障害、感覚障害、運動失調、発作は、稀な症状である。記憶喪失、脳卒中は見られている。


・重症者では軽症者よりも神経学的な合併症の頻度が高い。


・ワクチン接種が広がり重症者が減少してきたが、一部ではなお、認知機能障害、頭痛、しびれなどの持続的な神経学的な症状を呈する人がいる。




Q.神経系に異常を起こすと考えられる機序とは?


・全身的な機能障害による神経系の損傷 ➡ COVID-19により肺病変が原因で生ずる低酸素血症が原因ではないか? 


・レニン-アンギオテンシン系の機能障害が関与するのではないか? ➡ SARS-CoV-2は細胞への侵入点として膜結合蛋白質であるアンギオテンシン変換酵素2 (ACE2)を利用する。ACE2は、アンギオテンシンIIをアンギオテンシン(1-7)に変換する。これは、血管拡張作用、抗増殖作用、抗線維化作用を持っている。SARS-CoV-2がACE2に結合するとミトコンドリア機能、内皮型一酸化窒素合成酵素の活性を阻害することにより血管内皮細胞を障害 ➡ その結果、二次的な心血管、脳血管作用を引き起こす可能性がある ➡ これにより神経症状が出る。


・SARS-CoV-2が免疫系を障害するのではないか?


・重症の炎症性病変ではないか?

COVID -19の重症例では高熱持続、炎症マーカー(D-ダイマー、フェリチンなど)の上昇、その結果、炎症性サイトカイン放出症候群の症状と一致する全身症状を起こす。これにより意識障害を起こす可能性がある。


・重症のCOVID-19では血栓性の微少血管損傷を起こす可能性があり、これが脳病変を起こしている可能性がある。

SARS-CoV-2が脳血管に直接感染するかどうかは不明である。病理解剖の結果では、肺、心臓、腎臓、肝臓、小腸に血管内皮細胞の損傷がみられた。しかし、脳血管炎は観察されていない。また、脳には多量のウィルスは存在しないことが解剖例で判明している。




Q.脳神経症状を起こす機序は何か?


論文[2]では、以下の機序を推測している。


・脳組織への侵入?

大脳皮質の領域で灰白質の喪失が発見されている。


・ウィルスは脳の防御システム(血液脳関門)を通過しない。従って、脳神経細胞を直接攻撃するのではないらしい。


・SARS-CoV-2は、鼻腔の粘膜を通過する。また、ここには多量のウィルスが存在することから鼻粘膜の擦過によるPCR検査の検体採集を行っている。しかし、鼻腔粘膜感染が直接、脳組織へと感染が広がることは考えにくい。


・脳組織中に多量にある星状細胞(アストロサイト)には感染している。星状細胞は、ニューロンへの栄養素の供給など正常な脳機能をサポートする多くの役割を担っている。


・脳オルガノイド(実験室で幹細胞から成長したミニチュアの脳のような構造)にウィルス感染を起こすとSARS-CoV-2は、星状細胞の中に特異的に多く感染していた。


・COVID-19で死亡した26人から得た脳組織では5人で脳細胞にSARS-CoV-2の感染が認められたが感染陽性の細胞の66%が星状細胞であった。

➡ 星状細胞にSARS-CoV-2が感染すると、特に倦怠感、うつ病、混乱と忘却を含む「脳の霧」の症状が出現する。これらは、ニューロンが損傷されたのではなく、星状細胞が障害を受けたことで説明できる。

➡ SARS-CoV-2感染を受けた8人と非感染者14人の脳組織を比較すると、感染者で星状細胞の遺伝子発現の異常が認められた。


・脳血流の遮断が起るのではないか?

脳の微小血管の壁にある周皮細胞(ペリサイト)がSARS-CoV-2感染を受けていた。

➡ さらに周皮細胞の受容体の機能をブロックし、組織の毛細血管を収縮させていることが観察された。

➡ 血管障害を改善する高血圧治療薬ロサルタンが治療薬として利用できるのではないかという推定の下に2つの臨床治験が開始されている。


・免疫機能不全ではないか?

➡ 神経組織がSARS-CoV-2感染後に傷害を受けた結果、体組織に対する自己抗体が形成され、それが神経組織を損傷するのではないか、という仮説がある。

➡ 自己抗体により視神経脊髄炎が起こり、視力の喪失、手足の脱力などの症状などの長期的な状態を起こす。これらの自己抗体が血液脳関門を通過し、記憶障害、精神病に至る神経障害に関与していると云う可能性が推定されている。

有害な自己抗体の形成を防ぐために別の種類の抗体である免疫グロブリンを患者の静脈内投与することにより効果を上げたという報告がある。


・星状細胞、周皮細胞、自己抗体が相互的に関与して神経症状を起こしている可能性がある。


 曖昧な表現である自覚症状と複雑な構造機能を持つ中枢神経系の病変の関係を解明するのは容易ではありませんが、断片的であれ、解明されてきています。

 機序の解明と共に、これに結び付く具体的な薬物治療の研究も急速に進められている印象があります。




参考文献:


1.Marshall M. COVID and the brain: researchers zero in on how damage occurs.

Nature 2021, July 7.

https://doi.org/10.1038/d41586-021-01693-6


2. Elkind MSV. Et al. CPVID-19: Neurologic complications and management of neurologic conditions.

UpToDate last revised on July 6, 2021.

https: www.update.com/contents/covid-19-neurologic complications-and managements of neurologic-conditions?search=COVID-19&topicRef=


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