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No.364 期待される傷ついた肺胞を再生させる新治療

  • 7月20日
  • 読了時間: 7分

2026年7月20日


 肺は、酸素を取り込み、二酸化炭素を体外に排出するという生命を維持するための

大切な役割を担っています。その機能の中で「肺胞」という小さな構造単位こそがその中心です。

 急性の呼吸器疾患には多くの種類がありますが、治療が難しい急性呼吸窮迫症候群(ARDS)があり、慢性の呼吸器疾患の中ではCOPD、特発性肺線維症(IPF)があります。これらの疾患は、発症や経過は異なっていますが共通している点は、肺胞が広い範囲にわたり構造変化、すなわち構造破壊が起こることです。その結果、重症化すれば生体の維持に必要な酸素のとりこみが行われなくなります。元の肺胞構造をうまく回復させることが、共通した治療の最終目標です。これにたいし発症の頻度が高い気管支肺炎も肺胞構造に広範囲な炎症を起こす疾患ですが、炎症反応に対して抗生物質の治療が奏功すれば、多少の問題点は残すにしろ、元の肺胞構造に戻せる、すなわち構造破壊が起こりにくい点が先の疾患群とは異なる点です。


 薄い膜状の肺胞の構造の主役は、空気に接する面に位置する肺胞上皮細胞です。肺胞上皮細胞には2種類が代表として知られています。圧倒的に広い面積をカバーしているのがI型肺胞上皮細胞(AT1)であり、この元になる細胞がII型肺胞上皮細胞(AT2)です。AT2は、AT1が壊れたあとの補充と肺の表面張力を低下させ膨らみやすくする物質、サーファクタントを産生しています。


 肺胞をいかにして再生させるか。すなわち肺胞上皮細胞を必要に応じて再生させることができれば、先に紹介した治療が難しい急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、特発性肺線維症(IPF)の新しい治療法が進むことになります。


 ここでは、研究の先端にある研究論文[1]とこれに対する編集者のコメント[2]を合わせて紹介します。




Q. 新しいIPFの治療薬とは?


・米国食品医薬品局がピルフェニドンとニンテダニブを承認してから10年の空白期間を経て、これらの研究に関連する2つの新しい特発性肺線維症(IPF)治療薬が最近登場した  ➡すなわちcAMPの分解を阻害するホスホジエステラーゼ4B阻害剤であるネランドミラストと、PGI2アナログであるトレプロスチニルである。




Q. 肺胞障害の修復とは?


・IPFを含む慢性びまん性肺疾患は、類似した病理学的起源、すなわち上皮細胞の運命と表現型の変化として現れる損傷に対する異常な反応を共有している。

 ➡過去10年間で、病変肺には、異常または不完全な修復の結果として生じる様々な異常な上皮細胞型/状態が存在し、それが特定の血液生化学マーカーによって識別できることが示された➡このマーカーの利用で診断と重症度の判別が簡便化された。

 

・肺胞構造が障害され、さらにその修復が不完全の結果、肺胞毛細血管バリアの破壊、持続的な炎症、および線維化につながる制御不能な創傷治癒反応などが生じる可能性がある。

 ➡これらの異常な肺胞上皮細胞のうち、正常な肺胞修復において、肺胞2型(AT2)前駆細胞からガス交換を行うAT1細胞への分化中間段階を示す移行細胞が同定されており、線維化において蓄積することが示されている。




Q. 本論文の研究内容?


研究の仮説:

・線維化に対抗できる正常なAT2からAT1への分化転換の治療可能な決定因子としてプロスタサイクリン(PGI2)軸が考えられるのではないか。

 ➡その背景理由として、PGI2は、ベースライン時およびタバコの煙への曝露時の両方において、気道および肺胞上皮細胞の再生を促進する能力が最も高いことが、示されている。



研究方法と結果:

・IPFと正常肺の空間トランスクリプトミクスデータセットを用いて、まず、Gタンパク質共役受容体であるIPを、AT1マーカー遺伝子を示す移行上皮細胞に最も密接に関連するプロスタノイド受容体遺伝子(調べた8つの受容体のうち)として同定した。


・PGI2の近傍の細胞源を評価するために、著者らは同じデータセットを用いてPGI2合成酵素PTGISの遺伝子発現を決定し、IP発現上皮に隣接する細胞におけるPTGIS発現の大きさが、移行AT2細胞におけるAT1遺伝子スコアの上昇と直接関連していることを発見した。


・次に、標準的な遺伝子導入および薬理学的手法を用いて、PGI2 /IP軸が細胞を使った実験系とマウスを使った実験系、すなわちin vivoおよびin vitroでのAT2からAT1への分化転換、ならびにin vivoでの線維形成に及ぼす影響を調べた。


・肺胞オルガノイドモデルでは完全に分化したAT1細胞を生成することが困難であるという限界はあるが、著者らは、IP拮抗作用およびIP欠損がオルガノイド培養におけるAT2分化転換を阻害することを実証した。


・in vivoでは、AT2細胞で条件付きIP欠損を有するマウスは、LPSとブレオマイシンは、AT2の分化転換障害と線維化の悪化と関連して作用する。一方、IPアゴニストは、正常およびIPF患者由来のAT2細胞においてin vitroで分化転換を促進し、ブレオマイシンモデルマウスにin vivoで投与すると肺胞修復を促進し、線維化を改善した。


・最後に、PGI2 /IP軸のAT2からAT1への分化転換に対する有益な作用のメカニズムは、プロテインキナーゼAの活性化によってMAPキナーゼJNKが阻害され、その結果p53の発現が増加することであると結論付けた。



結論:

プロスタサイクリン(PGI2)軸が、肺線維症を悪化させるプロセスの一つであることが

判明したので、これを正常化させる薬の発見につながる可能性がある。




 Yuらがここで報告した新たな知見は、結論は明快ですが複雑な実験系に拠っています。最終目的は、間質性肺炎の進行を阻止するという治療薬を発見するための基礎情報です。 既報の知見を肺線維症の領域にまで拡張し、治療に関連する重要な新たな洞察を提供すると同時に、今後、解決すべき新たな道筋を提起しています。うまくいけば、肺移植に至る前段階として、肺胞再生というメカニズムに新たな道筋を提案するユニークな研究と思われます。急性呼吸窮迫症候群、COPD、特発性肺線維症(IPF)は完治が難しい疾患ですが、肺胞再生という新しい治療法に道筋をつける期待があります。

 肺胞の壁にあり、その構造を維持する元の細胞となるII型上皮細胞(AT2)を外からの薬剤の投与で増やすことができ、線維症の発症と共に線維芽細胞のような性質をもつ細胞の活動性を抑えこむことが第1段階とすれば、さらにこれらの細胞をうまく正常なAT1に変化させることができることが治療の第2段階です。すなわち肺胞の再生です。線維芽細胞のような性質をもつ細胞は、平滑筋細胞によく似た形状となり、その周囲にコラーゲン、エラスチン、多糖体成分などが取り囲むようになり肺胞壁の線維化が完成してしまいます。これらを抑え込む治療が第3段階だと言えます。本研究では前半部分の変化、すなわち病変の初期段階に将来の解決点を見出した、という点が新発見ということでしょう。  臨床医の役割は、間質性肺炎に至る初期段階をいかに見つけ、新しい治療にもっていくかが課題です。AT2が形を変えて増え続けることは肺がんの発症リスクを高める可能性があります。併行してこの過程を制御する方法も必要です。


 ノルウェーのメッテ=マリット皇太子妃(52)が、2018年に肺線維症と診断され、闘病中との報道がありました。すでに酸素療法を実施中であり、その後、肺移植が実施されたと報道されています。公務とのはざまの継続治療であり、写真では、ステロイド顔貌や酸素欠乏によると思われる赤ら顔も見られ、ご本人だけにしか分からない多くの苦しみや悩みの中での治療選択だと思われます。私がこれまで診てきた多くの間質性肺炎の患者さんたちと共通する大きな苦しみを感じられておられることでしょう。治療が奏功し、日常生活に復帰できる日を祈念したいと思います。


 米国胸部学会からは臨床研究での新発見と、基礎研究面での論文、さらに教育目的の情報提供の3種の雑誌を発行しています。いずれも呼吸器領域における新しい視点での発表にもとづき、その信頼性が雑誌の評価となってきました。ここで紹介した論文は、基礎研究としての新発見というべきでしょうが、臨床応用に極めて近づいていることから編集委員会の判断で臨床色の強い雑誌、米国胸部学会誌(Am J Respir Crit Care Med)誌に掲載したものと思われます。内容は難解ですが多くの間質性肺炎の治療に悩む患者さんに希望を与える成果です。近い将来の更なる発展を期待したいと思います。


注: 関連したコラムとして、コラム351、コラム336などがあります。




参考文献:


1.Yu T., et al.

Prostaglandin I2 receptor activation pro‑motes alveolar regeneration via the 2 JUN/p53 pathway. Am J Respir Crit Care Med. 2026; 212:1467‑1482.

https://doi. org/10.1093/ajrccm/aamag116 

 

2. Peters-Golden, M., et al.

New trick for an old dog: prostacyclin enhances alveolar repair. Am J Respir Crit Care Med. 2026; 212: 1410–1411. https://doi.org/10.1093/ajrccm/aamag199


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