No.298 肺がん検診を他の病気の早期発見に生かす
- 木田 厚瑞 医師
- 3月19日
- 読了時間: 7分
2025年3月19日
わが国の死因の第1位は悪性腫瘍であり、肺がんがその第1位を占めています。早期発見のためには、原因を除くことを目的とした一次予防として禁煙運動(たばこコントロール)、さらに、早期発見、早期治療を目的とした二次予防が行われています。これにもとづき、40歳以上の男女に対し、年1回の胸部X線撮影(CXR)、重喫煙者の高危険群ではさらに喀痰細胞診の併用が実施されています。
胸部CT検査、すなわち低線量コンピュータ断層撮影法(LDCT)ではCXR検診の10倍程度の肺がんが発見されることが知られています[1]。また、LDCTによる発見は早期発見が多く、手術により切除した後により長生きするという成績が報告されています。特に、淡い陰影を示す高分化で予後良好な小型肺腺癌が非喫煙者や軽喫煙者で多く発見されてきています。私たちの施設でも非喫煙者の中年女性で胸部CT検査により偶然発見の早期肺がんを、しばしば、経験するようになってきました。
しかし、現在のCXRによる肺がん検診にLDCTを導入するには、検査費用の高額化、放射線診断医の負担増に加えてLDCTに伴う被ばくの問題があります。わが国でも進められてきていますが、肺がんの増加が深刻な医療問題となっている欧米では早期発見の方法の検証作業は熱心です。
治療や診断方法で意見が分かれる場合には、科学的な検証にもとづき優劣を判定し、決めていく「エビデンス」の強さで決めていくことになっています。しかし、問題点の早期解決が求められている一方で、エビデンスを固め実証していくという作業には年単位の時間がかかります。
そこで、本論文で選ばれた方法として、関わる専門家集団が集まり、細部に至るまで話し合いを重ね、最終的な多数決により一定の見解を出す方法がとられるようになってきました。ここでは、LDCTによる肺がんの早期発見だけでなくそれ以外の病変の早期発見に注目した専門家集団の意見のまとめた論文[2]を紹介します。
Q. 通常の胸部X線撮影と胸部CT検診の問題点は何か?
・被ばくの影響はあるとしてもLDCTの実施が臨床的により重要であるという理由を特定することが重要である。
・LDCTによる肺がん早期発見だけではない他の潜在的な利益や、臨床的に重要ではないが情報を追加でき、役立つ情報として利用できるかどうかの評価、求められる臨床医の努力と能力、肺がんを心配する患者の不安感、知られずにいる他の合併症、検査に伴う過剰な費用負担などは関連した潜在的な有害性といえるかもしれない。
Q. どのようにして意見をまとめたか?
・胸部腫瘍学に関する米国胸部学会所属のメンバーや、それに所属していない他の専門家を含む、学際的で国際的なパネルを招集した。
・パネルのメンバーの構成には、呼吸器内科、放射線科、看護学、プライマリケア、疫学、スクリーニング実施、心臓病学の専門家を含む。
・集学的肺がん治療、検診プログラムの開発、管理に関する専門知識を持ち、情報に基づいたインプットと専門知識を有する専門家から成る。ただし、パネルのサイズ制限のため、肺がん手術のサブスペシャリティの代表者は含まれていない。
・目的は、特定のサブスペシャリティに関連する問題に焦点を当てるのではなく、学際的な専門知識のアプローチを優先した。
・目標は、知識と研究のギャップを特定し、早期発見のアプローチと管理に対処するための研究課題を作成し、優先順位を付けることである。
・現在、肺がんスクリーニング(LDCT検査)で入手可能な文献をまとめるために、関連する領域についての学際的なパネルを招集し、変動性と報告の標準化、早期発見の管理方法の有益性と有害性の評価に焦点を当てた。討論の中では信頼性が高い論文を選択し、それをもとにさらに討論を続けた。特に、肺がんと並び問題となっている心血管関連の病変の早期発見を目的の一つに加えた。研究課題に優先順位を付けるために、意見がまとまるまで討論し、票決していく修正Delphiプロセスを使用した。
Q. 結論に至る議論は何か?
・信頼できる研究の一つ、NLST研究では、LDCTを受けた26,455人の参加者のうち17,309人の追跡解析で、59%が肺外の病変を指摘しえた。20%が検査を実施するまでは知られていなかった潜在的な臨床的に有意な肺以外の病変の発見にいたった。心血管の異常が最も多く、参加者の8%が潜在的に重大な病変を有すると特定され、15%が潜在的に有意または軽微な病変を有すると特定された。
・LDCTスクリーニング群の25,002人の参加者を対象とした別の研究では、44%が肺気腫の所見を持ち、37%が網状または網状結節性混濁、蜂の巣、線維症、または瘢痕を持っていたと報告された。
・また、別の研究ではLDCTスクリーニング群の43%が肺気腫、慢性閉塞性肺疾患、または過膨張の証拠があると報告され、次いで冠動脈バイパス移植手術または冠動脈ステントには至っていないが冠動脈に石灰化病変が12%、疑わしい病変は7%であった。
Q. 早期肺がんの発見以外の病変の指摘のまとめは?
・放射線科専門医が関心を持つ分野の1つは、早期肺がん発見のAI利用などの自動化である。
・潜在的病変として、特に冠動脈の石灰化、肺気腫、肺線維症、大動脈サイズの病的拡大、胸部大動脈瘤の発見がある。
・これらを効率的に発見し、早期治療にもっていき、患者の治療効果の改善につなげる必要がある。放射線科医の負担を軽減するためのアルゴリズムまたはプログラムの開発とこれに伴うAI利用が将来の方向性である。
Q. 肺がん早期検診に付随して発見される可能性のある病気は何か?
経験的に報告されている肺がん検診の折に偶然発見された病気を図1に示した。
図1
![出典:文献[2]のFig 1を邦訳、一部修正](https://static.wixstatic.com/media/af4cfc_2d3a2a4f243f4fdfad3ff4f8fb83cc51~mv2.png/v1/fill/w_980,h_1214,al_c,q_90,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/af4cfc_2d3a2a4f243f4fdfad3ff4f8fb83cc51~mv2.png)
現在、日本の肺癌死亡における喫煙の人口寄与危険割合は7割程度といわれています。すなわち、単純計算では、適切なたばこ対策を行うことにより、検診や手術を行うことなく、7割の肺癌死亡減少が達成されることになります[1]。将来を見据えた対策ではこれが優先事項です。
胸部CTから得られる情報は、身体のさまざまな臓器の病変を広い範囲で見つけることが可能となっています。私たちの施設も、放射線専門医と協力して精度の高い、図に示されているような病変の発見に努力しています。
本論文は次の3点で重要な提言と考えられます。
第一は、検診で広く胸部CT検査を入れることは、理想ですが現実には、放射線診断医、呼吸器医がさらに、検診業務に大きく手を取られることになります。現在、進められている専門性の高い呼吸器の日常診療に支障をきたす可能性があります。その意味では、今回の提言が、関連する多職種の専門家を集め、一致統合した提言として貴重です。現在、胸部CTの読影にAIを入れる研究が進められています。恐らく、数年のうちに診療現場でも使われ始める可能性があり、期待されています。
第二は、呼吸器の病気の全体では、喘息、COPDを始め、新型コロナウィルス感染症の流行以来、注目度が高まってきている間質性肺炎があります。間質性肺炎は肺がんの発生とも連鎖する可能性があり、早期発見という立場から、肺がん検診を役立たせるべきである、という論文が発表されています[3]。これに一致する見解となっています。
第三は、わが国で行われている肺がんの検診の効率化を図るための手法の再検討は、本論文でも指摘していますが、胸部CTで偶然の発見にいたる肺気腫や間質性肺炎は、早期診断、早期治療として再検討されるべきでしょう。
本論文は、検診という機会をできるだけ有効な治療判断の機会にしていこうと関連する多職種の話し合いで得られた結論として貴重です。
参考文献:
1.滝口裕一、低線量CTによる肺がん検診の進歩
日内会誌 2020; 109: 611-616.
2. Henderson LM. et al. Lung cancer screening and incidental findings: A research agenda: An Official American Thoracic Society Research Statement
Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 436-451.
3. Santibanez V. et al. Late to the game: cancer screening guidelines and nodule surveillance in idiopathic interstitial pneumonias
Am J Respir Crit Care Med 2024; 210: 390–391, 2024.
※無断転載禁止