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No.321 進んできた喘息の治療

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 5 日前
  • 読了時間: 8分

2025年8月29日


 近年、生物学的製剤(以下、抗体薬)という新しい薬がさまざまな難治性の病気の治療で効果を上げています。難治性で重症の喘息の一部で治療に使われるようになり、これまでの治療効果を大きく改善することになりました。

 救急車で搬送されたり、夜間に救急外来を受診せざるを得ないようなことは、重症喘息患者でしばしば起こり得ることです。予期しない重症発作は、ときに喘息死という取返しがつかない状態をも引き起こします。重症喘息の長期間の治療では、副作用は分かっていても副腎皮質ホルモンをやむを得ず投与せざるを得ないことはしばしば経験されています。


 米国、コロラド大学のThomas Petty 教授は、20世紀のもっとも有名な呼吸器臨床医の一人として評価の高い人です。喘息に対する副腎皮質ステロイドの投与で注意することは、too long, too small, too lateという3原則があると、若い時代に教えられたことがあります。副腎皮質ステロイドは、長い期間の投与は禁物であり、しかし、1回の投与量が少なすぎでもだめであり、また遅すぎる投与は危険だと教えられました。要するに使い方が難しい薬であるということです。


 副腎皮質ステロイドは、遅滞なく適量を投与することが難しい薬物の一つです。

抗体薬が臨床現場で使われるようになり、喘息の一部にせよ、経口の副腎皮質ステロイドを長期に使わざるを得ないようなことは激減してきました[1]。

 抗体薬が世界中の臨床現場で使われるようにようになり、副腎皮質ステロイドの長期使用による副作用はどのように改善したかについて報告したのがここで紹介する論文です[2]。

 ここでは、最初に喘息診療の一般的な内容を紹介し[1]、次いで抗体薬の効果の論文[2]を紹介します。




Q. 喘息をどのように診断するか?


・喘息の「古典的な」兆候と症状は、断続的な呼吸困難、咳、喘鳴である。

これらの症状は喘息に典型的であるが、呼吸器疾患には類似の症状が多く、これらの症状は喘息に特有とは言えないため、喘息を他の呼吸器疾患と区別することが必要である。


・喘息の診断には、詳しい経過(病歴)、呼吸困難を疑わせる身体兆候と肺の聴診所見、血液検査、呼気中の一酸化窒素濃度(FeNO)、肺機能検査、その他の検査が必要である。


・喘息は臨床診断であり、単一の診断テストや結果では決定的には判断できない




Q. 喘息と類似した症状を示す場合とは?


・喘息は、特徴的な引き金によって引き起こされ、気管支拡張薬によって緩和される断 続的な咳、喘鳴、息切れを伴う古典的な症状では容易に認識されるが、喘息と類似した重複する状態(例えば、急性気管支炎、COPDなど)と厳密に区別することは困難なことがある。


・病理学的には、喘息は「気道の慢性炎症性疾患」として広く説明できるが、この説明では、喘息における気流閉塞の特徴的な増減を省略しており、喘息を慢性気管支炎や細気管支炎などの他の炎症性気道障害と区別することができない。


・喘息でみられる気管支過敏性は喘息に固有のものではない。




Q. 喘息の発症に関する要因とは?


・喘息はどの年齢でも発症する可能性がある。


・喘息は小児期によく見られるが、多くの子供は思春期頃に喘息の症状が寛解し、数年後に再発する可能性がある。「新しく起こった」喘息の症状を呈する青年および成人は、小児期に喘息の症状または診断の病歴があることがある。


・他方で、喘息の成人の約半数は遅発性であり、重症度に差はないが、早期発症の喘息とは異なる臨床的特徴と危険因子を有することを示唆している。


職業性喘息、アスピリン増悪呼吸器疾患 (アスピリン感受性喘息とも呼ばれる)、好酸球性喘息などの他の特定のサブタイプは、通常、成人期に発症する別個の症候群であり、一般的な喘息とは区別されている。


・喘息の一時的な症状は、数時間から数日の時間経過で現れたり消えたりするのが特徴で、引き金となる刺激を回避するか、抗喘息薬に反応して自然に解消する。


・喘息患者の中には、長期間無症候性のままである場合がある。夜間に発生したり悪化したりする症状の報告は、多くの場合、喘息の特徴である。


・喘息患者の約30~70%では、少なくとも月に1回、夜間喘息の症状を報告している。


・発作の誘因は、運動、冷気、吸入アレルゲン(エアロアレルゲンと呼ばれる) への曝露に よって引き起こされる呼吸器症状は、喘息を示唆する。




Q. 喘息で行う検査は?


・喘息が疑われる場合の臨床検査は、肺機能検査が重要である。


・胸部X線撮影、血液検査アレルギー検査などの他の臨床検査は、選択された患者のさらなる表現型解析に有用であるが、それ自体では喘息の診断を確立したり否定する根拠とならない。


・肺機能検査では、気道において気流制限があるかどうかを診る。喘息の診断において重要なツールである。




Q. 抗体薬による重症喘息の現状は?


目的: 生物学的製剤による治療開始者と非開始者の間で、新規発症のOCS関連の有害事象の発生リスクを比較する。

臨床試験では、重症喘息患者における生物学的製剤の経口コルチコステロイド(OCS) 節約効果が実証されているが、これがOCS関連の有害事象の軽減につながるかどうかは不明である。


方法:本研究は、国際重症喘息登録(ISAR、日本を含む16カ国)および最適患者ケア研究データベース(OPCRD、英国)の統合データを用いた縦断的コホート研究である。

抗体薬については、投与開始日をインデックス日とした。非開始者については、ISARの場合は登録日、OPCRDの場合はランダムな診察日とした。群間比較可能性を高めるため、治療確率の逆重み付けを用い、インデックス日から最大5年間のOCS関連有害事象発現のハザード比(HR)を推定するために、重み付けCox比例ハザードモデルを用いた。


主な結果:合計42,908人の患者が対象となった。生物学的製剤の投与開始者と非開始

者のうち、27.3%と4.7%が長期経口抗生物質(OCS)使用者(指標日前1年間の服用日数が90日以上)であり、プレドニゾロン換算での平均1日用量はそれぞれ10.2mgと6.2mgであった。生物学的製剤を開始した者は開始しなかった者と比較して、OCS関連の有害事象の発現率が低下した(HR [95%信頼区間(CI)]:0.82 [0.72–0.93]、P = 0.002)。これは主に、糖尿病(0.62 [0.45–0.87]、P = 0.006)、主要な心血管イベント(0.65 [0.44–0.97]、P = 0.034)、および不安および/またはうつ病(0.68 [0.55–0.85]、P = 0.001)の発現率の低下によるものであった。白内障(HR 0.77 [95% CI 0.47–1.25])、睡眠時無呼吸症(HR 0.82 [95% CI 0.78–1.41])、またはその他のOCS関連の有害事象(例:骨粗鬆症)の発生率に有意差は認められなかった。結果は両データセットで一貫していた。


結論: 本研究の結果は、重症喘息患者における新規発症の経口ステロイド投与に関連の有害事象の予防という点で効果的であった。




Q. 結果から得られた議論は?


・従来、重症の喘息では、経口や注射による全身性のステロイド投与が必要とされてきたが、これに代わる新しい薬剤として抗体薬の使用が進み、実際、著明な効果が認められてきた。


・本研究では、ステロイドホルモンの投与による副作用と新たに抗体薬で治療することによるメリットを検証したものである。


・主要な心血管イベント、および不安やうつ病などのリスクは、グルココルチコイドがこれらのイベントに関連する代謝経路に及ぼす影響が報告されている。


・長期にわたりステロイドホルモンを投与した際の副作用は古くから知られている。それらは、インスリンを介した肝臓からのブドウ糖を放出する抑制の障害、インスリン受容体への結合親和性の低下、ストレスホルモンおよび神経伝達物質レベルの調節異常、心臓および血管機能への直接的な影響(例えば、心筋細胞への直接的な影響)、ならびに心血管リスク因子(例えば、高血圧、インスリン抵抗性、高血糖、脂質異常症)など多彩な副作用は知られているが、これらを踏まえてなお、ステロイドホルモンの投与が必要であると判断され、使用されてきた。




 重症で難治性の喘息では、経口のステロイドの服薬は、やむを得ない治療法として選ばれてきました。夜間や、受診が難しい場所での重症発作は、死亡原因となることが多いためです。しかし、長期の治療では、糖尿病や、心血管病変、感染にかかり易さ、白内障など深刻な副作用は避けようがありませんでした。喘息は安定しましたが別の問題が起こることをたくさん、目にしてきました。



 重症の喘息の治療薬として、さまざまな抗体薬が臨床現場で使用されるようになり10年近く、経過しました。抗体薬は、すべての喘息に効果があるわけでなく、Th2-highと分類される喘息(あるいはCOPD)でのみ、効果があることです。Th2-highの喘息かどうかを判別する方法は、血液中の好酸球数(総白血球数+好酸球の割合)が200(ないし300以上)、呼気中の一酸化窒素の濃度(FeNO)が22ppm以上の高値であること、や喘息の発症が最近でない場合などで始められます。注射による投薬で大まかに1カ月に1度の割合で継続していきます。効果がある場合には、数日で喘息の改善がみられるようになります。

  抗体薬の値段が高額であり、最初に選ぶ治療法ではなく、喘息の診断と重症度の確定、Th2-highであるかどうかの確認、ありうる副作用や注射薬を使用した際に生ずる医療費の額など、を十分に患者さんと話し合った上で選びます。本論文では、費用対効果という点でステロイドの長期投与に伴う副作用のことを考えれば、抗体薬を使った方が安上がりであるという議論もされています。


 本論文は、データの精度を上げるため19ヵ国、59人の共同研究者による論文です。

効果を検証するのではなく、ステロイド投与による副作用軽減を目的としてまとめ上げたという編集技術上のうまさがあります。執筆責任者、David B. Priceは、英国出身ですが、最近はシンガポールに居を移し、臨床研究を続けている医師です。日本にも講演会でしばしば来訪しています。




参考文献:


1.     Sadatsafavi M. et al.

Prevention of cardiovascular and other systemic adverse outcomes in patients with asthma treated with biologics.

Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 1165–1174.


2.Treatment of severe asthma in adolescents and adults.

UptoDate, 2025 年 8 月5 日。

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