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No.245 COPDの治療で大切な気分の落ち込みの評価と予防 


2022年3月18日


 教科書的には、COPDの症状は、階段の上りや重い荷物を持って歩くときに強い息切れがでること、咳や痰が出ること、と記載してあります。しかし、実際に診るCOPDの患者さんの多くでは、その程度や組み合わせは様々で症状だけからでは診断が難しいことを経験しています。

一時的に症状が悪化する増悪の時には先の症状が強く出ますが安定しているときは、自分で階段をゆっくり上ったり、エレベータをなるべく利用するようにしたり、行動を変化して工夫するようになることが多いので自分では気づかないで経過していることも多いようです。

 さらに難しいのはCOPDと診断された後の継続した治療方法です。近年、多種の新しい吸入薬が使えるようになりましたが、実際に薬の効果が上がっているのか、さらに変更すべきか追加すべきなのかの判断が難しいことをしばしば経験します。


ここで紹介する論文[1]は、治療薬を処方するだけでは必ずしもCOPDの治療とは言えないことを示したものです。COPDの患者さんでは鬱傾向になる人をたくさん診ます。欝症状は訴えが多彩になったり、食欲が低下して痩せたり、閉じこもりきりになり活動度が低下するなど、たいへん、厄介な状態となります。さらに鬱傾向は、鬱病とは異なりCOPDの病気により起こされ、悪化するので、もとの病気をいかに良い状態で過ごせるようにするかが治療する側にとっては大きな宿題です。研究は、COPDに該当する人たちを多数、募集して厳密に長年フォロアップした結果、鬱状態の改善こそが治療のポイントの一つであることを実証したものです。難しいテーマを多数の患者さんの長年にわたる協力で判明した結果として敬意を表したいと思います。




Q. COPDの背景にあることがらとは?


・既報では、COPDの患者の23~40%に欝病の併発がある。これは米国でも一般市民が8~17%と比較すると格段に比率が高い。


・COPDでは欝症状が強くなると、増悪による入院の回数が多くなり、入院期間が長くなり、加えて再入院が多くなる。これらは、医療費などを増加させる原因となる。


・COPDのガイドラインで知られるGOLDでは、肺機能検査の値だけでなく患者の報告により評価することを重視している




Q. 本研究の目的は?


・肺機能検査だけでは不十分で、鬱症状こそが将来、COPDが悪化していく背景因子に近いことを多数のCOPD患者の長期にわたる観察結果から証明しようとしたものである。




Q. 研究の方法は?


・2010年より2014年にかけて全米12の都市で募集した2,978人のデータが基礎(SPIROMICSコホートと呼ばれる)。


・参加者は40~80歳で喫煙歴なし、あるいは1日あたり1パック×年数で20以上を越す喫煙者を対象。高度の肥満者は除外。


・研究初回に面接。その後、毎年、3回のフォロアップを継続。増悪の有無について3か月毎に電話調査を行った。患者から定期的な聞き取り調査をくり返し、10年間近く継続した。


鬱病の評価方法

病院不安うつ尺度(HADS)を使用:0~20点のスコアで1.5が臨床的な意味がある最低値。8以上は臨床的に重大な症状を示す。


患者からの報告による予後測定の項目これらはまとめてPROと呼ぶ


・セントジョージ呼吸器質問票(SGRQ):範囲0~100➡症状のコントロールを評価する14項目質問表。


・COPD症状評価 (CAT):範囲0~4➡COPDの症状の変化を評価する。8項目質問票。


・修正呼吸困難スケール(mMRC):範囲0~4➡身体活動における呼吸困難度。

慢性疾患治療倦怠感の機能的評価(FACIT-F)範囲0~160➡感情的、機能的な幸福に関連する生活の質を測定。


・6分間平地歩行テストでの距離(6MWD)


・その他の測定項目:年齢、性別、喫煙年歴、BMI、併存症(脳卒中、冠動脈疾患、心不全、糖尿病、貧血、胃食道逆流症、喘息、睡眠時無呼吸の有無)、社会経済的レベル、最終教育歴(高卒以上か、以下か)を全て数値化し、統計的に検討した。




Q. 研究の結果は?


・平均年齢65.1歳、43%が女性。平均喫煙量は52.7。平均併存疾患数は2.0。

 平均1秒率FEV1%(=1秒量/努力性肺活量)は60.9%


・20%で欝症状あり(HADS>8)。


欝症状を呈した人は、なしの人と比較して、教育程度が低く、併存疾患の数が多く、年齢が若い男性であった。


・HADSが高く、FEV1%の低値はPROの悪化と有意に関連していた(p<0.001)。


・鬱症状は、SGRQ,CAT, FACIT-Fを用いた機能評価FEVがFEV1%よりも多く変動に関連していた。


・FEV1%の低下はmMRCおよび鬱症状よりも6MWTDにより16~32%説明できた。


・鬱症状は、PROの経時変化の3~17%の変動を説明した。対照的に、FEV1%は、PROでの時間経過に伴うわずか1~4%の変動を説明するだけだった。




Q. 結論と考察は?


結論

COPDではFEV%よりも鬱病が経年的な悪化と関係している。


考察

・COPDに抑鬱症状がある場合には、QOLが低下し、呼吸器症状の悪化が起こりやすい。抑鬱症状の程度、分布は不均一であるが8~68%を説明しうる。また、抑鬱症状は、CAT,SGRQ, FACIT-FなどのPROSでFEV1%よりも時間と共に変化する大きな要因であった。


・本結果では、患者の20%が有意な抑鬱症状を呈していた。


・COPDでは、将来予測はFEV1%よりも鬱病評価の方が重要である。


・日常の診療では、CATおよびmMRCスコアが重要である。


・6MWDは、FEV1%が抑鬱症状よりも時間の経過に伴う結果変動に大きく影響する唯一の指標であった。


・6MWDは、COPDでは下肢の筋力と関係し、呼吸困難とは無関係に変動する。



課題

・鬱病という視点を押さえておかないと、医療資源増加、吸入薬処方の増加につながる可能性がある。その評価は、包括的な患者中心のケアに必要である。


・呼吸リハが役立つ可能性ある。本研究では毎月の看護師のフォロアップ電話が改善につながった。


・鬱病に対する薬物投与のエビデンスは不足。COPD患者集団に対する効果的な行動療法が必要。




 本研究は、10年近くの年月にわたり、多くの患者さんの協力と研究者たちが関係して完成した成果です。これと同じ内容、規模の研究をわが国で行うことはおそらく不可能に近いので貴重な臨床情報と言えます。


 研究にはいくつかの特徴があります。第1は、鬱傾向を数値化したこと、これに関わる情報も数値化して統計処理を行いやすくしたことです。ただし、欝症状の評価が、HADSのみで良いか、という疑問があります。第2は、この間の治療の内容が一定となっていたのかどうかが問題です。これについては詳しくは論述してありません。第3は、看護師が毎月、患者に電話連絡をし、様子を確認するだけで患者がかなり元気になったという結果です。

呼吸リハビリをも勧める理由がここにあります。

 要するにCOPDは重症化を防ぐためには、患者さんを取り巻く医療者チームが、それぞれの立場で向かい合うことで薬よりもはるかに大きな治療効果が得られそうだ、ということです。

 私たちのクリニックでは、医療チームが、分かりやすい情報としてYouTubeによるビデオを紹介しています。ご利用下さい。

 



参考文献:


1.O’Toole J.et al. Comparative impact of depressive symptoms and FEV1% on chronic obstructive pulmonary disease. Ann Am Thorac Soc Vol 19, No 2, pp 171–178, Feb 2022. DOI: 10.1513/AnnalsATS.202009-1187OC


※無断転載禁止




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