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No.258 コロナ後遺症はなぜ起こるか:科学的検証


2022年7月8日


 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)はSARS-CoV-2と呼ばれるウィルスにより発症する急性感染症です。インフルエンザも同じ急性感染症ですが急性症状が治癒したあとも長く多彩な症状が持続することは経験したことがありません。COVID-19は、対照的に急性症状が改善したあと、多彩な症状が持続する人が多くいます。後遺症として知られ、Long COVIDとも呼ばれてきました(コラムNo.192, No.208)。


COVID-19の治療では、予防としてのワクチンの開発と接種、急性期の治療法と進んできましたが最近、注目されてきたのが後遺症の原因に関する研究です。まだ、全容解明には至っていませんが糸口について英米の科学雑誌、Nature[1], Science[2]は、機序についての最新情報を伝えています。論文の多くは、専門家が査読を終了し、正式な論文として掲載するという段階には至っていません。プレプリント版のデータとして出ているものを検証しています。

なお、COVID-19の後遺症は研究者の間ではPASC (postacute sequelae of SARS-CoV-2 infection: SARS-CoV-2 急性感染後後遺症)と呼ばれています。




Q. ヒントとなる発見は?


・COVID-19のパンデミック(世界的大流行)が始まった当初の混沌とした状況の中、米国、スタンフォード大学の遺伝学者のAmi Bhattは、その原因ウイルスであるSARS-CoV-2の感染者に嘔吐と下痢の症状が見られるという報告が広く寄せられていることに興味を持った。当時は、SARS-CoV-2は呼吸器系ウイルスだと考えられていた。このウイルスと消化器症状の間には関連があるのかもしれないと考えた彼女は、同僚と共に患者の便検体を集め始めた。同じ頃、オーストラリア、インスブルック医科大学の消化器内科医 Timon Adolphも、COVID-19患者の消化器症状に関する報告を不思議に思い、同僚と共に腸生検組織を集め始めた。その結果、研究に参加した軽症のCOVID-19患者46人のうち32人で、急性感染から7カ月が経過した時点でも腸内にウイルス分子が存在している証拠が得られた。そして、この32人のうちの約3分の2にlong COVIDの症状があった。


➡パンデミックの始まりから2年がすぎた今、彼らの洞察の正しさが明らかになった。両チームは2022年4月、SARS-CoV-2の断片が初感染後数カ月にわたって腸に残留する可能性を示唆する研究成果を発表した。現在、体内に残留するウイルスの断片が、PASCと呼ばれる謎の罹患後症状に寄与しているのではないかとする仮説を支持する証拠が集まってきている。

ただ、この研究の参加者は全員、腸の自己免疫疾患を持っており、Adolphは、自分のデータはこうした人々の体内に活性のあるウイルスが存在していることや、ウイルス由来の物質がlong COVIDを引き起こしていることを証明するものではないとしている。


・SARS-CoV-2が体内に残留する可能性は、米国、マウントサイナイ・アイカーン医科大学の消化器内科医 Saurabh Mehandruらが2021年に発表した論文によっていち早く示唆されていた。その頃には、SARS-CoV-2が腸の細胞に感染させることが明らかになっていた。Mehandruらは、平均4カ月前にCOVID-19と診断された人々から採取した腸組織中に、ウイルスの核酸とタンパク質を発見した。研究チームは参加者のメモリーB細胞(免疫系で重要な役割を担う細胞)も調べたところ、メモリーB細胞が産生する抗体は進化を続けており、初感染から6カ月が経過した時点でもまだ、SARS-CoV-2が産生する分子に反応していることが明らかになった。


・この研究に触発されたBhattらは、少数の人は、最初の軽症または中等症のSARS-CoV-2感染から7カ月後、呼吸器症状が消失して十分な時間が経過した後もなお、便中にウイルスRNAを排出し続けていることを明らかにした。


・腸以外の場所もウイルスリザーバーが残存していることを示唆する研究も増えている。別の研究チームは、COVID-19と診断された44人の病理解剖の際に採取した組織を調べ、心臓、目、脳をはじめとする多くの部位にウイルスRNAが存在している証拠を発見した。ウイルスのRNAとタンパク質は、感染後230日まで検出された。なお、この研究はまだ査読を受けていない。




Q. COVID-19の治癒遅延の機序は?


図1 Merad M. et al. Science 375, 1122–1127 (2022)のFig1を邦訳修正


図1は、これまでに明らかにされたCOVID-19の治癒が遅延し、PASCとなる機序を示した。


 インターフェロン(IFN)は、動物体内で病原体(特にウイルス)や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌する蛋白質である。IFN応答の遅延、抗原提示機能の変化または組織に多数、存在するマクロファージの変化➡タイムリーで効果的な抗ウイルス応答を開始できない➡ウイルスの持続性と組織損傷の長期化を促進し、長期の血液放出と損傷性炎症の動員を引き起こす。

感染部位は骨髄細胞と密接に連携している。高齢者や慢性炎症性疾患の患者によく見られる骨髄造血と血管損傷の増強が起こる➡骨髄から血液循環への炎症性骨髄細胞の放出の増強。感染部位へのそれらの動員にさらに寄与し、深刻な組織損傷、血管病変を引き起こす。重度の疾患を持つ患者では血管内に血栓を作りやすい。




Q. PASCで考えられる機序は?


PASCの推定機序としての仮説は以下の通りである。


(1) 急性炎症の後、慢性炎症を引き起こす組織内の持続性ウイルスまたはウイルス抗原およびRNAが残存している?

(2)急性ウイルス感染後の自己免疫が誘発されている?

(3)腸内における微生物叢またはウイルス叢が腸内毒素症を呈する?

(4)PASCの免疫学的な発生機序の仮説


図2は、PASCの推定される機序。



図2 Merad M. et al. Science 375, 1122–1127 (2022)のFig2を邦訳修正


・重症または軽度のCOVID-19患者の一部では、感染後4週間以上経った後に、さまざまな新しい、あるいは再発性または進行中の症状と臨床所見を呈する。SARS-CoV-2ウイルスタンパク質またはRNAは、呼吸器系、心臓系、腎臓系、生殖器系、脳、筋肉、目、消化管、リンパ節で検出されている。


・PASC患者の免疫応答を分析すると、PASC以外の回復期の対照よりも有意に上昇している主要な炎症性サイトカインと細胞が活性化した状態が見られる。PASC病態生理学の推進要因を特定するには、さらなる研究が必要である




 COVID-19は、最初は呼吸器系の急性感染症として始まりますがウィルスが血管の中に侵入し、増殖を続ければ全身の臓器にウィルスが検出されることになります。その後は生体が有する免疫反応によりウィルスは減少、消滅に至りますが、生体の免疫性が働かなければウィルスが長期的に身体に残り続け、これによる身体症状が発現してきます。

 PASCで腸管の粘膜細胞の表面で観察されたという発見は、注目されますがパンデミックの初期の頃、下水の中のウィルス量の増減が感染の拡がりを示す指標になるとの発表がありました。また、感染予防には、マスクだけではなく用便後の「十分な手洗い」が感染防止に必要な可能性を示しているともいえます。




参考文献:


1.Ledford H.Coronavirus ‘ghosts’ found lingering in the gut. Nature 2022; 605: 408-409. https://www.nature.com/articles/d41586-022-01280-3


2.Merad M. et al. The immunology and immunopathology of COVID-19. Science 375, 1122–1127 (2022) 10.1126/science.abm8108


※無断転載禁止

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