No.307 在宅酸素療法をめぐる新たな課題
- 木田 厚瑞 医師
- 12 時間前
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2025年5月12日
呼吸器の病気には、歴史的な変遷があります。わが国では戦後のある時期まで肺結核が重要な国民病とされていましたが、欧米諸国では、1960年代、すでに次の対策は、COPDと位置づけられていました。肺の病気が重くなると動脈の中を流れる血液中の酸素分圧が高度に低い状態が持続する慢性呼吸不全となることがあります。病気は安定しているのに、連続して酸素吸入が必要という、その治療法だけのために長い入院生活を強いられた時期がありました。わが国では、同じ時期、肺結核の後遺症により、酸素吸入が必要で長い入院生活を強いられた患者さんがたくさん、いました。
在宅酸素療法は、わが国ではHOT(home oxygen therapy)と呼ばれています。私が作った、和製英語ですが響きが良いこともあり今では広く使用されています。他方、米国ではLong-term oxygen therapy (長期酸素療法:LTOT)と呼ばれています。HOTとLTOTは、形の上では同じですが根底にある考え方は異なっています。同じ、慢性呼吸不全に対し、LTOTは薬と同じような治療上の効果を期待しているのに対し、HOTは、慢性呼吸不全であっても快適で安心して自宅で暮らすことを重視しています。
私が、HOTに関わるようになったのはデンバーにあるコロラド大学のThomas Petty教授(1932-2009年)の教えによるものです。Petty先生は、COPDの臨床研究を専門にされていましたが重症化するにつれ高度の慢性呼吸不全の患者さんを診る機会が多くなりました。デンバーはマイルズ・ハイと言われる高地にあるので同じ重症度のCOPDの患者さんよりも重症の慢性呼吸不全となることが多かったのです。機器メーカーを説得して歩いて、漕ぎつけたのが現在のHOTの原型でした。
わが国のHOTと米国はじめ欧米のLTOTを保険医療で開始する基準や考え方は、ほぼ同じです。しかし、これは、40年前、重症COPDが注目され始めた頃の基準です。米国における現在の問題点を論述したのがここで紹介する論文です[1]。第1の問題点は、LTOTは医療保険を利用しても高額な治療であり、受け入れは次第に減少し、これに合わせるように米国では細かなサービスを必要とされるLTOTは減少傾向にあり、関わる業者の数が減少していること。第2の問題点は、これまでは、重症のCOPDが問題とされてきましたが、同じように慢性呼吸不全の原因となる間質性肺炎が増加してきたことです。肺胞の壁が慢性の炎症で厚くなり、結果、酸素の取り込みが低下する病気はCOPDとは著しく異なっています。第3には、近年、COPDと間質性肺炎が重複している患者さんが増えてきたことです。新型コロナウィルス感染症の大流行と一致して始まったと説く、研究者がいます。
ここでは、在宅酸素療法の実施をめぐり、COPDと間質性肺炎の問題点の違いを論じた論文を紹介します[1]。間質性肺炎は、歩行時や、軽い運動を行ったときに血中の酸素が急に低下します。このような急激な酸素分圧の低下はCOPDとは明らかに異なっています。
Q. 研究の歴史的な背景は何か?
・45年前に発表された以下のHOTの「基盤研究」と呼ばれる次の二つの大きな調査研究が基礎研究となっている。
NOTT(夜間酸素療法試験)試験
MRC(医学研究会議)試験
➡重度の安静時に低酸素血症を伴うCOPD患者を数年間追跡調査した結果、酸素を全く使用しない患者よりもある時間帯だけ酸素吸入を行う人の方が、また酸素をある時間帯だけ酸素投与する患者よりもできるだけ長い(フルタイム)酸素投与の群が死亡率を大幅に低下することを示した。
➡生存率のプロットは、使用時間の長さに応じた用量反応関係を⽰唆した。
Q. 本研究の方法は?
根拠:
・米国では、特発性肺線維症(IPF)およびCOPDの患者で、息切れなど症状があり、労作性低酸素症を呈する患者では、酸素吸入時間をできるだけ長くするという目的で携帯型酸素療法の使用が推奨されている。
・携帯型酸素の必要量は、しばしば最大可能な歩行試験によって判定されるが、一部の患者では、労作性の低酸素血症を正確に評価できない場合がある。
研究の目的:
・ IPF患者とCOPD患者を対象に、ランプ・トレッドミル・プロトコル運動負荷試験(RTPET)を実施した。RTPETは3段階に分かれており、安静、トレッドミル傾斜度0%で3分間の準最大通常ペース(UP)歩行、そしてトレッドミル傾斜度を2分ごとに2%ずつ増加させながらUP歩行速度で最高レベル(HL)歩行を行った。
・安静時と歩行時に必要な酸素量の差異を評価し、最高レベル(HL)運動負荷時に測定した酸素流量と肺機能および運動パラメータとの相関関係を明らかにした。
・酸素必要量は、酸素飽和度が88%未満まで低下した患者において、酸素飽和度を90%以上に保つために必要な流量と定義した。
研究の方法:
・COPD患者2,347名と特発性肺線維症患者329名を対象。
中等度の運動とその患者の最高運動に近い運動の2段階の運動強度で、パルスオキシメトリーを用いて動脈血酸素飽和度を記録した。
研究結果:
・IPF患者は、拡散能が同等のCOPD患者よりも高い酸素流量を必要とした。
・最大下酸素負荷試験では、IPF患者では49%、COPD患者では24%が多段階運動負荷を行った時に酸素を必要とした。
・酸素飽和度88%をカットオフ値として用いたところ、安静時に酸素飽和度が低下しなかった被験者のうち、45%の患者は中等度の運動で酸素飽和度が低下し、さらに15%の患者は最高運動に近い運動でのみ酸素飽和度が低下した。
➡ IPF患者では、HL労作時に酸素飽和度90%以上を維持するために携帯型酸素投与を必要とする割合が高かった。
問題点:
・IPF患者ではCOPD患者と比較して、HL労作時の酸素の必要量が高いことが示された。しかし、両疾患において、運動時のみに酸素飽和度低下が認められる患者がかなりの割合に存在した。
・本研究で行ったように、段階的に運動負荷を実施し、最大の運動負荷を実施したときに初めて酸素濃度が低下するという結果は、IPFおよびCOPD患者で異なっており、現在の基準となっている重症COPDの基準はニーズを満たせない可能性がある。
・最も高いレベルの酸素飽和度低下を 目標とした酸素処方が、臨床転帰、症状、または生活の質を改善するかどうかを明らかにするには、さらなる研究が必要である。
Q. 本研究結果から生ずる新たな問題点は?
・現在の在宅酸素療法の導入基準では、日常生活における変化量は、ほぼ考慮されていない。
・これまでに、基礎研究で示唆された酸素の必要量と死亡率の関係では、長期死亡率に顕著な影響を与えるとして1日数時間の低酸素血症が問題となるがこれは検討されてこなかった。
・本研究の文脈では、典型的な最重症のCOPDまたは特発性肺線維症患者の患者が1日に何時間を身体活動に費やしているかに疑問がある。これらの患者集団は、座りがちな生活を送る傾向がある。恐らく、中程度の活動時間は1~2時間程度であろう。
Q. パルスオキシメーターの測定値は正確か?
・さらに、在宅酸素療法の導入はパルスオキシメーターに測定でもよいことになっているがパルスオキシメーターによる測定は不正確である。パルスオキシメーターと動脈血酸素飽和度の測定値の差が、酸素必要量の評価に影響を及ぼすことが⽰されている。また、異なるブランドのパルスオキシメーター同士を比較した場合、系統的に異なる結果が出る可能性があることにも留意する必要がある。
・最近では、肌の色が濃い人におけるパルスオキシメーターの測定値の不正確さに注目が集まっている。
・在宅酸素療法の導入は、1980年代から実施されてきたがほぼ、安静時のパルスオキシメーターで測定された酸素飽和度の低下を目安としてきたが、測定機器の正確さ、白人と有色人種を同じ基準で判断してよいのか、という問題点がある。
Q. 肺生理学研究者の意見は?
Casaburiは、呼吸器疾患における運動負荷の影響に関する研究者である。以下が、彼のコメントである[2]。
・重度の安静時低酸素血症を伴うCOPD患者に対する1日あたり、15時間と24時間の酸素吸入の実施効果を比較した最近の研究では、死亡率に差は見られなかった。ただし、追跡期間が1年と短すぎたため、死亡率の差を判別できなかった可能性がある。
・方法論的な問題では、動脈血酸素分圧の低下(低酸素血症)と長期の効果を反映すると考えられる組織レベルでの酸素欠乏(低酸素症)と無関係であるとは考えにくい。
・低酸素血症と低酸素症の違いに関わる要因としては、血中ヘモグロビン濃度の違い、心拍出量、各組織床への血流速度の違い、全身の毛細血管から酸素使用部位への酸素輸送効率、細胞代謝調整などが挙げられる。
・末端臓器低酸素症のバイオマーカーは存在し、2019年のノーベル生理学・医学賞は、細胞が慢性低酸素症を感知し適応する仕組みの発見に対して授与された。しかし、臨床的に簡便のようなマーカー有用な指標はまだ見つかっていない。
自宅で酸素吸入を行う在宅酸素療法は、健康保険による診療が認められ本年で40年目になります。ここに至る前にはたくさんの思い出があります。ある患者さんは、50歳半ばの新聞記者でした。肺結核の後遺症による重症の慢性呼吸不全でしたが、酸素吸入を必要とするという治療の為だけに入院生活はすでに1年以上を越えていました。家庭内で問題が生じ、短期間だけでもいいから酸素ボンベを持って帰宅できないだろうか、という切実な悩みを聞きました。その頃、病室では現在のような酸素の配管装置がなく、小型の酸素ボンベを使った治療が普通に行われていました。私は、医療用酸素ボンベを運んでくれるという業者を探し当て、実現しようと考えました。しかし、直前になって、勤務していた病院の事務長から呼び出され、消防法に違反する、病院として絶対に許可できない、と叱責され禁止されたことを思い出します。3か月後、彼は病院で亡くなられました。外泊は許可できない、と伝えたときの彼の気落ちした暗い表情は今でも思い出します。
在宅酸素療法が保険診療として採択された頃は、新しい治療法として多くの医療者が注目していました。治療を受けている患者さんのQOLを大切にしよう、という言葉が生まれたのもこの時代でした。
在宅酸素療法の効果を検証した論文は、ほとんどがCOPDによる慢性呼吸不全の患者さんです。在宅酸素療法の導入基準は重症のCOPDによる慢性呼吸不全の患者さんを中心にしたものですが、近年では間質性肺炎やCOPDと間質性肺炎が合併した患者さんなど、当初とはかなり変わってきています。効果の検証が、生存率の比較という単純化した指標ではできなくなってきています。
また、他方で欧米の教育病院でさえ、過剰な量の酸素療法が行われていると警告を発する論文もあります[3]。
日常生活の快適さ、安全性をみるためには本研究で実施したように多段階の運動負荷試験を行い、上限を決めるというような生活指導に対する配慮も必要と思われます。
また、他方で酸素吸入の必要性を決める基準が、依然として痛みと危険を伴う動脈血の採血に頼っているという問題点もあります。簡便で正確な検査方法の開発を期待したいと思います。
参考文献:
1.Clark KP. et al.
A ramped treadmill protocol exercise test identifies higher ambulatory oxygen needs in idiopathic pulmonary fibrosis and chronic obstructive pulmonary disease.
Ann Am Thorac Soc 2025; 22: 541–548.
2. Casaburi R. et al.
Who "needs" lomg-term oxygen? How little we really know. Ann Am Thorac Soc 2025; 22: 485-486.
3. B Ronan O’Driscoll BR. et al.
Are we giving too much oxygen to patients at risk of hypercapnia? Real world data from a large teaching hospital.
Respiratory Medicine 2025; 238: 107965.
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