2020年9月8日
新型コロナ感染症(COVID-19)の治療面での対策は、有効な治療薬と予防ワクチンの開発にかかっています。いずれも膨大な開発研究費がかかり、かつリスクの高い新薬開発となる可能性が高いのが問題ですが先陣争いは熾烈(しれつ)です。しかし、リスクは高いが成功すれば高い収益性が期待でき、さらに開発国としての名誉もかかっています。
ここでは、最近、評価が高い二つの雑誌、Nature[1]とNew England Journal of Medicine [2]に掲載された論文を紹介します。Nature は開発の現状を、New England Journal of Medicine は、臨床治験のデータを掲載しています。
Q.ワクチン開発の現状は?
・2020年9⽉2⽇の時点で、COVID-19ワクチンの研究開発には321の候補がある。
これらのうち、32のワクチン候補が臨床試験に入っている。
・治験全体では34か国の少なくとも470のサイトから280,000⼈を超える参加者を登録する計画である。最先端の臨床候補者は現在第III相試験中であり、ライセンスをサポートするデータは今年後半に利⽤可能になると予想されている。
Q.候補ワクチンの分類は?
・下図は、研究段階にあるか、前臨床段階であるかを示したものである。
・色別の分類は、ワクチンの開発理論の分類を示しており、10種類に大別されている。最も、臨床治験が進行しているのはうち6種類である。
出典:Le TT. et al. The COVID-19 vaccine development landscape Nat. Rev.Drug Discov.2020;19:305-306. DOI: 10.1038/d41573-020-00151-8を一部改変
・現在臨床試験中のワクチン候補の大部分は、スパイク(S)タンパク質とその変異体を主要な抗原として標的としている。ただし、Nタンパク質、弱毒化ワクチン、不活化ワクチン、ペプチドワクチンをターゲットとする候補など、他の抗原や複数の抗原をターゲットとする候補も進んでいる。
Q.ワクチン開発の母体は?
・多国籍企業の関与が増加している。臨床レベルに近い11グループは中国の組織である。
・臨床レベルに達している8グループは、疾病予防の連合(CEPI)を含むWHOが主導するコラボレーションであるCOVAXからの資金援助に拠っている。
Q.臨床応用への展望は?
・WHOは、臨床試験の設計、実施、評価、およびフォローアップのガイダンスを決めている。
・臨床治験に入った場合の安全上に考慮すべき項目はWHOにより近日中に発表される予定である。その内容には、対象とする疾患の定義(AEFI)、潜在的な有害事象(AESI)のリスト、対象とする症例の定義、実施ツール、およびいくつかのバックグラウンド率; 核酸、タンパク質、ウイルスベクター、不活化ウイルスおよび⽣ウイルスワクチンを含む。技術によるワクチンの利益とリスクの評価のための重要な情報を収集するための標準化されたテンプレートが含まれる。これは、ワクチン媒介性増強疾患に対するコンセンサス会議の成果によるものである(Vaccine 2020;38:783-4791)。
Q.ワクチン開発の具体例は?
・NVX-CoV2373は、組み換え型重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(rSARS-CoV-2)ナノ粒子ワクチンで、三量体のSARS-CoV-2スパイク糖タンパク質とMatrix-M1アジュバントから構成されている。オーストラリアの2か所で実施。Novax社製。
Q.NVX-CoV2373の治験方法は?
・rSARS-CoV-2ナノ粒子ワクチンと免疫性を増強させる目的のMatrix-M1アジュバントのセットとなっているので両者の安全性と効果、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)に対する抗体の産生があるかを検討した。
・野生型SARS-CoV-2の抗体価とは、感染から回復した患者の抗体価であり、これと比較した。
・rSARS-CoV-2ナノ粒子ワクチンは、5μg、25μgの2種群の2群とMatrix-M1アジュバントあり、及びなしの計4群と両者が含まれていない偽薬群の5群間で比較した。
・計131例の健康人。濃厚接触者を避けるため医療関係者は含まず。開始前にPCR検査を実施し、感染がないことを確認した。
・投与方法は21日の間隔で筋注。抗体価の上昇、副反応の有無、Tリンパ球系の反応、IgM抗体の形成を調べた。
Q.X-CoV2373の治験結果は?
・副反応で重篤なものは認められなかった。
・rSARS-CoV-2ナノ粒子ワクチン5μg+Matrix-M1アジュバントの2回投与後の抗体上昇は、感染から回復した患者の抗体価とほぼ同等であった。これが製品候補となる可能性が高い。
出典:Keech C. et al. Phase 1-2 trial of a SARS-CoV-2 recombinant spike protein nanoparticle vacctine.
New Eng J Med published on September 2, DOI: 10.1056/NEJMoa2026920
図説明:
偽薬群では抗体価の上昇なし。5μg+アジュバント群の抗体価の上昇は、25μg+アジュバント群と同等。
図上段:抗スパイクIgG抗体価の上昇が各投与群で見られたかを検証した。
図下段:野生型SARS-CoV-2(流行中のコロナウィルス感染)に対する中和抗体の上昇があるかどうかを各投与群で検証した。
Q.治験結果の問題点は?
・治験対象症例が少数であり、人種では黒人、ヒスパニック系を十分に含んでいない。若年層で健康者のみを対象としており、死亡率が高い高齢者、慢性疾患を含んでいない。観察期間は35日までと短い。
・治験費用は、CEPIサポートに拠っており、Novax社は薬剤提供のみに関与し、治験に必要な費用は負担せず。
・直ちに第Ⅲ相の治験に入る予定である。
恐らく今年の暮れごろまでには候補となるワクチンが決まり、感染リスクが高い人、および感染で重症化する可能性が高い人から順に接種が開始される可能性が高くなりました。
かつて、わが国ではワクチン渦が問題となり、ワクチン接種が過剰に控えられインフルエンザの死亡者を多く出した歴史があります。私は、1995年ごろの冬、NHK TVの「クローズアップ現代」にスタジオ出演し、高齢者の肺炎を予防するためにインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの接種を広めるべきだと話したことがあります。反響は極めて大きいものでしたが、一般の視聴者からは、肺炎球菌ワクチンはどこで接種すべきか、至急、教えて欲しいという質問が多数あり、他方、医療者の一部からは、肺炎の予防注射などあるはずがない、馬鹿げているとの非難を受けました。批判記事として掲載した月刊誌もありました。当時は義憤にかられ、俳優の中尾 彬さんと数年間、一緒に対談やらTV出演をして啓蒙活動を行ったことを懐かしく思いだします。以来、四半世紀が経ち、現在では肺炎球菌ワクチンは自治体が補助をして高齢者には広く接種されるようになりました。
コロナワクチンは、安全性について十分に検証する時間がないので再び同じような騒動が起こるのではないかと密かに心配しています。
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