No.310 関節リウマチにみられる肺の病変とは何か?
- 木田 厚瑞 医師
- 2 日前
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2025年6月3日
病気の主な原因が、身体を構成する細胞にあるとする細胞病理学は、ドイツの病理学者 ウィルヒョウ(1821-1902年)の提唱による画期的な発見でした。これに対し、細胞の間を埋めている物質の病気に対し膠原病という名称を与えたのは、米国の病理学者、クレンペラーです(1942年)。現在では、膠原線維だけではなく、弾性線維や多糖体などを含む構造が結合組織であり、ここに生ずる病気は、欧米では結合組織病と呼ばれています。他方、わが国では伝統的に膠原病と呼ばれています。
膠原線維は、コラーゲンと呼ばれ、身体の多くの臓器に共通する組織構造の基本であり、その病変は、皮膚、関節だけでなく多くの内臓に病変を起こします。肺はもっとも病変を起こしやすい臓器として知られており、結合組織病に関連した間質性肺疾患と呼ばれています[1]。この結合組織病には、関節リウマチ、全身性エリトマトーデス、全身性強皮症、皮膚筋炎、シェーグレン症候群など、多彩な病気が含まれています。
関節リウマチ(RA)は、結合組織病の中で、もっとも頻度が高い病気として知られています。主な症状は、小さな関節が腫れて強い痛みがあり、特に朝のこわばりが特徴です。
関節リウマチにみられる肺の病変は、多彩であり、治療薬の副作用によっても感染症など複雑な病変を起こすことが知られています。
わが国では、日本呼吸器学会、日本リウマチ学会が合同で編集した「膠原病に伴う間質性肺疾患:診断・治療方針2020」が発表されています[1]。また、日本内科学会雑誌の特集号、「間質性肺疾患:実地臨床における診療のポイント」があります[2]。欧米発の論文には多数の本邦発のデータが引用されていますが、微妙な差異もあります。
ここでは、関節リウマチによるILD(RA-ILD)についての最近の欧米発の文献を中心に情報を紹介します[3-6]。
Q. 関節リウマチに起こるILDの頻度と重要性は?
・関節リウマチ(RA)は、米国および北欧諸国では、人口の約1%にみられる頻度の高い全身性炎症疾患である。
注)本邦では、膠原病におけるILDの合併頻度は、強皮症が70-80%、多発性筋炎・皮膚筋炎が23-40%、関節リウマチが10%と報告されている[2]。欧米データとの著しい差異がある。注意点として、わが国では関節リウマチは、膠原病内科ではなくて大多数が整形外科専門医だけで治療を受けていることを理由に挙げている論文がある。
・RA-ILDは無症状であることが多い。報告されている発症の頻度は使用される検査の種類と研究対象集団におけるRAの重症度によって異なる。
・RAでは、関節以外の症状では肺病変が最も多い。RA患者の最大60%が経過中に肺病変を起こす可能性がある。臨床的に重要なRA-ILDは、RA患者の約10~15%に発生する。
・RAによる肺病変(RA-ILD)はRA患者の主要な死因であり、高い罹患率と死亡率を伴う。
・RAは女性に多く見られる。他方、RA-ILDは男性に多い。⼀部の研究では男女比が2:1にも達すると報告されている。男性は女性に比べて、ILDを発症する可能性が2~3倍高い。肺疾患の発症は通常、50代から60代に起こる。
・RA-ILDは関節病変の中でもびらん性関節疾患を伴うことが多く、関節症状の発症から5年以内に発症するが、まれにRA-ILDの方が関節疾患に先行することがある。
・RA-ILDは、胸部CTなどの画像検査で偶然発見される早期に相当する非臨床的または前臨床的な間質性変化も認められることがある。これらの変化は、男性であること、RAの発症が遅いこと、疾患活動性の進行と関連していると報告されている。
・早期関節リウマチ(関節症状発現から2年未満)の患者を対象に、詳しい肺機能検査、胸部X線写真、気管支肺胞洗浄(BAL)などを含む様々な検査を実施したところ、36人中21人(58%)に少なくとも1つの検査項目でILDに一致する異常所見が認められた。これらの患者のうち、14%で臨床的に明らかな肺病変が認められたが、44%は臨床的に無症状であった。
Q. RA‑ILDが発症しやすい危険因子は何か?
・重度のRA、C反応性タンパク質の高値、男性、高齢、肥満、喫煙、重度の関節外疾患、微粒子物質への曝露などがあげられる。
・RA-ILDの病態には、様々なリスク因子(喫煙歴、男性、高齢など)と遺伝的素因(共通エピトープHLA-DRB1など)の相互作用が関与していると考えられている。
・RA-ILDに関連する追加的な危険因子としては、研究全体で再現されているものとして、喫煙歴のほか、RFまたは抗CCP抗体の血清陽性、RAの疾患活動性などがある。
・ILDの主な予防可能な危険因子は喫煙である。(オッズ比[OR] 3.76、95%CI 1.59-8.88)。
Q. RA-ILDの発症機序と関連する環境因子の関連性は?
・肺においては、気道および肺胞上皮細胞の損傷を引き起こす様々な環境曝露がタンパク質のシトルリン化の増加につながる可能性がある。
・遺伝的素因を持つ場合は、腫瘍壊死因子(TNF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、インターロイキン(IL)などのサイトカイン、ケモカイン、増殖因子の活性化を特徴とする炎症プロセスが誘発されると考えられている。
Q. 関節リウマチに起こる肺病変(RA‑ILD)の種類は?
・RAは基本的に肺のあらゆる部位に影響を及ぼす可能性がある。
肺の実質にリウマチ結節として現れることがある。
・肺の全体を包み込んでいる胸膜では胸膜炎や胸水を起こす。
・気管では輪状披裂炎、輪状披裂関節の関節炎を起こす。
これにより声帯が正中線内転し、嗄声や喘鳴が生じる
・気管支・細気管支では気管支拡張症、細気管支炎を起こす。
・肺血管では、血管炎および肺高血圧症を起こす。
Q. 胸部CTなど画像によるRA-ILDの早期診断とは?
・高解像度HRCTは、主にすりガラス状のパターンと網状変化および蜂巣状変化を区別することができ、様々なタイプのILDの鑑別に役立つ。
➡すりガラス陰影は、他の間質性肺炎に一致してみられる。
➡リウマチ結節や胸水など胸膜肺疾患のパターンが明らかになる場合もある。
ときに癌性胸膜炎との鑑別が必要である。
Q. 血液による診断は?
・血清学的検査では、リウマトイド因子(RF)および抗環状シトルリン化ペプチド(抗CCP)抗体がある。
・さらに詳しく診断を確定するためには、抗核抗体、抗⼆本鎖DNA抗体、筋炎抗体パネルがある。
・RA-ILD患者は肺疾患のない患者と比較してKL-6値が有意に高い。ILDの感度および特異度はそれぞれ61%および99%と推定されている。
Q. ILDの診断とその重症度の診断方法、予後は?
・肺機能検査:
肺活量、肺気量、一酸化炭素拡散能(DLCO)の低下、6分間歩行試験中の酸素飽和度の低下。さらに重症の場合には、安静時低酸素血症などがある。
・RA患者において、RA-ILDの存在は、ILDがない場合と比較して死亡率の上昇と関連している。5年死亡率はそれぞれ36%と18%であり、ILDがある場合の死亡率が高い。
Q. RA-ILDの治療方針と治療薬は?
・治療の標的は、1) 禁煙による曝露回避、2) CD20受容体への結合によるB細胞枯渇(例:リツキシマブ)、3) 抗増殖薬または抗細胞傷害薬(例:シクロホスファミド、ミコフェノール酸)、4) TNF-α阻害薬(例:アダリムマブ、エタネルセプト、インフリキシマブ)、5) 炎症誘発性IL-6サイトカイン阻害薬(例:トシリズマブ)、6) 抗線維化薬(ニンテダニブ、ピルフェニドン)などが挙げられる。
その他の治療薬には、プロスタグランジンおよびロイコトリエンの合成阻害、循環単球数の減少、コラーゲナーゼおよびリソソーム酵素の放出阻害を介して抗炎症反応を促進するコルチコステロイドがある。また、メトトレキサートなどの非生物学的(伝統的または従来の)疾患修飾性抗リウマチ薬がある。
Q. 現在の問題点は?
・RA-ILDとの鑑別では全身性エリトマトーデス、全身性強皮症、皮膚筋炎、シェーグレン症候群はILDのリスクを高めるため、これらの患者に呼吸器症状がある場合は疑うべきである。
・治療を開始するかどうかを決定する際には、アルゴリズムはILDの疾患挙動、個別的なリスクベネフィット評価、胸部HRCT、肺機能検査による肺活量、肺拡散能、血清バイオマーカー(例:KL-6)などの検査を考慮することを示唆しており、経過が急性/亜急性ILDの場合は直ちに治療を開始すべきである。しかし、それ以外の場合には経過で判断する。
Q. 治療開始のタイミングは?
・特定の治療薬の選択以外に、これらの膠原病関連ILDの治療において重要な側面として、治療のタイミングが挙げられる。RA-ILDに対しては、病状の経過に応じてより慎重な「経過観察」療法が正当化される場合がある。
・呼吸リハビリテーションは、一般的にILD患者の運動能力を改善し、呼吸困難を軽減する可能性がある。
・今後の研究課題として、特にRA-ILDにおけるILDの急性増悪における感染症および薬剤誘発性肺障害がありうることに注意すべきである。
Q. 研究の進歩の背景は?
・診断検査の方法論と感度が時代とともに進化するにつれ、間質性肺疾患や気道の放射線学的所見など、高解像度CT画像でより明確に識別できる微妙な肺所見への認識が高まっている。
・まれに肺症状、肺病変が関節症状に先行することがある。
Q. 関節リウマチに関する遺伝子研究で判明したことは?
・多くの遺伝子研究により、肺線維症の感受性増加に関連する変異が特定されている。
・RA-ILDと家族性特発性肺線維症(IPF)およびその他の線維性ILDとの類似性が指摘されている。
・気道クリアランスと細菌宿主防御に関与するMUC5Bプロモーター変異は、IPFの最も強力な遺伝的危険因子であり、IPF患者の少なくとも50%に認められる。
MUC5B変異は、RA-ILDおよび線維性過敏性肺炎(HP)との関連が示唆されている。
・RA-ILD患者はTERT、RTEL1、PARN、SFTPCなど、以前から家族性肺線維症に関連付けられている遺伝子の変異を過剰に示している。
Q. 近年の遺伝子研究の進歩は?
・RAおよび関連する肺疾患を発症させる素因に関する研究として遺伝因子の研究がある。RAに対する遺伝的寄与は双生児研究で調査されており、これまでの知見では⼀卵性双生児では⼀致率が15~30%、⼆卵性双生児では4%であることが示されている。
・遺伝因子は、主にクラスII主要組織適合遺伝子複合体(MHC)領域にあり、RA発症のリスクを最大50%に高める。
・リウマトイド因子(RF)または抗シトルリン化タンパク質抗体(ACPA)陽性の患者で確認されている。
・MHC分子ベースの抗原提示に関与し、自己ペプチド選択とT細胞レパートリーを担うヒト白血球抗原(HLA)-DRB1アレルは、これまでに発見された最も重要な遺伝的リスク因子であり、リウマトイド因子(RF)または抗シトルリン化タンパク質抗体(ACPA)陽性の患者で確認されている。
・共有エピトープと呼ばれるHLA-DRB鎖の保存されたアミノ酸配列は、RA関連HLA-DRアレル間で共有されており、抗環状シトルリン化ペプチド抗体(抗CCP)の存在とRAの発症に高い関連性がある。
新型コロナウィルス感染症のパンデミックを経て、日常に診る呼吸器疾患の患者さんの動向が変化してきたような印象があります。咳や痰など、従来はカゼ症状とみなされ放置されてきた症状に対し、受診して治療が必要な病気かどうかを明確にしてほしいという希望が多くなってきました。他方、長引く、咳や痰が多くなり、念のために撮影した胸部CT像でウィルス感染症後にみられるような軽度のスリガラス陰影を見ることが増えてきた印象があります。
ここで取り上げた、関節リウマチに伴う、間質性肺炎は、高齢の男性に多いこと、喫煙歴のある人たちに多いこと知られています。しかも、既喫煙者では、関節症状が出る前にすりガラス陰影が出現することも知られています。関節リウマチは女性に多い疾患ですがこのような性差がでる理由は不明です。
冒頭に述べたように欧米とわが国の膠原病関連のILDには、差異があることが知られています。遺伝子が関連する人種差と考えられますが、研究の進歩が待たれる領域です。
KL-6値は,健常者および他の呼吸器疾患に比較して間質性肺炎では血清中で有意に高値を示すことが欧米の論文で繰り返し述べられています。ROC分析において、血清中KL-6値は診断的有用性が高い指標であることが確認されています。血清中のKL-6値は、間質性肺炎の活動性症例で非活動性症例に比較し有意に高いことから疾患活動性の把握にも有用性が認められています。ILDの診断には重要な血液中の測定マーカーです。現、広島大学名誉教授の河野修興先生の若いころの業績ですが、欧米では当初、臨床的な意義について懐疑的でした。半世紀を経て注目されてきたことに改めて感慨を覚えます。
参考文献: