2020年11月4日
抗生物質が利用できない時代、肺炎は高齢者だけでなく若い人であっても深刻な病気でした。オー・ヘンリー(1862-1910年)の短編、「最後の一葉」は、芸術家が集まる古びたアパートで暮す老人と若い女性が肺炎に罹患し、若い女性は助かるが高齢の画家が、冷たい雨に打たれたあと、わずか2日後に死亡するという物語です。抗生物質投与前の時代には、肺炎球菌が肺炎の症例の75%以上を占めていたので恐らく、この頃の肺炎の原因菌は肺炎球菌が多かったと思われます。
肺炎球菌は1881年に同定され、1880年代の後半に大葉性肺炎を起こすことが判明しました。
肺炎球菌は卵の殻のような構造物である莢膜多糖を持っています。これに対する抗体が感染に防御的であるという最初の発見が現在の細菌ワクチンの基礎となっています。さらに、DNAの発見は、肺炎球菌からなされました。
ここでは、肺炎球菌ワクチンについて解説します[1]。
Q.肺炎球菌の血清型は?
・肺炎球菌には93種類の血清型があり、全体として、90を超える血清学的に異なる肺炎球菌莢膜血清型が同定されている。
Q.侵襲性肺炎球菌肺炎とは?
・呼吸器系以外で、本来は無菌環境である髄液や血液中に肺炎球菌が検出される場合には、侵襲性肺炎球菌肺炎と呼ばれさらに重症となる。
Q.肺炎球菌ワクチンの種類は?
・臨床用途には、肺炎球菌多糖体ワクチン(PPSV)と肺炎球菌結合型ワクチン(PCV)の2種類の肺炎球菌ワクチンがある。
・わが国ではどちらのワクチンも65歳以上の高齢者に接種可能であるが、現在PPV23は自治体からの補助による定期接種、PCV13は自分の判断による任意接種の位置づけとなっている。
Q.定期接種で使われるワクチンとは?
・肺炎球菌多糖類ワクチン(PPSV):部分的に精製された肺炎球菌莢膜多糖類で構成されている。PPSV23(ニューモバックス)は23種の肺炎球菌多糖類を含む最も広く利用可能な製剤である。過去には、これらの血清型は肺炎球菌感染症の症例の約85〜90%をカバーしていたが、現在では成人の症例では約50〜60%にとどまっている[1]。
Q.任意接種で使われるワクチンとは?
・肺炎球菌結合型ワクチン(PCV):タンパク質に共有結合(結合)した肺炎球菌莢膜多糖類で構成されている。利用可能な製剤には、ジフテリア毒素とほぼ同一の非毒性タンパク質に結合したさまざまな種類の莢膜が含まれている。乳幼児は多糖抗原に反応しないが、このタンパク質への結合により、発達中の免疫系が多糖抗原を認識して処理し、抗体の産生をもたらす。したがって、PCVは乳幼児に適した処方であるといえる。
科学的根拠があまり確立されていないが、このワクチンは肺炎球菌感染症またはその合併症のリスクが高い成人にも使用されている。
・わが国で現在、使われているPCV13(プレベナー13)には、13種類の莢膜成分が含まれており、最も広く使用されている。なお、15および20のタンパク質結合莢膜多糖類を含むワクチンが現在開発中である。
Q.予防効果のデータは?
64,500人以上の個人を評価した18件のランダム化試験のメタアナリシスでは、以下の結果が観察されている[1]。
・PPSVは、侵襲性肺炎球菌感染症のリスクを軽減した(オッズ⽐[OR] 0.26、95%CI 0.14-0.45)。この結果は、先進国の健康人(多くは⾼齢者)で観察された(OR 0.20、95 %CI0.10-0.39)。
・侵襲性肺炎球菌感染症の予防に対するPPSVの利点は、ワクチンに含まれる血清型によって異なる(OR 0.18、95%CI 0.10-0.31)。
・PPSVは、侵襲性(OR 0.26、95%CI 0.15-0.46)と非侵襲性肺炎球菌性肺炎(OR 0.46、95%CI 0.25-0.84)の両方とも大幅に減少させた。
・しかし、予防効果は、専門家の間では議論中であり、研究内容によって異なる。
PPSVが侵襲性(すなわち、細菌血症、髄膜炎、細菌性肺炎)の場合には予防するが、非侵襲性肺炎球菌感染症は予防しないことを示唆されている。
他の研究では、侵襲的、非侵襲性肺炎球菌肺炎を予防するために有効性を実証することができず、または死亡率を減少させることができなかった。
結果が一致しない理由は、評価の対象例が少ないこと(少数のイベントで統計処理が難しい)、肺炎球菌性肺炎を正確に診断することの難しさ、および検証されていない診断テストの使用(偽陽性の結果につながり、ワクチンの見かけの有効性)がある。
Q.何歳から接種するか?
・高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種は2014年から開始され、該当する年度に65歳、70歳などの区切りとなる人と、60歳から65歳未満の人で、心臓、腎臓、呼吸器の病気で自己の身辺の日常生活活動が極度に制限される障害や免疫能が著しい低下などの障害がある方も定期接種の対象となる。
・肺炎球菌ワクチン接種は65歳未満の健康な成人には推奨されない。
Q. 2種のワクチンの使い分けは?
日本呼吸器学会/日本感染症学会の合同委員会では、PPV23の再接種、PCV13との重複接種について以下の勧告を行っている(2019年10月)。
1. PPV23を定期接種した場合:①PPV23の接種から1年以上空けて任意でPCV13を接種し、さらに前回のPPV23接種から5年以上空けて任意でPPV23を再接種。②PPV23の接種から5年以上空けて任意でPPV23を再接種。
2. PCV13 を任意接種した場合:PCV13の接種から6か月後から4年以内にPPV23を定期または任意で接種。
3. PPV23の既接種者の場合:①PPV23の接種から1年以上空けて任意でPCV13を接種し、さらに前回のPPV23接種から5年以上空けて任意でPPV23を再接種。②PPV23の接種から5年以上空けて任意でPPV23を再接種。
Q.接種による副反応などの注意点は?
・注射部位反応(圧痛、発赤、部位の腫れは、最も⼀般的な副作用であり、通常は軽度である。ほとんどはワクチン接種から数日以内に改善する。
・PPSV23とインフルエンザワクチンの同時投与は安全であり、どちらのワクチンの有効性も変化させない。
・PSV23と組換え帯状疱疹ワクチンの同時投与はおそらくPPSV23に対する抗体反応を変化させないが、帯状疱疹ワクチンの免疫原性を低下させる可能性がある。
コロナ禍の中で多くの患者さんから肺炎球菌ワクチンの効果や問題点について質問を受けます。高齢者では喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療中の方は、肺炎球菌肺炎のハイリスク・グループです。肺炎を予防するかどうかはもちろん大切な接種目的ですが、高齢者では肺炎球菌が咽頭などの粘膜の常在菌となっていることが知られています。カゼの大多数はウィルス感染ですが、それに続く細菌感染としての急性気管支炎と肺炎球菌の関わりは臨床データがほとんど、見当たりません。恐らくその予防にもなる可能性があると、説明して接種をお勧めしています。
Comments