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No.296 長引く咳について知る

2025年3月6日


 咳は、外来を受診する多くの患者さん方の共通した症状です。ありふれた症状にもかかわらず咳の研究は、歴史的には遅れていました。その理由は、従来の臨床研究の方向は、咳が起こる機序を考え、それにもとづき対策を考えるというよりも咳の原因となる病気を探るという診断と、咳をどのような薬で治療するか、という点に多くの研究者の眼が向いていたためといわれます[1]。咳が主な症状の一つであるマイコプラズマ感染症、インフルエンザ、新型コロナウィルス感染症の流行に伴い咳止め市販薬の不足が問題となっています。原因究明の複雑な理論より、まず止めることこそが大事という理由がそれを反映しているとも思えます。

 ここでは、慢性の咳についての論文[1-3]を参考に、取り巻く周辺の情報を解説します。




Q. 経過時間による咳の分類は?


咳は続く期間の長さにより次のように分類されている。


・急性の咳 ➡起こり始めから3週間まで続く。

・亜急性の咳 ➡3週間から8週間続く。

・慢性の咳 ➡8週間以上続く。




Q. 咳の疫学は?


・慢性の咳は人口の約10~12%に認められる。

・慢性の咳は女性に多い

・年齢のピークは60歳台である。




Q. 咳の機序は?


・咳は、異物が肺の中に入り込まないように防ぐための大切な生体の防御反応である。




Q. 咳の問題点は?


・慢性化、過剰の咳が問題となる。夜間の咳による不眠。昼間の咳による職域での気兼ね感。電話応対、対人関係での問題点。


原因が確定していない場合に咳止め薬による対症療法はリスクとなる可能性がある。


・慢性の咳が、患者に心因的な悪影響を与える➡フラストレーション、自分は医療者から無視されている、救う方法がないと思われているという無力感、医療者に対する気兼ね感が問題である。




Q. どのような機序で咳がでるか?


・咳は神経解剖学的な機序により出る。    


下図はその機序を示したものである。

文献3の図を邦訳
文献3の図を邦訳

 喉頭・上咽頭、気管・気管支、耳管および鼓膜、胸膜・心外膜・横隔膜、食道と胃から迷走神経を経た刺激反射筋肉、横隔膜、喉頭・気管・気管支を刺激して起こるのが咳である。

➡咳止め薬は、病変を理解し、これらの仕組みで咳が出る機序を踏まえた上で投薬されるべきである。




Q. 急性の咳の原因は?


・上気道(気管・気管支)および下気道を含む肺(細気管支・肺胞)の急性感染症、新型コロナウィルス感染症、喘息、気管支拡張症、COPD、慢性副鼻腔炎、心不全など。




Q. 亜急性の咳の原因は?


・感染後の咳(呼吸器ウィルス、百日咳、新型コロナウィルス感染症)と基礎疾患の悪化(喘息、COPD、慢性鼻炎)。百日咳はBordetella pertussisによって引き起こされる感染力の強い急性感染症である。強い咳で嘔吐を伴うこともある。発症の2週目ころより咳が出る。2、3カ月間続くことがある。夜間に症状悪化をみることがある。




Q. 慢性咳嗽の原因は?


実際の診療では、これが最も問題となる➡区別して治療することが重要である。


・咳過敏症となる遺伝的な素因があることが最近、注目されている。


喘息、COPD、胃食道逆流症、後鼻漏が多い。気管支拡張症、気管支の腫瘍、間質性肺炎、肺膿瘍などが原因のことがある


慢性咳嗽の患者の75~90%で原因が特定されているが原因不明の慢性咳嗽が数年間、続くことがある。


・喘息は成人、小児における持続性咳の主な原因である。季節的な悪化傾向をみることがある。また、煙、ほこり、カビ、香料などを吸いこみ悪化することがある。


・緑内障の点眼薬治療薬β遮断薬(チモロールなど)の副作用によることがある。

アンギオテンシン変換酵素阻害薬(高血圧治療)による副作用としてみられる。特に女性に多い。


・胃食道逆流症が持続性咳の原因として多いとされている。声枯れ、鼻の症状、胸やけ、口腔内の酸味が特有症状とされているが40%以下である。


喉頭咽頭逆流症➡上部食道括約筋の障害であり、運動中に直立状態で発生する。胃食道逆流症は主に横臥位で発症する。


閉塞性睡眠時無呼吸症候群における逆流性食道炎➡慢性の咳の30%を越える。


・上気道咳症候群➡鼻咽腔に流れこむ鼻分泌物による。花粉症が相当する。




Q. 近年の咳研究の成果は?


・脳幹、大脳皮質に器質的な変化が生じ、慢性の咳を起こしていることがある。

機序の中で迷走神経が果たしている役割が注目されてきた。


・慢性の咳は、神経病理的な側面がありうることを理解しておくべきである。すなわち、末梢神経、中枢神経のイオンチャンネルと受容体について研究が進んできた。

➡これらの新知見に対応した咳止めの新薬開発が進んできている。オピオイド、ギャバペンチン(gabapentin)がすでに使用されている。今後、期待されるのは神経受容体P2X3拮抗薬が慢性で難治性の咳の治療薬として期待される。他の治療薬として、TRPA1拮抗薬、TRM8拮抗薬が研究段階にある。




Q. 薬以外の治療法は?


・行動療法として、speech-language療法が効果的である。




 慢性の咳で困っている人は少なくありません。息切れを伴う慢性喘息の人が、かなりを占めていますが、経過や検査結果から喘息の可能性を否定することが大切です。

 慢性の咳は、統計的には女性に多いことが判明しています。その理由として一部では気管支径が肺の全容積と均衡性を欠いていることが原因で喘息に近い症状を呈することが指摘されています。すなわち、気管支のサイズが肺容積に見合っておらず、男性に比べて細いというわけです。女性ホルモンも咳の誘因として知られていますが、まだ詳細は不明です。

難治性の咳の治療では薬を選択することと並行して、speech-language療法が有力であることが強調されています。Speech therapistは近年、わが国でも活躍がみられていますが、今後、医療現場で活躍が期待される領域です。




参考文献:


1.     Chung KF. et al. Cough hypersensitivity and chronic cough. Nat Rev Dis Primers

2022; 8:45-66.


2.     Chung KF. et al. Chronic cough as a disease: implications for practice, research, and health care.

    This Comment follows on from discussions at the London International Cough Symposium in London, UK, on July 18–19, 2024.


3.     Weinberger SE. Causes and epidemiology of subacute and chronic cough in adults.

UpToDate, the topic last updated; Dec 02, 2024.


※無断転載禁止

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