2022年7月19日
気管支拡張症は、私たち呼吸器内科医が遭遇することが多い病気です。1990年ごろには肺結核が治癒したあとに肺結核後遺症としての気管支拡張症を多く経験しました。また、その頃には、びまん性汎細気管支炎と呼ばれる難治性の呼吸器疾患がありました。両者とも現在では、減少してきています。
しかし、近年診る気管支拡張症の中には非常に重症の患者さんがいます。多量の喀痰、頻回の増悪による入院、高度の呼吸困難、動脈中の酸素分圧が低下し在宅酸素療法を必要とすることもあります。重症の人がいるのにこの領域の進歩はあまり目立つものがありませんでした。例えば、臨床のトップジャーナルのNew England Journal of Medicineで取り上げている総説は20年前です(Barker AF. Bronchiectasis. N Engl J Med 2002; 346: 1383–1393.)。
最近になり治療薬に関する新情報がみられるようになり、この領域の臨床関連情報は明らかに動き始めています。
わが国では医師の間でもほとんど注目されることはありませんでしたが2022年7月1日、欧米の研究者、患者会が中心となり第1回の世界気管支拡張症記念日が制定されました。
ここでは、制定の目標を述べ[1]、ついで気管支拡張症の概略[2]を説明します。
Q. 気管支拡張症記念日の設立の目的は?
・病気に対する注意を広く社会的に喚起し、適切な情報を提供すること。
・診療レベルを向上させる。医療者でも無視されている気管支拡張症に対する社会的な啓蒙活動を進める。
Q. 推進組織は?
・国際啓蒙組織委員会の発足。
構成メンバーは患者、患者会組織、世界をリードしている専門研究者グループ。
Q. 気管支拡張症の問題点は?
・気管支拡張症は未認知、未診断、未治療、未研究であることが問題という危機感。
・気管支拡張症があっても適切な診断は一般的に10年以上の遅れがあるといわれる。早期診断の遅れがある。
・まれな疾患と認識されている。これは多くの国に共通した無関心の状態。
・適切な時期に治療を受けるのが難しい。その結果、予後は悪化する。
・診断と治療の遅れは医療費を含め患者の医療負担が増える。
・頻度、原因、臨床像が基本的に不明である。気管支拡張症の病気そのものに国際的な地域差が大きい。
・気管支拡張症は小児患者と成人患者があるが両者ともに医療負担が大きい。
Q. 新しい治療法の開発で期待できることは?
・新しい治療により症状の改善があるか。QOL向上、増悪防止、疾患進行、治療負担減などの効果が期待できる。
・新規治療 ➡吸入あるいは経口薬の効果の検証。国ごとの差異はありうる。
Q. 臨床的な問題点は?
・基礎疾患(例えば免疫不全など)の解明が必要である。
・気道内を清浄化する「クリアランス」治療の向上、リハビリテーションの推進。しかし、現在でも一部の地域でしか利用できない。
・COVID-19のパンデミック ➡咳が関係するような検査や治療が感染防止の見地から行いにくい状況となった。
・呼吸リハビリテーション、胸部CT, 精密な肺機能検査、ネブライザー治療、運動療法のすべての項目の実施がコロナ禍の中で困難となった。
・新しい治療により症状の改善があるかどうかの検証が必要である。
・研究者が少ないうえに研究費が乏しい。
・気管支拡張症にかかわる基礎研究を充実させる必要がある。その項目とは基礎炎症、ウィルス、ワクチン、気道リモデリング、薬剤の治験など。
Q. 記念日制定の意義は?
・記念日の意義 ➡患者、臨床医、研究者、専門委員会のそれぞれの立場への啓蒙活動。
・欧米では気管支拡張症の患者の登録開始から10年経って成果が生まれ、研究が進んだ。
・国内および国際的なガイドラインの整備を進める。
・記念日は世界の架け橋であり、国際的な共同研究の推進の意味合いを持つ。
以下に気管支拡張症の概略を示す[2]。
Q. 気管支拡張症とは何か?
・生後に太い気管支および細い気管支の壁の構造が壊れ、病的に拡張した状態を示す。先天的な疾患ではなく生後に生ずる後天的な疾患である。
・病的に拡張した気管支は感染を起こしやすく、喀痰が出にくくなり、気管支の中の空気が流れにくく、気流閉塞を起こしやすい。
Q. 原因は?
・多様な原因で発症する。異物を誤嚥し気道が閉塞状態となり長期間経過した場合。免疫能が低下し気道感染がおこりやすくなった場合。欧米人に多い遺伝的な異常による嚢胞性線維症、リウマチ性など膠原病による全身性疾患の一つとして気管支拡張症を起こす場合、気管支の壁の表面の細胞が有する繊毛の遺伝的な異常。重い肺炎の後遺症。アレルギー性気管支肺アスペルギルス症など多様である。
Q. 臨床症状は?
・古くから知られている症状は、ほぼ毎日のように咳こみ、粘液性で膿性の粘り強い痰がでる。季節に無関係であり、数か月間から数年間持続する。時々、発熱や血痰を伴うことがある。
・その他の呼吸器症状には息切れ、喘鳴があり、炎症が胸膜に接する場合には胸痛がある。
Q.検査方法は?
・診断に至る検査の目的は、画像診断、治療の可能がある場合を想定した特定の原因精査および肺の働き、全身的な機能評価を行う。具体的には胸部CT画像、痰の中に含まれる細菌の検査、肺機能検査などがある。
・診断確定までの初期の血液検査では通常の血液生化学検査として免疫グロブロン(IgG, IgM, IgA)に異常がないかどうかの確認。喀痰の検査では細菌の種類、抗酸菌(結核菌、非結核性抗酸菌)、真菌のチェックが必要である。
・胸部CT画像では、病的な気管支拡張所見の有無を確認する。拡張が疑われる場合とは、気管支の内腔が並行して走行する血管の直径の1.5 倍以上の場合が目安である。さらに気管支の走行方向の断面が路面電車の線路状に見える場合、気管支の内腔に痰など粘液が充満している場合には気管支拡張症を強く疑う。
・肺機能検査:閉塞性換気障害(肺活量が正常あるいは減少に加え、1秒間に吐き出せる空気量(1秒量)が減少していることが多い。気管支拡張症が進行してくると肺活量が著しく低下してくる。
・重症の気管支拡張症では、肺活量が著しく低下する拘束性換気障害を呈する。
・重症例では、動脈血中の酸素不足(呼吸不全)となる。
気管支拡張症は、発症年齢で中高年期か、小児期かに分かれます。後者の代表は嚢胞性線維症ですが日本人にはほとんど認められません。多いのが中高年層の気管支拡張症ですが特に女性でみられるのは非結核性抗酸菌症を合併している場合です。緩やかに進行することが多く、重症の場合には治療に苦慮することがあります。新薬を用いた治験データが報告されています。
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