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No.309 COPDの増悪が発作性の心房細動を起こす ―異なる臓器の相互関係―

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 6月2日
  • 読了時間: 11分

2025年6月2日


 COPDが喘息と異なる点は、同じ肺の病気でありながら、COPDは、さまざまな他の臓器の病変と共存し、さらに時に一致して悪化することです。特に心血管系との関係は、日常の診療の中でも判断が難しいことがあり、循環器内科医の助言を求めることがしばしばあります。

 心血管系との関係ではCOPDの治療開始の、いわば入口に近い治療薬の選択でも問題がみられることがあります。COPDの標準的な治療薬として汎用されている吸入薬には、細胞のβ2受容体の刺激薬として狭くなった気管支を広げる作用を持つものが使われます。吸入薬は、狭くなっている気管支の壁を構成する筋肉を刺激して広げる効果を示し、空気を通りやすくします。ところが、その際にやはり筋肉からできている心臓を刺激し、不整脈の原因となることがあります。なかでも、心臓が不規則に運動する心房細動は、もっとも警戒する不整脈の一つです。


 ここで紹介する論文[1]とその論文の編集者の意見[2]は、COPDが一時的に悪化する「増悪」の際に心房細動が起こりやすいことを報じたものです。症例数は少なく、検討すべき課題を残した論文ですが、現時点で問題点の大きさを提言した重要な論文と考えられます。ここでは、最初に心房細動について説明します[3,4]。




Q. 心房細動とは何か?


心房細動は、最も⼀般的にみられる治療が必要な不整脈である。その有病率は年齢とともに増加し、60歳以上の人口の4%以上が罹患していると推定されている。

  



Q. 心房細動と血栓形成の関連性は?


心房細動による血栓形成は、心臓の内部での血液の流れ方の異常が疑われるが、動脈硬化や血中の脂質成分(コレステロールなど)の異常も関係している。

約150年前、ドイツの病理学者のウィルヒョウは、血栓ができる3条件として、以下を挙げた。

1) 血流の異常。

2) 血管壁の異常。

3) 血液成分との相互作用。




Q. 心房細動の問題点は?


・心房細動はまれではない不整脈で、日本における患者数は約130万人、潜在的な患者数は200万人に上ると考えられている。


人口の高齢化に伴い患者数は増加している。


・女性よりも男性のほうが、約1.5倍発症しやすいという報告がある。


心房細動は、心臓の中に小さな血栓をつくることがあり、これが心臓から大動脈を経て脳などに脳梗塞などを作り出す危険がある。

➡心房細動による脳卒中、血栓、塞栓症のリスク増加。


・患者の年齢、構造的な心疾患の有無、および以前の高血圧、糖尿病、さまざまなバイオマーカー、あるいは心不全 (特に左心室収縮機能の低下)などの臨床的危険因子を考慮する必要がある。


・さらに、心房細動は可逆的な血液凝固能の亢進状態と関連している。

 



Q. 発作性心房細動とは?


発作性心房細動は、発症から7日以内に自然に、または介入により終了する心房細動と定義されている。


・高齢化とともに増加し、60歳以上の人口の4%以上が罹患と推定されているが過小評価されている。実際には該当症例の25~62%が指摘されているにすぎないと報告されている➡発作性心房細動の有病率は過小評価されている。


多くのエピソード(48時間以上続くものを含む)は症状を示さない無症候性である。


・再発性の心房細動エピソードの持続時間は個人差があるが持続性か、あるいは永続心房細動への進行が一般的である。


・48時間以上続くものを心房細動の再発と呼ぶが多くは気づかれていない。


・再発性心房細動エピソードの持続時間は各個人で経過時間とともに異なり、持続性または永続的な心房細動への進行が⼀般的である。


・発作性心房細動を発症する危険因⼦は、持続的な⼼房細動に関連するものと類似しており、高齢、高血圧、心臓の弁疾患の異常、および閉塞性睡眠時無呼吸症候群が含まれる。


注)発作性心房細動の治療方針はここでは触れない。




Q. COPDの死因としての心血管病変とは?


COPDの患者の死因の1/4は呼吸器疾患ではなく心・血管性の病変が原因である。


・ここに含まれる心・血管病変とは、虚血性心疾患、脳卒中、心不全、不整脈を含む。




Q. 心・血管病変の側からみたCOPDとは?


・英国での調査によれば冠動脈疾患はCOPDの患者の88%にみられる。頻度が高く、約30%は重症の状態である。




Q. COPDで心血管病変の悪化がみられる場合とその理由は?


・COPDの増悪後、1週間以内の心血管病変の悪化リスクが高い。


一度、増悪を起こすとその後、1年間は心血管病変の悪化リスクが高い状態が持続する。


悪化リスクの持続の理由多因子が関与する(炎症性病変、血液凝固能の亢進、低酸素血症、肺の過膨張状態、交感神経刺激の亢進)。




Q. COPDの増悪と心房細動の関連性は?


心房細動の発症とCOPD増悪の関係は詳しくは不明である。


・心房細動が理由で救急外来を受診する患者はCOPD増悪後の30日間でリスク高値であり、増悪後90日間はリスクが高い状態が持続する➡1回の増悪エピソードで3カ月間は高リスクである。


・オランダにおける調査では、COPD増悪後に心房細動を発症する場合は、1/3は増悪後、8週間以内である。




Q. 著者らの研究は?


研究の仮説

・COPDの増悪のリスクが高い患者では心房細動を起こすことが多いのではないか?


研究方法:

皮下に埋め込み式の心臓のモニターを利用してCOPD増悪後30日間での心房細動の発症を前向き研究として実施した。


・AECOPDを起こすリスクの高い患者を集めた。

対象は、タバコ歴あり、45歳以上、1秒量の低下のある中等度以上のCOPD。

研究開始の登録前年に1回以上の急性増悪による入院、緊急治療、救急外来受診、あるいは、外来治療でステロイド薬・抗菌薬の投与を受けた42人。

観察の全日数での1日の心房細動の回数、持続時間を解析した。


結果:

・総数42人のうち40人が条件を満たす解析対象であった。女性19人。平均年齢67.6歳。平均BMI=30.1の肥満者を含む。

  前年COPD増悪の程度:軽度―中等度増悪、1.7回。重症の増悪、1.7回。


COPD患者の1/4 は、過去に心房細動の既往がなかったが増悪後に心房細動を新たに起こした➡この結果は、既報のペースメーカーや、除細動、脳梗塞合併を報告した既報と類似している。


・本研究では皮下に埋め込み式の機器で無症状の心房細動の有無を継続的に測定した。従来は、症状がある場合や心電図検査を行って初めて判明した。

➡最近の研究では、事前に把握されていない心房細動でのリスクが高く、これが臨床的に後付けの確認になっている。潜在性の心房細動が脳梗塞のリスクとなっているというデータがある。


・心房細動による血栓のリスクスコア(CHA2DS2VASc score)では、心房細動のリスクが亢進するのは、75歳以上、糖尿病、脳卒中や一過性の脳虚血発作がある場合や血管疾患がある場合。


・65-74歳の女性で3-4か月、あるいは心房細動が6分間以上持続するが計23.5時間以内の場合で脳梗塞、全身性の血栓症は1.28%であるが、心房細動が23.5時間以上の持続では1.77%に上昇する。


・COPD未診断の実態における心房細動の発症は不明である。




Q. 本研究の意義は?


・本研究結果では、最大の全身性炎症反応と心房細動の発症時期との関連性を明らかにし得た点が重要である。既報では、増悪後は14日間のリスクが高かった。本研究は、COPDの増悪期の前後の期間に生ずる可能性がある心房細動に関して重要な洞察を与えた。すなわち、心房細動を起こす可能性は、増悪発症後 、11日目にピークに達することを示した。


・増悪による呼吸器症状が元に戻るのは約1週間後だった。しかし、心臓関連のバイオマーカーが元に戻るのは少なくとも5週間かかるとされ時間較差があった。


・著者の報告では、COPD増悪後に心房細動を発症する場合は一過性の心房作動ではなく持続することを証明したことである。

ちなみに増悪で入院が必要なCOPDは、一人当たり、年間頻度は0.09%~2.4%とされている。


・全身性炎症が最大になる期間と心房細動の発症時期に遅延があることを示唆している。


・クリニックなどで治療を受けているCOPDの増悪時に実施した血中の炎症マーカーは、増悪発症時のピークから減少し、14日以内にベースライン値に戻るが、これはおそらくステロイドや抗生物質療法による治療の結果である。

➡呼吸器症状と最大呼気流量は、クリニックなどで治療を受けた増悪後、約1週間以内  (中央値でそれぞれ7日と6日)  にベースライン値に戻る。しかし、心臓のバイオマーカーでは状況が異なり、増悪後 5週間もの間、上昇したままになる傾向がある。

➡呼吸器データと心房細動関連のバイオマーカーと関連付けることが重要である。

➡増悪期における 心房細動が発症する機序の解明と合わせて重要な情報であり、今後の研究が必要である。



図1.COPDの増悪前後で生じた心房細動の関係。

出典:文献1を一部修正。
出典:文献1を一部修正。

増悪を起こした日からの一日あたりの心房細動をおこした時間(分)


計95回の増悪に際し心房細動は、増悪後の10日前後に多い。30日後(観察期間内)にわたって多い状態が持続している。




 COPDの診療は、毎年、更新されている国際的な診療ガイドライン、GOLDにもとづき進めるのが標準です。難しいのは、複数の病変が共存する場合の判断であり、しかも高齢患者さんが多いにも関わらず、その裏付けデータは必ずしも十分ではない、ということです。

 最近では90歳を超え、日常生活に多少の不自由さはあるが元気で自宅で生活しているCOPDの方を診る機会が多くなりました。他の疾患でも同様ですが70歳代の前半では、正常値の設定があり、それと比較して異常値、正常値の判断をすることができますが、90歳代の正常値の設定はありません。結局のところ、その患者さんの経年変化、すなわち、どのような経過をたどってきたか、が重要な判断の基準になると思われます。問題点は、高齢化に伴い多臓器にわたる病変が増えることです。その多くは、投薬など治療の対象ではありませんが、治療を継続していく際には厳重な目配りが必要です。


 私は、臨床医になることを目標にしていましたが、学園紛争のあおりで十分に学ぶことができなかった臨床病理を学びたいと考え、病理学教室に席をおいていました。カナダ、米、英で活躍し、現在の臨床医学の祖となったウィリアム・オスラーに憧れ、同じような歩みにあこがれていたからです。間質性肺炎の電子顕微鏡的な機序解明が研究テーマでしたが、並行して人体病理学を学んでいました。大学病院で検査、治療を受け、不幸にも救命できず、死後に病理解剖の許可をいただいた方の剖検を多く経験しました。臨床医の多くが、集まり十分な討議を経て到達したはずの診断やそれにもとづく治療法が死後の剖検では必ずしも一致していない症例をみました。いまでも強く印象に残っているのは、30歳前半の若い女性で間質性肺炎と診断され、多量のステロイド薬の治療を受けたあと、救命できず、死亡、その病理解剖に立ち遭った経験です。彼女の死亡原因は粟粒結核でした。粟粒結核は、結核菌が血中に入り、全身のさまざまな臓器に結核病巣を作ることです。ステロイド薬は免疫能を低下させる禁忌に近い治療薬です。治療の内容は真逆といえる方法でした。データが揃ったあと、CPCと呼ばれる臨床側と病理側の合同の会議が開かれ、誤診に至った理由、原因が徹底的に討議されました。そのときの内科の担当教授は繰り返し、問題点に気づかなかったことを詫び、今後の参考にすると述べていました。多臓器に病変がまたがる場合の判断は、難しいことが多いことを、身をもって知りました。私自身は、この経験がもとになり呼吸器の臨床医になってから、数例の粟粒結核の患者さんを診る機会があり、また、過去の臨床医がなぜ正確な診断に至らなかったかをまとめて邦文の論文で発表したことがあります。

 その後、カナダの大学の病理学教室で2年半余りを過ごしましたが、CPCで同じような臨床医の判断ミスの症例を多く目にしました。


 臨床医は、患者さんから話を聞き、診察し、各種の検査を組み合わせて診断に至り、治療を開始するわけですが、その過程では多くの隘路があり得ます。特に高齢者では、疾患の数が増え、組み合わせは複雑となり、その中で難しい判断を求められることが多くなります。COPDの治療については、GOLDと呼ばれる、国際的な診療ガイドラインが毎年、発表されています。どこまでが科学的に解明されているかの確認点にはなりますが、多疾患の組み合わせが多いCOPDの診療では、常に悩みながら進めているというのが正直な感想です。診療ガイドラインには、複数の病気が重なる場合についてはわずかに触れている程度です。ここで紹介した論文のように循環器疾患のはざまの問題点は、解明されるべき大きな問題点をのこしているテーマの一つと考えます。しかも不整脈は、病理学ではトレースできない問題です。


 近代の医療の特徴の一つは、高度に発達した専門分化の集合として実施されるようになっていることです。人体を構成する多くの臓器ごとに専門的な診断法、治療法が進歩してきました。各疾患別に提案されている診療ガイドラインでは、他臓器あるいは多臓器病変を取り上げて対処法を決めていますが必ずしも十分とは言えません。特に、高齢者では多くの場合、一人で複数の慢性疾患の治療を受けている場合が多く、投薬内容も多種にわたり、複雑になっている場合が多いことを経験します。複雑な構造の人体に起こす多病。解決策は謙虚にしかもつねに全体を見渡す視点を持つことだと強く思っています。




参考文献:


1.     MacDonald, DM. et al.

Continuous monitoring for atrial fibrillation in individuals at increased risk of acute exacerbations of chronic obstructive pulmonary disease.

Am J Resp Crit Care Med, 2025: 211; 868-870.


2.Pestell B. et al.

Exacerbating the problem: chronic obstructive pulmonary disease and atrial fibrillation. Am J Resp Crit Care Med, 2025: 211; 695-698.


3.     Spragg D.

Paroxysmal atrial fibrillation. Up-to-Date, Literature review current through: April 2025. This topic last updated: Dec 01, 2023.


4.     Kumar K.

Atrial fibrillation: Overview and management of new-onset atrial fibrillation. Up-to-Date, Literature review current through: April 2025.

This topic last updated: Dec 01, 2023.

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