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No.273 呼吸器合胞体ウィルス(RSV)による感染症とは何か?


2023年3月7日


 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は、世界中を大混乱に陥れた急性呼吸器感染症ですが呼吸器感染症は肺結核、インフルエンザなどを含め多種が知られています。


 感染する頻度はきわめて高いのに一般にはあまり知られていないのが呼吸器合胞体ウィルス(RSV)と呼ばれているウィルスによる感染症です[1]。

長い年月がかかりましたがRSVの予防ワクチンが近い将来、診療現場で使用される可能性が高くなりました。ここでは、RSVによる感染症の情報を紹介します[2,3]。




Q. RSVの特徴は?


・RSVは一本鎖のRNAウィルスであり、A、Bの二つのタイプがあるがAタイプ罹患で重症化しやすい。




Q. 感染の仕方は?


・感染の仕方は、鼻咽腔の粘膜、眼球の結膜からと考えられておりウィルスに汚染した指先から感染することが多い➡徹底した手洗い、うがいが必要である。




Q. どのような呼吸器感染症か?


・世界中で季節性の発生が見られるウィルス感染症である。北半球では1~3月あるいは7月ごろの流行が多い。熱帯、亜熱帯では雨季に多い。


・新型コロナウィルス感染症の流行中にはマスク着用、3密回避、手洗い・うがいが徹底した効果で流行は少なかった。


・すべての年齢層で急性気道感染がおこるが、年少児と高齢者が問題となる。


・全ての人が19歳までに感染を起こす。


小児では、米国の統計では6か月以下、あるいは1歳以下で最多である。2009年より20年間のデータでは救急外来受診の患者の約24%がRSV感染によるものだった。3歳以下では死亡者は1万人あたり100人である。


成人では反復感染がみられ上気道炎症状、すなわちカゼに近い症状がみられる。慢性呼吸器疾患、循環器疾患をもつ人では年間5.5%が感染するRSV感染で入院治療となった場合の死亡率は6~8%と高率である。




Q. 気道感染のタイプは?


・クループと呼ばれる症状➡小児では声門直下は大人よりも狭いので感染で浮腫状態となると犬の遠吠えのような咳を起こす。乳幼児では上気道がむくみ状態となるので閉塞性睡眠時無呼吸症を起こしやすい。


・細気管支炎を起こす。


・肺炎を起こす。


・潜伏期間は4~6日間 (範囲は2~8日間)。




Q. 小児のRSV感染は?


・咳、喘鳴、鼻水の症状。


・RSVには、3歳までにほぼ全員が感染し、その後も1~3月ごろの冬季にピークに達することが知られている。1歳以下の小児で肺炎や気管支炎を起こすもっとも一般的な原因である。


・生後2歳までの子供が発熱や、咳、痰などの呼吸器症状を起こすことが知られており、米国のある調査では救急受診の24%がRSVによる感染症であった、という報告がある。




Q. 成人でリスクが高い場合は?


・健康な成人では生涯を通じてRSVに繰り返し感染し、通常、症状は上気道に限定される




Q. 高齢者のRSV感染は?


・高齢でしかもCOPDや慢性喘息がある場合にはRSV感染で増悪を起こしやすい。


虚弱な高齢者では、季節性インフルエンザに匹敵する主要な死因となっている。


・成人の重症感染症では抗利尿ホルモンの分泌異常を起こし、血中のNaが低下する低ナトリウム血症を起こしやすい。




Q. 診断は?


・簡便な抗原検査方法があるが誤判定を起こしやすい。


・PCR検査が正確である。




Q. ワクチンの開発は?


・RSVは1956年に発見された。1965~66年にRSV感染予防のワクチンが開発され臨床治験が実施された。しかし、ワクチン接種を受けた20人の乳児のうち、16人が感染し、2人が入院、1人が死亡し、最初のワクチン開発は失敗に終わった。この理由で以降のワクチン開発はストップした。


・1984年に表面糖タンパク質と融合糖タンパク質がウィルスから単離され、組み換えタンパク質(F)がウィルスから単離された。これが基礎研究となり新しいワクチンの開発に至った。


・これらワクチン開発に至るまでの基礎研究の過程は、2019年に始まった新型コロナウィルス・ワクチンの開発に応用され、RSV研究に数十年かかっていた作業が新型コロナワクチン開発ではわずか数週間に圧縮され、安全で効果的なワクチンと治療用モノクロナル抗体を迅速に開発するため必要な配列、構造、試薬が提供された。


・RSVワクチンが有効であることが示され承認待ちである現在、原子レベルの構造に基づくタンパク質工学による精密抗原設計の時代に突入している。




Q. RSVワクチンの臨床治験の成績は?


・60歳以上の高齢者でフレイルとみなされる人たちを含め、ワクチンの単回投与か、プラセボ単回投与を実施した。米、欧州、アフリカ、アジア、オーストラリアからの協力者。


・ワクチン投与群は計12,467人、プラセボ投与群は計12,499人。平均6.7カ月間の追跡調査を実施。ワクチン投与による副反応は中等度ないし軽症だった。


・PCR検査により感染の有無が診断された。観察期間内にワクチン投与群では7例、プラセボ投与群では40例のRSV感染がみられ、統計学にはワクチンの有効性が証明された。


・RSVのA型、B型での差異は見られなかった。


・ワクチンは接種後、1シーズン内はRSV感染予防効果がみられた。




 RSV感染予防を目的に開発されたワクチンは、高齢者の中でも多種の慢性疾患をもち、フレイルと分類される人たちにも有効であることが証明されました。

 晩秋から春先まで高齢者の重症肺炎は、頻度が高いことが知られています。RSVはインフルエンザや新型コロナウィルス感染症のオミクロン株の感染例に症状が類似しています。特に上気道の症状が強くカゼと判断されることが多いようですが乳児では、RSV感染で上気道が浮腫状態となり、閉塞性睡眠時無呼吸症候群に近い症状がみられることがあります。成人では上気道の内径が十分に太いので乳児のように睡眠中に呼吸が止まるようなことはないにしても呼吸困難を起こす可能性が高く、そのため誤嚥を起こすことがあります。また、高齢者の重症肺炎では血中のNaが低下する低Na血症はしばしば認められます。

 RSV感染予防のワクチン開発は、ほぼ完成期に近づいていますので数年のうちにインフルエンザワクチンと同じように接種が勧められるようになるのではないかと、期待されます。




参考文献:


1.Barr FE. Et al. Respiratory Syncytial Virus infection: Clinical features and diagnosis

UpToDate; Literature review current through January,2023.


2.Papi A. et al. Respiratory syncytial virus prefusion F protein vaccine in older adults

New Eng J Med 2023; 388: 595-608.

DOI: 10.1056/NEJMoa2209604


3. Graham BS. The journey to RSV vaccines ― Heralding an era of structure-based design

New Eng J Med 2023; 388: 579-581.

DOI: 10.1056/NEJMp2216358


※無断転載禁止

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