2021年8月24日
間質性肺炎(ILD)は、治療しても改善が難しい強い息切れ、咳などの症状に加え、進行すれば低酸素血症を起こし、しかも経過中に急に悪化することもあり呼吸器内科医にとって最も治療が難しい疾患の一つとなっています。近年、抗線維化薬が使うことができるようになり、治療に対する希望が見えてきました。
患者さんがいて、その家族がいる、それを診る臨床医がおり、病気の基礎研究を担う研究者がいます。さらに、新しい薬の開発に意欲的な研究者がいて、製薬企業があります。
患者さんの病状が重くなり、外出も困難な状態になれば、往診医が治療にあたり訪問看護師がいます。
治療困難な病気では患者さんを中心に、いわば医療チームが必要に応じて作られていることは他の病気も同様です。
ここで紹介する二つの論文は、間質性肺炎という、治療が難しい病気に対し、それぞれ、異なる立場で立ち向かう人たちの意見を集約したものです。論文1[1]は、米国胸部疾患学会で構成したメンバーからのまとめの公式の提言であり、論文2[2]は、オーストラリアの呼吸療法士が同じような組織を構築し、意見を集約したものです。ほぼ同時期に発表された論文からいま、病気に苦しむ患者さんと支える家族が何を希望しているか、を知ることができます。
最初に論文1の概要を紹介します。
Q. 間質性肺炎(ILD)の何が問題か[1]?
・過去20年間で、間質性肺疾患(ILD)の理解と治療への取り組み方に多くの進歩が見られた。しかし、治療法が患者にとって最も重要な事柄の解決をもたらしているかは疑問である。
・現在、患者中心の対応策をILD研究に最適に組み込む方法についてのガイダンスが不足している。
Q. 研究の課題は何か[1]?
・ILDにおける患者中心とした成果を研究(patient-centered outcome research: PCOR)するという立場での問題点を明らかにし、解決策を計画する。
すなわちILDにおける患者を中心としてみた研究成果の現状を要約し、知識と研究のギャップを特定し、ILDにおける研究課題を明確にする。
・PCORは、患者の視点から決定され、患者が希望する優先順位を決め、好み、信念、価値観、希望、およびニーズを含み、方向性に反映されることへの方向付けを行う。
Q. どのように作業を進めたか?
・患者、患者のケア担当者、看護師、研究者、臨床医を含むさまざまな分野の専門家で構成される米国胸部学会(ATS)の国際委員会が、2人の共同議長を選出し作業を進めた。
利益相反は、米国胸部学会の方針と手順に従って開示、管理し、特定のグループの利益とならないことを確認した。さらに2人の共同議長を含む6人の専門家からなる運営委員会が、6つの小委員会の作業を監督した。各小委員会は、関連する文献をまとめ、委員会全体に調査結果を提示し、調査結果の原稿草案を作成した。
Q. 報告書の内容は?
図1に示した各項目について解決すべき課題を明らかにした。
出典:Kerri I. Aronson KI. et al. Patient-centered outcomes research in interstitial lung disease: An Official American Thoracic Society Research Statement
Am J Respir Crit Care Med Vol 204, Iss 2, pp e3–e23, Jul 15, 2021.より一部改変
・QOLの評価(HRQOL)方法の基準を決めた。
・症状の評価方法を決めた。
・日常の活動機能の評価方法を決めた。
・鬱状態など心理的および感情的な満足度の評価方法を決めた。
・入院に関わる問題と生存期間に関わる評価法を決めた。
・酸素療法の必要性を明らかにした。
・ILDに関する知識の習得内容、方法を取り決めた。
・ILDおよび診療面で患者中心の医療を推進するためのデジタル技術の応用について考慮すべき事項を明らかにした。
Q. 委員会の最終報告は?
・ILDは多くの場合、患者その人の生活の多くの側面に影響を与え、慢性的で次第に衰弱させる疾患である。
・疾患の病態生理学の理解、治療の標的を特定する研究面において大きな進歩があった。しかし、ILDが患者に日常的にどのように影響するかについての理解を深め、それらの影響を測定し、最善の方法を決定するには、追加の研究が必要である。
・この報告書は、学際的な専門家委員会(患者を含む)によって特定された患者中心の医療の概要を示すものである。しかし、この概要は、包括的なリストと見なされるべきではない。それぞれの患者ごとに独自の目標、価値観、信念を持った個人として見続けるのは、研究者や臨床医としての責任である。
・患者の話をよく聞き、協力することにより、ILDにおける患者中心の研究の強力な基盤が築かれてきている。患者とパートナーシップを組んで前進するためには患者にとって最も重要な結果もたらすという目標を明確にしておくことが必要である。
以下が論文2の概要です。
論文2では、ILDの中で最も多い頻度が高い特発性肺線維症(IPF)を主な対象としていますが細分類しておらず肺線維症(PF)という呼び名で記載しています。ここでは、ほぼ同義として説明します。
Q. 現在の課題は何か?
・肺線維症(PF)は、数十年にわたる学際的な研究努力にもかかわらず、治癒の選択肢がなく、効果的な治療法がほとんどなく、生命予後を制限する間質性肺疾患のグループとされている。
・病因不明のPFである特発性肺線維症(IPF)は、大多数を占め、最も広く研究されているPFの形態である。
・近年の研究では、すべての形態のPFが一般に進行性であり、症状が次第に進行し、生活の質が低下し、これとともに肺機能が低下し、最終的には生存期間が短くなることが確認されている。
・これまでの研究は、主にIPFの症状の負担を軽減し、生存率を改善するための効果的な治療オプションに焦点を合わせてきた。ただし、これが患者、介護者、医療専門家(HCP)/研究者にとって共通の優先事項である程度となっていないため、現在の研究成果とこの病気とともに生きる人々(患者、家族)の優先順位との間に不一致がある。
・PFでは、肺機能の低下、呼吸困難、慢性咳嗽、および生活の質の低下がみられる。
・経過中にしばしば症状の一過性の悪化があり(増悪)、患者、介護者の双方を苦しめ、生活の質を維持する上で問題となっている。
・抗線維化療法薬(nintedanibおよびpirfenidone)は、IPF患者の肺機能の低下を遅らせることが判明している。抗線維化薬は肺機能の低下を遅くするが、衰弱させる症状や生活の質の低下に有益な効果を示していない。
・そのため、現在の研究の優先順位と研究への方向性が、必ずしも患者、家族の希望と一致していない可能性がある。
・英国を拠点とするJames Lind Alliance(JLA)などの組織は、患者、介護者、HCPに直接関連し、潜在的な利益をもたらす研究質問の認識を高めることを目的とした研究優先順位設定プロジェクトのフレームワークを開発し、これまで肺高血圧症、慢性腎臓病、癌、糖尿病、うつ病など、さまざまな症状に対して開発方向を決めることに貢献してきた。
Q. 論文[2]の目的は何か?
・PFの人では、症状による負担が大きく、生活の質が低下し、寿命が短くなる。治療の選択肢は限られており、患者、介護者、医療専門家(HCP)/研究者が最も重要な研究の優先事項と見なすものについては不明である。この研究は、すべての利害関係者にわたるPFの上位10の研究優先順位を特定することを目的としている。➡研究面からの優先順位を決めることを目的としている。
Q. 研究方法は?
・参加者には、PFの患者、介護者、およびPFに関与するHCP /研究者から成る。
研究の優先順位を決める方法は以下に拠った。
(1)自由形式の質問票と主題分析を使用し優先順位を特定した。
(2)対面式のワークショップで特定の研究項目の質問を作成した。
(3)研究質問のオンラインランキングの3つの段階が含む。名目グループランキング法を使用して、上位10の研究優先順位を特定した。
Q. 研究の結果は?
・196人の参加者がステージ1を完了し、560の質問項目を作成し、14の研究テーマを特定した。
・ステージ2では32人の参加者が参加し、53の指標となる質問を作成。そのうち39を最終ランキングに使用した。
・ステージ3は270人の参加者によって実施した。
・優先順位の第1位:有効な治療薬の開発。
肺機能を改善し、緩和させる方法の開発(ランク2位、6位、 8位)
症状の緩和を目的とした治療介入(5位およびと7位)
疾患の予防法の開発(3位、4位)
運動プログラムの開発(10位)。
・患者/介護者とHCP /研究者の間で上位10の優先順位について良好なコンセンサスがあった。
・急性増悪の原因と生存率を改善するための早期診断は、HCP /研究者が上位にランク付けした。
Q. 結論は?
・肺の健康を維持し、症状の負担を軽減するための治療介入は、患者及び臨床医、研究者最優先の課題であった。
Q. 結果から何を考察したか?
・研究の優先順位の上位10に含まれる質問に関して、利害関係者間で良好なコンセンサスが得られた。つまり、PFを持つ患者は、介護者やHCP/研究者と同じ8つの質問をトップ10リストに挙げた。
・PFの患者と介護者にとって、彼らの上位3つの優先事項は、肺機能を改善するための治療薬を見つけ、PFの病因を理解することに焦点を当てていた。
・しかし、患者/介護者とHCP /研究者の間には、いくつかの不一致があった。さらに、HCP /研究者は、生存率と急性増悪(AE)の原因に関する早期診断の重要性を上位10の優先事項として含めて重視した。これは、病気の管理を扱うPFとHCPの人々の間の異なる視点と経験に起因する可能性がある。IPFの増悪では死亡率が85%となり、平均3〜13日の生存期間であることは医療者側には十分、理解されているが患者、家族には理解されていない。
・興味深いのは、PFの原因と予防に関する研究が、PF患者とHCP /研究者の研究の優先順位のトップ10にランクされているという発見である。日常活動能力の低下が家族への負担となり、しかもPFが感染症と誤解され、他の家族に病気が伝染することへの恐れは、PF患者と介護者にとって顕著な懸念であると文献で報告されている。➡患者と同居する家族が共有すべき情報について医療者側の配慮が必要である。
・呼吸リハビリテーションなどの非薬理学的療法が、PF患者の症状、機能的能力、および幸福感に大きな改善効果を与えることは報告されている。PFの最適な運動プログラムを最優先事項として含めなければならない。
両論文は、まだ途上にある間質性肺炎の治療法の開発についての問題点を挙げています。論文1では、患者中心の医療を進めるにあたって、チェックすべき課題を明確にしています。他方、論文2では、臨床現場で理学療法士の眼で患者中心の医療をどのように進めるかが述べられています。
ILDでは病気の進行とともに患者さん自身だけでなく家族、介護者の負担が次第に増えていくことが問題です。快適に、しかもできるだけ長生き、という目的をはずれないよう臨床および基礎研究が進められるべきであるという点では一致しています。
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