2020年7月31日
気管支拡張症は、私もかなりの患者さんを診ていますが、わが国ではかなり頻度が高く、治療が難しい呼吸器疾患の一つです。
気管支拡張症は、1819年、フランスの医師、ラエンネックにより命名されました。ラエンネックは聴診器を発明したことでも知られています。多数の病理解剖を行った結果、この病気を知るに至りました。彼が指摘した病気の特徴は、気管支の壁が壊れて、広がり、中に多量の痰が溜まる病気、ということでした。
どのようにしてこの病気が起こるのか、治療はどうすればよいのか。ここでは、気管支拡張症に関する新しい論文を参考に概略を紹介します[1]。査読者は、ラエンネックの発見から200年を経て研究が進んだことを祝福しています[2]。
Q. 頻度はどうか?
・人口がわが国の約2倍の米国では30万人~50万人の患者数。わが国ではこの数字の半分以上となる可能性が高い。
・高齢化とともに増加する。50歳以下では人口10万人当たり40-50人。60歳以上では300-500人。
・高齢女性に多い。
Q. 症状は?
・重症では、毎日、咳とともに白色~膿性の痰が多量にでる症状が数か月から数年以上も続き、息切れがあり、その間に肺炎をくり返し、起こし、苦しめる。喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の一部に合併症としてみられることもある。
・慢性の咳の原因では、喘息では、オッズ比が2.6に対し、気管支拡張症ではその倍の5.0。元喫煙の気管支拡張症では7.1の約3倍に達する。慢性の咳の原因としても多い。
Q. 気道粘液の成分とは?
・水分、塩分、蛋白質よりなる。健康状態では、これらが一定の成分で維持されることが必要。
・蛋白質の中では、ムチンが重要成分である。ムチンは粘膜の保護作用があり、異物除去などのクリアランスの作用を有する糖タンパク質である。MUC5AC, MUC5Bが特に重要である。
Q. 特徴と発症の機序は?
・気管支が広い範囲で壁が壊れ、病的に広がってしまった気管支拡張の状態が特徴。病的に広がった気管支の内腔には、粘稠な痰が多量に詰まる。
・従来の説では以下の過程の繰り返しと考えられていた。
・肺炎など気道の感染 ➡ 炎症を起こす ➡ 気道粘膜の粘液線毛クリアランスが障害を受ける ➡ 感染 ➡ 炎症
Q. 新しい研究論文の概要は?
・米国、ノースカロライナ大学で実施。気管支拡張症114人と健康人35人の痰を集め、その物理化学的な特性、構成している成分、関連する遺伝子を厳密に測定した。
・結果:気管支拡張症の痰は、いわゆる固い痰が増加していた。痰の粘度、弾性が高くなり、粘液浸透圧の上昇がみられた。痰の特徴と肺機能検査(1秒量)には、関係がなかった。
・痰の中に緑膿菌が含まれる場合には、治療が難しくなるが痰の固さの性状には影響を与えなかった。
・治療では、高張食塩水の吸入を行うと痰の粘液濃度が25%減少することが判明した。この結果から気管支拡張症では高張食塩水などの粘液活性薬剤による治療法が有効であることが判明し、これに従った新しい薬の大規模な臨床治験が進行している。
・ムチン成分ではMUC5B, MUC5AC, MUC2の順に多く含まれていることが判明した。
気管支拡張症の治療では、これまで、エリスロマイシンなど、マクロライド系抗生物質を少量長期する有効性が判明しています。従来、浸透圧が高い食塩水の吸入薬が有効であるという成績が発表されてきましたが、この研究は、有効性に理論的根拠を与えたものとして評価されます。痰の中に含まれる緑膿菌などの細菌よりも固くなって出にくくなった痰が問題であるとした点でも従来の考え方を進めた研究であると云えます。