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No.320 長く続く咳と、治療法の問題点は?

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 6 日前
  • 読了時間: 8分

2025年8月28日


 夜中にも咳こみがひどく熟睡できない、緊張する会議や、演奏が始まっているコンサートなどで咳き込みを我慢するのがつらい、日常生活のなかで長く続く咳こみで不自由を感ずる、という理由でしばしば、患者さんが受診します。咳は、多くの呼吸器疾患に共通する症状であり、耳鼻咽喉科とも重なる領域です。ありふれた症状ですが、中枢神経と密に関係して反射的に起こる症状の一つであり時に解決が難しいことがあります。

 慢性の咳こみは、古い時代から多くの人の悩みであったらしく、咳地蔵はあちら、こちらの古い街にあります。表日本の地域に多いので、おそらく冬季の乾燥した気候の中で暮らす多くの人たちの共通の悩みの一つであったことでしょう。


 難治性で慢性の咳の原因とその治療法は現在においても必ずしも確立してはいません。その中で最近、研究されている薬剤は、プリン作動性拮抗薬のゲファピキサントです。しかし、ゲファピキサントは、原因不明または難治性の慢性咳嗽の治療においてプラセボよりもわずかな効果しか認めなかったことや、副作用として味覚障害が懸念されたため、米国食品医薬品局 (FDA) はこの薬を承認しませんでした[1]。しかし、比較する他剤がないという切迫した状況の中でわが国では承認されています。現在のところ、中枢性に作用するコデインなどの薬が使われていますが厳密にいえば、効果的で使いやすい強力な咳止め薬はない、ということになります。

 慢性の咳で悩む患者さんは少なくないのに、研究の先端や対策を示した論文は多くありません。難治性の咳はいま、どのように考えられているのか。ありふれた呼吸器症状の一つ、慢性で難治性の咳について解説している最近の専門的な文献[1]を紹介します。  また、分かり易くするため、一般的な情報を追加します[2]。




Q. 慢性で難治性の咳の治療方針の問題点は?


・慢性の咳の治療方針は、ガイドラインに沿って行われることが原則である。根本原因の診断、効果的な治療が記載されているが実は、複雑であり、詳細すぎており、効果的な管理を日常の診療に反映するのは難しい ➡ 現在の欧米のガイドラインが必ずしも実用的に記載されていないことを批判している。

注)わが国では日本呼吸器学会が「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025」を発表している。ここでは、論及しない。




Q. 難治性咳の問題点は?


・迷走神経シグナル伝達による神経の異常にもとづく機序が完全に解明されていない。


・肺移植や、肺がん手術後に迷走神経の損傷で難治性咳が改善することが観察されているので迷走神経シグナル伝達が関与していることは確実である。


明らかな性差がある。慢性咳嗽は人口の約10~12%にみられる。英国では有病率は2-4.9%。慢性咳嗽で診察を受ける患者は、男性よりも女性が多い (2:1)。女性:男性は57%対43%。 


・女性ではストレス性の尿失禁など咳誘発性の身体症状を起こしやすい。

 心理社会的な影響が大きく、健康関連QOLの低下を起こしやすい。


・発症時のピーク年齢は60歳である。




Q. 咳反射を起こす機序は?


・機能的な磁気共鳴画像法(fMRI)によって検出された皮質下および皮質の脳活動によって調節される(図1

➡ 咳反射の機序の詳細が解明されていない。従来の説に加えて、脳幹、中脳領域から発せされる低レベルの刺激を捉えているのではないか、との説があるが、確定していない。


図1 現在、判明している咳反射を起こす機序


出典:文献1のFig.1を邦訳。
出典:文献1のFig.1を邦訳。



Q. 咳を起こす疾患は?


・咳を起こす疾患は多い。

➡ さまざまな鼻、副鼻腔の状態、喘息、逆流性食道炎(GERD)、非喘息性好酸球性気管支炎、これらの組み合わせで起こる上気道咳症候群がある。さらに稀な疾患では、気管支結石症、気管支軟化症、心不全、耳の問題などがある。




Q. 咳が起こす臨床的な問題点は?


・鬱状態や不安。しかし、咳の原因を詳しく調べないで、心因的な理由で咳を起こしている、と即断してはならない。


頻度的に多い難治性咳は、GERDである。しかし、間質性肺炎によることがあり、注意を要する。




Q. 咳の持続期間による分類は?


 咳が持続する期間で以下のように分類されている。


・急性の咳:最長3週間続く

・亜急性の咳:3~8週間続く

慢性の咳:8週間以上続く


臨床的には慢性の咳の治療が問題である。




Q. 咳を起こす機序は?


・咳は、複雑な反射への刺激によって発生する。これは、上気道と下気道の上皮(気道の表面)だけでなく、心膜、食道、横隔膜、胃にも存在する咳受容体の活性化によって開始される➡心臓、食道、胃にある病変が原因となり慢性の咳を起こすことがある




Q. 急性の咳の原因は?


・最も一般的には、成人の急性咳 (3週間以内) は、急性上気道または (例、風邪、急性気管支炎、COVID-19) または下気道感染症、慢性疾患の悪化(例、喘息、間質性肺炎、気管支拡張症、COPD、慢性副鼻腔炎、心不全)によって引き起こされる。しかし、他のプロセス (肺結核、肺がん) などで起こることがあるので鑑別診断が必要である。




Q. 亜急性咳の原因は?


・亜急性咳 (3~8週間続く) の最も一般的な原因は、感染後の咳 (呼吸器ウイルス感染、COVID-19など、急性咽頭炎あるいは鼻炎)


百日咳がもっとも知られている。百日咳は、百日咳菌によって引き起こされる感染性の高い急性呼吸器疾患である。




Q. 慢性咳の概要は?


・慢性咳嗽は、世界中が共通する重要な臨床課題と認識されている。


・文献的には、慢性咳嗽の成人の最大60%が原因不明または難治性の咳嗽を患っていると報告されているものもあるが 、厳密に検討すると、咳の根本的な原因について完全に評価および治療された場合、その割合は約10%に近い。


・原因不明または難治性の咳の中には、まれではあるが心因性または精神医学的状態が原因である可能性がある。

➡  永続的な咳過敏症のために本当に原因不明の咳嗽または難治性の咳嗽を持つ患者の場合、治療の選択肢は限られているが、言語療法、神経調節薬療法、またはその両方、 および不安やうつ病の治療が選ばれることもある。


・効果的な薬剤としては、プリン作動性拮抗薬またはその他の神経シグナル伝達の末梢または中枢作用阻害剤 (ナトリウムチャネル遮断薬、⼀過性受容体電位陽イオンチャネルサブタイプM8アゴニストオイド、ニューロキニン1拮抗薬、および77γアミノ酪酸βアゴニスト)に加え、オピオイドが原因不明あるいは難治性の咳嗽の治療薬として選ばれることがある ➡ 効果的な治療薬の選択が難しい。


中枢性に働く咳止め薬は全て副作用があるので薬剤使用のリスクとベネフィットについて治療開始前に患者とよく、話し合っておくことが必要である。特に判断が難しいのはCOPDにより起こる慢性の咳の治療方針である




Q. まとめ:慢性咳嗽の問題点は?


・成人の咳では最大60%が原因不明または難治性の咳嗽と分類されている。その状態は原因不明の慢性咳嗽と呼ばれる。


・慢性咳嗽の多くの根本的な原因の診断、治療は証拠(エビデンス)に基づく学会によるガイドラインに記載されているが、多くは複雑である。


・慢性咳嗽 (>8週間)の最も一般的な病因は、喘息、非喘息性好酸球性気管支炎、COPD、胃食道逆流症、および上気道咳症候群 (後鼻漏による) である。ただし、気道 (気管支拡張症、腫瘍、異物) または肺実質の病変 (間質性肺疾患、肺膿瘍) がありうる。


・慢性咳嗽患者の75~90%で原因が特定されているが⼀部の患者では病因不明の慢性咳嗽が数年にわたることがある。一部の患者では、咳反射感受性が亢進しており「慢性特発性咳」と診断されることがある。


・2016年の国際的な専門家パネルにより、原因不明または難治性の慢性咳嗽の研究が進められてきたがなお、不明の点がある。


・慢性咳嗽の診断プロセスで原因が明らかにならず、経験的療法に反応がない場合、その状態は原因不明の難治性慢性咳嗽と呼ばれる。

➡ 原因不明または難治性の慢性咳嗽の確認された症例は、迷走神経シグナル伝達の神経因性変化によるものである可能性がある(咳過敏症とも呼ばれる)


将来展望としては➡ 神経シグナル伝達阻害剤が研究されており、原因不明または難治性の慢性咳嗽の管理に有望であることが証明される可能性がある。




 慢性で難治性の咳は、60歳代、女性が頻度的に多いという報告は、国内外で一致した実態を把握していると思われます。

 実際の診療現場で、意外に多いのは、他の疾患で併用している薬剤による副作用で難治性の咳を起こしている場合です。例えば、緑内障の点眼薬がもとで咳が持続している場合です。以前に、このことをNHK TVの健康番組で紹介したら、翌日、病院の電話回線がパンクするほどの受診の問い合わせがあり、大変、驚いたことがあります。実際に、緑内障と喘息が共存している場合はかなり多いのではないか、と推定されます。眼科医と呼吸器内科医の情報の共有が必要であると強く感じさせられた事件でした。


 慢性で難治性の咳の治療が難しいことは、新しい咳の治療薬の開発が進んでいないことでも明らかです。咳を起こす理論的な機序の解明が遅れているためと考えられます。


 新型コロナウィルス、マイコプラズマ肺炎に加え、インフルエンザが昨年、2024年暮れごろ、急拡大して警戒レベルの区域がある都道府県は25に広がり、学校では学級閉鎖が急増しました。三種類の感染症の同時流行は、「トリプルデミック」と呼ばれ医療ひっ迫が強く懸念されました(朝日新聞、2024年12月26日)。高齢者では、インフルエンザ、コロナともに重症リスクが高くなります。恐らく、晩秋以降には、難治性の咳に紛れて判断が難しくなる場合が多いと思われます。十分な注意が必要です。




参考文献:

1.    Irwin RS. et al.

Unexplained or refractory chronic cough in adults. New Eng J Med 2025;392:1203-1214


2.    Causes and epidemiology of subacute and chronic cough in adults.

UptoDate, June 25, 2025.

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