2021年11月11日
高コレステロール血症は、脳血管や冠動脈など重要な血管の動脈硬化を進めるといわれ、特に、LDLと呼ばれる成分は悪玉コレステロールと呼ばれています。
重症の細菌性肺炎では、細菌が血中に入り多臓器に病変を起こす敗血症を起こすことがあります。新型コロナウィルス感染症では二次的な細菌性肺炎を起こし、敗血症からさらに多臓器障害となり死亡する症例が報告されています。
古くから敗血症では、コレステロール値が著しく低下することがあり、低下するほど生命予後が不良であることが知られてきました。他方で治療が必要であるとされる高コレステロール血症を、コレステロールを高くしたら難治性の敗血症の治療になるのではないか、という仮説まで提唱され、臨床治験が実施されましたが残念ながら、現時点では有効性の証明はされていません。
呼吸器領域ではコレステロールについて循環器領域ほど注目されてきませんでした。コレステロールと呼吸器との問題点を正確に知る、という目的がこの論文の趣旨です[1]。
Q. コレステロールの生物学的な機能は?
・コレステロールの生物学的な機能は、細胞膜の安定性とシグナル伝達、免疫、ステロイドと性ホルモン、ビタミンD、胆汁酸、オキシコレステロールの合成に至るまで多様である。
Q. 敗血症の問題点は?
・敗血症は、宿主の感染症に反応して臓器の機能障害を起こす。世界的な死亡原因及び重要な疾患の一つである。
・治療方針は、身体の水分均衡状態、臓器のサポート、抗菌剤による感染症治療、感染のもとになっている臓器機能のコントロール。しかし、現在のところ基本的な病態生理学にもとづく治療で効果を挙げたという方法はない。
Q. 敗血症とコレステロールの関係は?
・低コレステロール血症が強いほど敗血症の予後は不良。しかし、低コレステロール血症の意義は不明である。
・敗血症では、コレステロールの合成、輸送、代謝に影響を与える。免疫、ホルモン、ビタミンの生成など、細胞膜受容体の感受性の生物学的機能に影響を与える可能性がある。
Q. 化学物質としてのコレステロールとは何か?
・ステロール脂質に分類されている。
・多種の身体機能の維持に重要な役割を果たしている。それらは、細胞膜が有する機能の維持、免疫能、細胞性シグナル、機能の維持、及びステロイドホルモン、ビタミンD、胆汁酸、オキシステロールの各合成に関わる。
・血漿中でコレステロールが運搬可能となるためにはリポタンパクか、アルブミンに結合しなければならない。
・「善玉/悪玉コレステロール」と呼ばれる物質は、血管中を流れているリポタンパク粒子をあらかじめ高密度リポタンパク質(HDL)と低密度リポタンパク質(LDL)に超遠心分離法または化学的な分別剤を使って分離し、各粒子中のコレステロールを、生化学的分析法で測定したもので、HDL中のコレステロールを善玉、LDL中のコレステロ-ルを悪玉と呼称している。決してコレステロール自体に差があるというものではない。
・リポタンパクには数種類が知られているが分子の性状により非常に低値のVLDL、低値のLDL、高値の HDLに分けられている。LDLに結合しているコレステロールは肝臓から末梢の組織に運ばれる。他方、HDLはコレステロールを肝臓及びステロイド系組織へと運ぶ逆方向の運搬作用(reverse cholesterol transport)の役割を果たす。
・肝臓はLDL及びHDL receptors により循環しているコレステロールをいわば片付ける役をになう。
・その後、代謝されるか、不変のまま、あるいは胆汁酸として排出されるか、大部分は再吸収される。
Q. 敗血症とコレステロールの関係は?
・敗血症により低コレステロール血症が生ずることは1世紀前より知られてきた
(Macadam W, et al. 1924)。
➡その後、多数の研究があるが低下すればするほど生命予後が悪化することが判明している。
・血中では低下するが各臓器の機能への影響、細胞内と血漿中のコレステロール濃度との関係に加え、低下を補う治療がありうるのかが検討されてきた。
・敗血症では、血漿中の全コレステロール、HDLおよびLDLコレステロールの全体が低下する。
・多くは敗血症の診断初期でみられるが病勢の進行でさらに低下する。HDLは入院後第3病日で最低値となる。これに対し、LDLは診断日に最低値を示す。その後は敗血症の改善と共に増加していく。
・最近のデータでは、LDL低値の敗血症では予後が極めて悪いことが報告されている。
LDL増加は、起炎菌の脂肪クリアランスを亢進させ、敗血症の死亡率を低下させる。
・敗血症の生存者ではコレステロール値は正常に戻る。コレステロールの低下の程度は敗血症で生ずる多臓器障害の強さに関係する。
Q. 生体内でのコレステロールの作用とは?
1.コレステロールは細胞膜を構成しており細胞膜の厚さ、透過性、水分保持、機能的な役割を行う。
2.コレステロールおよびそのリポ蛋白質は、免疫機能の特性を有し、エンドトキシンや他のトキシンと結合する性質がある。
3.コレステロールは生体必要物質でステロイド由来の物質の合成に関与する唯一の物質である。副腎皮質ホルモン(グルココルチコイド、アルドステロン)、性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン、テストステロン)、ビタミンDの合成に関わっている。
4.コレステロールが胆汁酸に転化する生体反応には、肝細胞内にある17種の酵素が関係する。これがコレステロール代謝の主たるルートである。胆汁酸は、腸―肝臓の循環に取り込まれ別の肝細胞の中でリサイクルされ、腸管の中へのロスを防ぐ。胆汁酸の働きとして、肝臓からの外分泌作用により脂質、疎水性の栄養素、脂肪に可溶性のビタミンの吸収を促進し、小腸内、胆道での細菌増殖を防ぐ。さらに肝臓における種々の細胞の細胞分化と再生を調節する機能を有する。
5.オキシステロールは、コレステロールの酸化性誘導体を構成し、多様な生物活性を有するがその中に免疫調整機能がある。コレステロールは、酵素あるいは非酵素系の活性酸素により酸化される。オキシトールは、好中球、およびBリンパ球、Tリンパ球機能を調整し、自然免疫を増強し、抗炎症性サイトカインであるIL-10の産生を調整する。
Q. なぜ、敗血症でコレステロール値が低下するか?
・十分な基礎的な研究データはない。
・重症の状態で腸管から脂肪吸収が低下、減少すること以外に合成が低下、コレステロールの運搬の障害、敗血症でのトキシンの除去による代謝機能の異常が推定されている。
Q. 敗血症におけるコレステロールの生物学的な役割は?
・細胞膜の機能の異常を起こす。
➡好中球の細胞膜の異常を来す➡より強い炎症性機序を呈する。活性化促進、癒着、オキシダント産生を増強する。
・コレステロールの免疫調節と抗細菌作用が関与する。
低コレステロール血症は自然免疫、獲得免疫に逆効果を示す。
・副腎ステロイド、性ホルモン、ビタミンDの産生低下及び欠乏症へ影響する。
副腎機能不全は敗血症、敗血症性ショックにおける合併症として知られている。
・敗血症で死亡に至る例では血漿中のコルチゾール値はしばしば上昇するがACTH刺激に対する反応は低下する。これは予備能力の低下と推定される。
・敗血症では、血漿中のコレステロール値が低下することにより、ストレス作用として血液循環は80%低下すると言われる。
Q. コレステロール、リポ蛋白投与は新しい治療法となるか?
・1910年、Bayerはマラリアの治療法としてコレステロール治療を行ったという記録がある。以降、抗菌薬が開発されるまで感染症の治療として試みられた報告がある。
・動物実験では、ナノ粒子中にコレステロールを封じこめ、静脈内投与し重症の敗血症の生存期間を延長させたという報告がある。
・グラム陰性菌による敗血症薬1,400例で実施した治験では治療薬投与は生存を改善しなかった(Dellinger RP, et al. Crit Care Med 2009; 37:2929-2938)。
敗血症は呼吸器感染症や尿路感染で起こり、多臓器障害を起こすことから治療が難しく死亡率が高いことで知られています。ナノ粒子にコレステロールを入れて静脈注射するという臨床治験では効果が認められませんでしたが、コレステロールの代謝をヒントにした新しい治療法の模索は現在も続いています。期待したいと思います。
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