2021年11月12日
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の国内感染者数は、約172万人、死者は1万8千人。一方、世界の感染者数は2億5千万人、死者は503万人に達しています。さらに冬季に入ってロシア、中央アジアでは10月最終週の新規感染者数、死者が共に世界の約5割を占め、感染拡大の震源地になったと懸念されています(朝日新聞、令和3年11月7日)。わが国でも第6波が強く心配されています。
COVID-19は、有症状者では、全身倦怠、発熱などから始まり呼吸困難、低酸素血症起こし多臓器の機能障害、場合によっては死亡に至る重大な急性感染症です。身体の感染ルートと悪化の過程は肺病変が中心になっています。しかし、呼吸困難の根底にある肺の病理学的なメカニズムと悪化させる危険因子との相互作用はまだ十分には解明されていません。
本論文は、米国を代表する科学雑誌、Scienceの近刊号に発表された解剖例における肺病変の詳細な研究です[1]。研究の中心は、米国疾病管理予防センター(CDC),米国立衛生研究所(NIH)と主力大学グループの共同研究です。論文は長大で膨大なデータが提示されていますが、ここでは概略のみを紹介します。
Q. これまでになにが判明しているのか?
・ウイルス感染は、肺上皮細胞、血管の内皮細胞及び周皮細胞、および他の細胞型の表面上に発現されるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体へ新型コロ
ナウィルス(SARS-CoV-2)が結合することにより主に感染が起る。
・重症COVID-19の主要な肺病変は、びまん性肺胞損傷(DAD)、器質化肺炎、慢性間質性肺炎であり、さらに肺および全身性炎症に伴い血管損傷を含む血管関連の合併症が生じ血栓症として肺血栓塞栓症、異常な微小血栓、脳卒中などを起こす。これら感染ウィルスが血管内皮機能障害を起こすと考えられている。
・重症COVID-19に関連付けられている主なリスク要因は、高齢(80歳以上)、糖尿病、肥満、男性の性別、高血圧症がある。
Q. どのように研究を進めたか?
・肺剖検サンプル(n=18)および死亡前の血漿サンプル(6例から)は、2020年3月から7月の間に死亡したSARS-CoV-2陽性患者の症例シリーズから収集した。平均年齢は67.7歳。年齢は39-101歳の範囲;男性10例、女性8例。発症から死亡までは3~47日間。
・これらのうち6例からは生前の血漿サンプルから、SARS-Cov-2 RNA, マルチ・プレックスのディープ・シーケンシングを使用し血漿タンパク質測定、および肺遺伝子発現とイメージング分析を実施した。これと肺組織での観察を対比させた。
Q. なにが判明したか?
・顕著な組織病理学的特徴は、血栓症および遅発性肺組織および血管リモデリングを伴う進行性のびまん性肺胞損傷がみられた。
・肺胞毛細血管バリアでの急性損傷は、肺胞上皮細胞、内皮細胞、呼吸上皮基底細胞への損傷、および組織修復プロセスの欠陥を伴うサーファクタント・タンパク質発現の喪失が特徴であった。
・その他の重要な発見として、血漿および肺プラスミノーゲンアクチベーター阻害剤-1(PAI-1)の濃度の増加による血餅線維素溶解の障害、および肺上皮細胞と内皮細胞の両方におけるp21およびサーチュイン-1を含む細胞老化マーカーの調節異常が見られた。
・コロナウイルスの分類ではB系統に属していた。これは、この研究の事例から同時にヨーロッパと米国で分離されたものに一致する。ただし、1種のサンプルは、米国でのみ分離されたB.1.172系統に属していた。
・SARS-CoV-2スパイク(S)タンパク質D614G変異は、より高い感染力に関連していた。評価された全てのケースで、SARS-CoV-2株はこの突然変異をコードしていた。
Q. 肺組織の病変は何か?
・主要な組織病理学的所見として急性のびまん性肺胞損傷(DAD)から組織化および後期(線維性)段階のDADに至るまで、びまん性肺胞損傷(DAD)がみられた。
・初期病変➡急性DADは、記録された症状発現から死亡日までの日数(SOTD)が最も短い(<10日)症例で観察された主要な組織病理所見である。その特徴は、広範な肺水腫、フィブリン沈着、硝子膜形成、および肺胞間質腔内およびより少ない程度で気腔内への顕著な好中球浸潤がみられた。肺胞細胞の落屑がしばしば観察された。
・感染から発症までの日数(SOTD)が短い場合、I型肺胞上皮(AT1)およびII型肺胞上皮(AT2)、気管支上皮細胞(呼吸上皮基底細胞を含む)で免疫組織化学により高いウイルス抗原沈着が確認され、血管内皮細胞および隣接する周囲細胞の細胞質ではそれほど頻繁ではなかった。
・中期病変➡気管支および細気管支上皮は、基底細胞集団の喪失を含めて頻繁にみられ、壊死性の呼吸器上皮細胞は、肺胞の気腔内でも頻繁に観察された。中間SOTD(約10〜20日)の症例では、II型肺胞上皮細胞の過形成および反応性変化があった。肺胞中隔の初期線維性肥厚、および扁平上皮化生および他の反応性の病巣を伴うDADの組織化の特徴をしばしば示した。
・長期病変➡より長いSOTD(> 20日)の症例は、肺線維症の量の増加、肺胞の喪失、および線維芽細胞とマクロファージの増殖を示した。中型の血管から毛細血管の微小血栓に至るまで、ほとんどの場合に広範囲の血栓症が見られた。
Q. 肺胞構造の修復と恒常性は?
・修復に重要な役割を果たす気道基底細胞にウィルス感染があり、基底細胞が細胞変性ウイルス感染の初期の標的である可能性がある。
・肺の修復に必要なFGF2及びSCFの血漿濃度は、COVID-19人の患者では減少。肺の修復を促進する損傷した上皮細胞によって産生される上皮成長因子であるアンフィレグリン(AREG)の血漿濃度は、COVID-19患者で上昇した。
・AT2細胞からのサーファクタント産生の調節を含むウイルス量と負の相関がみられた
➡これらのデータは、SARS-CoV-2感染が重要な肺胞上皮および内皮機能を破壊し、
肺胞毛細血管バリアの破壊につながることを示している。
・I型コラーゲンは、観察された肺胞中隔壁の肥厚と一致する。すなわち肺胞間質腔で増加。
・中等度の症例では、肺胞内フィブリンおよび組織因子の発現があまり広まっていないことを示したが、DADの組織化の特徴であるII型上皮細胞の過形成の蔓延と関連していた。
・αSMAおよびコラーゲン1の発現を伴う肺血管リモデリングは、中期および長期の症例にみられた。
Q. ウィルス量と肺病変の重症度の定量的な関係は?
・急性DADとSARS-CoV-2ウイルスRNA負荷の間に正の相関がみられた(R = 0.565;
p=0.024)。
年齢と線維性DADの強さ(R = 0.565; p=0.015)
SOTDと線維性DADの強さ(R = 0.555; p=0.017)
急性DADと線維性DAD(R = -0.76; p=0.00026)
SARS-CoV-2 RNAウイルス量とSOTD(R = -0.722; p値0.001)の間で負の相関。
Q. 間質病変との関係は?
・核および細胞質のp21発現の増加は、αSMA陽性細胞でありおそらく筋線維芽細胞に相当する。これは、病気の期間が長いCOVID-19症例の肺の間質性線維性病巣にみられた。これらのデータは、細胞老化プロセス、酸化ストレス、肺上皮および内皮損傷、および致命的なCOVID-19患者からの肺組織の欠陥修復の間の密接な関連を推定させる。
Q. 考察は?
・病理学的観察は、直接的なウイルス誘発性細胞障害効果と宿主の炎症および免疫応答の両方が、初期の肺上皮および内皮損傷、肺胞毛細血管バリア機能不全、肺組織修復プロセスの障害、および線維素溶解の減少を伴う広範な血管血栓症をもたらしたことを示した。
・さらに、病気の期間が長い場合、病気の進行は、過度の肺線維症、肺胞の喪失、および血管のリモデリングを起こした。
・COVID-19の病態生理学における上皮細胞と内皮細胞の老化が関係することを示した。これは、高齢者と併存するリスク集団におけるCOVID-19の感受性と重症度の増加と一致している。
・肺胞の損傷は、肺サーファクタント発現の顕著な早期低下を伴い、おそらくII型肺胞細胞(AT2細胞)に対する直接的なSARS-CoV-2細胞変性効果がある。
・AT2細胞から肺胞の拡がりを起こすサーファクタントが産生されるが、その喪失は、重度のCOVID-19において肺が拡張しにくい状態、すなわち肺コンプライアンスの低下と進行性呼吸不全と臨床的に関係する可能性がある。
・SOTDが最も短い症例では、呼吸上皮基底細胞を含む肺胞および細気管支上皮細胞に顕著なウイルス抗原沈着が見られた。より長いSOTDの症例は、しばしば露出した呼吸上皮と肺組織の修復と再生の欠如を示した。
・基底細胞は偽重層呼吸上皮の繊毛および分泌上皮細胞を生じさせる幹細胞であるため、急性損傷は重大である。基底細胞の喪失は気道上皮の再生を妨げ、持続的な呼吸障害をもたらす。
・致命的なCOVID-19における基底細胞の直接ウイルス感染では、ウイルス複製が基底細胞では起こらないが、関連する二次細菌感染が基底細胞の喪失および組織の修復と再生の欠如をもたらす。これは致命的となるインフルエンザウイルス感染とは異なる点である。したがって、致命的なCOVID-19は、SARS-CoV-2感染による直接的な肺の損傷、およびそのような損傷が誘発する免疫応答が十分な重症度であり、見られるように二次的な細菌の共病因を伴わないという点で致命的なインフルエンザとは異なる。
・COVID-19患者の胸部CT画像での研究の系統的レビューでは、患者の17%で肺線維症を示した。この病変は、肺線維症が機械的人工呼吸とは無関係に発生する可能性があることを示唆している。
・SARS-CoV-2感染の後に、異常な血栓反応を引き起こす血栓形成促進プロセスと抗線溶プロセスの不均衡が続くことを示唆している。これは、COVID-19だけでなくSARS-CoV-1やMERS-CoVを含む他のコロナウイルス性疾患に対して以前に指摘されている。
・血栓形成が促進される状態は、少なくとも部分的には、内皮損傷および好中球媒介性炎症性因子によって引き起こされるフォンウィルブランド因子(VWF)の顕著な内皮および血管内発現、ならびに天然のVWF阻害剤ADAMTS13の血漿濃度の低下から生じる可能性がある。
・最近の研究では、COVID-19患者におけるPAI-1血漿濃度の上昇と循環好中球との相関関係が報告されている。高齢、肥満、糖尿病、および血管疾患などは重篤なCOVID-19を発症する危険因子であり、その後も血管病変を持続させる可能性がある。
・このCOVID-19肺剖検症例シリーズでは、過形成および化生上皮細胞ならびに内皮細胞における核p21発現の増加が検出された。AT2および基底細胞集団における老化を介した前駆細胞の能力の喪失は、損傷した肺胞および気道の再上皮化の障害に関係している。内皮の老化は、抗凝固経路と凝固促進経路のバランスを変えることにより、COVID-19で損傷した内皮の血栓形成促進特性の強化の根底にある可能性がある。
・ここでの我々の発見はまた、上皮および内皮の老化の誘導が、酸化ストレスによって誘導されるDNA損傷およびROS経路の調節に関連付ける。
Q.本研究の問題点は?
・症例シリーズでは、臨床疾患期間が短い、中程度、または長いCOVID-19患者の肺組織の検査が可能であったが患者の総数は少なかった。さまざまな患者の人口統計、併存症、及び院内介入(例、機械的人工呼吸器のサポート)を含む緩和要素を具体的に調べるには、より大規模な剖検研究が必要になる。
・この研究のすべての症例は致命的であったため、これらの病理学的プロセスが軽度から中等度または入院中の致命的ではないCOVID-19症例でどの程度発生するかは不明である。
・このCOVID-19肺剖検症例シリーズでは、過形成および化生上皮細胞ならびに内皮細胞における核p21発現の増加が検出された。AT2および基底細胞集団における老化を介した前駆細胞の能力の喪失は、損傷した肺胞および気道の再上皮化の障害に関係している。
・内皮の老化は、抗凝固経路と凝固促進経路のバランスを変えることにより、COVID-19で損傷した内皮の血栓形成促進特性の強化の根底にある可能性がある。
・高齢、肥満、糖尿病、血管疾患などの重度のCOVID-19を発症する主要な臨床的危険因子はすべて、細胞老化プロセスの活性化または悪化を特徴としており、老化病変との関係が示唆される。
・既報でのCOVID-19の107人の患者のレビューは、発病後7-13日がこの病気の重要な段階であることが判明している。追加の研究によると、重度の疾患を発症した患者では、呼吸困難までの時間の中央値は5〜8日、最重症となる呼吸窮迫症候群(ARDS)までの時間の中央値は8〜12日、ICU入院までの時間の中央値は症状発現後10〜12日であった。
➡発症が判明してから2週間目ごろまでの重症化リスクが高い。
・重度のCOVID-19で回復しても間質性肺炎が悪化、重症化することが懸念される。
これに対してピルフェニドン(オフェブR)による臨床治験が始まっている。
ピルフェニドンの抗酸化および抗炎症特性はまた、上皮および内皮細胞集団へのROS媒介およびDNA媒介損傷を標的とする治療効果を示す可能性がある。
・COVID-19関連の間質性肺炎および凝固障害に対する他の吸入薬または静脈内線維素溶解療法もかなりの注目を集めている(例、tissue plasminogen(tPA))
・COVID-19患者で観察された血漿組織因子およびD-ダイマー濃度の上昇は、これらのメディエーターが進行中の内皮機能障害および凝固亢進の有用なマーカーである可能性を示唆し、可能な治療標的となる可能性がある。
Q.本論文の要約は?
・致命的なCOVID-19における進行性肺不全と組織修復障害の病理学的、免疫学的、および宿主の遺伝的相関についての情報が判明した。
・年齢、糖尿病、肥満などの一般的な併存疾患との間に重要な科学的関連性があることが判明した。これらが疾患の重症度と回復の重要な決定要因を定義するのに役立つであろう。
・併存疾患とこれらにみられた肺病変、細胞老化に起因する危険因子との間の相互作用を完全に解明することが、疾患を診断するための臨床マーカー、および現在、緊急に必要な治療法の開発において重要である。
本論文では、1)死亡例では間質性肺炎が共通して認められたこと、2)病変は生体の老化現象と共通するところが多かったこと、3)ここでは詳細を示しませんでしたが肺を構成する各細胞とウィルスの親和性に働く遺伝子を明らかにしたこと、4)さらに血管内皮細胞などの障害は、血栓形成を起こしやすくし、心筋梗塞を起こす冠動脈硬化を促進する可能性があります。
COVID-19による死者の解剖所見はこれまでにも多数の論文があります。本研究では解析が詳細であり、今後の治療方針やフォロアップでの問題点を明確にしたという点では特記されます。
臨床側からの問題点は、COVID-19と間質性肺炎が深く関わっている点です。私たちが診ている回復者の中にも胸部CT像でスリガラス陰影が残存している方をたくさん診ます。今後、進行して肺機能が低下しないか、これによる低酸素血症が生じていないか、が問題です。間質性肺炎では肺気腫と並び、肺がんの合併が多いことが知られています。これについても厳密なフォロアップが必要となります。
重度の感染に遺伝子が関係していることも特筆すべきでしょう。同じ家庭内でも感染後に重症化する人と軽症で終わる人の説明がつきそうです。
自然治癒する病ですか?