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No.315 「喘息」という病名が進歩を反映していないという指摘

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 7月7日
  • 読了時間: 13分

2025年7月7日


 喘息は、受診時に、多くの患者さんが自分自身で、「喘息がありまして」と診断名を挙げてくることがあるくらい広く知られる病気です。


 一般的に知られる「喘息」とは何か。広辞苑には、「発作的に呼吸困難を起こす病気。気管支性・心臓性・尿毒性・神経性などの種類がある」と記載されており、さらに気管支喘息とは、「発作的に呼吸困難を起こす症状。大部分はアレルギーによるが、副交感神経の緊張異常状態などにも見られ、発作的に気管支の攣縮、気管支粘膜の腫脹を来たし、呼気性の呼吸困難を起こす」とあります。医療情報から云えば、当たらずとも遠からず、という内容ですが恐らくこれが、一般的な「喘息」の理解に近いと思われます。しかし、現在の喘息に関する情報では、大幅な修正が必要です。


 医学雑誌、Lancetは、創刊が1823年で英国を代表する医学雑誌であり、最も評価の高い世界五大医学雑誌の一つです。Lancet Commission(委員会)は、重要な医学テーマについて多数の専門家が集まり、集中的な議論の結果を伝える企画を続けています。趣旨は、「その領域の学術的なパートナーで卓越した、指導的な専門家から科学、医学、広い視野の健康問題を集中的に議論」し、「医療政策や臨床医療を変革する提言をすること」であり、2025年6月の時点で119回を重ねてきた歴史ある企画です。


 喘息の治療は、現在、GINAと呼ばれる国際的な診療ガイドラインが基本となっています。

2015年にLancet委員会は、その当時の喘息の治療に関わる問題点を発表しています [1]。これを踏まえて新しい問題点を指摘しているのが2018年の発表です[2]。短期間に喘息に関する集中的な議論[2]とその解説を掲載しました[3]。この理由は、GINAの見解に必ずしも同調しないということであり、2015年論文では言い尽くせなかった問題点があり、さらに今後のあるべき新しい方向性を示したい、ということでしょう。


 最近の喘息の治療に関する話題は、抗体薬の進歩です。現状分析も重要ですが、いわば抗体薬の黎明期に何を問題としていたか、は同じように重要なテーマと思えます。論文では、抗体薬による新しい治療が喘息の治療を根底から変える時期が迫っていることを伝えるものであり、その時期の到来を踏まえ、喘息という古い歴史をもつ病気の全体を見直すべき時機にあることを解説しています。欧米、オーストラリア、ニュージーランドおよび南アフリカを含む12か国の専門家による提言で、計50ページ、参考論文340編からなる長大な論文です。


最初にWHOの見解を示します。




Q. WHOが指摘する世界的に共通する喘息問題とは?


WHO(世界保健機関)は、喘息に関して以下のような見解を発表している(2024年5月6日)。


・喘息は、子供と大人の両方が罹患する主要な非感染性疾患(NCDs)であり、子供の間で最も一般的な慢性疾患である。


・炎症と肺の小さな気道の狭窄は、咳、喘鳴、息切れ、胸の圧迫感の任意の組み合わせである可能性のある喘息症状を引き起こす。


・喘息は2019年には推定2億6,200万人に影響を及ぼし、455,000人が死亡した。


・吸入薬は喘息の症状をコントロールし、喘息患者が正常で活動的な生活を送ることを可能にする。


・喘息の引き金を避けることは、喘息の症状を軽減するのにも役立つ。


・喘息関連の死亡のほとんどは、低所得国と低中所得国で発生しており、診断不足と治療不足が課題となっている。


・WHOは、非感染性疾患(NCDs)の世界的な負担を軽減し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジに向けて前進するために、喘息の診断、治療、モニタリングの改善に取り組んでいる。




Q. 世界的にみた喘息による死亡率の変化は?

 

出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正

図1 1960年から2012年までの46カ国における5~34歳の粗喘息死亡率の推移。


この期間には現在に至る気管⽀拡張薬の進歩があり、喘息が気道の炎症病変であり、これを目標とするという研究が形成されるに至った。赤線は各国の平均値の推移を示している。




Q. 喘息治療の進歩とは?


・喘息は、世界中で罹患率が高く医療費の増額をもたらしている。1990年代から2000年代初頭にかけて、喘息による入院や死亡率の減少で進歩があるが治療費の高騰にもかかわらず、過去10年間では内容にほとんど改善が見られていない。新たな評価手法の導入は進んでおらず、新薬の発見も他の専門分野に比べて遅れている

 

・喘息の治療は、1960年代半ばの気管支拡張薬時代(β2作動薬が気管支拡張薬として投与された)と1980年代の炎症時代(吸入コルチコステロイドが抗炎症薬として投与された)に続き、抗体薬の治療は喘息治療戦略の第三段階を表している。

 

 

 

Q. Lancet委員会による議論の目的は?


目的は、喘息の管理と治療において進歩が停滞している領域を特定し、現行の原則に疑問を投げかけることである。


・現在の気道疾患の生理学に基づく分類体系は時代遅れである。その理由は、喘息患者の罹患率と死亡率に関与する病態メカニズムについての情報が不足していることである。喘息は、一世紀もほとんど変わっていない基準を用いて、あたかも均質な実体であるかのように診断されていることが問題である。


・この新しいアプローチをあらゆる医療現場でどのように運用できるかについて検討した。現行のガイドライン(GINA)を根本的に見直すことを提唱する。吸入コルチコステロイドはより標的を絞り、バイオマーカーに基づき、そして、より効率的な方法で使用されるようにすべきである。


・好酸球性気道炎症についての簡便かつ臨床的に利用可能な指標の発見がある。2型炎症のバイオマーカーが高値でない限り、吸入コルチコステロイド治療をそれ以上、増量しないことを推奨する。

 

 注: 好酸球性気道炎症=好酸球と呼ばれる細胞が中心となる気道の炎症を起こし、これが2型炎症として喘息の症状を起こす。




Q. 喘息という病名が誤解を生んでいるという理由は?


・喘息という名称は、病態生理学について想定することなく、症状を説明するラベルとしてのみ使用するのが良い ➡ 喘息の名称の下に多くの異なる原因があり、したがって、それらに適切に対応する病名であるべき。

 ➡ 気道疾患を構成要素に分解し、識別可能かつ治療が有用であるかに焦点を当てることが重要である。

 

 

 

Q. 新しい治療方法を決めるという視点での分類とは?

 

・喘息は気道疾患である。その管理とモニタリングに対する新しいアプローチとして次の2つの主要な治療可能な特徴に分類することが必要である。

 

➡ 好酸球性気道炎症に関連する発作のリスクを改善する。

➡ 気流制限の結果としての症状を改善する。

 

これらを患者の個別ごとに評価および管理することで、専門医以外のケアにも適用できる精密医療アプローチを実現することが重要である。

 

 

 

Q. 喘息の新しい治療へのアプローチとは?

 

・精密医療のアプローチには、重複する疾患、併存疾患、ライフスタイルや環境要因の調査と治療が含まれる。 


一次予防戦略に資源を集中させることが重要である。

 

➡ 喘息予防を重視する。喘息治療において患者の年齢や専門分野に縛られた考え方から抜け出すことが必要である。 

➡  喘息を気道疾患として発育段階の観点から考慮することが必要である。すなわち、誕生から老年までの症状や病態の変動過程を継続的に診ていく体制が必要である。

 

・喘息が悪化していくメカニズムを特定するために研究の方向性として治療可能な特性と、さまざまなアレルギー反応などの個人的な特性の解明、と老化の相互作用の複雑さに関する研究が必要である。

 

小児喘息から成人喘息の連続的な効果の検証 ➡ 規制当局は、新しい喘息治療薬の認可プロセスの一環として、小児喘息に対する効果を検証することを義務的な要件として従来の規則に盛り込むべきである。




Q. 喘息診療の在り方に対する警鐘とは?


長期にわたる治療の前段階で必要な検査データを揃える。 現在の臨床現場では、無検査のままの治療が優先している。

 

・ 成人期の喘息では、治療の早期に肺機能検査(スパイロメトリー)により肺機能低下があるかどうかの早期判断が重要である。

 

・喫煙の危険性に関して非常に集中的で効果的な教育キャンペーンを行うこと。禁煙教育と肺機能検査をリンクさせることが必要である。無煙タバコには言及せず。


・一時的な喘息症状は「悪化」や「再燃」と呼ぶべきでなく、患者と医療者が共通に「発作」と呼ぶのがよい。「悪化」や「再燃」という呼び方は誤解を招く。

 

・現在の「喘息」という名称は、発作的に「ゼーゼーする」、「ヒューヒューする」という症状に合致するときの治療の導入段階でのみ、用いることとし、治療開始後は、アトピー型喘息、非アトピー型喘息のように治療内容に細分化した名称を用いるのがよい。

 

➡ 治療計画を立てる前に、気道疾患を構成要素に分解し、識別可能かつ治療が有用であるかに焦点を当てる。

 

➡ 2つの主要な治療可能な特性(好酸球性気道炎症に関連する発作のリスク気流制限の結果としての症状)を個別に評価および管理することで、専門医以外のケアにも分かりやすく情報を伝達することができる。




Q. Lancet委員会の提言による将来の展望とは何か?


・精密医療のアプローチには、重複する疾患、併存疾患、ライフスタイル環境要因の調査と治療も含まれる。

 

・一次予防戦略に医療資源を集中させ(喘息予防)、疾患を修飾する介入治療を優先する(喘息治療)。現在の年齢区分や、専門分野に縛られた考え方から抜け出すことが必要である。

 

・気道疾患を発達段階の観点から考慮する誕生から老年までの連続した軌跡として継続治療の体制を作り上げる。

 

・発症のメカニズムを特定するために、単なる対症療法ではなく、つねに発症時期に戻り、これまでの治療経過の見直しを行った上で新しく進めるべき治療方針を決める

 

・疾患の経過で治療が可能な部分を新しく見出し、さまざまな特性を明らかにし、これらが複雑に老化との相互作用に関わっているシステム生物学アプローチ点を明らかにし、新しい治療法に結び付けていく。 


・新薬の許認可にあたって規制当局は、新しい喘息治療薬の認可プロセスの一環として、既存のガイドラインの中に小児に対する検査計画を重視した条件をいれるべきである。


・長期治療を開始する前の検査が重要である。臨床現場における現在の無検査文化から脱却することが必要である。

 

・早期のスパイロメトリーを行い肺機能低下の早期発見を重要視すること。

 

・リスクスコアを開発し、乳幼児期からの対策を講ずる必要がある。


・専門医療者として、患者団体に対し、リスクの高い時期を特定して周知し、的を絞った効果的な患者アドバイスを提供するよう働きかける。


・必要に応じて短時間作用型β2刺激薬を吸入コルチコステロイドと速効性β2刺激薬の併用は、発作のエピソード症状のある患者に対する緩和療法とするが、好酸球性疾患および吸入コルチコステロイド反応性のバイオマーカーが存在しないのに、吸入コルチコステロイドの用量を増量することのみ、という治療は実施しない

 

・重症者が受診した際には新たな治療を開始する機会と捉え、重症状態が持続しないよう治療の見直しに最大限に活用する。

 

・患者が治療薬の使用について遵守不良であるかを特定し、遵守を改善できる教育、情報提供の方法を開発する。

 

新しい生物学的製剤の採用に当たっては、治験に参加した患者群の患者データを慎重に収集して反応性のあるサブグループを特定し、その結果を前向きに検証することにより、個々の患者に最適な生物学的製剤を特定することが必要である。


・ 製薬業界と連携し、将来の臨床試験で治療の有効性と安全性を確立するだけでなく、治療から特に利益を得る明確なサブグループを特定できるようにすることにより、個人に最適な治療を選択し、実施していくという視点を重視する。




Q. 喘息の発症での早期の重視とは?


・肺の成長と発達は子宮内で始まり、屋内外の大気汚染、喫煙、その他の有害物質の吸入など、肺に対する環境要因は、あらゆる年齢層において肺の健康に有害な影響を及ぼす。


・乳児期および小児期における肺機能の発達障害は、後年におけるCOPDの十分に認識されていないリスク要因であるとされている。




 病名は、患者さんと医療者が共通で使う、言語であり、記号に近いものです。これを用いて診察室では、改めて詳しい説明をすることなしにお互いが暗黙のうちに了解しています。しかし、日常で用いる言語と異なる点は、医療の発達が急速であり、その進歩に合わせて治療の体制が細分化され、内容が付加あるいは変更されていくことです。しかも、細分化のプロセスは急速であり、その分野を専門としている医療者でも新しい情報に無関心であれば遅れていくことは必至です。従って、時間経過とともに、使っている側の患者さんと医療者側の両者で理解が少しずつ変化していきます。使っている言葉が、多様化していく中でメデイアを含め、情報源の正確さが問題となります。


 Lancet委員会では、喘息と診断された患者さんは皆、医師に「どの種類の喘息ですか?」と尋ねるべきであり、あるいは、もっと良い質問は「どの慢性気道疾患ですか?」と尋ねることであると述べています。医療者はこれに応えていく必要があります。


 Lancet委員会の提言の中で難しいと思われるのは、喘息が初発段階の乳幼児期と、成人に入った段階、さらに老年期に介入する医療の担当者の横の連絡が必ずしも十分に行われていない、ということです。家族構成が、その時期に変ること、環境も変わり、自立性にも各段階で変化がみられる、関わる医療者の連携がとりにくいという実態があります。

 小児科とは、一般的には対象年齢は、15歳までを対象としていますが喘息やアレルギーなどの慢性疾患の場合には、小児科医は15-20歳までも対象としています。ちなみに医療法では小児とは小児科で診療を受ける人とあり、具体的に何歳から何歳までとは限定していません。他方、老年病科は、65歳以上の高齢者を対象とし、具体的な対象疾患は、認知症・動脈硬化性疾患・呼吸器疾患(嚥下性肺炎・喘息・COPD・間質性肺炎・肺癌)・骨粗鬆症・圧迫骨折・睡眠時無呼吸症候群など、多岐に渡ります。わが国では、選択は患者さん側にあると考えるべきでしょう。


 喘息の病名に関わる問題点は、糖尿病でも同様な問題点を抱えていると言われています。進歩が急速で、これまでの考え方とは異なる新しい検査法や治療薬が使われるようになってきた点は共通しています。恐らく、医療では他の多くの分野にも共通していると思われます。

  

 80年代の初め頃、すでに気管支拡張薬の吸入薬が広く使われるようになり、喘息死が急減していました。しかし、その移行期の時期に、私は、病院で当直業務をしていた医師が相次いで当直室で亡くなった、ということを聴き強いショックを受けた記憶があります。喘息発作は、夜中や、未明の連絡が取りにくい時間帯に起こりやすいという特徴も、対策の中に盛り込む必要があります。現在では独居が多い、高齢女性の重症喘息ではリスクが高くなります。治療経過では、十分な配慮が必要です。


  


参考文献:

 

1.  Ian D Pavord, et al.

The Lancet Commissions. After asthma: redefining airways diseases. Lancet 2018; 391: 350–400


2.  Camargo Jr, CA.

Transformational thinking about asthma. Lancet 2018; 391: e1-e2.


3.  Kleinert, S. et al.

After asthma: airways diseases need a new name and a revolution. Lancet 2018; 391: 292-294.


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