No.311 親の喫煙が子どもの病気を苦しめる
- 木田 厚瑞 医師
- 6月10日
- 読了時間: 9分
2025年6月10日
間質性肺炎は、ゆっくり歩いただけでも高度の息切れや空咳、また血液中の酸素が足りなくなる低酸素血症を起こす病気です。現在では多種の間質性肺炎が知られていますが、原因は膠原病が原因の場合などを除き、ほとんどが不明で治療法はようやく光が見え始めた段階にとどまっています(コラム310, 297、参照)。中でも治療が難しい特発性肺線維症は、喫煙歴のある高齢男性に多くみられる病気ですが、ここで紹介する論文は、小児にみられた間質性肺炎の実態報告に近いもの、とその論評です[1,2]。
一般的に、間質性肺炎は、遺伝的な影響と環境の要因が重なったときに発症しやすいことが知られています。強い息切れ、血液中の酸素が低下した状態が持続する慢性呼吸不全。大人の間質性肺炎の患者さんの苦しみを診ているだけに小児にも起こることがある、という論文は、衝撃です。
発育期にある小児期の肺の構造は、完成された成人の構造とは異なっています。大人とは異なる特有の病気が知られていますが、ここで紹介する論文 [1、2]では成人の間質性肺炎に極めて似た状態をびまん性肺疾患(DLD)と呼び、問題点を考察しています。
最初に、DLDについての概略を説明します[3]。
Q. 小児のDLDの病状は?
・重症度により異なるが呼吸が浅く回数が多い頻呼吸、吸気の際に胸がくぼむ陥没呼吸、咳、血中の酸素分圧が低い呼吸不全を呈することがある。
・さらに感染症を伴う原因不明の持続性低酸素血症、同じ年齢の子どもと比較して運動耐容能の低下がある、あるいは発育不全がみられることもある。
・必ずしも成人の呼吸器症状に一致した症状ではなく、しかも、より緩徐または慢性の症状を呈することもある。
➡したがって、鑑別すべき診断は広範囲にわたり、感染症、免疫不全、構造的な気道異常、先天性心疾患、原発性繊毛運動能不全症、嚢胞性線維症など、より一般的な原因を除外する必要がある。
・原因不明の呼吸不全を呈する新生児では間質性肺炎の可能性を考慮する必要がある。
➡持続性頻呼吸、断続性ラ音、低酸素血症、慢性咳嗽、または指のばち状指を呈し、正常な出生歴を有する乳児または小児でもみられる。
Q. 小児に特有な問題点は?
・発症年齢は正確な診断にいたる重要な原則である。
・分類は「乳児期に多い疾患」と「乳児期に特有ではない疾患」に大別される。
・分類では、肺だけにみられる特異的な病態である間質性肺炎と、全身性疾患に関連して発症する間質性肺炎を区別する。
・原因が不明で全身性疾患を伴わないDLDでは、組織病理学的パターンが依然として分類の重要な要素となる。
・成人の間質性肺炎は多くに分類されているが乳児および⼩児におけるDLDの分類に関する議論がある。
・DLDは、基礎的および分子的メカニズムの研究の進歩に伴い、進化し続けている。
・症状は、成人のように息切れを訴えることは少なく、摂食困難、体重増加不良、胃食道逆流症もよく⾒られる症状である。
・年長児では同年齢者と同じように運動ができない、運動不耐性が主な症状となる場合がある。
Q. DLDを疑うような情報とは何か?
・呼吸器症状の既往歴では、呼吸回数の多い頻呼吸、呼吸困難、吸気時に前胸部がくぼむ陥没呼吸、運動耐容能の低下、乾性咳嗽など。
・摂食困難がないか、誤嚥を起こしたり、喀血または貧血はないか。
・発熱または肺炎など急性呼吸器感染症の症状はないか。
・関節炎、関節痛、発疹、または原因不明の発熱はないか。
・咳(全体で78%、2歳未満では73%)。
・頻呼吸/呼吸困難(全体で76%、2歳未満では84%)。
・発育不全(全体で37%、2歳未満では62%)。
・発熱(全体で20%、2歳未満では29%)。
・過敏性肺炎を疑わせる鳥類や有機粉塵への曝露がないか。
・家族が電子タバコを使用していないか。電子タバコ製品の使用に関連した肺障害のまれな合併症である可能性がある。
・タバコの煙やその他の吸入刺激物質への曝露を制限する。
Q. 重症例の治療方針は?
・低酸素血症に対しては酸素療法を行い、必要に応じて人工呼吸器の使用も行う。
・喘息など可逆性気道閉塞に対する気管支拡張薬。
・併発感染症に対する積極的な治療。
・監督下での運動(年長児向け)。
・小児の初回接種シリーズに基づいて適応と判断された場合の肺炎球菌ワクチンの拡大接種。
Q. 本研究の背景、目的、方法、結論は?
・英国では、約50万人の一般人にあらかじめ登録をしてもらい、個別の詳しい遺伝子情報とさまざまな病気がどのように結びつくか、の研究を長年にわたり進めてきた。
本研究の背景は、長年にわたる追跡調査と個人の遺伝子解析を報告した論文である。
目的:
・仮説として、幼少期の母親の喫煙、あるいは本人の若年者喫煙習慣が DLDの発症リスクを高めること、影響は遺伝的な感受性によって変化し、生物学的老化の加速を介して影響される可能性がないか?
喫煙は成人の特発性肺線維症(IPF)の確立された危険因子であるが、幼少期の喫煙が
将来のIPFリスクに及ぼす影響は十分に解明されていない。
方法:
・英国バイオバンクの43万人以上の参加者のデータを用いて、出生前後の母親の喫煙および喫煙開始年齢とDLDリスクとの関連を検証する前向きコホート研究を実施した。
そのため、幼少期の喫煙曝露とIPFに対する遺伝的感受性との複合効果および相互作用を評価し、多遺伝子リスクスコアを用いて定量化した。幼少期の喫煙曝露とIPFリスクとの関連における潜在的な媒介因子として、テロメア長と表現型年齢で測定した生物学的老化を評価した。
結果:
・幼少期の喫煙曝露は 成人の特発性肺線維症(IPF)と同様に発症のリスクを高める可能性があり、その影響は遺伝的感受性によって変化する。その過程は部分的には生物学的老化の加速現象による。
・喫煙開始年齢とDLDの遺伝的リスクとの間には、促進的な相互作⽤が認められた。遺伝的リスクが高く、母親の喫煙曝露があり、かつ前青年期に喫煙を開始した人は、遺伝的リスクが低く喫煙曝露のない人と比較して、DLDリスクが16倍高かった(HR = 16.47、95% CI = 9.57‒28.32)。
・テロメア長と表現型年齢はそれぞれは母親の喫煙がDLDに及ぼす影響の約10%を媒介しており、喫煙開始年齢が高いほど媒介効果は弱かった。幼少時喫煙開始ほどリスクが高い。
・母親の喫煙はDLD発症と独立して関連しており(ハザード比[HR]、1.26、95%信頼区間[CI]、1.11~1.43)、母親の喫煙に曝露しない人と比較した寄与リスクは9.09%であった。さらに、小児期に喫煙を開始した人のDLDリスクは最も高かった(HR、3.65、95% CI、3.02~4.41)のに対し、青年期(HR、2.64、95% CI、2.28~3.05)または成人期(HR、2.09、95% CI、1.79~2.44)に喫煙を開始した人ではリスクが高かった。
・母親の喫煙と遺伝リスクの共同効果は顕著であり、母親の喫煙に曝露し、小児期に喫煙を開始し、遺伝リスクが⾼かった参加者ではDLDリスクが16倍高かった。
結論:
・幼少期の喫煙曝露はIPFのリスクを高める可能性があり、その影響は遺伝的感受性によって変化し、部分的には生物学老化を加速させる。
Q. 本論文が明らかにしたことは?
・原因不明の間質性肺疾患(ILD)に分類されているにもかかわらず、環境および職業上の曝露、特にタバコの煙が疾患の発症と進行の重要な要因である。
・実際、個人の生涯にわたる環境曝露全体が相互に作用し、他の併存因子と相互作用して慢性呼吸器疾患への感受性に影響を与えるという認識が広まりつつあり、この概念はエクスポソームとして知られている。
・IPFでは成⼈期のタバコ煙曝露が徹底的に調査されてきたが、個⼈の生涯の最も初期の時期、つまり妊娠前期と出産期における曝露の影響を振り返った研究はほとんどない。
本研究はこれを明らかにした。
・19の独立したゲノムワイドで有意な⼀塩基多型を⽤いた多遺伝子リスクスコアが構築され、参加者は成人のIPFの遺伝的リスクが低い、中程度である、高いという3つのレベルに分類された。
Q. 間質性肺炎の機序の解明にどのような貢献をなす論文か?
・成人のIPFと幼児期のILDの発症機序は同様であることを明らかにした。
成人では喫煙が危険因子であるが同様に小児の受動喫煙や、若年者の喫煙開始は同じように危険であることを示した。
・母親の喫煙習慣が、子どもの発症リスクを高めることを明らかにした。
・遺伝的にリスクが高い人では生涯を通じた生活の中で、吸入曝露を含む1つまたは複数の外的刺激が加わるとILDが発生するという、長年理解されてきた概念に、さらに重要な情報を与えた。具体的な関連遺伝子を明らかにした。
・本研究は、同じく英国バイオバンクを用いた他の研究結果と⼀致しており、遺伝子プロファイルで層別化した場合、大気汚染が成人のIPFリスクに重要な影響を与えることを⽰した。
・Reynoldsらは最近、MUC5B遺伝子を持つ患者のサブグループにおいて、喫煙者と職業上のアスベスト曝露を受けた患者は、有意にIPFリスクが高いことを発見した。
・喫煙の開始年齢とIPFリスクが関連する。喫煙本数x年数を考慮して調整した後でも、なお、その関連性が認められた。
・幼少期の喫煙が数年後に疾患を引き起こすメカニズムは数多く存在する。例えば、タバコはプライミング・メカニズムとして作用し、後年、肺が損傷を受けやすくなる可能性がある。著者らはまた、喫煙が肺の成長に及ぼす影響と、経時的な肺機能の発育阻害が、今回の研究結果に繋がった可能性も示唆している。これらの影響は、数十年後の将来の肺機能にも影響を及ぼすことが示されている。IPFは典型的には加齢および生物学的老化に関連する疾患であるが、今回の研究は、疾患予防のための介入は若い世代の段階から開始可能であり、また開始すべきであることを強調している。
本研究は、乳幼児の間質性肺炎という稀な疾患を選び、この時期にもっとも一緒に過ごす時間の長い母親の生活習慣、すなわち喫煙の影響を明らかにし得た点がユニークな発想です。発症しやすい遺伝子と発症を進める可能性のある受動喫煙の結びつきを明らかにしました。間質性肺炎の発症機序は全世代に共通であることを証明した点で本論文は価値が高いと考えられます。
発症機序が同じであれば、成人のIPFの治療で有効な薬剤を小児にも応用できる可能性があり、より有効性の高い治療薬の開発に向けて1歩、前進したとも考えられます。
喫煙歴のある高齢男性に多いIPFの治療は、子どもの発症の予防と治療に結びつくことが明らかになりました。喫煙習慣は、老化促進に働くことは知られています。動脈硬化の促進だけでなく成人の間質性肺炎の促進にも働くことが知られていますが小児についても同様であることが判明しました。
新型コロナウィルスのパンデミックを経て、間質性肺炎が増加してきたという論文が多くなりました。一般的にいえば、ウィルス感染が間質性肺炎の悪化に関与しているということを明らかにしたことになりますが、環境汚染がその背後にあることに注意しなければならないと、この論文は訴えています。
参考文献:
1. Zhu J. et al.
Early-life exposure to tobacco smoke and the risk of idiopathic pulmonary fibrosis: A population-based cohort study.
Ann. Am. Thorac. Soc. 2025; 22: 887–896.
2. Selvan KC.
From birth to breathless: the confluence of early-life tobacco exposure and genetics in idiopathic pulmonary fibrosis
Ann. Am. Thorac. Soc. 2025; 22: 826–827.
3. Young LR.
Approach to the infant and child with diffuse lung disease (interstitial lung disease). Up-to-Date. Literature review current through: May 2025.
This topic last updated: Feb 07, 2025.
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