2025年1月24日
秦の始皇帝(紀元前259-紀元前210年)は万里の長城の整備や強引な焚書坑儒の政策で知られていますが不老長寿の薬を探すことを命じたことでも知られています。不老長寿は、昔から多くの権力者の夢の一つでした。
近代になってからも不老長寿の薬の開発は、一攫千金を狙う人だけでなく、科学者の大きなテーマの一つです。理想的な長寿研究の方法は、胎児の段階から幼少期、成人期、老年期まで連続した、しかも一定の精度の観察記録が必要ですが、長生きの科学者がどう頑張ってみても断片的な年月をつなぎ合わせるという研究が精いっぱいです。人以外の生物体を使った研究は、寿命の長さから必ずしも人にあてはまるかどうかが不明という研究方法の困難さがあります。
1990年代後半、地中海に面するイタリア領のサルデーニャ島は、長寿者が多いことから注目を集めました。「ブルーゾーン」は、人が例外的に長生きする人が多く住んでいる一握りの場所を指す呼び名です。最近、その中にスペインのヘルミニアという街をくわえたいという研究者がいます。米国の科学雑誌、Scienceにはヘルミニアという街に長寿者が多いこと、さらに、そこで観察された長寿研究の問題点を解説しています[1]。同誌に掲載の101歳の女性の顔写真は、まるで80歳前半に見える若さです。彼女の父は96歳、夫は103歳で死去しており、隣人の多くが80~90歳です。論文は、「文化遺産や芸術遺産を保護するようにこれらの人々の人類起源を守る必要がある。これには学ぶべき教訓がある」と述べています。
英国の科学雑誌、Natureでも同じような長寿研究の進歩の記事を掲載しています[2]。
多くの呼吸器疾患は高齢化に伴い頻度が高くなり、重症化していきます。加齢現象という生命体に共通の現象はいま、多くの注目を集めています。
ここでは、両方の論文の主な点を紹介します。
Q.サルデーニャ島の長寿者の研究とは?
・自然環境や文化環境が大きく異なる特殊な場所で長寿が期待できる場所があれば、それを参考にした生活改善へと役立つ可能性がある。
・サルデーニャ島では百寿者の割合は他のヨーロッパ諸国より高い(人口10 万人あたり 16.6 人;他の地域は10 万人あたり10人 ) 。女性と男性の比率は2:1 (一般的には5:1以上)であるがここでは男性高齢者数も多い。サルデーニャ島の中でも人里離れた山岳地帯のヌオロでさらに著明である。しかし、生年月日記録が不備であるという理由による百寿者の可能性が否定できなかった。ここは、サルデーニャ人が何世紀にもわたって孤立したままであるという特殊な事情があった。
・孤立の結果、遺伝的な多様性がほとんどないことが判明した。100歳以上の男女が同数であること。特定の場所に特徴的に集まっていることからこの地域はブルーゾーンと呼ばれた。
・先行研究(AKEAの研究、1999年)を再確認する目的で実施された研究 [3]でも百寿者が多いこと、他の長寿データが女性の長寿がみられていることとは異なり男女ともに高年齢者が多いことが確認された。
Q. スペイン、長寿者の多い地域のその後の研究は?
・プーランは「超長寿指数」、すなわちその地域で毎年、生まれた百寿者数を、同じ期間に生まれた総数の比で比較した。国全体よりも該当地域の数値が大幅に高かった場合には、その地域をブルーゾーンとした。2007年、コスタリカのニコヤ半島、2008年にギリシアのイカリア島が加わった。
・スペインのガルシア南部にある人口約100人の狭い地域に健康な百寿者の多い町が知られている。
・同じ時期に実施した調査では沖縄に百寿者が集中していることも指摘された。これは近年になり急速に減少し、該当しなくなってきた。
・同時期に、National Geography誌に長寿の秘密という記事特集があり、カリフォルニア州でアドベンチストコミュニテイであるロマリンダにおける長寿者の生活実態を調べた。その結果、タバコやアルコールを避け、通常は採食主義であり、他のカリフォルニア州住民より4~7年間長命であった。
Q.長命は遺伝か、生活習慣が原因か?
・1990年代のサルデーニャ島での研究段階では長寿の秘密は、彼らのDNA、つまり寿命の延長に関連する珍しい遺伝子変異にあるのではないか、と推測していた。狭い地域での近親婚が一般的であったサルデーニャ島でのような孤立した集団ではそのようなまれな変異がより頻繁に発生する可能性があり、これは創始者効果と呼ばれている。
・ノースウェスタン大学のポトチナック長寿研究所のグループはPAI-1と呼ばれるたんぱく質を産生する遺伝子の変異体をもつ人たちが長寿であることを発見した。このたんぱく質は細胞老化に関与しており、高齢者では高レベルで発現している。その変異体のコピーが1個の人たちは他の人たちより平均約7年長命である。糖尿病の発生率も低い。
・オランダの研究者ヘンネ・ホルステイージの発表では70歳に達する可能性は、遺伝学に約20%依存するが100歳に達する可能性は遺伝子に約60%依存するという。
・イタリア、日本での研究では、長寿者は細胞のミトコンドリアにハプログループと呼ばれるDNAの特別の変異体を持つことが多い。細胞を老化から保護し、パーキンソン病、認知症、癌などのリスクを低下させる可能性がある。しかし、その後の研究では寿命の長さには無関係であることが判明した。
・ブルーゾーン内でのある研究では、百寿者に近い人たちはたんぱく質をコードする遺伝子TAS2R38の特定の形態をもっていることが判明した。この遺伝子を持っている人たちでは嗜好が異なり、低脂肪食品を食べるように促した可能性がある。これは推測の域をでない。
・ブエットナーは長生きするための以下の9つの推奨事項のリストを作成した。(これは論文化されていない)。
ウォーキングなどの低強度の活動を日常的に実施する。
カロリー摂取を20%減らす。
肉や加工食品を避ける。
適度に赤ワインを飲む。ただし、女性の赤ワインの多飲はかえってリスクを高めるという報告がある。
人生の目的を見つける。
ストレスを減らす。
精神的なつながりを持つようなコミュニティに参加する。
家族を優先する。
同じように生きる人々に囲まれている。
Q. 「罹患率の圧縮」の考え方は?
・2000年から2015年の間に、全世界では平均寿命は5年延びたにも関わらず健康で過ごせる健康寿命はわずか4.6年であった。平均して人生の16~20年間は晩年の病気との共存となっている。加齢は、感覚、運動、認知機能を損ない、生活の質を低下させる。晩年の罹患率と重症度を減らすことは、将来の豊かな生活の目標であるべきである。これは、「罹患率の圧縮」と呼ばれる。
・加齢は、病気、機能的、心理社会的欠陥の複合指標、転倒、骨折、入院、臓器不全、障害、死亡のリスクを高める。
Q. 高齢者の治療における医学的課題は?
・70歳以上の半数には多疾患が共存している。
・5種類以上の薬物使用(ポリファーマシー)は10%以上で発生している。高齢者の全入院の最大12%は、薬物の副作用に起因する可能性がある。
・薬物副作用の大きいものは、抗凝固薬、血圧降下薬、血糖降下薬、抗血小板薬(アスピリン)、非ステロイド性抗炎症薬である。
・喫煙、運動不足、高アルコール摂取による影響で寿命の短縮はそれぞれ、4.8年、2.4年、0.5年である。
・高齢化とともに生理学的な衰えが生ずるが、身体的、呼吸的、認知能力的、血圧、循環マーカーの標準化した測定法による経年変化の記録が役立つ。
・がん、代謝性疾患、⼼⾎管疾患のリスクを減らすための公衆衛⽣対策は効果的であり、プライマリケアで監視する必要がある。
健康で暮らせる期間をできるだけ伸ばす、すなわち健康寿命の延伸が現代医学の課題です。分子生物学の進歩により細胞老化の機序は、かなりの部分が明確になりましたが、臓器ごとに異なる老化をどのように指標化するか、など多くの不明の点が残っています。代表的な呼吸器疾患の一つ、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の主な死亡原因は、肺炎、肺がん、心血管病変です。加齢変化は複雑であり、経過の予測を難しくしています。しかも、個体差の大きい加齢変化をどのように一元化して比較するか、など解決していかなければならない課題は多く残されています。しかも、いまの患者さんに起こっている問題、将来、想定される問題点、解決できる限界など、臨床医は悩みながら診療にあたっています。
参考文献:
1. Crespi S. et al. Shade of blue. Science 2024; 386: 840-845.
2. Partridge L et al. Facing up to the global challenges of ageing. Nature 2018; 45-56.
3. Poulain M. et al. Identification of a geographic area characterized by extreme longevity in the Sardinia Island: the AKEA study.
Experimental Gerontology. 2004; 39(9): 1423-1429.
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