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No.302 気管支拡張症―多くの症例から明らかにされた治療の問題点

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 3月31日
  • 読了時間: 9分

2025年3月31日


 気管支拡張症は、重い症状を伴う場合には治療の難しい病気の一つです。

肺結核による気管支拡張症により、あふれ出るような多量の痰と、さらに結核菌による脊椎カリエスによる疼痛に苦しみながら、34歳の若さで亡くなった正岡子規(1867-1902年)の最晩年は、悲惨な生活でした。


  糸瓜(へちま)咲いて痰のつまりし仏かな


絶筆となった俳句の一つは、死亡の前日に書かれたと言われています。


 肺結核による重症の気管支拡張症により多量の痰と呼吸困難に苦しめられていたと思われます。

 治療が難しい重症の気管支拡張症ですが、近年、新しい抗生物質による吸入治療が進み効果がかなり期待されるようになりました。

 わが国では、気管支拡張症は、以前ほどの重症例は少なくなりましたが日常の診療では、いまでも頻度の高い病気の一つです。研究の先端情報は、そのほとんどがヨーロッパ発ですが、それらを読んでも欧米の気管支拡張症とアジアの気管支拡張症は、異なるのではないか、と思っていましたが、最近、中国から発表された論文[1]は、明確にこの点を指摘しています。

 気管支拡張症の発症の機序もかなり明らかになってきましたが、この点も欧米とは異なる背景があります[2]。


 先の中国発の論文[1]では、明らかに貧富の差を背景に発症した貧困層の病気であること、海岸地域に多く、中国での現在の治療は、誤診が多く、近年、わが国を始め欧米諸国で実施されている新しい抗生物質の吸入療法は実施されておらず、ひと昔前の、去痰薬の投与のレベルにとどまっていること、対応の拙さが入院回数を増やし、医療費を高額化している点などを指摘しています。研究は、中国の111の病院の合同で実施された前向き研究であること、中国政府からの多額の研究資金援助を受けて実施されたこと、掲載されLancet誌の出版会社は、内容に全く手を加えていないことをわざわざ、表記していることなど、社会的な影響を予測して記載している点などで、最近の政治色が色濃く出ているユニークな論文です。


 ここでは、最初に気管支拡張症の概略を欧米情報にもとづき解説し[2]、次いで掲載論文[1]について解説していきます。




Q. 気管支拡張症の症状は?


・気管支拡張症の古典的な臨床症状は、ほぼ毎日出る咳に加え、数か月から数年にわたる粘液膿性および粘り強い痰、および一時的な症状の悪化の病歴である。その他の症状では、呼吸困難、喀血、喘鳴、胸痛などがある。




Q. 気管支拡張症の有病率は?


・年齢とともに増加する。40歳から50歳では10万人あたり40~50人であるが、60歳以上では10万人あたり300~500人である。ただし、専門性の高い医療機関からの報告では10万人あたり701人という報告がある。


・デンマークでの一般集団(N=14,669人)を対象にした調査では、咳が8週間以上続く人は4%みられ、その最大の危険因子は気管支拡張症でありオッズ比は5.0であった。喘息では、オッズ比は2.6、元喫煙者でのオッズ比は7.1であった。


気管支拡張症は女性に多い


・アトピーがある場合には、経過が悪化しやすい。




Q. 気管支拡張症の発症の仕方は?


・気管支拡張症は、気管支に強い炎症を起こし、気管支がつぶれやすくなり、そこを流れる空気(気流)の途絶(閉塞)が起こり、息切れ、多量の喀痰、喀血などで頻回の受診や、さらに増悪し、悪化したときには入院による治療が必要となる。平均年1回の入院治療となることが多い。


COPD(慢性閉塞性肺疾患)と症状や経過が類似している点が多い。




Q. どのような機序で起こるか?


・気管支拡張症は、主要な気管支および細気管支の後天性疾患であり、気管支壁の恒久的な異常な拡張と破壊を特徴とし、治療で元に戻すことはできない。


・気管支拡張症の誘発には、気道の重症感染、痰を排泄する機能の障害、気道がつぶれ、痰が詰まることによる気道閉塞が特徴であり、頻度は少ないが遺伝的な気管支上皮細胞の機能異常、体質的な宿主防御の欠陥によることがある。




Q. 気管支拡張症の背景因子は?


・多数の病因が知られている。異物を誤嚥したことで起こる場合(異物吸引)、生体の防御能の低下、リウマチなどの全身疾患の併存症として起こる場合、肺の感染症、アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)など多数が含まれる。


・気管支の内腔の表面を構成する細胞は繊毛細胞として知られるが、遺伝子異常で繊毛の可動性が低下して気管支拡張症が発症することがある。




Q. どのように診断していくか?


・症状の経過、これまでの治療内容、家族歴、治療歴、環境暴露などの情報を参考とする。


・診断評価の目的は、胸部CT画像診断による診断の確認、治療可能な可能性のある原因の特定、および機能評価を行う。


・検査では、喀痰の微生物学的検査、先の胸部CT画像検査、および肺機能検査で構成される。


悪化、死亡の原因として心血管病変によることが多いので並行して心電図など循環器系の検査を実施する。




Q. 臨床的な問題点は?


・アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)がない場合では、重症の喘息、COPDと併存することがあり、喘息として治療すべきか、気管支拡張症として治療すべきかの判断が難しいことがある。




Q. 診断の難しさは?


・通常の胸部X線像だけでの診断は困難。胸部CTは、気管支拡張症の診断を確認するために必要である。特に、現在、実施されているCTの大部分はマルチディテクターコンピューター断層撮影(MDCT)スキャナーであり、高い空間周波数で≤1mm(高解像度)の薄い切片を取得でき、細い気管支病変の範囲が評価でき、気管支拡張症の有力な画像診断法である。




Q. 中国発の論文の概要は?


研究方法:

 BE-China研究の名称。China Bronchiectasis Registryとして2020年から登録開始。111病院の共同研究。

 症例収集段階で厳密さを欠いていた病院は削除し、最終は97施設の結果を解析した。


・研究対象:

 18歳以上の成人。経過中に胸部CTで肺の1葉以上にわたり気管支拡張症が確認されている。慢性の咳、毎日、多量の痰がでる。経過中に増悪の既往がある。


・総計=10,324人の気管支拡張症の調査研究。


国別可処分所得(disposable income by country: GDP)により線引きを実施、貧困度を区分した。線引きは、5,553米ドル。

注)一人当たり名目GDP(IMF統計)では、1位ルクセンブルクで129,810米ドル、日本は34位で33,849米ドル。中国は12,597米ドル。


結果:

・気管支拡張症の原因別集計:計9,541例のデータが解析可能。気道感染後=43.2%, 原因不明=29.6%。

・登録前の状態で57.2%が増悪で入院歴あり。

・気道を浄化する気道クリアランス治療を受けていた患者は12.2%。

・収入別では、upper-middle income層とlower-middle income層では、前者平均年齢61.0歳、後者は63.9歳。COPDの合併例が多かった(6.6%)。喘息合併例は4.9%。

慢性肺結核合併例は16.0%, X線所見で広範で重症例は42.4%、部分的な病変例は35.4%,

前年入院は、平均1.4回。

・患者のQOL低下がみられた。


結果の問題点:

・中国の気管支拡張症では重症で入院例が多い。

・感染の理由は、喀痰中の緑膿菌感染、非結核性抗酸菌症(NTM)が多い。

・治療内容の現状は、欧米とは著しく異なっていた。

・中国の治療は去痰薬投与にとどまり、マクロライド薬など経口の抗生物質投与や、吸入による抗生物質投与は少ない。

・貧困層では、より若年層が多く、しかも重症例が多い。呼吸器系でのCOPD、喘息の合併例が多く、経過中の増悪が多い。その結果、患者の鬱病などQOL低下がみられる。


今後の対策:

・中国の気管支拡張症の治療対策は欧米と比較して遅れている。しかも、科学的なエビデンスにもとづく治療として実施されていないことが多い。

長期対策として幼児期の気道感染対策、肺結核対策に取り組む必要がある。

本研究結果は対策を実施していくための基本情報となる。




Q. 本論文の論点は?


・気管支拡張症は、発症の背景に貧困がある。しかも、患者のQOLは低い。


中国の気管支拡張症は、総数は1500万人以上と推定されており、その抜本的な対策が必要である。


・発症の背景には、インド、インドネシアに次いで肺結核罹患患者が多いことがある。


・中国の気管支拡張症では喘息と誤診されていることが多い。治療が不適切であることが多い。


・その結果、不安神経症や鬱病の患者を多数、生み出す結果となっている。


・中国では、医療費の保険負担額の比率は大きいので、治療を提供する医療者側が包括的に対応していくという情報入手が遅れていることが問題である。


・粗雑な治療内容が、患者の社会的経済的な不利益を増長している。


・欧州の気管支拡張症の治療とは異なり、免疫学的な改善理由も含め、マクロライド系の抗菌薬を積極的に投与する治療が有用であり活用されるべきである。




 現在の気管支拡張症の実態は、欧米と、アジア地域では、背景となる基礎疾患や、治療方針が大きく異なり、欧米情報は、アジア地域には必ずしも当てはまらないと言われています。

 先の子規の例でみられるように、かつて、わが国では肺結核後遺症や幼児期の重症肺炎の後遺症としての気管支拡張症が多数、診られた時代がありました。医療技術の進歩と、衛生教育の効果で近年は、昔のような重症例は、激減しています。マクロライド系抗生物質の長期投与はわが国発の治療に始まります。本論文は、政治色を色濃く反映した論文ですが、わが国での先行経験は全く論考されていません。わが国には、現在の医療体制に至るまでの多くの論文があり、当然、それを参考にしていると考えられます。


 医療には国境がない、有効と思われる治療法や情報は、共有されなければならない、という医療倫理の大原則があります。その苦い経験が、新型コロナ感染症の蔓延でした。医療体制の不備でアフリカに多くの感染者を出しましたが、遅れて先進諸国に多大な被害を与えました。他国の問題点としてサポートの欠如、情報の抱え込み、秘匿化は自分たち自身を危険な状況に追い込む危険性があります。欧米諸国とわが国の間には、学会活動を始め、医療情報の交換を自由に行えるシステムがあります。しかし、アジアの近隣諸国とわが国の間の情報交換は限られています。

 本論文を読み込んでも不明な点は多く残されています。医療は、若い世代の医療者どうしが自由に討論し合う環境で進歩してきたという歴史があります。このことは将来も大切にされるべきだと思います。その点では、本論文には、論文では触れられていない背景事情として多くの問題点が指摘されるように思われます。




参考文献:


1.     Xu, JF. et al.  Baseline characteristics of patients in the Chinese Bronchiectasis Registry (BE-China): a multicentre prospective cohort study.

Lancet Respir Med 2025; 13: 166–176.


2.      Clinical manifestations and diagnosis of bronchiectasis in adults. AUTHOR: Alan F Barker, SECTION EDITOR: Talmadge E King,

In: UpToDate, Dated on Feb.25, 2025.


※無断転載禁止


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