2021年8月10日
喘息は子供に多い病気です。2016年のデータでは米国で喘息患者数は約20万人。そのうち、約40%は、小児が占めていました。小児期に発症した喘息は、学童期にいったん軽快しますが成人になり再び悪化し、そのまま老年期まで続くと言われ、実際、そのような経過の人が多いようです[1,2]。
小児は成人と異なり、肺の全体容積の割合には気道の内径が全体として細いので喘息が起こりやすいとも言われています。男児と女児の気道の発育のスピードが異なることも喘息にかかりやすさと経過に関連するとされています。
さらに難しいのは幼児期ではカゼを引いたときにしばしばゼイゼイする喘鳴が聴かれることで多くはウィルス性気道感染症とされています。こちらの方は一時的な急性感染症ですから喘息ではありませんがくり返し起こすこともあり鑑別が難しいことがあります。
マウスを用いた動物実験では、妊娠中の母マウスにビタミンDを欠乏させると生まれてきた仔マウスでは、肺胞の形成が阻害され、肺胞の細胞から生成されるsurfactantと呼ばれる物質が不足し、肺胞が十分に拡張しないことなどが観察されています[3]。
妊婦にビタミンDを多く摂取させると生まれてくる子供に喘息が起こりにくくなるという研究成果が古くから知られています。両親の一方に強いアレルギー症状がある場合には、生まれてくる子供が喘息となる可能性が高くなることが知られており[1]、この場合、妊婦にビタミンDを多く摂取させることで子供の喘息発症が予防できるならこんなありがたいことはありません。
ここで紹介する論文[1]は、妊婦に大量のビタミンDを摂取させ、生まれてきた子供が6歳の時点で喘息や肺機能が通常用量のビタミンD摂取群より喘息が起こりにくいことを証明しようとした論文です。
Q.なぜ幼児期の喘息が重要か?
・喘息の初発は就学前の数年間の幼児期に多い。成人になって発症した喘息でも初発が幼児期という例が多く、早期に予防し、治療を開始するという体制が重要である。
・幼児期の咳、喘鳴が起こる場合には、考え方として、1)初発の喘息症状、2)幼児期に多いウィルス性気道感染としての症状、の可能性がある。
Q.ビタミンDの投与の効果は?
・著者らは、妊婦にビタミンDを投与すると子供が3歳の時点で喘息発症が少なくなることを以前に報告した[1]。同様な追跡結果も報告されている。
Q.どのように研究を進めたか?
・研究の中心は米国、ボストンで実施されハーバード大の研究者が中心に臨床治験を進めた。長期間にわたる多額の研究費が使われた。
・対象は、妊娠10~18週間、18~39歳の妊婦で、喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎が妊婦もしくは夫にある人で非喫煙者。子供は3歳から6歳までを追跡調査。肺機能検査は4歳以降に毎年実施。
・子供に喘息、再発性喘鳴、あるいはその両方があるかを調べた。喘息発症は治療薬が投与されたかどうかで決めた。
・妊婦に毎日、ビタミンD3を4400IU(国際単位)を服用させた群と通常量の400 IUを服用させた群のそれぞれから生まれた子供たちが6歳に達したときの喘息罹患率、肺機能検査を実施して比較した。
・妊娠中の服薬状態は、25-hydoxyvitaminDのレベルを登録時、妊娠期間の32~38週の母親の血液中の濃度を測定し、ビタミンD3を確かに服薬していることを確認した。
子供は1歳、3歳、6歳で各採血を実施した。
Q.その結果はどうであったか?
・6歳まで合計360人の子供の解析を実施。
・高用量のビタミンDグループ:176人(43.5%)、低用量の対照グループ184人(45.9%)。
・全体の360人の子供のうち198人(55.0%)は医師により喘息と診断され、344人(95.6%)は喘鳴を繰り返していた。
図1:6歳までの追跡では両群に差がない。
出典:Litonjua AA. Et al. Six-year follow-up of a trial of antenatal vitamin D for asthma reductionより一部改変
高用量ビタミンD投与群と対照群(通常用量の投与群)の間で喘息および喘鳴を伴う状態がみられるかどうかの比較。
生後3歳頃で両群の間の差異は統計的に認められなくなる。
・高用量ビタミンD群からの子供では、IgEは低用量対照群より優位に低値であった。
・出生前の期間だけに高用量ビタミンDを、補給しても6歳までの子供の喘息、再発性喘鳴を抑えることはできなかった。
・しかし、高用量ビタミンD群のほうが、気道抵抗が低値で肺活量が大きかった。
➡ 妊娠中の母親に高用量のビタミンDを服薬させても子供の肺機能測定値には改善が認められなかった。ただし、気道抵抗はわずかであるが改善がみられたが結論できない。
Q.問題点と結論は?
・妊婦に高用量ビタミンDを服薬させても子供の喘息を少なくすることはできなかった。
・今回の研究では、一部の喘息には効果はみられたが高用量投与群の全てではなかった。ウィルス性気道感染も予防した可能性がある。
・これまでの研究では、ビタミンD投与では3歳までは効果があるがそれ以降では差がないことが判明している。
・ヒトの肺の発達は妊娠の3~4週令という早い時期に始まるので今回の研究では投与開始が遅すぎた可能性がある。
・今回の研究では、3歳の時点では統計的に喘息減少がみられた。しかし、6歳では統計的に減少とはならなかったことが問題である。
・妊婦に対する高用量ビタミンDの補給が未就学児に発症する一過性の喘鳴を予防するのに効果があることが判明したが学童期になると低用量群との間で差異はみられなかった。
Q.高用量のビタミンDを妊婦が摂取することの問題点は?
・ビタミンDは、もともとカルシウムやリンなどのミネラルの吸収を助け、血液中のカルシウム濃度を、一定に保つ作用がある。
・体内にあるカルシウムは、その大部分が骨に貯えられるが、それ以外は、血液や細胞に一定の濃度で、存在している。カルシウムは、神経伝達や筋肉の収縮などを調整する、重要な働きをしており、これはカルシウム濃度が常に一定の状態でないと、効果的に作用しない
➡この濃度を保つのがビタミンDの役割でもある。実際は、ビタミンDとホルモンが同時に働いて、カルシウムを骨に貯え、身体の外に排出して、カルシウムの濃度を調整している。
・ビタミンDを短期的、または長期的に過剰摂取すると、骨からのカルシウムの動員が激しく起こり、血清中のカルシウムとリン酸濃度が高くなり、腎臓や筋肉へのカルシウムの沈着や軟組織の石灰化が見られる。その他の症状としては、嘔吐、食欲不振、体重減少などが起こることがある。
・ビタミンDを長期間、過剰摂取すると、血液中のカルシウム濃度が上昇して、血管の内壁や心臓、肺、胃、腎臓などに、カルシウムが沈着しやすくなる。特に、ビタミンDの過剰摂取で問題になるのが、腎臓にカルシウムが大量に沈着する場合である。この場合には、尿毒症をおこす危険がありビタミンDの摂り過ぎは注意すべきである。
両親のいずれかにアレルギー症状がある場合には生まれてきた子供が同様な症状を示すことが知られています。
冒頭で述べたように小児期の喘息は、症状の強弱はあるにせよ、生涯にわたり継続する可能性があるので妊婦が高用量のビタミンD摂取することでそれが予防できれば極めて有効な予防治療をいえますが、3歳までの喘息は抑えることができましたが、6歳の段階では必ずしもそうではありませんでした。
妊娠期に特定の薬剤や食べものを多量に摂取する場合には、リスクの方が心配されます。必ず、主治医と相談して方針を決めるべきでしょう。
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