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No.237 新型コロナ飲み薬の臨床治験成績


2022年2月12日


 厚生労働省は2月10日、米ファイザー社が開発した新型コロナウィルスの経口薬パキロビッドパック(一般名 ニルマトレルビル/リトナビル)について国内での製造販売を特例承認したと報道されました(朝日新聞、読売新聞、令和4年2月11日)。2月14日から使用が可能となります。わが国では2021年12月24日にメルク社の経口治療薬、モルヌピラビル(日本での販売名はラゲブリオ)が国内で初めての経口治療薬として承認されておりこれに続くものです。


新しい薬剤が承認されるまでには通常、膨大な補強データが必要であり、審査にも時間がかかります。特例承認は、通常の審査過程を早めて認可されるものであり、他に代えがたい緊急度の高い製薬ではやむを得ないことであり治療効果や副作用の報告は、後付けで補強されていくことはしばしばあります。


ここで紹介するモルヌピラビルの治験データは、臨床治験第3相のデータであり、2月10日にNew England Journal of Medicineに発表されています[1,2]。恐らく、後に続く新薬はこれと同等かそれ以上の効果、安全性が要求されることになります。治験はコロンビア、ブラジル、南アフリカなど国際的な規模であり、公平性が担保された形でメルク社が実施したものです。なお、文中のSARS-CoV-2は新型コロナウィルスの正式名称です。




Q.  モルヌピラビルの作用機序は?


・モルヌピラビルは、N4-ヒドロキシシチジン(NHC)の小分子リボヌクレオシドプロドラッグである。NHCは細胞内でリン酸化されてその三リン酸誘導体となり、ウィルスRNAに組み込まれるため、ウィルスの複製に致命的なエラーを起こす。これにより、ウイルスゲノム全体に有害なエラーが蓄積され、最終的にウイルスは非感染性になり、複製できなくなる。遺伝的な情報によれば耐性を起こしにくい。


・エモリー医薬品開発研究所で合成され、発売はメルク社。インフルエンザおよびSARS-CoV-2を含むRNAウィルスに対し有効


・開発は細胞培養、SARS, MERS, SARS-CoV-2の動物モデルで有効性を検証した。




Q. モルヌピラビルの治験の概要は?


・本論文では第3相プラセボ対照試験の結果を発表した。

薬剤は経口投与(800㎎=4錠を1日2回5日間)。対応するプラセボと比較。軽度から中等度の疾患。重度の疾患(60歳以上、肥満、糖尿病、または心血管疾患を含む)のうち、少なくとも一つのリスクを持つ患者を対象


・本試験は、感染後5日間以内の合計1,433人の参加者を無作為に2群に分類。716人はモルヌピラビルの投与(以下、M群)、717人はプラセボ(以下、P群)の投与に割り当てた。ベースライン特性は2つのグループで類似していた。人種構成は、白人が7.3%でアジア人、黒人など多人種。平均年齢は43.0歳、女性は51.3%。肥満者は73.7%、糖尿病は15.9% , 心疾患11.7%、COPDは4.0%、癌2.0%。


・主要な有効性の判断であるエンドポイントは、投与開始から29日目の入院または死亡者の発生率と、有害事象の発生率が主要な安全性のエンドポイントとした。


・計画された中間分析は、1,550人の参加者(ターゲット登録)の50%が29日目まで追跡されたときに実施し、M群の有効性、安全性を確認して試験を継続実施した。事前に指定してあった中間分析は、計画投与者の約50%で実行した。




Q. 結果は?


M群では入院または死亡のリスクは7.3%(28/385人の患者)に対しP群では14.1%(53/377)(p=0.001)。この中間解析の時点では、M群での死亡者なし。主要なエンドポイントは、M群709人中の48人(6.8%)およびP群699人中68人(9.7%)で発生、絶対差3%。


・M群で1人が死亡、P群で9人が死亡。


・有害事象はM群の参加者710人中216人(30.4%)、P群の701人中231人(33.0%)で報告された。


・薬効が低下した潜在的な理由は既存のSARS-CoV-2ヌクレオカプシド抗体および登録時のウィルス量の低下による。


・モルヌピラビルは、3つの主要な循環変異体(デルタ、ガンマ、およびミュー)に対して活性であることが見出され、適度な抗ウィルス効果を示した。有害事象は2つのグループで類似していた。


・M群では、3、5日目(治療終了時の訪問)、および10日目でP群よりも平均ウィルス量のベースラインからの大幅な減少と関連していた。他の時点での結果は、2つのグループで類似していた。


・最も頻繁に報告された有害事象(両群の参加者の2%以上で発生したもの)は、Covid-19肺炎であった。P群の参加者の9.6%と比較してM群の参加者の6.3%で発生した。下痢(2.3%対3.0%)、および細菌性肺炎(2.0%対1.6%)。Covid-19の悪化は、9.8%と比較して7.9%の有害事象として報告された。


・最も頻度の高い有害事象(いずれかのグループの参加者の1%以上で発生)は、下痢(1.7%対2.1%)、悪心(1.4%対0.7%)、およびめまい(1.0%対0.7%)。




Q. 問題点は?


・M群では、患者のほぼ50%で症状発現後72時間以内に開始された。しかし、インフルエンザの研究で示されているように、すべての患者で72時間以内に治療が開始されるようにする必要がある。


・モルヌピラビルの2つの第2相試験の報告に示されが、モルヌピラビルは、疾患経過の後半に投与された場合、すなわち、患者が3〜5日以上症状を示した後、または入院した後では治療効果がない。


安全性データベースのサイズが小さく、副作用の出現を今後、注意深く監視する必要がある。


・基礎実験でチャイニーズハムスターの卵巣細胞で変異原性があるため、発癌などの可能性が懸念される。しかし、モルヌピラビルの潜在的な変異原性と遺伝子毒性に関連する懸念に対処する一連のデータがあり、データの全体を考えると、英国の規制当局は、モルヌピラビルの臨床使用における変異原性または遺伝子毒性のリスクは低いと述べており、2021年11月4日に英国での使用が認可された。モルヌピラビルは、妊娠中または授乳中の女性、または治療中に妊娠する可能性のある女性には推奨されない[3]。


・スポンサーは一般の報道機関で、モルヌピラビルを開発途上国向けに、理想的には低コストで製造できるように、医薬品特許が世界保健機関のパテントプールとジェネリック医薬品のメーカーに提供されることを示した。




Q. 治験データの問題点は?


・モルヌピラビルの臨床治験は本論文でもまだ十分とはいえないがファイザー社は経口で生物学的に利用可能なプロテアーゼ阻害剤であるパクスロビッドの有効性を発表し、他方、ギリアド社はレムデシビルによる外来療法の利点を報告した。両方の薬のデータは科学論文としての査読が実施されて終了していない点が問題である[2]。




Q. 外来での治療薬は?


・モノクローナル抗体のバムラニビマブ-エテセビマブ、カシリビマブ-イムデビマブ、およびソトロビマブは、現在、Covid-19のリスクのある外来患者に対して米国で認可されている治療法である。これに加えて前述の2種が経口薬として利用できる。




Q. 外来治療薬の現状と問題点は?


軽症、中等症の外来治療は、未解決な問題点を含みながら実施されている現状にある[3]。


SARS-CoV-2変異体に対してニルマトレルビル-リトナビル、レムデシビル、およびモノクローナル抗体療法はそれぞれ、COVID-19の初期段階で投与された場合に入院率を大幅に低下させることが実証されている。ただし、オミクロン株などの新しい変異株に対する臨床データは十分ではない


・軽度から中等度のCOVID-19と重度の疾患への進行の危険因子を持つ外来成人には、これらの薬剤の1つによる治療が勧められる。ただし、発症から5日以内が治療実施の原則である。


治療薬の選択は、入手できる可能性と迅速なアクセスの容易さ、併存症および他の患者固有の要因、およびモノクローナル抗体の場合、優勢なSARS-CoV-2変異体に対する活性に依存する。


・実行可能な選択肢がない場合は、本治験でのモルヌピラビルが代替手段であるが、効果はやや低く、催奇形性を示す可能性がある[3]。供給が限られている場合、これらの治療は、ワクチン反応が最適ではないと予想される免疫無防備状態の個人、および重篤な疾患のリスクが最も高いワクチン未接種、または不完全ワクチン接種の個人に優先されるべきである[3]。




 本論文のモルヌピラビルは、単剤の投与ですが、経口薬開発の先発となりました。冒頭で述べた新しく利用できるようになったパキロビッドパックは、パキロビッド2錠と既存のエイズウィルス用の治療薬「リトナビル」1錠の計3錠を、5日間を1日2回、5日間服用します。リトナビルは薬物相互作用があるので他に服薬がある場合には注意が必要です。モルヌピラビルは入院、死亡が30%減少するに対し、パキロビッド+リトナビル群では88%減少とかなりの有効性に差があります。インフルエンザの治療域まで達すればかなりの解決になりますがまだ途上だといえます。しかし、現時点は、査読者が述べているように[2]、緊急性が優先され、査読を受け科学的なデータが揃った論文が発表されていない点が問題です。




参考文献:


1.Bernal AJ et al. Molnupiravir for oral treatment of Covid-19 in nonhospitalized patients. N Engl J Med 2022; 386: 509-20. DOI: 10.1056/NEJMoa2116044


2.Whitley R. Molnupiravir -A step toward orally bioavailable therapies for Covid-19. N Engl J Med 2022; 386:592-93. DOI: 10.1056/NEJMe2117814


3.Side-by-Side overview of outpatient therapies authorized for treatment of mild-moderate COVID-19. HHS Therapeutics Team, Dec 30, 2021

https://www.phe.gov/emergency/events/COVID19/therapeutics/Pages/Side-by-Side-Overview-of-mAbs-Treatment.aspx


※無断転載禁止

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