• 木田 厚瑞 医師

No.97 新時代を迎えた喘息、COPD


2020年8月19日

 ウィリアム・オスラー(1849-1919)は、カナダ生まれの医学者、内科医、医学教育者として知られています。カナダ、米国、英国の大学で教鞭をとりましたが特に、米国、ジョンズ・ホプキンス大学では、今日、世界の医学教育のモデルとなっている米国式医学教育の基礎を作り上げた一人として知られています。彼は、「診断」に至る考え方として、症状や身体の徴候を細かく観察し、それをすでに蓄積されている多くの情報として生理学的、解剖学的、組織病理学的な知見と結び付け、診断し、治療する方法を作りあげました。オスラー型枠組み(Oslerian paradigm)と呼ばれるこの方法は、過去1世紀の臨床医学、医学教育の基本とされています。

 1953年DNA二重らせん構造の発見を受け、1990年に米国で膨大な予算で立ち上げられたヒトゲノム計画は、ヒトゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクトです。2003年に完了、プロジェクトの予備調査では人には、約22,000の遺伝子が存在するとされ、その詳細が明らかにされてきました。

2015年1月20日、バラク・オバマ米国大統領は一般教書演説の中で、新たな科学技術施策「プレシジョン・メディスン・イニシアティブ(Precision Medicine Initiative)」を発表しました。プレシジョン・メディスン(精緻医療)とは、これまでオスラー型枠組みとして疾病ごとに標準化・平均化された患者向けにデザインされていた医療を、遺伝子・環境・ライフスタイルなど個人差を考慮し、同じ疾病でも症例をより精緻に定義した患者群に細分類し、それぞれの分類の中で最適化された医療の確立を目指すものです。

ここで紹介する論文は、オスラー型枠組みの中で喘息とCOPD(慢性閉塞性肺疾患;肺気腫、慢性気管支炎)を見直そうとする提言です。これら二つは、呼吸器疾患の中でもっとも患者数が多い疾患です。




Q.endotyp(エンドタイプ)eとphenotype(フェノタイプ)とは何か?


 精緻医療は、endotypeとphenotypeの二つの面から成り立っている。phenotypeとは、現在に至るまで脈々と続いている医療の形である。これに、新情報としてのendotypeを組み込み、全体をさらなる精緻医療とするようにするものである。


・endotype:

生物学的な情報にもとづく機序の分類。遺伝子など個別性が高いデータから成り立っている。生物現象ではなく、あくまでも臨床像と一致していることが大切。治療によりもっとも効果が期待できる方法を選択する。


・phenotype:

同じ症状、機能的、画像的、精神社会学な特徴による分類。

臨床的、機能的、生物学的な特徴による判断。

「診る人の眼による判断」に相当する。


・endotypeとphenotypeの組み合わせにより治療効果がもっとも期待できそうな選択を行う




Q.オスラー型枠組みで行う喘息、COPDの治療の矛盾点は?


・喘息、COPDには気道の病変という共通点があるが患者ごとに異なるendotypeの情報が治療に組み込まれていない。

・典型的な病気だけを治療目標としており、これから少し外れた病気の対応が困難となる。

・実際の診療では喘息、COPDのどちらにも臨床的なバラつきが多く教科書的な典型例はむしろ少ない。

・喘息、COPDは、咳、痰、息切れというような呼吸器症状の共通点が多いが複雑で多様な病像がある。この複雑さは、経過(時間)とともに変化していく。

・1990年代よりCOPDに関わる医療費は次第に高額化してきたが、経過中に悪化して入院となる入院率はかえって上昇しており、医療の進歩が遅れている。

・喘息治療は、1)原因や病態の違いによらず同じ薬剤には同じような治療効果がある。2)薬剤の効果は喘息の重症度を別にして決められる、という二つの考え方により実施されてきた。この仮説の根拠が乏しくなってきた[2]。




Q.治療の見直しをどのように行うか?


 著者らは、治療が可能な特徴 (Treatable traits)を明らかにすることが必要である、と提言する。その理由は以下の通りである。


・喘息、COPDは気道の病変と言う点が共通している。その区別は、経過とリスクファクター、検査所見に拠っている。

経過・リスクファクターとは、喫煙、アレルギー反応、職場での粉じん曝露、家族歴、幼少時の呼吸器疾患などである。

検査には肺機能検査(スパイロメトリー)、呼気一酸化窒素濃度(FeNO)、血液中の好酸球数がある。

喘息、COPDの両者で非典型的な発症や、特に該当するリスクファクターが無い場合や、スパイロメトリーが正常にも拘わらず重い症状の人がいる。


・プライマリケアでは、先入観を持たずに治療方針を決めることが必要であるが、この判断は、かなりの経験を必要とする。


・最初から、治療パターンを患者にはめ込むのではなく、患者ごとにどの部分の症状や問題点にどのような治療が可能であるかを分別していく。


・先入観を持たないで病態と生理学な特性にもとづき診断していくことには豊富な経験が必要である。


・費用対効果を考えて治療法を選択していく。


・近年、医療情報は著しく進歩しているが知識・情報と実際の診療とのはざまをできるだけ埋めるようにしていく。



 現在の医療の立場は、精緻医療を推進していくとしても、オスラー型枠組みの医療が基本となると思われます。すなわち、病名は同じでも病気は一人ひとり、異なるわけですから個別性を大切にして診ていく方針は変わるはずがありません。近年、喘息、COPDの治療薬の種類が増え、複雑化しています。使用にあたっては以前よりもより細かな注意が必要です。一人ひとり異なる複雑な背景を持つ病気を、出来上がった引き出しの中に無理に押し込んで治療をパターン化していこうとするあり方に対して異を唱えているのが精緻医療だと思えます。

 棟方は、新時代の喘息治療には、これまでとは異なる「臨床医の眼」が必要であると述べています[2]。同感です。

 精緻医療が進むとendotypeの情報は数値化、定量化、記号化した無味乾燥な医療を進める可能性があります。そのようなことが決して起ることがないよう、先人が構築してきた医療体型の中に新しい情報を組み込んでいきたいと考えています。




参考文献:

1.Agusti A. et al. Treatable traits: toward precision medicine of chronic airway diseases

Eur Respir J 2016; 47: 359–361 [DOI: 10.1183/13993003.01930-2015].


2.棟方 充.成人喘息:フェノタイプからエンドタイプへ.

アレルギー 2017; 66: 9-13.[DOI: https://doi.org/10.15036/arerugi.66.9]


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