No.308 通常のCOPDの治療に吸入ステロイド薬は必要か、それとも不要か?
- 木田 厚瑞 医師
- 5 時間前
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2025年5月21日
COPDの診療では、息切れや痰などの不快な症状の改善と日常生活が不自由になることがないような治療と経過中に生ずる、一時的な悪化、すなわち「増悪」の回避、新たに生ずる併存症の予防と早期発見、早期治療が重要です。
COPDの増悪は、重症度に関係なく、平均、年2回と言われています。軽度のCOPDでも増悪が起こる可能性があり、重い増悪の場合には、緊急受診が必要となり、さらに点滴治療や酸素吸入が必要な状態となれば入院治療が必要です。通常は2週間程度の入院が必要ですが、医療費が高額化するだけではなく、いのちに関わり、しかも救命できても体重減少やその後の日常生活は著しく不自由になることがあります。
COPDの治療では、日常の生活、息切れをどのように改善し、快適な生活をおくることができるか、と並行して「増悪」の回避が重要な治療目標です。また、入院が必要な増悪は、その後、連鎖になることがあります。増悪の原因で多いのは、呼吸器症状の悪化に伴い、心血管病変の悪化、すなわち狭心症、不整脈、心不全が起こり、これが死亡原因となることが多いことです。COPDの治療では、肺だけではなく心血管病変のリスクをつねに考慮しなければなりません。
COPDの基本的な治療は、吸入薬の使用ですが、吸入薬は、気管支拡張作用を有するLABAとLAMAと分類される2種類が基本的な治療となっています。これに加えICSと呼ばれる吸入ステロイド薬が必要に応じて処方されます。近年は、LABA, LAMA, ICSが1本にセットとなっている吸入薬が便利で有用であり、広く使用されています。しかし、3剤を含む吸入薬を使用しても増悪を繰り返す患者さんがいます。
ブルー・ジャーナルと呼ばれる米国胸部学会雑誌は、呼吸器領域では最もレベルが高い雑誌として知られています。ここで紹介する論文[1]は、吸入薬の治験のデータですが、LABA+LAMA+ICSの使用が、LABA+LAMAの使用よりも心血管病変が少ないことを証明した論文です。発表後、論争を起こすことになりました[3-8]。論文[1]の著者には、米国胸部学会雑誌の編集長であるMartinezが著者の一人として入っていることもあり、かなりの論争になりました。著者たちは論争となることを予測して予め、段階的に治験の内容をNew England J. Medicineに発表しています[2]。それでもなお、新たなデータに対し、新たな論争があります。
本論文[1]は、これまでの論争を一歩深めた印象はありますが、1歩前進、2歩後退も必ずしも否定できず臨床現場では、これらの議論を踏まえた上での判断が求められています。
ここでは、その概要と論点について解説します。
Q. COPDと関連する心血管病変とは?
・COPDには心血管病変が、共存することは古くから知られている。心血管病変の主なものは、心筋梗塞、心不全、不整脈が知られており、これらは心血管病変による死亡原因として知られている。
・問題となるのはCOPDの増悪時である。増悪時にはしばしば、心血管病変の悪化が並行してみられ、COPDの主要な死亡原因として知られている。
・重症のCOPDであればあるほど、心血管病変が死亡原因となる可能性が大きいが軽症のCOPDでも重い心血管病変の併存がある。
Q. COPDの治療薬としての吸入ステロイド薬の功罪は?
・COPDの中には、血液中の好酸球が増加している場合(100 cells/μL以上)があり、その場合には吸入ステロイド(ICS)が有用であることが知られている。他方で、ICSは、ステロイド薬の副作用として細菌性の肺炎を起こすことが知られている。また、過剰であれば糖尿病を悪化させ、骨粗しょう症を悪化させ、骨折の原因となることがある。
・どのような判断基準でICSを併用すべきか、が結論されていない。
Q. 本研究の内容?
・著者らが関係した先行する3つの治験(MACEs、AEs、CVAESI)の結果を踏まえて本治験を組んだ。
・本研究は ETHOSと呼ばれ、第3相の治験に相当し、その総期間は52週間に及ぶ。
・目的:ICSの治療効果の検証である。
・方法:ICS/LAMA/LABA の3剤としてそれぞれbudesonide/glycopyrrolate/formoterol fumarate (BGF)とした。これらを含むものを本薬としてbudesonide (ICS)投与量は320あるいは160μgとした。
・中等度から重症のCOPD増悪の発症を調べた。重症の心血管病変伴う患者は除外した。
・glycopyrrolate 18mg/formoterol 9.6mgか、fumarate (GFF) を加えたbudesonide/formoterol fumarate (BFF)の比較とした。BGFは 320mgあるいは0mg。
・結果:先行する研究結果にもとづく効果の検証は図1に示した。
縦軸は、心血管病変の悪化、COPDの増悪、
BGF 320が統計的に、重症のCOPDでは増悪予防効果がみられた。
結果は、先の3種の先行治験を再確認するものであった。
図1 重症の肺および心血管病変が生ずるまでの時間経過。

カプラン・マイヤー曲線。縦軸は経過中に生じた悪化事象の蓄積頻度。横軸は治療開始からの経過(週)。
BGF320, BGF160は互いに交錯しているがBFF, GFFを上回っている。
それぞれの数字は患者総数を示す。
Q. 治験データによる反論は何か?
・ICSは、糖尿病を悪化させることが知られ、その結果、心血管病変を悪化する可能性がある。副作用の判定は、心肺(cardiopulmonary)への影響として判断されなければならない。本論文では、ICSの効果と副作用の検討が十分とは言えない。
・長期にわたりICSを使用した場合には副腎機能障害が生ずる可能性があるが、それを検討していない➡回答:吸入薬におけるステロイド量は少ないので許容範囲である。
・ICSにより局所の免疫能が低下し、かえって気道炎症の悪化が疑われるのではないか。特に慢性気管支炎型のCOPDでは懸念される➡回答:気道炎症が主となるような慢性気管支炎型のCOPDは除外している。
・若い年齢層に対する副作用発現のデータ把握が不十分である➡回答:若い年齢層は対象に中に含まれていない。
・ICSの種類により副作用の発現が異なるのではないか➡回答:喘息の治療で使用されている。喘息のガイドラインによれば安全性は許容範囲である。
・心血管病変は重症のCOPDだけでなく、いわば高齢者に共通のリスクである。
しかし、本研究では研究対象者から最初に心血管障害者を除外しているのでこの点の問題点は別個に検討すべきである。また、本研究の、前段階の研究も対象者が少ない(MACE研究では128人、CVAESI研究では431人、心血管病変研究では578人)
➡回答:将来的に、さらに多数を対象として治験が新たに組まれるべきである。
喘息とは異なる病態であるCOPDで同じように吸入ステロイド薬を使用することが妥当である、という仮説にもとづき有効性として心血管病変の予防を証明したのが論文の結論です。通常、議論されている増悪の回数とその重症度という論点を避け、心血管病変の頻度の低下としたところがユニークです。
COPDの治療については、国際的な治療ガイドラインGOLDに記載があります。治験結果は、エビデンスとして確実性がそれぞれ、ランクされていますが多くの論争が必ずしも解決しているわけではないことを本論文の考察でも述べています。
論文は、きわめて多い人数のCOPDに対し、ほぼ1年間の治療結果にもとづいています。長い経過のCOPDで1年間のみの観察で結論できるか、という問題点もあります。
しかも、呼吸器疾患の悪化ではなく、心血管病変に対する治療効果を証明しています。しかし、吸入ステロイド薬がどのような機序で心血管病変を改善することになるか、の理論的な考察はなされていません。しかし、本論文で得られた結論は、今後のCOPDの治療方針を決めるための礎となることは確実です。
呼吸器疾患であるCOPDで心血管障害のリスクを抱えた患者さんは、専門医が診ているとしても長い経過では呼吸器、循環器医のどちらかが担当していることが多いので呼吸器側だけの見解で決められない部分があります。具体的には、必要に応じて循環器医のコメントを貰いながら治療を進める、循環器医は呼吸器医の意見を取り入れて治療を継続するという形が理想になりそうです。いずれにせよ、COPDの治療は、肺だけではなく心血管病変のリスクをつねに考慮しなければなりません。
本研究は、段階を経て、到達した結論ですが、論争が解決したわけではありません。しかし、複雑な病態の治療に責任を置いている臨床医として、とるべき態度を示唆しているように思われます。ここに示したデータは、診る側が持てる最新データですが、確定したゴールが未解決の場合には、あくまでも治療を受ける側の患者さんの意見を尊重しながら選択肢を狭めていくことが必要です。そのプロセスは、患者さん側の個人的な事情や希望もあり、加えてCOPDは高齢者に頻度が高い疾患ですから、高齢者には使いやすい吸入薬の選択をどうするか、使いやすさと効果の検証は難しい作業です。さらに、年余にわたる治療の経過では、一人暮らしになるなど患者さんが置かれた環境が変わったり、治療に対する意欲が変化することもしばしばあります。
本論文から考えさせられるCOPDの長期的な治療に対する影響力と注意点は大きいといえます。
参考文献:
1.Singh D.et al.
Effect of triple therapy on cardiovascular and severe cardiopulmonary events in chronic obstructive pulmonary disease. A post hoc analysis of a randomized, double-blind, phase 3 clinical trial (ETHOS).
Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 205–214.
2.Rabe KF, et al.
ETHOS Investigators. Triple inhaled therapy at two glucocorticoid doses in moderate-to-very-severe COPD. N Engl J Med 2020;383:35–48.
3. Quint JK. et al.
The role of inhaled corticosteroids in reducing cardiovascular risk: Seeing is not always believing. Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 142-143.
4. Chung, C-Y. et al.
Study design consideration in inhaled corticosteroid dose and adverse events. Am J Respir Crit Care Med 2025; 211:291-292.
5. Bloom CI. et al.
Association of dose of inhaled corticosteroids and frequency of adverse events. Am J Resp Crit Care Med 2025; 211: 54-64.
6. Bloom CI. et al.
Replying to Chung et al and to Rogliani and Calzetta. Am J Resp Crit Care Med 2025; 211: 293-294.
7. Rogliani P. et al.
Dose of inhaled corticosteroids and cardiovascular disease in asthma: An unexpected misstep? Am J Respir Crit Care Med 2025; 2025; 211: 292-293.
8. Quint,JK. et al.
The role of inhaled corticosteroids in reducing cardiovascular risk: Seeing is not always believing. Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 142-143.
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