No.314 中高年の慢性疾患:その予防策
- 木田 厚瑞 医師
- 6月27日
- 読了時間: 9分
2025年6月27日
病気は大きく分けて数日から数週間を越えない期間で元の状態に戻る場合と、長い期間、異常が持続する場合に分けられます。前者は急性疾患と呼ばれ、後者は慢性疾患と呼ばれています。
慢性疾患の特徴は、種類が極めて多く、その軽重に差が大きく、しかも個人差が大きいことです。また、複数が共存していることも全体像の把握を難しくしている理由です。さらに慢性疾患は、身体の各臓器で、個別的に病気が起こり、進行するにつれ複数の臓器を巻き込むように進むことがあります。例えば、高血圧では、治療が不十分であれば心臓に心筋梗塞を起こし、脳には脳出血や脳梗塞を起こし、腎臓には腎不全という状態を起こします。発症には生活習慣が大きく影響します。喫煙習慣は、肺がんを起こし、動脈硬化を促進します。
一人ひとりのリスク要因は、特定の疾患と関連付けられていますが、生涯というライフコースでの要因が複数の慢性疾患にどのように累積的に影響するか、は依然として不明です。研究室で行う動物実験では、同じ種類で同年齢のマウスやラットを、異なる条件で飼育することによりどのように病気が進行するかを明らかにすることができますが、それぞれが、異なる環境や条件で生活している人間では、厳密に解明しようとするには限界があります。人間の病気は究極、人間から聞かなければ解明できないというジレンマがあることは事実です。
ここに紹介する論文[1]は、1934年から1944年の間に出生し、同じ環境に住み続けた人たちが2001年から2004年の時点、すなわち60年間で、8つの異なる臓器に慢性疾患がどのように進行していったかを明らかにしようとした研究です。研究が実施された地域は、経済的、社会的に最も安定し、裕福であるといわれる北欧、フィンランドの街で人口の移動が少ない地域での調査であることも特徴です。解明しにくい人間の慢性疾患について半世紀以上の経過をまとめ、しかも臓器別に進み方の特徴を解明しようとした労作と言えます。編集者の意見[2]をまとめて紹介します。
Q. 慢性疾患の問題点とは?
・慢性疾患は世界の健康にとって最大の課題であり、2019年の世界全体の死亡原因の75%を占め、そのうち非感染性疾患の死亡者数は4,300万人である。また、死亡者のうち1,800万人が70歳未満での早期死亡である。この対策が問題である。
・慢性疾患はしばしば多重に発生し、成人のほぼ3分の1に影響を与える。複数の長期的症状を引き起こし、QOLを低下させる。また、早期死亡リスクを高め、医療費を増大させる。
Q. 研究の対象と方法は?
・1934年から1944年の間にヘルシンキ大学中央病院(フィンランド、ヘルシンキ)で出生し、市内の児童福祉クリニックに通院し、1971年の時点でフィンランドに居住し、2001年から2004年の間に臨床調査を受けた無作為サブサンプルに含まれた個人の集団ベースの出生コホートの縦断的分析を行った。
・病院の入院患者と外来患者の記録から、8つの臓器系にわたる慢性疾患の蓄積を30年間追跡した。
・測定されたライフコース要因(年齢、性別、幼少期の要因、成人期の生活習慣、臨床的特徴、バイオマーカー、社会経済的地位など)は、出生から中年期後期まで評価した。
・測定されていない要因は、測定された要因以外の影響を捕捉すると推定した。
・多次元線形混合モデルにより、臓器系間の相互依存性を考慮し、測定された要因と測定されていない要因の臓器特異的疾患蓄積(本研究の主な結果)への寄与を評価した。
Q. 調査の対象地域の特性は?
・人間開発指数(Human Development Index)が非常に高スコアを誇る高所得国(フィンランド)1カ国に焦点を当てている。
・フィンランドは、⼀人当たり高所得、教育と医療への普遍的なアクセス、そして環境汚染の少なさを特徴とする、世界で最も幸福な国としてしばしば挙げられる。
Q. 慢性疾患の発症機序は?
・慢性疾患の発症には通常、複数の要因が関与している。
・修正可能な要因と不可能な要因に大別される。
・不可能な要因➡加齢、遺伝、⼀部の環境要因など。
・修正可能なリスク要因➡タバコやアルコールの摂取、運動不足、コレステロール濃度の上昇、新鮮な野菜や果物の摂取不足など。
・相互作用し測定可能な要因と測定不可能な要因の複雑な相互作用がある。
Q. 本研究の概要は?
目的:
・8つの主要臓器系における疾患負荷を測定された要因と測定されていない要因が、どの程度説明するかを定量化する。
方法:
・1934年から1944年の間にヘルシンキ大学中央病院(フィンランド)で出生し、市内の児童福祉クリニックに通院し、1971年当時にフィンランドに居住し、2001年から2004年の間に臨床調査を受けた無作為サブサンプルに含まれた個人の集団ベースの出生コホートの縦断的分析を実施した。
・患者記録から、8つの臓器系にわたる慢性疾患の蓄積を30年間追跡した。
・ライフコースの要因(年齢、性別、幼少期の要因、成人期の生活習慣、臨床的特徴、バイオマーカー、社会経済的地位など)は、出生から中年期後期まで評価した。
測定されていない要因は、測定された要因以外の影響を捕捉すると推定した。多次元線形混合モデルにより、臓器系間の相互依存性を考慮し、測定された要因と測定されていない要因の臓器特異的疾患蓄積(本研究の主な結果)への寄与を評価した。
結果:
・1934年から2017年までに収集された2,003人のデータを用いた。
・測定されたライフコース要因と測定されていないライフコース要因によって説明される疾患蓄積の上限は、8つの臓器系全体で24.5~86.3%の範囲にあり、全疾患数では48.3%であった。
・測定された因子のうち、臨床的特徴およびバイオマーカーが疾患蓄積の最大の割合を説明した(平均30.3%、SD 15.3%、)。次いで年齢(22.2%、SD22.9%)、幼少期の要因(20.8%、SD11.6%)、ライフスタイル(15.8%、SD10.2%)、社会経済的要因(8.5%、SD7.1%)、性別(2.4%、SD3.4%)であった。
・年齢、Body Mass Index(BMI)、空腹時血糖値、収縮期血圧は、複数の臓器系にわたる疾患の蓄積を加速させた➡これらが疾患を起こす主な原因となる因子である。
・加齢が10年進むごとに、疾患の蓄積は1.28~2.06倍に増加した。
BMIが1SD増加すると、心血管系、胃腸系、代謝系、筋骨格系、呼吸器系の疾患が1.28~1.72倍に増加すると予測された。
空腹時血糖値が1SD増加すると、心血管系、代謝系、神経系、感覚系の疾患が1.14~1.35倍に増加すると予測された。
収縮期血圧が1SD増加すると、心血管系疾患が1.16倍、代謝系疾患が1.39倍増加すると予測された。

図説明:
ヘルシンキ出生コホート研究における8つの主要臓器系における慢性疾患の蓄積。
年齢ごとに、臓器系ごとの平均疾患数を算出した。線は年齢(42~84歳)別に蓄積された疾患数の平均を示し、網掛け部分は95%信頼区間(CI)を示す。
・測定可能および測定不可能なライフコース要因は、システム全体における慢性疾患の蓄積の最大4分の3を説明し、残りはおそらく偶然の影響を受けている。
・定期的な運動、体重管理、禁煙、アルコール摂取量の抑制または禁酒といった健康的なライフスタイルの遵守は、慢性疾患による早期死亡のリスクを大幅に軽減し、寿命を延ばすことはすでに確立されている。
・測定された特定の要因の集団的寄与リスクの上限が75%である。
➡この知見は、従来のリスク要因評価に基づいて低リスクと特定された人の約4人に1人というかなりの割合の人々が、遺伝的素因を含む他の要因の影響により、時間の経過とともに慢性疾患を発症する可能性がある、と解釈できる。
・生育環境としての父親の職業と成人期の所得が、人間開発指数の変動の10%未満を説明するに過ぎない。
・喫煙者は代謝性疾患の因子を統合するライフコースアプローチで慢性疾患の蓄積を検討し、8つの臓器系にわたる説明可能性の上限を推定した。この上限は約75%で、説明可能な変動の多くは、 従来のカテゴリー以外の因子(年齢、性別、幼少期、社会経済的地位、臨床的尺度、生活習慣)に起因していることが判明した。
・上限は臓器系別に24.5%から86.3%の範囲であり、全疾患では48.3%であった。これは、多くの慢性疾患が共通のリスク因子を共有しているものの、その予測効果は臓器系によって異なることを示している。これらの知見は、複数のシステムにわたる疾患を予測する主要な予測因子(BMI、血糖値、収縮期血圧、喫煙)を標的とした予防戦略の必要性を浮き彫りにしている。
・年齢は変動の約5分の1を占め、10年ごとに30~100%の蓄積速度が予測される。
・結論➡測定されたライフコース要因と測定されていないライフコース要因を合わせると、8つの主要臓器系における慢性疾患の蓄積の24~86%を説明できる。これは全疾患数の合計では48%に相当する。
・BMI、空腹時血糖値、収縮期血圧は、複数の臓器系における疾患蓄積を加速させる重要な要因であり、標的を絞った介入の必要性を示している。
慢性疾患の多くでは、明らかに病気になりやすい人となりにくい人がいます。遺伝性の因子、日常生活の環境、生活習慣などにより発症し、悪化していくことは従来から指摘されています。本研究は、それを臓器別に疾患の発症に至る違いを明らかにしようとしたことです。統計処理を利用した推論による部分が少なくありませんが結果は、予想されたように心血管病変が、加齢による影響を最も受けて発症することが判明しました。意外な結果は、呼吸器疾患では加齢の影響が少ないことが判明したことです。フィンランドのような、環境要因が少ない地域の住民では、加齢とともに呼吸器系の疾患の蓄積、重症化が少ないことが判明しました。
先進国では、肥満、運動不足、これに伴う糖尿病や脂質異常症の悪化、高血圧が相互に影響し、加齢とともに重症化していきます。臓器別にみると、特定の臓器だけが死亡の原因を牽引しているのではないことが分かります。
本研究では、感覚系としていますが、認知症が必ずしも死亡原因を大きく引き上げていないことも判明しました。心血管による病死は、経過が比較的理解しやすいと思われますが「認知症死」は分かりにくく、統計のどの部分に影響しているかを判定できにくい部分です。恐らく、認知症が進めば、自分の健康管理が自分自身で十分に継続できなくなる状態が増えていき、その結果が、「認知症死」を起こすと考えられます。
日常生活の中で、服薬や、食生活、運動習慣に気配りをしていて自分の健康管理がうまくいっている人と、あまり気にとめないで、過ごしている人の違いは慢性疾患の経過の中でかなり明確な差になっています。例えば、血圧の記録や毎日の歩数をきちんと記録している人で処方した薬の過不足が全くない人がいますし、対照的に処方している薬が、日数の範囲で大幅に余っている人、中には同じ日数を処方しても一部だけが余っている人など、でその人の健康管理状態をある程度、推測できます。
慢性疾患の生活指導は、日常の診療の中で要件の一つと考えますが、その人ごとに必要となるアドバイスの内容と幅に大きく差があり、その難しさを感じながら毎日の診療にあたっています。
参考文献:
1.Markus J Haapanen MJ. et al.
Observed and hidden factors underlying the accumulation of chronic diseases across eight major organ systems: a longitudinal birth cohort study
Lancet Healthy Longev. 2025; 6: 100710
2. Basu S.
Chronic disease accumulation: an etiological basis, the unexplained remainder, and the way ahead. Lancet Healthy Longev. 2025; 6: 100716
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