No.261 大気汚染が肺の構造異常を起こす

2022年8月1日


 COPDはタバコ病という別名があるくらい喫煙習慣と密接に関係する疾患です。しかし、他方でCOPDの25~45%は喫煙習慣がない人たちに見られることも判明しています。近年の多くの研究成果から、COPDは、環境、ライフスタイル、および遺伝子型の相互作用から発症する複雑で不均一な疾患であるとされています。分子生物学の研究は進みましたが遺伝子型から説明できるのは一部に過ぎません。


 シャボン玉がうまく出来上がるためにはストローの中を空気がうまく通過することが必要で複雑な力学の上に成り立っています。呼吸運動では、肺全体に空気の出入りが支障なく行われることが必要です。これには肺の全容積と気道の太さ、つぶれやすさ、肺の周囲に加えられる圧力(胸腔内圧)など多数の因子が関係しています。気管支は、1本の気管から分岐しながら細くなりますがその総数は約7万本以上に達し、肺胞の総数は3億個以上です。それを広げた総面積は2階建ての家屋に相当します。また、肺の構造の95%以上は肺胞が占めています。ガス交換で肺に出入りする空気の量は1日で1万5000リットルに相当します。

ハーバード大学の呼吸生理学者、Mead一派は、これらの関係を詳しく理論的に解明した業績で知られていますが、1974年に発表したのがDysanapsis(ジサナプシス)と呼ばれる現象です。肺容積と気道のサイズがアンバランスとなるとうまく吐けなくなる場合があるというものです。息がうまく吐けなければ吸えなくなり呼吸が苦しくなります。つまり、COPDに相当することになります。

 

 Dysanapsisが起こる理由は、気道の枠組みの完成が胎児期の4カ月ごろであるのに対し、気道の先端に出来上がる肺胞形成は胎児の後期から生後2歳ごろまで、と時期的なズレがあることが理由の一つです。肺胞の完成は18歳ごろと言われるので該当の時期に、何らかの支障が起こればDysanapsisとなる可能性があります。成人でDysanapsisが生じている可能性がありますがその頻度や具体的な症状などは分かっていません。


 ここで紹介する論文[1]はDysanapsisが大気汚染の影響により起こることを証明した論文です。

世界保健機関(WHO)は2021年9月、大気汚染の新しい基準を発表しました[2]。

はじめにこの論文を紹介します。

 



Q. WHOはなぜ、大気汚染の基準を改定したか?


・きれいな空気は基本的人権である。大気汚染は世界中の人々に重大な脅威をもたらし続けている。これは、健康に対する最大の環境的脅威であり、心臓発作や脳卒中などの非感染性疾患 (NCD) の主な原因となっている。WHOによると、屋外および家庭内の大気汚染の複合的な影響により、毎年 700 万人が早期死亡している。さらに数百万人が汚染された空気を吸い病気になっている。これらの死亡者の半分以上は発展途上国で記録されている。




Q. 大気汚染とは何か?


・大気汚染は、固体粒子、液滴、およびガスの複雑な混合物である。たとえば、家庭の燃料燃焼、工業用煙突、交通排気、発電、廃棄物の野焼き、農作業、砂漠の粉塵、その他多くの発生源から発生する可能性がある。




Q. 微粒子状物質はなぜ危険か?


微粒子状物質 (PM 2.5) は肺を通過し、さらに血流を介して体内に入り、すべての主要臓器に影響を与える。


・PM 2.5にさらされると、心血管系と呼吸器系の両方に病気を引き起こし、脳卒中、肺がん、COPDなどを引き起こす可能性がある。


・新しい研究では、出生前に高レベルの大気汚染にさらされることと3歳での発育遅延、およびその後の注意欠陥多動性障害 (ADHD)、不安症、うつ病の症状などの心理的および行動的問題との関連性も示されている。




Q. 大気汚染による健康被害は?


・2019年度は大気、室内気汚染による被害者は全死亡の12%に達する。


・高血圧、喫煙、食品に続く第4位の重大疾患及び死亡原因である。


・米国では2013年度には被害額は5兆ドル、さらに2,250億ドルの関連費用負担がある。




Q. WHOの新しい大気汚染の基準は?


・2005年 WHOは、Global Air Quality Guidelines(AQG)を発表した。


・2021年9月 AQGをupdateした。新しい基準は以下の通りである。


 PM2.5は5μg/m3以下 ➡2005年基準は10μg/m3以下

 NO2は10μg/m3以下  ➡2005年基準は40μg/m3以下

 ピーク期8時間のO3は60μg/m3以下 ➡2005年基準はなし


・WHOの大気汚染ガイドラインの値よりわずかに高い低汚染物質濃度では成人の呼吸器の健康に対する影響は確認されていない。




Q. 論文[1]の概要は?


目的:PM2.5およびNO2の濃度がWHO新基準をわずかに越えたレベルで肺機能低下が起ることをみる。

これを起こす機序は、気道樹の口径と肺実質のサイズの不一致によるものでありDysanapsis(ジサナプシス)で説明できるのではないか。



方法:カナダの9つの都市から無作為に選んだCOPDを含む一般人1,452人を対象とした研究(CanCOLDと呼ばれる研究プロジェクト)。肺機能検査の測定値、および胸部CT画像から得た測定値からDysanapsis指数を決めた。これと大気汚染の指標であるPM2.5, NO2の平均的な長期測定値を比較した。



結果:大気汚染の指標のPM2.5は6.9μg/m3(IQR, 2.4μg/m3), NO2は12.8 ppb(IQR, 9.2ppb)。都市内での汚染物質 IQRは0.5~4.1 PM2.5μ/m3および、NO2は1.5~5.2 PPBであった。

調査対象、計1,452人、平均年齢 66.6歳。観察期間は3年間以上。

COPD群(n=691):男性59.6%,平均67.3歳、非喫煙者27.8%、生涯バイオマス曝露は10年間以内が86.3%。

非COPD群(n=761):男性53%, 66.0歳、非喫煙者42.3%,生涯バイオマス曝露は85.8%。

その他、職業、収入、教育レベル、家庭環境など関連する項目を調べた。



結果:PM2.5、NO2の両方の大気汚染が強いほど、肺機能で1秒量(FEV1)が減少した。

PM2.5およびNO2が低値の地域と高値の地域の居住者の比較では後者の努力性肺活量(FVC)は統計的に有意に低値であった。

PM2.5 とCOPD群で気道と肺の比率(Dysanapsis指数)が最も小さい群で有意の相関(P=0.015)




Q. 本研究の考察は?


・高齢者は大気汚染の長期的影響を受けやすく、肺機能低下、咳・痰などの呼吸器症状、呼吸器死亡率に影響する。


・WHOは、2005年にPM2.5 の年間平均濃度を10μ/m3以下を基準とした。2021年9月に見直し案を発表した。本研究の結果からは見直し案でも危険度が高いことを示唆する。


・米国の他の2つのコホートを用いたCanCOLDデータの最近の分析では、気道と肺の比率が低いと、喫煙経験のない人でもCOPDのリスクが大幅に高くなることが示された。


・本研究の結果は、大気汚染がCOPDの危険因子であることに加えて、Dysanapsisが肺機能とCOPDに対し影響し、これは長期間に渡る屋外の大気汚染物質の影響である可能性があることを示した。

すなわち、肺の形態と流体力学から、Dysanapsisが気道内の粒子沈着に影響を与える主要な要因と推定した。肺気量に比例して気道が狭い人では粒子速度の増加している可能性がある。


・さらに本研究では副鼻腔炎の肺を持つ人の大気汚染曝露に対する感受性の増加を説明できる。


・周産期および小児期および青年期の大気汚染曝露は、肺機能および肺発達に悪影響を与え、初期の肺発達も感受性からの保護または感受性の増加に役割を果たす可能性があることを示唆している。本研究は、大気汚染によって誘発された成人期の肺機能低下とCOPDについて研究した。




 本論文の筆頭研究者のJean Bourbeauは、カナダ、McGill大学の研究者であり、COPDに関する臨床研究者として、呼吸リハビリテーションの推進などで多くの業績が知られています。先に発表した研究論文では、COPDの発症となる背景にはDysanapsisがあることを示唆しています[2]。本論文では、Dysanapsisが大気汚染と深く関わっていることを初めて指摘したという点が特徴的です。Dysanapsisは、寿命が短い実験動物で再現する研究は知られ、小児の肺での指摘はあります。寿命が長い人間で観察することは困難と思われてきました。本研究では、大都会にしろカナダ人は生涯、転居が少ないというデータを根拠の一つにしています。

 Dysanapsisに関連したCOPDは臨床的にも多くの新しい問題点を提起します。現在、COPDの治療薬の大多数が吸入薬ですが、肺内に均等に広がっていき、治療効果を発揮すると考えられていますがDysanapsisが大きく影響したCOPDでは効果にバラつきがあることが考えられます。また、COPDだけでなく喘息についてもアレルギー要因だけでなくDysanapsisが関連し、悪化要因になっている可能性があります。

 本論文は、大気汚染との関わりの部分では推論によるところが多くみられますが新しい考え方として評価したいと思います。

 Jean Bourbeau教授は、私にとっても旧知であり、本年11月に開催される第32回 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会に講師として招聘される予定と聞いています。

 



参考文献:


1. Bourbeau J. et al.

Ambient air pollution and dysanapsis: Associations with lung function and chronic obstructive pulmonary disease in the Canadian Cohort Obstructive Lung Disease Study

Am J Respir Crit Care Med 2022; 206: 44–55.

https://www.atsjournals.org/doi/10.1164/rccm.202106-1439OC


2. Hoffman B. et al. WHO Air Quality Guidelines 2021–Aiming for healthier air for all: A JointStatement by Medical, Public Health,Scientific Societies and Patient Representative Organisations

Int J Public Health 66:1604465.

doi: 10.3389/ijph.2021.1604465


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