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No.49 マスクは新型コロナウィルス感染の予防となるか

2020年4月13日


 緊急事態宣言が発出され、都内では街を行き交う人たちや地下鉄の乗客が急減しましたが9割に近い人はマスクをかけています。私が診ている患者さんでは喘息やCOPD (慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)が多いので、マスクをしていても咳をすると露骨に嫌がられるとこぼす人がいます。

 政府は全世帯にマスクを配給することになりましたが、マスクをすることによりどのくらいの感染予防効果があるかは、必ずしも明らかにはされていません。

 ここで紹介する論文[1]は、新型コロナウィルス感染(COVID-19)の流行での中でマスクの有用性を検討した論文です。対象としたウィルスはコロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスの3種です。ただし、コロナウィルスはCOVID-19の原因とされるウィルスSARS-CoV-2ではなく通常のカゼの原因となるウィルスです。

 カゼにかかった人が咳をすると、呼吸性微粒子(respiratory droplets)、エアゾルとして多量のウィルスが周囲の空気中に多量にまき散らされ、これを吸い込んだ人たちが次々と感染を広げていくことが知られています。



Q. 呼吸ウィルス感染の問題点はなにか。


・カゼを引き起こすウィルスは呼吸ウィルスと呼ばれており数種が知られておりコロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスはその代表である。通常のカゼは大多数が軽症であるが、時にウィルス性肺炎として重症化することが知られている。例えば、インフルエンザ感染でも急性呼吸窮迫症候群を起こすことがある。


・ヒトからヒトへのウィルスの拡散は、直接的な接触か、間接的な接触により起こる。間接的な接触は、呼吸性微粒子(respiratory droplets)とエアゾルを吸入することに分けられる。


・呼吸性微粒子(respiratory droplets)は直径が5μ以上(1マイクロは1000分の1㎜)とそれ以下の微細粒子に分けられる。後者はほぼ細胞の核の大きさに相当する。これらは咳と一緒に空気中に吐き出されることになり、周囲に置かれている家具などの表面に付着する。


・従来は、インフルエンザ予防の方法として手洗い、うがい、マスクが推奨されてきた。このうち手洗い、マスクは接触予防の効果と呼吸性微粒子の吸入を予防する効果が知られているがその他のウィルス、例えば、SARS-CoV-2の予防効果については不明である。


・医療者は、肺結核など呼吸器感染症を有する人が咳などにより感染が拡大しないよう発生源コントロールの目的でマスクを奨めてきた。他方、医療者がマスクをする理由は、患者保護の目的にあり、例えば創傷の縫合など外科処置の際に感染を予防する目的で使用している。


・しかし、一般の人たちがマスクをする目的は、フィルター効果と細菌など生物以外の有害な微粒子の吸入を防ぐ目的で使用されている。これが呼吸ウィルスの感染予防として利用できるのかどうかをこの論文[1]は検証した。



Q. 方法と結果


・2回の時期に分け、症状からカゼなどに該当する計3,363人を検査し、呼気の採取に協力してくれた246人を抽出した。その内訳は、呼気でマスクなし、122名。呼気でマスクあり、124名。49名は別個に2回目の呼気も採取した。コロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスのうち少なくとも1種類のウィルスが逆転写PCR法により陽性となった人は246人中の123人であった。内訳は、季節性ヒト型コロナウィルス感染17名、インフルエンザウィルス感染43名、ライノウィルス感染54名。1人はコロナウィルスとインフルエンザウィルス、2人はライノウィルスとインフルエンザウィルスの重複感染だった。


・陽性者の24%では37.8℃以上の発熱あり。インフルエンザ感染はコロナウィルス、ライノウィルス感染の2倍以上の頻度で発熱あり。コロナウィルス感染では咳が多く、30分間で17回以上であった。マスクのあり、なしで咳の回数には差がなかった。


・ウィルスの拡散を知る目的で、綿棒による鼻咽腔粘膜の擦過、咽頭粘膜擦過、微粒子とエアゾルを含む呼気を採取した。これによるウィルス量を測定し、比較したところ、同一人では鼻咽腔擦過法は咽頭擦過法よりもウィルス量が多かった。これはコロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスの間では差がなかった。現在、鼻咽腔擦過法によりPCR法の検体が得られているがこの方法が妥当であることを示している。


・マスクのある、なしで呼気中の微粒子とエアゾルを含む呼気を比較したところ、マスクありではコロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスが陽性となった比率は、30%, 26%, 28%であったが、他方、マスクなしでは、40%, 35%, 56% と後者の比率が高値だった。ウィルスによる差はほとんど見られない(統計的な有意差は部分的である)。


・コロナウィルスについてマスクありとなし、では呼気中の微粒子中で陽性、エアゾル中で陽性はそれぞれ、30%、40%であったが、マスクありでは、いずれもウィルスは検出されなかった。同様な結果はインフルエンザウィルスにおける比較でも同様だった。マスクは他人に対する感染予防効果があると推定される。


・インフルエンザウィルスでは、呼気採取の時期のずれにより初期か、発症期かでウィルス量の増減があったがコロナウィルスでは一定であった。初期でもウィルス量は必ずしも少ないとは限らない。さらにそのうち29%では呼気を採取する段階では咳がないのに陽性であった。このことは無症状であっても呼気中に含まれるウィルスが存在することを示唆する。


・コロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスの感染症状で共通している項目は以下の通り。発熱、咳、咽頭痛、鼻汁、頭痛、筋肉痛、痰、息切れ、悪寒、多汗、倦怠感、嘔吐、下痢。


 コロナウィルス感染に比較的特徴な症状は空咳、咽頭痛、鼻汁、倦怠感、であり、痰は少なかった。病初期にもっとも症状が強くでるのはインフルエンザ感染であった。

 これらのことから、新型コロナウィルス感染症の初期には、症状は通常のカゼと見分けがつきにくく、しかも初期の症状はインフルエンザほど強くはないので受診や治療開始が遅れる理由となりそうである。



Q. 何が判明したか。


 コロナウィルス、インフルエンザウィルス、ライノウィルスなどで引き起こされるカゼは人の病気の中でもっとも頻度が高い病気です。これまではインフルエンザ感染だけが注目され、ワクチンやタミフルなど治療薬の開発が進められてきました。他方、新型コロナウィルス感染症は、研究や対策が遅れている弱点を奇襲されたようです。



 この論文は、新型コロナウィルス感染症を対象としたものではありませんが、コロナウィルス感染では共通の性質を持っており、新型コロナウィルス感染症も同様であろうと推定しています。インフルエンザウィルスの感染と異なる点は、初期症状がインフルエンザほど強くないがウィルス量は多くを吐き続けている可能性があることです。このことは予防策を立てる意味で大切です。

 マスクでどの程度、咳やくしゃみによる感染が予防できるかは不明でしたが、科学的なデータとして証明されたようです。掲載雑誌は、ハイグレードであり、厳しい査読を経ているという点で結果は信用できると思われます。しかし、検討している例数が必ずしも多くないのが弱点といえます。


参考文献:

1.Leung NH. et al. Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks. Nature Medicine 2020, DOI:10.1038/s41591-020-0843-2


※無断転載禁止

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