No.304 一石二鳥の薬となるか:COPDに対する脂質異常症の治療薬スタチンの効果
- 木田 厚瑞 医師
- 4月23日
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更新日:4月28日
2025年4月23日
COPD(慢性閉塞性肺疾患)の主な死亡原因は、経過中に発症する重症の肺炎、肺がんに加え心筋梗塞、狭心症などの心血管病変です。治療する側の医療者にとって、軽症のCOPDであってもつねに念頭に置くべき目標です。心血管病変の大きな原因にコレステロールや中性脂肪が高値の脂質異常症があります。脂質異常症と遺伝的素因、環境や喫煙習慣、食事、運動など生活習慣の連鎖で悪化していくのがCOPDの心血管病変の合併です。両者の悪化原因は極めて共通しています。
新しい薬の創出は、膨大な資金力が要求される製薬企業にとってはリスクの高い領域です。スタチンは、トランプ大統領も服用していると噂される薬ですが、血中のコレステロール値が高い脂質異常症の治療では、全世界的に服薬されている基本的な薬です。
スタチンの開発に至る初期の研究が、日本で行われていたことは記憶にとどめておくべきでしょう。三共製薬(当時)の研究所で働いていた遠藤 章 博士(1933-2024年)の先見性と不断の努力による成果です。スタチン1号は、発がん性があるという誤った研究結果に大きく後れをとります。三共に追随してスタチン2号となるロバスタチンを発見した米国のメルク社は、膨大な毒性試験で発ガン性がないことを証明し、三共を追い越して1987年にメバコーン®発売に漕ぎ着けました。
遠藤博士の研究は、1985年にノーベル生理学・医学賞を受賞した米国のマイケル・ブラウン、ジョーゼフ・ゴールドスタインによるコレステロール代謝の研究にも大きく貢献しました。先行したアイデアを提供したという点で同時の受賞があってもよいほどでした。ブラウンとゴールドスタインは、後日、遠藤博士の日本国際賞受賞に際してお祝いのビデオメッセージを寄せています。
そのスタチンですが、IL-6を介した抗炎症作用があることが注目され、脂質異常症の治療効果以外の作用が期待されています。重症の新型コロナウィルス感染症に対して投与された研究があります[1]。さらに最近、COPDの治療薬として有効ではないか、という論文が発表され注目を集めています[2]。いずれも先行する論文[3,4]の仮説をもとに実施された研究です。もし、事実なら、脂質異常症とCOPDの両者に対し、治療効果が期待されることになり、まさに一石二鳥です。
Q. 重症の新型コロナウィルス感染症に対するシンバスタチンの投与効果は?
・新型コロナウィルス感染症(Covid-19)は、ウィルスによって引き起こされる炎症病変である。流行した初期では、治療薬剤もなかった。その中で、スタチンの抗炎症作用が、重症のCovid-19に効果があるのでないか、と考えられた。
・Covid-19感染で重症となり、集中治療室に入院した症例を無作為に、2群に分け、シンバスタチン(リポバスR)80㎎の投与群と投与なし群の間でコロナ発症以来、90日目で統計的な優位性があるかどうかを比較した。多施設による共同治験として実施した。
・結果:重症者=2739名を、投与群=1843人、対象群=842人の間で比較した。
スタチンの投与群に新型コロナウィルス感染症に対する統計的に有意な治療効果は見いだせなかった[1]。
Q. COPDに対するスタチンの投薬効果は?
・オランダで実施されてきたロッテルダム研究の一環[2]。5歳以上を対象とした前向き集団ベースのコホート研究。2002年から2016年の間に実施した。
・3,783人のうち、2,974人(78.6%)が正常な肺機能低下者、432人(11.4%)が急速な肺機能低下者、377人(10.0%)が肺機能改善者。
・吸入薬の抗コリン薬(LABA)の効果は(オッズ比[OR]、投与群の10%増加あたり1.09[95%信頼区間(CI)、1.03-1.16])、吸入ステロイド薬(ICS)の効果は、(OR、1.08[95%CI、1.02-1.14])。
・スタチンの効果は(OR、1.04[95%CI、1.02-1.06])であり、肺機能低下者と比較して改善者となるオッズを有意に増加させた。
・逆に、βブロッカーの使用は、COPDの肺機能を急速に低下させる確率が高い (OR、1.04 [95%CI、1.00-1.09])。
・薬理遺伝学的解析により、LABA、ICS、およびβ-ブロッカーは、薬物標的の遺伝的変異に依存していることが判明した。
・結論として、COPDの治療効果として、LABA、ICS、およびスタチンは成人の肺機能を改善する可能性がある。他方、β-ブロッカーは急速な肺機能低下させるリスクがある。
Q. なぜスタチンがCOPDの改善効果を示したか?
・COPDは全身性の炎症病変であり、それに対するスタチンの抗炎症効果が肺の炎症病変であるCOPDの改善効果をもたらした可能性がある。
Q. COPD研究の問題点は何か?
・多くの人の参加による臨床研究であるが、薬物治験のような厳密さを欠いているため、
動脈硬化に関連する健康的なライフスタイルの評価や、生活面での注意を一定にすることができていない。また、スタチンをきちんと服薬していたかどうかの厳密さの評価も実施していない。
・しかし、遺伝子の層別化を行い、一定の遺伝子を持つグループに共通する薬剤効果を明らかにし得た。
・複数の投薬を同時に行っており、スタチンだけの効果を判定できにくい。併用療法による併用薬の効果(例えば、LABAとICSの相乗効果)の効果の可能性が否定できない。
・一般的に使用される薬剤(例、β遮断薬およびACE阻害薬)は、肺機能の改善、悪化に対して異なる効果を示したが、これらが異なるCOPD (例えば、肺気腫が優位な場合など)に異なる影響を与える可能性を排除することはできない。
・厳密に分類を進めた結果、統計的な対象人数が減少し、これが結果に影響した可能性がある。遺伝子検索を併用して厳密さを進めたが結果として対象参加人数が減り、統計的な結論を弱めた。
Q. 類似論文での評価は?
・スタチン投与がCOPDを改善させるがその機序としてIL-6に対する影響がスタチンの投与効果、COPDの改善効果の両者に関わっているのではないか、とする論文[3,4]がある。
図1は、現在までの研究論文をまとめ、COPDが肺の炎症であり、スタチンの投与が改善効果に至る仮説を示したものである[3]。
図1.COPDへのスタチン投与が脂質異常症、COPDの両者に効果を示す仮説

COPDは、肺の組織に広範に進行する炎症性病変である。喫煙、大気汚染、室内汚染など有害物質の吸入により病変が進行する。この機序には、個人が有する遺伝的因子が関与している。肺に持続する炎症反応は、肺がんのリスクを高める。
肺の局所的な炎症は、全身性の炎症の発火点となり、さらに心血管病変、肺以外の臓器の発がん(乳がん、大腸がん、前立腺がん)を高める。
スタチンは全身性の炎症を抑制、改善する作用があるのではないか。
文献 [3, 4]は、2013年に発表された論文とその論文の査読者のコメントです。スタチンがCOPDに対して治療効果があるのではないか、という仮説を証明した論文です。現在、手づまり感があるCOPDに対する治療薬に上乗せ効果が期待できるのであればきわめて好都合とも考えられます。たいへん興味のある論文と仮説の解説ですが両者[3,4]とも厳密さを欠いています。
論文1は、スタチンの抗炎症作用を期待して重症の全身性炎症である新型コロナウィルス感染症(Covid-19)の治療薬となるのではないか、という仮説を期待して行われた治験です。多施設参加であり、レベルの高い雑誌に掲載されたという強みはあります。軽症では、すでに効果がみられた経験例がありました。そこで、最重症で集中治療室において、Covid-19の治療中の症例に対する治療効果を検証したものです。約2,700人余りに達する症例を投与群、非投与群に分けて、治療効果が検証されましたが投与効果には統計的な有意差はありませんでした。治験は2020年10月より開始され、2023年1月で終了となりました。終了の理由はCovid-19の新規患者が激減し、それ以上の治験が組めなくなったことです。新型コロナウィルス感染による急性で重症の強い炎症反応に対するスタチンの治療効果は認められなかったということです。
これに対し、論文2は、COPDに対するスタチンの治療効果の判定です。COPDの肺にみられる炎症は、慢性で緩やかに経過する病変です。この論文は、投与の方法や管理が論文1ほど厳密ではないという弱みはありますが、通常の診療態勢の中で多数例を観察した結果、という強みがあります。論文2は前むき研究として実施されましたが、効果を検証するため細分化したため、症例数が減少し、厳密さを欠くことになりました。
すでに発売されており、しかも極めて広範囲に使用されているスタチンに追加効果を期待して将来、厳密な治験を行う可能性は限られています。その意味では医療の現場では、COPDで脂質異常症がある患者さんは極めて多く、また、心血管病変の予防はCOPDの治療では重要であるので、一人ひとりの患者さんに注意深く、効果を判定しながらの投薬は有効だと思えます。
参考文献:
1. The REMAP-CAP Investigators. Simvastatin in critically ill patients with Covid-19.
N Engl J Med 2023 Dec 21;389(25):2341-2354.
2. Bertels X, et al. Impact of respiratory and cardiovascular drug exposure on lung
function trajectories. Ann Am Thorac Soc 2025; 22: 54–63.
3. Ferrari R et al. Three-year follow-up of Interleukin 6 and C-reactive protein in chronic obstructive pulmonary disease. Respiratory Research 2013 Feb 20;14(1):24.
4. Young RP. et al. Interleukin-6 and statin therapy: potential role in the management of COPD. Respiratory Research 2013:14:74.
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