2021年10月8日
間質性肺炎は呼吸器科医が診ることの多い病気です。治りにくい空咳や階段を上がるときに息切れを感ずるようになった、あるいは健診で撮った胸部X線像で異常を指摘されたなどが受診の理由です。綿菓子のようにフワフワした柔らかさをもつ肺組織が線維化を起こし硬くなり、正常な働きができなくなった状態です。間質性肺炎のなかでも原因がはっきりと特定できないものを特発性間質性肺炎と呼びます。特発性肺線維症(IPF)は特発性間質性肺炎の一種で、特発性間質性肺炎のなかで最も頻度が高い病気であることが知られています。
IPFはガス交換を行う肺胞の壁が線維化を起こすことが特徴ですがIPFの初期病変が、肺組織のどの部分から始まり、全体に広がっていくかは、よく分かっていません。ここで紹介する論文[1]は、終末細気管支から始まることを病理学的に証明したものです。
Q. 特発性肺線維症はどのように進むと考えられているか?
以下に概略を記す[2]
・特発性肺線維症(IPF)は、下気道の慢性で進行性の線維性疾患であり、通常40歳以上の成人に発症する。
・IPFの具体的な原因は不明であるが、遺伝的素因、喫煙、環境汚染物質、場合によっては慢性的な微小吸引など、特定の危険因子がIPFに関連している。
・家族性肺線維症の患者では、サーファクタントタンパク質、ゲル形成ムチン、テロメア長の維持に関連する遺伝子の変異を含む、いくつかの遺伝子変異が同定されている。
・炎症がIPFを発症させる刺激因子であるかどうか、有害物質に対して上皮細胞および線維芽細胞の反応が、炎症がない場合にも線維性反応を引き起こすかどうかは不明である。
・IPFにおける進行性線維症のメカニズムは不明である。多くの可能性が知られている。肺胞上皮細胞への複数の微小損傷が線維化の機序を引き起こす、あるいは損傷した上皮細胞によって分泌された成長因子が線維芽細胞を活性化および動員し、線維化に至る可能性がある。
・上皮損傷による線維芽細胞の活性化、増殖および分化の誘導に続いて、線維芽細胞および筋線維芽細胞は線維性病巣を形成する。線維性病巣の出現は、末期線維症の発症に先行する。このプロセスの進行は、さまざまな成長因子によって媒介される。
・IPFでは、過剰なコラーゲンが線維芽細胞と筋線維芽細胞によって線維性病巣の周りの細胞外マトリックスとして沈着する。コラーゲンタイプIIIは、初期線維症の領域で優勢な形態のコラーゲンであり、一方、コラーゲンタイプIは、成熟線維症の領域で優勢である。
・2つの抗線維化剤、ピルフェニドンとニンテダニブは、疾患の進行速度を遅くする治療薬として現在臨床で使用されている。いくつかの経路が肺線維症の病因に寄与する可能性が高いため、効果的な治療には治療戦略の組み合わせが必要になる場合がある。
Q. 本論文の研究方法は?
・IPFの診断が確定しており肺移植のため摘出された肺組織(8例)を用いて正常肺(8例)と比較した。
・太い気道の状態は、臨床で使われるCTで観察した。無作為に各肺組織から提出した小標本は微小CTにより撮影し、細い気道の数、気道の壁および内腔の微細構造を立体的に測定した。また、肺実質で線維化がみられる部分では、各組織の構成要素、肺胞表面積、肺胞の圧差の測定を実施した。
Q. 結果は?
以下のデータは細かな統計処理を実施している。ここでは割愛する。(なお肺の構造の概略はコラムNo.205を参考にして下さい)
・臨床CTによる小気道の数はIPFの方が対照群よりも多かった。この理由は、内径が2mm以上の気道がIPFでは厚くなり壁がはっきり観察できたことによる。
・IPFの肺で顕微鏡的な観察によっても病変がみられない部位では終末細気管支および呼吸細気管支への移行部分では数の減少が見られた。IPFの早期病変が顕微鏡的観察によりみられた部分からの標本では、終末細気管支の壁が肥厚しており内腔の拡大がみられ、小さな蜂の巣状の嚢胞の形成が認められた。
結論として、この研究によりIPFでは肺の初期病変が細気管支の先端から進んでいくことが判明した。この領域の病勢の進行を抑えることが治療法となる。
Q. 考察は?
・閉塞性細気管支炎、COPDでは細気管支が減少し、残った終末細気管支の壁が肥厚する。本研究で得られたIPFの肺の所見は、これと反対のことが生じていた。すなわち、残った終末細気管支の壁は線維化を伴い肥厚し、内腔がゆがんだり拡大したりしていた。これらの所見よりIPFでは細い気道に線維化が生じていることが判明した。
・終末細気管支の上皮細胞にはクラブ細胞が多い。最近の遺伝子研究では、クラブ細胞に2種類があることが判明している。すなわち、SCGB3A2(クラブ細胞遺伝子)あるいはMUC5B(IPFに関する遺伝子として知られている)であるが、後者がIPFの肺で増加し、その結果、線維成分(細胞外マトリックス)、あるいはムチンや免疫細胞を誘導すると考えられる。IPFでは、胸部CTでは、肺野がスリガラス陰影、網状陰影が混在してみられるがこれが肺の病理構造のどれに対応するかは、本研究のデータでは不明である。
・肺組織の中では、細い気道が肺胞につながっている。正常な肺組織の拡張、収縮を担う弾性線維は、肺胞では、丸く包み込むように分布しており呼吸に合わせて収縮、拡大運動に作用している。ところが気道では、長軸方向に沿って分布している。肺が膨らむ際には肺胞、細い気管支に均等に圧が伝わり気道の長さが延び、内腔を拡大する。しかし、本研究ではIPFでは両方の組織に線維化病変が進むと終末細気管支では機械的な圧が大きくなり、病的に拡大する。その結果、内腔は正常に比べ320%増加した。これは、気道分岐が7回以上進んだ細気管支で起こる結果、肺機能検査では肺活量(FVC)の方が1秒量(FEV1)よりも大きく低下するのでFEV1/FVCは大きくなる。進行したIPFではFEV1/FVCは80%に留まるがCOPDの進行段階では35%に低下する。本研究では終末細気管支の断面積の合計は1個の肺あたり、2299mm^2であったが、終末期COPDでは、934mm^2に減少していた(既報)。
・COPDは、肺の成長発育期に障害が及ぶと細気管支に傷害が持続し、これに喫煙習慣が加わるとさらに悪化することが知られている。同じことがIPFでもみられるかどうかは不明であるが、細気管支から初期病変が起るとすると、類似の変化が推定される。
IPFは、従来、病気の種類を正確に決めるため、開胸肺生検を行ったり、気管支鏡による肺胞洗浄液の所見を参考にすることが行われてきました。患者さんには検査だけも相当の負担になっていました。最近では、胸部CTで繊細な病変が観察でき、また血液検査や、肺機能検査を組み合わせて診断し、治療を開始するようになり患者さんへの身体的負担が減ってきました。また、抗線維化薬の効果もある程度、期待できるようになりましたが難治性の手ごわい病気であることは変わりません。本論文は、初期病変を数値化し、それをもとに病気の進行過程を推定したものです。精密な肺機能検査を組み合わせたり、細部まで観察できる胸部CT所見を組み合わせ、できるだけ早い段階で診断でき、早期の治療が開始できるようになることを期待したいと思います。
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