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No.138 新型コロナ感染症で見られる血液凝固障害


2021年2月4日


 新型コロナ感染症(COVID-19)がどのように重症化していくのか、どのように治療を進めれば最も効果的か。治療の最前線で働く多くの医療者が共通して知りたいと思っています。 

COVID-10に関する研究論文は、膨大な数字となっていますが玉石混交。出版による公表を急ぎたいという理由もあり、一読者としての判断も難しくなってきています。

 多くの情報の中で血液凝固障害に関する情報は、COVID-19に関わる中心的な問題点だと思われます。




Q.臨床的な観察事項での疑問点は何か?

Natureの記事によれば、2020年5月の段階で、生じた疑問点は以下の通りであった[1]。


・皮膚に紫色の発疹がある。足が腫れる。カテーテルが詰まる。突然死を起こす。

➡共通しているのは血管の中で血液が凝固する血栓が頻回に生ずることである。


・オランダ、フランスの研究では、最重症のCOVID-19では20-30%に血栓があった。


・治療で抗凝固剤を投与してもCOVID-19の血液凝固は完全に抑えることができず、若年者が脳卒中を起こしている。


・臨床的には血栓が溶解したときのタンパク質フラグメントである血中のD-ダイマー値が高値では予後が悪い。


・肺だけでなく皮膚の毛細血管にも血栓がみられたという報告がある。


・新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)が血管の内側を覆う内皮細胞を直接的に傷害させている可能性がある。内皮細胞は、新型コロナウィルスが肺細胞に侵入するために使用するACE受容体を有している。また、腎臓組織の内皮細胞を用いた研究では、感染により本来は円滑である血管の内側構造に凹凸がみられ、血栓形成を起こしやすくするという説がある。


・コロナウィルスは、血液凝固が起こらないようにしている補体系を活性化させる、という説がある。COVID-19の人では肺、皮膚の毛細血管に血栓ができているところでは補体タンパク質がちりばめられたように分布していた。


・補体、炎症、血液凝固の全てにコロナウィルスが関係し、1種のハイパー・ドライブ状態である。


・高齢者、肥満では凝固亢進がある可能性があり、高血圧、糖尿病があるとさらにリスクが増す。高熱で重症のため体動がほとんどないことも血液凝固の危険を高める。


・COPVI-19で人工呼吸器を装着している人で、抗凝固薬を投与した場合の死亡率が、しなかった場合よりも低い。


・強力な血栓破壊薬である組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)を投与する臨床治験が開始された。これは強力であるが逆に出血のリスクが高くなる。




Q.重症COVID-19 に起こる重症肺炎、肺障害の所見とは?


胸部CTなど画像所見から得られた情報は以下の通りである[2]。


・重症COVID-19における肺傷害では、肺組織の血管に調節障害が生じ、その結果、肺の局所潅流の異常が生ずる、と考えられている。


・COVID-19の主な死因は呼吸不全による。

・COVID-19の肺に起こる病変は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は、従来、知られているARDSとは異なった機序で起こるのではないか?


・COVD-19に特有な病変は、異常で過剰に生ずる炎症と血液凝固が滝のような連鎖反応として起こる「免疫血栓症」と呼ばれるもので、病初期に起こる血中のIL-6, D-ダイマー、LDH、フェリチンの上昇と並行して生じ、その結果、死亡率が高くなる。


・他の変化は、血管の内皮細胞が広範に傷害され、その結果、血管としての機能が失われる。


そこで、著者たち[2]は、重症COVID-19の患者について、1)生理学的なデータ、2)CTによる肺の血管造影(CTPA)、3)Dual-energy CTによる肺血管の図示化、4)種々の血液検査。研究は、ロンドン、王立ブロンプトン病院で実施した。


・研究結果:重症COVID-19の39人を対象。平均 53歳(29-79歳)。

胸部CT:正常な含気面積、スリガラス陰影、濃厚な浸潤陰影は、それぞれ、23.5%, 36.3%, 42.7%。肺の末梢血管の拡張所見は63.6%に見られた。急性肺血栓症の所見なし。造影剤で描出された異常な血管陰影は、小枝が芽を出しているtree-in-bud patternが特徴的であった。

Dual-energy CT:血流途絶が90%にみられた。


・結論:重症COVID-19肺炎では血液凝固能が亢進しているだけでなく、肺血管の潅流異常が見られた。その原因は、肺血管傷害と血液凝固能の亢進が推定された。


・考察:既報(Gattinomiら、2020)では、COVID-19 で見られる急性呼吸窮迫症候群は、2型に分かれるとしている。


L型:肺に十分、空気が入っており、胸部CTでスリガラス陰影は少ない。このような場合では人工呼吸器の陽圧設定は軽度でよい。


H型:病変により肺は硬くなり、胸部CTでは広い範囲に陰影が広がり、人工呼吸器の陽圧設定の圧を高める必要がある。このような、観察結果に一致した所見が得られた。


・サイトカイン・ストームが原因ではないか。あるいは好中球と血小板が相互に関わりあっている可能性がある。


・肺血栓塞栓症の所見は、本研究の39例中、15例に見られている。これは、通常では深部静脈血栓により生ずるものが大多数であるが、COVID-19では、肺血管傷害が広い範囲で起こっており、肺内で血栓形成が加えて生じている可能性がある。




 この論文が発表されたあと、さらに論争が続いています。肺血管傷害が、どのような機序で進むのか。毛細血管が均一の内径のまま傷害が進むのか、毛細血管があちらこちらで太さが異なる凹凸を来してしまうのか、などです。これは、後遺症を残すかどうか、に関わる重要な課題です。




参考文献:


1.Willyard C. Coronavirus blood-clot mystery intensifies. Research begins to pick apart the mechanisms behind a deadly COVID-19 complication. Nature 581, 250 (2020)


2.Patel BV. et al. Pulmonary angiopathy in severe COVID-19: physiologic, imaging, and hematologic observations. Am J Respir Crit Care Med 2020; 202: 690-699.


※無断転載禁止

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