2021年10月25日
新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)の感染症は、肺における病変が重症化すると急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を起こし、集中治療室での治療が必要となることはすでに知られている通りです。
喘息は代表的な呼吸器疾患であり、コロナ渦の中、最も重症化しやすいのではないか、と心配されていました。
英国では、ロックダウンにいたり、多数の感染者と死亡者がでました。ところが英国の呼吸器専門雑誌、Thoraxに発表された3つの論文[1-3]によれば、実は新型コロナウィルス感染症(Covid-19)の流行期間中は、むしろ、喘息の増悪が減少していた、という意外なものでした。なぜ、増悪は減少したのか?その理由が判明すれば増悪の予防対策となるのではないか、とも考えられます。編集者のコメントもあります[4]。
Q. パンデミックの時期に喘息以外の病気はどのような影響を受けたか?
急性冠動脈疾患の治療はどのような影響を受けたか、について報告した論文がある[5]。
・オーストリア、イタリア、スペイン、米国などでのCOVID-19パンデミック時の急性冠症候群の入院治療、急性心筋梗塞に対する経皮的冠動脈インターベンション(PCI)手順の減少がみられた。しかし、入院率変化の時間経過、さまざまなタイプの急性冠症候群への影響、急性冠症候群で入院した患者の治療、および観察された患者の特徴との関連性についての情報はほとんど不明である。
・そこでMafalam MM.らは[4]、2019年1月以降のST上昇型心筋梗塞(STEMI)と非STEMI(NSTEMI)を含む、急性冠症候群の入院パターンと院内管理の時間経過を解析した。
2019年から2020年3月末まで、STEMIの入院が23%(95%CI 16–30)減少し、NSTEMIの入院が42%(38–46)減少した。2020年5月末までに、入院急性冠症候群の発生率は部分的に回復したが、ベースラインレベルを約16%下回っていた。入院患者数の減少は、英国ロックダウン(2020年3月23日開始)の前に始まり、国全体で質的に類似しており、人口統計学的グループごとの変化の大きさにはわずかな違いしかみられなかった。
Q. 喘息患者の受診の変化は?
・Davies GAら[1] はロックダウン下のスコットランドとウェールズにおけるデータバンクのデータを解析し、2020年の年初から18週間、喘息のための緊急入院、死亡例を2015-2019年のデータと比較した。入院は36%減少した。死亡者数には差異は見られず。吸入ステロイド薬、経口ステロイド薬の使用はそれぞれ、121%、133%と増加していた。
・Shah SAら[2]は英国での患者データベースを利用、約1,000万人のデータを解析した。ロックダウン下での喘息患者が救急受診、入院あるいは経口ステロイド薬の服薬を行ったかにより喘息の増悪頻度の変化を推定した。喘息患者は総数約10万人。ロックダウン中の喘息増悪でプライマリケアを受診する患者は有意に減少した。これは、すべての年齢層で共通し、性差は認められなかった。
Q. Q. 喘息だけが減少したのか?
・Huhら [3]は、韓国でのパンデミックの初期の数か月間、喘息、COPD、インフルエンザ、肺炎の入院が前年と比較して減少していることを報告した。累積総数では、入院回数をCOVID-19流行の4年前と比較するとCOPDは58%、喘息は48%減少していた。
・しかし、入院を必要とする糖尿病、脳出血、心筋梗塞、癌の入院患者数は流行前と比較して減少はなかった➡この点は、英国グループのデータと異なっている。
・呼吸器疾患の重症者が減少した理由は、SARS-CoV-2感染を減少させるための対策が、気道増悪の主な誘因である他の呼吸器ウイルスの感染も減少させた可能性があることを示唆している。
Q. 呼吸器疾患が減少した理由は?
・ロックダウンによる強制的な社会的孤立と、個々の措置(3密禁止、手洗い、マスクなど)に衛生環境が整えられこれが貢献した可能性があるが詳細は不明である。
・呼吸器ウイルスの感染を減らす行動をどの程度維持できるかは不明であるが、ロックダウンによる社会的孤立の心理的影響は健康に有害である。特にストレス自体が喘息コントロールのためには有害因子である。慢性疾患の患者では社会が再開しても孤立したままとなっている。
・英国と韓国の間ではソーシャル・ディスタンス、ロックダウンに大きな違いがあり、これが英国グループと韓国グループの差異となった可能性がある。
Q.パンデミックで喘息患者の行動はどのように変化したか?
・慢性呼吸器疾患の患者は、パンデミックが自分の病気に及ぼす影響を特に懸念しており、パンデミックの発症時に喘息とCOPDのオンライン検索が増加した可能性がある。
・重要なことは、ロックダウン後に喘息関連の死亡が有意に増加したという証拠はなかったことだ。
・喘息患者は自己管理を最適化するための行動をとったように見える。すなわちパンデミック中の服薬遵守の増加は、通常時と比較して、服薬の必要性を自覚し、これが増悪減少に関連していると可能性がある➡日常的な患者教育の必要性を示唆する。
・パンデミックは、健康への信念の重要性と自己管理への影響を浮き彫りにした。
喘息の患者が制御不能な喘息のリスクをどのように認識するかについては、広く研究されていない。自己管理を改善し、回避可能な喘息の悪化を減らすために、能力、機会、動機付け行動変化の中で、健康信念を対象とした介入の研究を続ける必要がある。
Q.考えられる背景因子は何か?
・前提としての問題点は、喘息増悪の減少が、大気汚染、医療の利用行動の変化、長期状態の自己管理の改善などに外部要因がどの程度の影響を与えたかを調べる必要がある。
・パンデミックの開始時に、周囲の大気汚染は劇的に減少した。しかし、逆にロックダウン中の屋外の大気汚染の減少による健康増進は、屋内の大気汚染とアレルゲンへの曝露の増加、そして多くの場合、運動の減少と心理的ストレスの増加によって相殺された可能性がある。
コロナ渦の中で医療費がどのように変化したか。「主に中小企業で働く会社員らの公的医療保険を運営する全国健康保険協会(協会けんぽ)は、2021年7月2日、2020年度の決算が6183億円の黒字で過去最高になる」と報道され、新型コロナウィルスの感染拡大の影響で保険料が減る一方、医療機関の受診控えなどを背景に医療支出が減少したため、とのことです(朝日新聞、2021年7月3日)。さらに、「2020年度の医療費(概算)は、42.2兆円で過去最高だった前年度の43.6兆円から1.4兆円減った。減少は、4年ぶりで落ち込み幅は過去最大となった。(中略)。病気別では呼吸器系の疾患が25.3%減と落ち込みが大きかった(朝日新聞、2021年9月1日)」。英国や、韓国からの報告ともかなり一致しているようです。
喘息の増悪の原因の一つが、ウィルス感染が原因であろう、と言われています。COVID-19での感染予防対策は、平時の呼吸器疾患の増悪対策のヒントとなりそうです。
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