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No.169 睡眠不足は新型コロナワクチン接種の効果を弱める


2021年5月21日


 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染予防の中心はワクチン接種です。

しかし、ワクチンをうてばCOVID-19に感染しない、と断言できるわけではありません。

ワクチン接種により体内の免疫反応が正常に働き、感染ウィルスに対する抗体産生が十分でなければ必ずしも予防には至りません。

 ワクチン接種の後、睡眠時間が重要であることは、これまでも多くの報告があります。古くは健康な大学生たちにインフルエンザ・ワクチンを通常の通り接種した後に2群に分け、一方は睡眠時間を、4時間程度に減らし、他の群は8時間以上、十分な睡眠をとらせたあと、血中の抗体価を調べると睡眠時間を短くした群では抗体産生が十分ではなかった、という論文を読んだことがあります。私は日頃から、患者さんにはワクチン接種の後は十分な睡眠をとるよう勧めてきました。


 ここで紹介する論文[1]は、COVID-19のワクチン接種と睡眠時間の大切さを論じたものです。スウェーデン、Uppsala大学の研究者の報告であり、掲載雑誌は、呼吸器領域で評価の高い雑誌です。




Q. COVID-19ワクチンの効果の比較は?


・現在のワクチンはmRNA、タンパク質サブユニット、ウィルスベクター利用の3種類がある。

(注:わが国で現在(令和3年5月17日現在)使用されているのは米国、ファイザー製のmRNAワクチンである)


・ワクチンがCOVID-19の重症化、死亡率をどの程度、減少させるかについては差がある。


・mRNAワクチン(ファイザー製)の場合、43,448人の臨床治験のデータでは、発症の予防効果をみると第1回目接種後では、29.5~68.4%、第2回目接種後では、90.3~97.6%であった。


・アストラゼネカ製は、現在、進行中の臨床治験で23,484人を対象にしたデータでは有効性は、41.0~75.2%であった。




Q. ワクチン接種後に抗体がどのように産生されるのか?


・本論文の著者たちは睡眠時間が深く関わるとして下図のような機序を仮説としている。


出典:Benedict C. et al. Could a good night’s sleep improve COVID-19 vaccine efficacy? Lancet Resp 2021; 9: May. より一部改変


・ワクチン接種後の睡眠時間の長さと接種に望ましい時間帯が抗体産生にどのような効果を示すか、を理論的に推定した仮説である。




Q. ワクチン接種後の睡眠時間の長さの確保が重要であるという根拠は?

筆者らは、以下の文献を挙げて仮説の根拠としている。


・インフルエンザウィルス(1996-97)に対するワクチン接種後、10日目で調べると血中のIgG抗体価は、4時間に睡眠時間を減らした人では、普通の睡眠時間の人の半分であった。


・B型肝炎ワクチンでも睡眠時短縮群では、ウィルスに反応し、個体の免疫反応に関わるとされるT-helper 細胞数が減少していた。


・A型肝炎ウィルスワクチン後に、眠った群と眠らなかった群で比較すると、ウィルスに特異的なT-helper細胞は、2倍の差があった。


・さらにこの文献では、第1回目ワクチン接種後、十分、睡眠をとった群では睡眠をとらなかった群と、0週と8週後にインターフェロンγ(IFN-γ)陽性の免疫細胞数を比較すると睡眠群では有意に増加していた。IFN-γは、ウィルスの増殖を抑え、ウィルス性感染症の発症を抑制する効果がある。


・2009 H1N1インフルエンザ・ワクチン接種では睡眠不足の男性では、H1N1特有の抗体価は減少していたが、女性ではそのような傾向は認められなかった。

 ➡男女差を指摘しているのはこの文献だけである。


・夜間の十分な睡眠は、獲得免疫反応を促進する。抗炎症サイトカインであるIL-10を減少させ、先行する炎症性サイトカインであるIL-12を増加させる。


・以上の過去に報告されている論文データでは、ワクチン接種後の睡眠時間の長さが宿主側の免疫応答に作用することを示しているが、睡眠の質や、中等度ないし重症の閉塞性無呼吸症候群ではワクチン接種後に抗体産生に差があるかどうかについては不明である。


・健康な若年者にA型肝炎に対するワクチン接種後、睡眠不足にしたところ、20週目での抗体産生が不十分であったため、追加のワクチン接種が必要であった。


・多くの健常者は、ワクチン接種後の睡眠時間は無関係と考えている。ワクチン接種後は十分な睡眠時間をとることが必要である。




Q. その他新型コロナ変異株などに対する問題点は?


・mRNAワクチン接種後においても変異株B.1.351感染は、約3-6倍、中和抗体を減少させると報告されている。


・体内の免疫反応には規則正しい日内変動がある。その点からは午後の接種より午前の接種の方が効果を上げる。


・夜間シフトの労働者では、この日内変動の変化が定着しているのでCOVID-19の感染リスクが高まると云われている。さらに再感染の危険も高くなるので要注意である。


・仕事時間のフレックスタイムが広がっており、睡眠時間を十分、とれるようになっているのではないか。




 ワクチン接種後、睡眠時間が極端に短いと、予防に必要な抗体の産生が十分でないことが起こることはほぼ、確かなようです。

 この論文では、睡眠時間だけを問題としていますが、飲酒、喫煙、過度な運動などもワクチン接種、直後には影響を与える可能性があります。




参考文献:


1. Benedict C. et al. Could a good night’s sleep improve COVID-19 vaccine efficacy? Lancet Resp 2021; 9: May. https://doi.org/10.1016/s2213-2600(21)00126-0


※無断転載禁止



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