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No.317 実は難しい軽症喘息の治療

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 7月22日
  • 読了時間: 11分

2025年7月22日


 喘息は、呼吸器疾患の中では極めて頻度の高い病気ですが半数以上が軽症といわれています。しかし、年に1回程度の発作が軽症であってもその時の治療が功を奏しない場合には、死に至ることが知られています[1]。軽症の喘息を甘く考えるべきではありません。

 

 喘息治療の目標は、良好な症状の管理を達成し、喘息の悪化を防ぎ、生活の質を向上させることです[1]。

 基本的な考え方は、喘息症状の頻度と重症度、および悪化のリスクに合わせて治療強度を個別化する必要があります。喘息を持つすべての人にとって、医療者との効果的なコミュニケーション、医療者による継続的な患者教育、および喘息コントロールの定期的な再評価は、長期的な効果を上げるために大切です。診療の質を一定に保つため、GINAと呼ばれる国際的な診療ガイドライン[1]が決められています。


 GINAの中では、重症度を分け、段階的に治療内容を上げていくようになっています。

治療する側の医療者にとっては、分かり易いプロセスですが、やっかいな問題が米国で生じています。軽症と診断されている喘息で、診療ガイドラインをはみ出した形で治療薬が投与された場合、保険会社が支払いを拒否することが起こっているので医療者の側で投薬を控えることが生じている、と言われます。その中で特に、ステロイド薬を含む吸入薬の早期使用が問題化されています。薬価が高価であり、軽症者に対して早期の治療として保険を使って高額な治療の選択を安易にされては困るということでしょう。しかし、喘息に関する研究が進んできた中で早期からステロイド薬を含む吸入薬を使うべきであるという意見が強くなってきています。

 さらに議論を難しくしているのは、ガイドラインには、GINAとNAEPP(National Asthma Education and Prevention Program)の2系統があることです。両者はほぼ一致していますが、軽症の喘息の取り扱い方にはわずかですが意見の相違があります。また、表現上では、「軽症の喘息」と「軽度の喘息」という表現の違いもあります。混乱は医療者だけでなく当然、治療中の患者さんの側に影響があります。


 そこで、軽症でもこのような治療が必要である、ということを証明したのがここで紹介する文献、軽症喘息を対象とした臨床試験です[2]。呼吸器医にとっては、今さら、と思われる結論ですが、米国では保険診療で認めてもらうには改めてレベルの高い雑誌に結果を掲載する必要があります。治験結果は予定期間の半分の期日で証明され、そこで治験は打ち切りとなりました。掲載は、トップ・ジャーナルのNew England J. Medicineであり、2000-2019年まで編集長であった、Jeffery Drazenがわざわざ、自分は、GINAの委員会メンバーであるが、この治験結果に関する判断には金銭的な関わり合いが一切ない、しかし、この結果を支持するという査読編集者のコメント[3]も印象的です。科学論文には珍しく感情表現が出ているからです。論文タイトルにも彼の意見が反映されています。いわく、吸入薬は必要に応じて使用せざるを得ないことがあるので常時、持ち歩きなさいと。本論文の結果は、軽症喘息の治療を保険診療の中で支える根拠として重要と思われます。なお、わが国では、軽症喘息では吸入ステロイドの処方を認めないということはありません。医療者の判断に委ねられています。

 ここでは、軽症喘息をめぐる問題点に関しても情報をお知らせします。




Q. 喘息の問題点は?


・喘息は、あらゆる年齢層に影響を与える深刻な世界的な健康問題である。


・多くの国で、特に小児において、喘息の有病率が増加している。


・一部の国では喘息による入院や死亡者数が減少しているが、喘息は依然として医療制度の大きな負担である。

 

 

 

Q. 最新の喘息治療の方針を定めるGINAの目的は?

 

・GINAは、Global Strategy for Asthma management and Preventionの略である。


・医療における環境の持続可能性を実現するための世界的な取り組みをサポートする組織である。患者の安全に特に焦点を当て、臨床上の優先事項と環境上の優先事項の最適なバランスをガイドラインに反映することを目的としている。


・毎年、世界喘息デーを主催し、喘息への意識を高め、家族や医療従事者への啓発活動を行う地域および全国規模の活動の拠点となっている。


・GINAは、1993年以来、世界中の医療従事者、研究者、患者、公衆衛生当局と協力し、喘息の有病率、罹患率、死亡率の低減に取り組んでいる。


・喘息管理・予防のための世界戦略(GINA戦略報告書)は1995年に初版が発行され、2002年以降はGINA科学委員会により毎年、更新されてきた。この報告書には、入手可能な最新の質の高い科学的な証拠(エビデンス)に基づいた、プライマリケア医、専門医、および医療従事者向けのガイダンスが含まれている。


・喘息による死亡率と罹患率の負担を軽減するため、効果的で品質が保証された医薬品の世界的な供給とアクセスを確保するための取り組みを支援している。




Q. GINAが提唱する喘息の治療方針は?


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軽症の喘息では、ステップ1~2をまとめる見解(上段)と、ステップ1を独立させる案(下段)の2案が併記されている。

ICS=吸入ステロイド薬、SABA=短時間作用型の気管支拡張薬


本論文の考え方は上段に近い。図はGINA報告書に掲載された図の一部のみを紹介している。




Q. 喘息の重症度の分類の問題点は?


・ガイドラインに基づく喘息の重症度の分類では、過去に生じた喘息の症状にもとづく定義が用いられている ➡現在の症状との一致性はあくまでも推定となっている

➡しかし、過去の発作が軽症であっても現在の症状が軽症であるかどうかは不明である。


・分類は、追加の評価が必要で高度な治療を必要とする可能性のある重度の喘息患者の特定を除いて、主に症状のコントロールとの関連性は少ない ➡したがって、重症以外の軽症、中等症の評価は難しい。


・さらに「断続的」喘息と「持続性」喘息の区別が難しい。




Q.  軽度の喘息の治療とは?


・GINAでは、軽度の症状が低リスクと同等であるという印象を与えないように、「軽度の喘息」という用語の使い方に注意している ➡軽度の喘息でもハイリスクのことがある。


・軽度に相当する場合の問題点 ➡吸入療法を使用していない患者あるいは短時間作用型の気管支拡張薬を単独で使用している患者、または低用量の吸入糖質コルチコイドを、気管支拡張薬(緩和療法)を一緒に使用している患者であり、症状と増悪リスクによって定義される。




Q. ときどき起こる喘息とは?


・GINA、米国胸部学会では、根拠が不明であるという理由から「間欠性」喘息および「持続性」喘息と分ける区別に疑問を呈している ➡理由は、この呼び名は、症状がまれな患者は、抗炎症療法が必要ないほど「増悪」のリスクが十分に低い、という誤った安心感につながる可能性がある ➡しかし、観察研究では、急性喘息エピソードの30〜40%、致命的に近い喘息エピソードの15%、および致命的な喘息発作の15〜30%では症状が週未満または過去3か月間の運動のみを報告した患者で発生することが示されている。


 

 

Q.  喘息において患者に与える情報と患者の自己管理するときの要件は?

 

・喘息とは何か、そしてその症状は何か?


・個々の患者の喘息発作の引き金は何か、そしてそれらをどのように軽減できるか?


・喘息の症状を迅速に緩和するために使用すべき薬、喘息のコントロールに使用される薬、そして両方の状況で使用できる薬はどれか?


・患者が使用する各吸入器の正しい技術は何か?


・患者が定期的に吸入薬を使用するのを妨げる障壁はあるか?

もしそうなら、どのような方法が効率的な使用厳守(アドヒアランス)の向上に役立つのか?




Q. 軽度の喘息でも吸入薬で気管支拡張薬とステロイド薬を含む処方を推奨する理由は?


・軽症であっても短時間作用型気管支拡張薬(SABA)単独と比較してグルココルチコイドを含む吸入薬が症状改善と経過を改善するための優位性があることから、GINAでは、軽度の喘息におけるSABA単独の使用を推奨することをやめた。

➡ GINAは、12歳以上の患者に対するすべての治療ステップでレスキュー療法として、吸入糖質コルチコイドと速効型気管支拡張薬を推奨している。


・吸入グルココルチコイドとホルモテロールの固定用量の組み合わせは、米国食品医薬品局によって維持療法として承認されているが、レスキュー療法としての使用は承認されていない ➡この見解をめぐって論文による論争が起こっている。




Q. 軽症喘息を対象とした臨床試験とは何か?


目的:

1)目的は、180μgのアルブテロール(気管支拡張薬)と160μgのブデソニド(吸入ステロイド薬)の2剤を固定用量の組み合わせの製剤を使う。

2)この薬剤を喘息発作のたびに必要に応じて使用することの有効性と安全性を調べる。


本試験では、アルブテロールにブデソニドを追加することで、重篤な喘息増悪のリスクを軽減することの利点を検討した。これが証明されれば、軽症喘息でも治療の開始から合剤を使用することが治療上、必要であり、また妥当性があることになる。


方法:

米国54施設より計5,221人の治験参加希望者から条件に合う、2516人を無作為に、以下の2群に分けた。すなわち、アルブテロール単剤か、アルブテロール+ブデソニドの合剤に割り当て、治験を開始。


出典:文献2を一部修正
出典:文献2を一部修正

結果:合剤の方が、喘息悪化が統計上、有意に低下がみられたので治験期間の終了を待たず、中止した。



図 最初の喘息が悪化するまでの合剤群と単剤群の期間の比較。


出典:文献2より一部修正
出典:文献2より一部修正

 

パネル A:治療有効性集団(主要評価項目)における時間対イベント解析で評価された最初の重症喘息発作を示す。

パネル B:治療意図集団(重要な副次評価項目)における時間対イベント解析で評価された最初の重症喘息発作を示す。

それぞれの下段挿入図は、拡大された Y軸上の同じデータを示している。パネルA(治療有効性集団)の場合、解析にはランダム化治療の中止前または維持療法のステップアップ前の治療期間中に収集されたデータを含めた。

パネルB(治療意図集団)の場合、解析にはこれらのイベントに関係なくすべてのデータを含めた。データは、172件の重症増悪イベントの記録を含む。ハザード比および95%信頼区間は、治療、試験前の喘息治療(短時間作用型β2刺激薬 [SABA] のみ、低用量吸入グルココルチコイドとSABAの併用、またはロイコトリエン受容体拮抗薬とSABAの併⽤)、およびスクリーニング前の12ケ月間の重度増悪回数(0または1回以上)で調整した。


解釈:軽度喘息の治療にもかかわらず病状のコントロールが不十分な被験者において、アルブテロールとブデソニドの併用療法は、アルブテロール単独療法と比較して、重度喘息の増悪リスクを低減した。




 軽症喘息を対象とし、軽症と判断された喘息であってもアルブテロール単剤か、アルブテロール+ブデソニドの合剤の吸入薬の治療効果を比較。アルブテロール+ブデソニドの合剤を最初から使う方が、気管支拡張薬のみの単剤の吸入薬を使用するよりも、治療効果が大きいことを改めて証明する結果となりました。厳密な治験計画の下に実施され、結果が、New England J. Medicine誌に掲載されたことで、FDAは吸入薬の値段に関わらず、初期から使用する認可を与えると予想されます。なお、本治験では、経口薬の抗ロイコトリエン拮抗薬よりも吸入薬の合剤が優れていることも示しています。


 このデータは、治験の本来的な目的が、軽症の喘息であっても最初から気管支拡張薬とステロイド薬の合剤の吸入薬を使うことが治療にかなっていることを証明したものです。保険会社に負担を求めるための根拠となるものですが同時に、使う側の患者さんに合理性を説明する根拠となり、また、処方する医師にも軽症の喘息に対する治療の目的にかなっていることを証明するデータとなっています。論文のタイトルに、軽症者のレスキュー使用と断っていることも印象的です。軽症の喘息でも生命にかかわるレスキュー目的のことがあることを強調しています。

 薬の有効性を証明する治験データは、診断が確実でより重症者を対象とすることが多いのですが、軽症者を対象に約2,500人の参加者で証明し得たのは、臨床データとして貴重です。軽症例は、症状があまりない人たちが多いので経過中に脱落することが多いのですが、統計的に十分に判断できる程度に協力者を得られたことも幸いでした。

 喘息の治療は、治癒というゴールを目指すのではなく、長い経過中を安全に、しかも快適に暮らせるよう、また合併症を早期に診断し、治療の妨げとならないように経過を見守る必要があります。担当する医師にとっても気が許せない長距離競争のような感がします。

 冒頭に書きましたが、軽症の喘息でも喘息死があることを深く認識すべきだと思います。




参考文献:


1. Global Initiative for Asthma (GINA). Global strategy for asthma management and prevention, 2023. Updated July 2023. (Accessed November 8, 2023).


2.    LaForce C., et al.

As-needed albuterol–budesonide in mild asthma rescue use of beclomethasone and albuterol in a single Inhaler for mild asthma.

Engl J Med 2025; 393:113-124.


3. Drazen J.M.

Your combination asthma inhaler — Don’t leave home without it! N Engl J Med 2025; 393:187.


※無断転載禁止

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