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No.360 肺の老化とは何か

  • 6月16日
  • 読了時間: 9分

2026年6月16日


 老化の予防、改善する薬や若返りの方法が、世の中に溢れています。欧米の医学雑誌にも新しい科学情報がたくさん見られます。Ageingという、言葉がキーワードの一つです。

Ageingという言葉は、手もとの辞書(リーダーズ英和辞典)では「年をとること、加齢、老化、経年変化、時間効果」とあります。老化研究の先進国、英国の辞書(オックスフォード現代英英辞典)では、Ageingを「the process of growing old」と表現し、変化の過程を重視しているようです。こちらの方が本来の意味を反映しています。


 Ageingは多くの動植物に共通ともいえる生命現象であり、病気の発症と関係し、病気になり易くする、すなわち「感受性の増加に伴う進行的かつ広く予測可能な変化を特徴とする」ことです。老化は均質なプロセスではありません。同じ人でも臓器どうしが異なる割合で老化し、遺伝的構成、生活習慣、環境曝露など複数の要因に影響されます。例えば、細胞の変異は加齢とともに幹細胞内に蓄積しますが、臓器によって異なります。エピジェネティックなデオキシリボ核酸(DNA)の年齢変化も各組織に非常に特異的であり、臓器による差異が大きいのが特徴です。デンマークの双子の研究では、遺伝が双子間の寿命のばらつきの約25%を説明し、環境要因が約50%を占めていることがわかりました。しかし、寿命が長くなるにつれて(90歳や100歳まで)、こんどは、遺伝的影響がより重要になりました。すなわち、寿命に関係する因子は、中高年では、環境要因が重要であり、超高齢者では遺伝的な影響が大きいということでしょう。


 「より良い老い」は、英国でも多くの市民の興味です。英国ロンドンのウェルカム・ギャラリーで開催されている展覧会「The Coming of Age(人生の節目)」の中心テーマとなっているといわれます(2026年6月14日、現在)。

 「より良い老い」の中で、呼吸器系の老化をどう考えるか?肺の老化は極めて複雑で呼吸器疾患の治療方針を決める際には、つねにこれらの背景を知っておく必要があります。最近、これらの変化を詳しく紹介した論文[1]が発表されましたのでその要点を紹介します。




Q. 加齢に伴う呼吸器系の病気とは?


・呼吸器系の病気には、遺伝、生育状況、加齢、環境要因などが複雑に関わってくる。


・大まかにいえば、肺という臓器は、20歳代前半までの成長期が過ぎると、すぐに老化が始まると言われている。

 ➡肺の老化は、20歳半ばから始まるということになる。

 ➡肺の生涯は成長・発育と老化という2つの軸に分かれる、という特殊な臓器といえる。

 ➡加齢が加わっても追加の病的な問題点が生じなければ、低酸素症や肺炎は起こらない。

 ➡しかし、加齢に伴う呼吸器系の解剖学的および機能的変化が、老年期の肺炎の頻度を増加させ、低酸素症を引き起こすことが多くなり、高齢者が最大限に酸素を取り込む能力の低下に寄与する。

 ➡すなわち、最大に運動できる能力が低下し、酸素の取り込む能力が低下していく。




Q.肺にみられる老化現象とは?


肺組織の弾力性が低下

 肺胞につながる弾性組織の喪失と支持するコラーゲン線維ネットワークの変化により肺胞につながる肺胞道は拡大し、結果としてガス交換に必要な表面積が減少する(duct ectasia=肺胞道の拡大)。

 ➡全体として、肺組織の体積あたりの表面積の約3分の1が寿命を通じて失われ、解剖学的に働かない容積(死腔と呼ばれる)が増加する。

 ➡肺の弾性組織の喪失により弾力性が減少する。その変化は肺内で不均一に生ずる。

 ➡その結果、最大限の運動時には、呼気気流が制限され息が十分に吐けなくなる。

 ➡肺の動的な過膨張(呼吸数が増加すると吐けなくなる)を引き起こす。


肺拡散能の低下

酸素が肺胞から肺の毛細血管中に取り込まれる現象が低下。

 ➡拡散能力は10年ごとに約5%減少するが、運動能力の高い高齢者ではその減少が少ない可能性がある➡高齢者での運動効果となる。


・加齢は換気と血流の不一致を増加させる。

 ➡使いこんできた肺の部分は、他の部分よりも血流が良好であるが、そこに空気を送り込む細い気道が呼吸サイクルでつぶれ易くなっている➡加齢とともに肺胞内とそこに至る細い肺動脈の酸素勾配が増加する➡換気と血流の不一致の影響は、仰向けでいる姿勢でより顕著に現れる➡睡眠中の低酸素血症が強くなる。

 ➡動脈血の酸素分圧は、30歳から70歳または75歳まで減少し、その後はほぼ一定のままとなる➡高齢者は高地では低酸素症に近づくことがある。


 ➡高齢者では、低酸素症になりやすい➡酸素飽和度の低下+肺機能の更なる低下が起こることがある。

➡これに対し、二酸化炭素排出は加齢によって損なわれない。動脈血中の二酸化炭素分圧の上昇は疾患による影響と考えられる。


・胸壁の可動性は年齢とともに低下する。

呼吸運動での可動域が狭くなる➡胸壁の全体的な遵守率は30歳から75歳の間に3分の1低下する。

 ➡高齢者では肋間筋の収縮が胸の可動性を抑え、腹部筋の寄与が比較的大きくなる。

 ➡したがって、高齢者は立った状態でのみ気道の完全拡張が起こる。

 ➡胸郭では高齢化とともに横隔膜は平らになり可動性が減り、効率が低下する。

 ➡横隔膜の効率低下は、運動中の呼吸運動の増加に寄与し、運動中に呼吸は30%増加することがある。

 ➡これが人工呼吸器からの離脱が困難となる原因である可能性がある。


女性では年齢による変化は、より緩やかな減少にとどまる。

 ➡肺機能検査の低下は、握力で測定される骨格筋の低下と相関する。

 ➡一秒量(FEV1)の減少は閉経後に加速し、長期ホルモン補充療法によって低下が減少する可能性がある。

 ➡受動喫煙曝露によって減少が進む。総肺活量(身長に比例した)は年齢によって有意に変化しない。


 ➡注目すべき点は、高齢患者では肺機能検査(および治療目的の吸入薬の使用)を適切に行う能力が低下していることある。


 ➡重要な点は、健康な高齢者ではスパイロメトリーと拡散パラメータの相関が弱く肺の老化が一様でないことを示唆している。


最大吸気圧(MIP)は加齢による低下が見られる。

 ➡MIPの減少は65歳までは線形であるが、その後は加速する。

 ➡吸気力と呼気力の両方は、運動習慣ありの高齢者は座りがちな人よりも有意に大きい。

 ➡運動トレーニングが加齢による低下の影響をカバーする可能性がある。


肺組織を損傷または破壊する攻撃からの回復がより遅い。

 ➡軽度の肺炎でも回復が遅れる。


高齢者では咳が弱くなる。

 ➡加齢による呼吸筋の強さへの影響や、肺の閉鎖容量の増加により呼出量が減少するためである。

 ➡粘毛のクリアランスは遅く効果も劣る。損傷後の粘液クリアランス(通常はウイルス感染)は加齢とともに遅くなる。

 ➡細い気道からの吸入粒子の除去も年齢とともに低下する。これにより、肺マイクロバイオームの変化が生じ、その多様性の喪失がFEVの低下と相関する。

 ➡特に慢性炎症によって引き起こされる肺上皮の細胞変化は、上皮層の薄さと受容体の発現の変化をもたらし、肺炎のリスクを高める➡高齢者の肺炎は治癒が遅れる。



図1. 呼吸器系に生ずるエピジェネティックな年齢変化

出典:文献1より邦訳修正
出典:文献1より邦訳修正

 

 呼吸器系の加齢に伴う構造変化を示す。咽頭では、軟口蓋の伸長、脂肪沈着、軟骨構造の変化が起こる。血管は硬化し、組織のリモデリング、線維化は肺の弾力性と組織コンプライアンスを低下させる。他方、気管支の弾力性の低下はつぶれやすさ(虚脱)の可能性を高める。細気管支と肺胞管の拡張は肺の閉鎖容積を増加させ、呼吸に必要な部分を減らす。全身の筋力低下は、胸郭と横隔膜が胸腔に加える力を低下させる。

 


図2.呼吸器系のエピジェネティックな修飾現象と潜在的に影響を与える要因

出典:文献1より邦訳修正
出典:文献1より邦訳修正

 煙突や車の排気ガス、タバコの煙、火山灰、オゾン、その他の汚染物質などの大気汚染物質の呼吸器感染や吸引は、テロメアの短縮を起こす。時間の経過とともにエピジェネティックおよび遺伝的の修飾作用を引き起こす可能性がある。これらの変化はミトコンドリアの機能障害を引き起こし、活性酸素種、サイトカイン、成長因子のレベルを上昇させ、呼吸機能障害につながり、高齢者の炎症性老化を悪化させる。

 

 

 

Q. 肺の老化に関する理解を治療にどのように反映させるか?

 

老化は単一臓器の現象ではなく、肺に加齢に伴う変化が見られる人は、必然的に他の臓器系にも老化の兆候が見られる。

 ➡肺の老化の管理は包括的であるべきであり、多職種連携によるアプローチが必要である。

 ➡老化に伴う課題は薬物療法だけでは解決できないことが多い。

 

  

 

Q. 老年学を背景とした応用医学の要点は?


・全身状態の悪化状態では投薬、点滴など生物医学的なアプローチでは成功する可能性は低い。

 ➡アプローチは身体的な側面だけでなく、心理社会的な側面も大きく関わっている。

 ➡ 老化に伴う症状を、自身の健康状態の悪化を思い起こさせるもの、自己喪失、象徴的な事象、そして人生の最終段階の到来を告げるものと捉え、それが精神的な幸福感に深刻な影響を与える可能性がある。


・人によっては、老化に伴う症状が虚無感を呼び起こし、予防や健康増進のための戦略、特に生活習慣の改善を伴う戦略への取り組みを阻害する可能性がある。

機能の維持と機能下への適応において、看護指導、理学療法、作業療法が果たす役割は、大きい。

 ➡従って、肺の健康を維持し、加齢に伴う機能低下を遅らせたり逆転させたりするための早期介入は、価値のある先行投資である。

 ➡総合的な予防医学、早期治療の考え方を導入する必要がある。




 外界に開放している肺は、環境要因で大きく影響を受けます。影響を受けやすいのは、肺の構造が未完成な乳幼児であり、加齢変化が大きくなった高齢者です。その結果、気道感染による炎症(肺炎)は重症化しやすくなります。新しい抗生物質の開発だけでは、環境弱者の肺炎を治癒させることは不可能です。

日常の活動性が低下し、さらに栄養状態の悪化がある場合の肺炎は、発症する前の段階での健康の維持こそが効果的であり、最良の治療法であることを示唆しています。

 自分の健康を守るために、必要な情報を身に付けることの大切さを訴えています。


 本論文では結論として、予防的医療の大切さを強調しています。日常の安定した状態で専門看護師、理学療法士、管理栄養士ら多職種の医療者が効率的にアドバイスし、介入することが必要であり、さらに、医療者に治療選択を任せてしまうのでなく、予防医療の情報を持ち、自分自身の希望する治療法と生命観を持つことの大切さを教えてくれています。

 高齢者人口の増加に伴い、必要とされる医療費の高額化が問題とされています。高齢医学の先進国である英国からの将来医療に対する提言は、納得できるものです。




参考論文:


1.International Consortium to Classify Ageing-Related Pathologies (ICCARP) respiratory working group members.

The crucial role of normative ageing in respiratory pathogenesis. Lancet Healthy Longev 2026; : 100842 Published Online April 24, 2026 https://doi.org/10.1016/ j.lanhl.2026.100842


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