2020年9月24日
9月21日。敬老の日にちなみ、肺の加齢変化とは、という大きなテーマを概説します。
多くの慢性の呼吸器疾患は年齢によって頻度が異なることが知られています。加齢とともに肺機能は健康な人でも少しずつ低下していきます。また、動脈血の中を流れる酸素濃度(分圧)も低下していきます。
健康で暮らす80歳代の人と20歳代の人の運動能力を比較すれば当然、前者では低下していますが、80歳代としての普通の生活に支障がでるわけではありません。
なぜ、加齢現象が起るのか。紀元前3世紀、秦の始皇帝は不老長寿の仙人や仙薬を入手するよう徐福に命じ、彼は、約3,000人の子供たちを同道して旅に出たといわれます。なぜ、子供たちを連れて出たのか。恐らく解決は容易ではなく次世代に託すという狙いがあったのでしょうか。日本のあちらこちらには徐福伝説があり、私が訪れた和歌山県新宮市には徐福の墓までがあります。
呼吸器の加齢変化、それに伴う呼吸器疾患とは何か。ここで紹介する論文[1]は、参考文献数は293という膨大なもので加齢と呼吸器疾患の基礎医学的な問題点を詳述しています。
ここでは、私の主観的な考えを多少、加え、主に臨床的な問題点を取り上げることをお断りしておきます。
Q.加齢で増加する呼吸器疾患とは?
・加齢と伴に増加する慢性呼吸器疾患には、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、間質性肺炎、肺がんがある。
Q.なぜ高齢者に頻度が高いか?
・これらの病気が高齢期に多い理由は特殊な加齢現象が、病因に影響していると考えられる。
Q.肺に特有な老化学説はあるか?
・老化学説は数多くあるが、この著者たちは、「細胞外マトリックスの機能障害」に注目。 その理由は、細胞が有する自律的な変化に対し、重大な変化を与え、その結果として前述の3疾患を発症させると考えられる。「細胞外マトリックスの機能障害」が共通原因と推定している。
Q.加齢変化とは何か?
・加齢変化とは体の組織、臓器、臓器機能が進行性に障害を受け環境変化に対する脆弱性が高まり、疾病、死亡のリスクが高まることである。
・加齢変化には遺伝的要因があり、多面的な異常を伴い、最も重要なことは、明確な到達目標を設定することが困難なことである。例えば、皮膚のしわは加齢現象であるが根本的な若返りは最初から目標にはならない。
・加齢変化は臓器の特定の細胞だけに起こる変化ではない。
Q.肺という臓器が置かれた特殊性とは?
・肺は常時、外界に曝(さら)されている臓器である。外界の影響とは、自分の喫煙や受動喫煙だけでなく、室内汚染、在宅汚染(料理の煙、暖房器具からの有毒物質)、花粉、細菌、ウィイルスなど多彩である。
・肺内に取り込まれた有害物質は、肺内に存在する免疫担当細胞によって浄化され、生じた傷害は気道上皮細胞、肺胞上皮により修復されている。
・しかし、有害な刺激が持続し、さらに遺伝的に発症しやすい条件が加わり、その先に生理学的な意味での修復、再生が加わり慢性呼吸器疾患を発症させる。
図1 年齢別にみたCOPD、肺がん、突発性間質性肺炎の発症者数の比較
出典:Meiners S. et al. Hallmarks of the ageing lung. Eur Respir J 2015; 45: 807–827より一部改変
遺伝的に発症しやすい背景があり、これに喫煙習慣などの有害刺激が持続的に加わることによりCOPD, 肺がん、特発性間質性肺炎が発症する。
肺がん、特発性間質性肺炎の頻度は、65歳以下では少ない。肺がんは75歳以降では少なくなっている。特発性肺炎は75歳以降に増加している。加齢により発生する病気は一律ではない。
図2
出典:Meiners S. et al. Hallmarks of the ageing lung. Eur Respir J 2015; 45: 807–827より一部改変
Q.肺に生ずる加齢変化の内容。
図3
出典:Meiners S. et al. Hallmarks of the ageing lung. Eur Respir J 2015; 45: 807–827より一部改変
著者らは肺の加齢変化を起こす機序は10種に大別できると提言する。
細胞内部に見られる変化(図3の内側)と細胞の外部環境に見られる変化(図3の外側)。
Q.COPDと加齢変化の関係は?
・健康人では加齢とともに肺機能は緩やかに低下していく。肺機能の低下は、複雑な解剖学的、生理学的変化による。他方、COPDの病理学変化の肺気腫は肺胞壁が破壊されることにより生ずる。
・これに対し、肺胞壁が破壊されず、弾力性を失い拡大した状態が老年肺気腫(senile emphysema)であり、喫煙歴のない高齢女性に起こりやすい。これは、喫煙者に生ずる肺気腫とは異なる。
・著者らは、多数の老化学説を紹介しながら、加齢変化は自律機能を有する細胞群にとって重要な要素である細胞外マトリックス(コラーゲン、エラスチン、多糖体など細胞をとりまく要素)の機能異常が並行して進む可能性を推定している。その結果、肺ではCOPD、特発性間質性肺炎、肺がんが同じような加齢変化の過程で発症する。
・臨床的にはCOPDと肺がんの合併、間質性肺炎と肺がんの合併、COPDと間質性肺炎の合併症が見られるが発症機序は、細胞外マトリックスを中心とした肺の微細構造の継続的変化で説明できる。
・重要な点は、細胞外マトリックスの変化は、皮膚のしわだけでなく、心臓、腎臓、骨格筋、肺など広い範囲の臓器に生ずることである。喫煙による傷害が全身に及ぶ理由である。
・治療が可能となる薬物の開発の将来像は、加齢とともに細胞が障害される過程を継続的に修復すること、肺だけでなく身体内部には自己修復機能があるのでこれを促進していくことなどである。加えて加齢現象を促進するような有害な環境を避けることが必要である。
この論文の冒頭には世界で高齢者(65歳以上)が多い国は日本であると指摘し、1960年度は5.7%であったが2011年度は23.1%に達していると人口の高齢化が急速であると説明しています。2020年9月21日、 総務省発表では65歳以上は28.7%に達しています。65歳以上は、昨年より30万人増加の3,617万人です。
本論文では加齢変化を生物学的現象の組み合わせとして説明しています。個々の条件は、さらに複雑な科学現象から成り立っていますが、その中心となる生物学的機序も明らかになりつつあります。昔は老化現象を説明する老化説は百以上あるとまで言われましたが絞り込みは急速に進んできています。
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