No.319 寿命を延ばす方策はあるか?
- 木田 厚瑞 医師
- 2 日前
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2025年8月18日
「不老長寿」は「人類の永遠の夢」とも言われてきました。秦の始皇帝は万里の長城の整備・増設や、等身大の兵馬俑など世界遺産として後世に残ることになった大事業を行いました。この始皇帝にとりいったのが徐福(あるいは徐市)です。徐福は、東の海に伝説の蓬萊山など仙人が住む山(三神山)がある、と説きます。始皇帝は巡遊で初めて海を見たと考えられ、その神秘性に魅せられ、徐市の提言を許可して数百人(数千人?)の童子・童女を連れ不老不死の探査を指示。伝説では、日本にたどり着き、そこに定住したともいわれています。しかし、自身は、49歳で死亡しています(紀元前259年 - 紀元前210年)。結局、太く短く生きたということでしょう。始皇帝が生きた時代から2000年以上の時が経ったいま、老いにあらがい、健康に生きられる時間を少しでも延ばそうという研究に、巨額のマネーが投じられ、世界の一流の研究者たちがしのぎを削っています。ある世界的な研究者は「老化を遅らせ、寿命を延ばす『抗老化』は、もはやサイエンス・フィクションではない」と熱く語ったといいます。抗老化薬がもし、完成したら間違いなくビック・ビジネスとなるからです。 世界の研究者たちは、どうやって老いに立ち向かおう、としているのか。そこにある課題はなにか。研究の動向を紹介します[1]。
Q. 加齢と慢性疾患が発症する機序との関連は?
・加齢現象は、先進国では、主要な慢性疾患の最大のリスク要因であり、途上国ではさらに高まっている。
・思春期以降、身体機能は年齢とともに徐々に低下する。これに一致して死亡率は指数関数的に増加し、思春期以降は約7~8年ごとに倍増する。この指数関数的な増加は、中年期以降に始まる慢性疾患による病気や身体障害、および死亡率の上昇と一致する(図1)。グラフは因果関係を示唆している。

図1. 老化と慢性疾患の関係。
加齢とともに慢性疾患の患者数がどのように増加していくかを示している。
主要な慢性疾患の発⽣率を、心血管疾患(青色の線)、がん(赤色の線)、認知症(AD)(灰色の線)、インフルエンザ関連の入院(緑色の線)の別で示した。年齢とともに指数関数的に上昇していく。
癌は、45歳以降増加し、60歳以降80歳までは直線的に増加していくが80歳以降は減少していく。
心血管病変は、70歳以降は直線的に増加していく。
インフルエンザ関連、新型コロナウィルス感染症類似の感染症は80歳以降、増加していく。
認知症(AD)は、70歳以降、増加していく。
Q. 老化研究の問題点は?
・生物学的な老化プロセスに伴う社会的および医学的なコストはすでに高額化しており、今後、数十年で急速に増加し、世界中の社会に新たな課題を生み出すと考えられる。巨大ビジネス化している。
・近年、老化研究は急速に進歩した。進行性の機能障害、健康状態の低下、死亡率の上昇の根底にある根本的な有害な構造的および生理学的変化(老化による損傷)についての理解が広がり、細胞や実験動物を使い生物学的なプロセスに介入することができた。
・世界的な高齢人口増加に伴う危機を未然に防ぐために、これらの科学的な知見を高齢化する人たちへの介入に応用し、老化によるダメージを遅らせ、阻止し、さらには回復させるための方策を考える必要がある。
Q. 高齢化と慢性疾患の問題点は?
・高年齢は、先進国のほとんどの主要な慢性疾患の最大のリスク要因であり、発展途上国ではますます増加している。
・思春期以降、機能は年齢とともに徐々に低下し、死亡率は指数関数的に増加し、思春期以降は約7~8年ごとに倍増する。
・指数関数的な増加は、中年期以降に始まる慢性疾患による病気、障害、および死亡の発生率の進行的でほぼ同期的な上昇として現れ、カジュアルな関係ではなく因果関係を示唆する。

図2. 老化により身体の変性を遅延させる理論的な方策。
図は、加齢性変性による発症を平均7年先に延ばすという目標を達成するためにどのような介入をしたら良いかの軌跡を介入方法に占めしたものである。
図A: 死亡率の指数関数的上昇、図B:生存率の観点から比較したものである。
黒色の軌跡は、従来の生活習慣を変えない生活、すなわち介入が行われない場合のシナリオを示す。
黄色の軌跡:栄養介入やその他の公衆衛生上の介入は、早期から(理想的には出生前の胎児の段階から)積極的に実施する必要がある。
紫色の軌跡:代謝介入は、早期から実施すれば、老化によるダメージの蓄積速度をわずかに遅らせることができる。
緑色の軌跡:代謝介入を中年期からのみ実施する場合は、この速度を少なくとも半分に減らす必要があり、これは困難な課題である。
青色の軌跡:高齢期に入ってからの進行を遅くし、再生療法につなぐ遅発性再生療法は、老化による初期レベルのダメージを大幅に回復させ、その後は正常状態を維持させることで生物学的老化を遅らせるが、十分に包括的に実施することは困難である(青)。
赤色の軌跡:遅発性代謝アプローチと再生アプローチをより控えめに組み合わせる方法が最も扱いやすく、健康な生産寿命を同等かそれ以上に延長できる可能性がある。すなわち、最も現実的な対応策である。
Q. 老化の進行とは?
・過去20年間の研究から得られた結論は、老化は緩めることができる可能性がある。具体例では、最大寿命は固定的ではなく、カロリー制限など食事操作または遺伝子操作が可能である。これらの治療介入は一般に、老化による分子的および細胞的損傷の生成を減らし、修復を強化し、老化に対する耐性を強める。
・老化現象は、分子、細胞、組織レベルでの体の構造の有害な変化が生涯にわたり、進行し、蓄積していく。その結果、老化による損傷は、主に正常な代謝の有害な副作用として発生し、環境毒素や不健康なライフスタイルによって悪化する。
・老化による損傷は、特定の生体分子の機能を損なうことによる直接的あるいは間接的に細胞あるいは、全身の応答のいずれかで病的な損傷変化を起こす。
➡ 損傷が蓄積すると、生物は機能、恒常性、可塑性が徐々に低下し、生存能力と環境障害からの回復能力が低下していく。
・これらの変化は、病因論的に特定の加齢性疾患に寄与すると同時に、生体の脆弱性を高め、罹患率と死亡率を増加させる。
Q. 生物学的老化が治療できる可能性について?
・過去20年間の研究から得られた結論は、老化は治療で変化することである。
・最大寿命は固定されているのではなく、食事操作[特にカロリー制限]または遺伝子操作[特にインスリン/インスリン様成長因子-1シグナル伝達(IIS)の抑制]により調節でき➡ これらの介入は⼀般に、老化による分子的および細胞的損傷の生成を減らし、修復を強化し、および/または耐性を高める。モデル生物での「健康寿命」を評価する能力は依然として不完全であるが、これらの実験では一般的に、「若々しい」機能を維持し、加齢性疾患の発生率を減らすことが判明している。
Q. 老化研究で期待されることは?
・退行老化プロセスへの治療介入が奏功すると加齢に伴う障害の出現と医療費の上昇を遅らせる。
・予測される社会的コストと世界的な人口統計学的老化の課題を軽減できる可能性がある。
・元気で就労可能な群が増え、虚弱な群が減ることにより、虚弱な高齢者の亜集団を支えるための費用負担が減り、利用可能な資源が拡大する。総人口が減少していく移行の重要な時期にその亜集団の相対的な規模を縮小することになる。
・生物学的老化への介入から得られる利益は、発症を遅らせるだけでなく、加齢性疾患の絶対的な最終的な負担を減らすことができれば、さらに大きくなる可能性がある。
・1980年代に独立して行われた経済モデルでは、生物学的老化の速度を遅らせる介入試験により、さらに大きな経済的利益が期待できることが示された。
Q. 抗加齢研究で著者たちが計画する研究内容は?
・年齢に伴う加齢変化を減速、阻止、および逆転させる治療法の開発に焦点を当てた総合的な老化研究テーマが以下の項目の予防的な治療が考えられる。
1) 増殖性、恒常性の喪失。
2) 神経変性。
3) 核DNAとミトコンドリアDNAの両方における体細胞変異。
4) 遺伝子発現の非適応的変化。
5) 免疫老化。
6) 非適応性炎症。
7) 細胞外環境の変化。
・加齢に伴う変化を改善するために、進行中の従来の疾患中心の医療革新に加えて活用すべき3つの広範な介入研究として以下がある。
1)環境毒素への曝露の減少と公衆衛生の改善による他の危険因子の改善。
2)加齢に伴う変化に寄与する代謝経路の調節となる治療法の開発。
3)既存の老化損傷の修復、除去、または交換、またはその病理学的後遺症からのデカップリングを受け入れる、より広く考えられた再生医療。
Q. 老化治療の3つの戦略とは?
以下の3つの対策が考えられる。
1.公衆衛生とライフスタイルの改善。
2.疾病リスク因子の医学的制御(すなわち治療の開始)。
3.従来型の現在の伝統的な疾患指向の医療の継続。例えば、高血圧や糖尿病に対する治療。
Q. 最も効果的な介入は?
・介入が最も緊急とされる後期中年集団では限界がある(治療開始が遅すぎる)。
・改善は、人生の比較的早い時期、特に発達期に適用した場合に最も効果的である。
後の人生では、環境の影響が減少する。
➡ 早期老化防止の治療は幼若期から開始する必要がある。
Q. 高齢者のリスクと若年者のリスクの違いは?
・若年者では肥満、高血圧、高インスリン血症などは確立されたリスク因子であるが高齢者では有害な転帰との関係は、しばしば大きさが減少するか、逆転することさえある。これらの変更の原因と影響は、多くの場合、不明である。
・一部は、密接に関連する2つの現象間の因果関係が、実際の現象の逆であると誤って解釈される「逆因果関係」の結果である可能性がある。
➡ 例えば、高齢者の軽度の太りすぎは、平均余命の延長と関連している。しかし、これは過剰体重の保護効果を示すものではない。高齢者の痩せは、むしろリスクとなり、それ自体が体重減少を引き起こす病状(癌、COPD、うつ病など)または悪液質(消耗症候群)およびサルコペニア(筋肉量の減少)の結果であることが多い。
・寿命の延長は容易に定量化できるが、加齢に伴う機能低下(健康寿命の短縮)への影響を評価することは困難であり、特性評価は限られている。したがって、高齢者の健康と機能改善の利点は、依然として不確かである。 さらに、加齢に伴う、代謝経路の調節は、通常、免疫力の低下、骨量の減少、寒さに対する脆弱性、生殖能力の低下など不明の点が多い。
Q. 高齢者医療に関わる研究の方向は?
・65歳以上のより多くの人を臨床試験に参加させる取り組みが必要である。治療薬は、高齢者に最大、投与されているが高齢者での効果、副作用のデータは限られているのが現状である。
➡臨床試験では高齢化の影響は非常に過小評価されており、他の加齢性疾患の負担を理由に、しばしば試験から不当に除外されている。
・高齢者の排除は、従来の医学検査の大きな問題であり、晩年の加齢に伴う変化を遅らせたり、逆転させたりすることを目的とした薬剤の評価はほとんど排除されている。➡既存のシステムの弱点に対処するための包括的な改革が必要である。米国老年医学会および米国老年精神医学会からの提言がある。
・現在の老年者での効果を検証するためには、高齢者集団を対象とした治療法の試験が組まれるべきである。
➡若い世代で検証した結果を高齢者集団にあてはめる考え方は適切とはいえない。
本論文は、2010年の発表ですが、この当時より現在では、さらに若返りの薬への一般の期待は高まっています。TVでお茶の間に送られてくる話題の多さがそれを裏付けています。著者たちが記載しているように若返り薬の実現性と期待値は高いものではありませんが断片化した情報はあります。皮膚の若返りはできても脳や心臓はどうか、という根源的な問題点は解決されていません。この論文が予見したように老化防止の治療薬の開発、進歩は現時点でもわずかにとどまっています。
現時点での抗加齢の情報は、断片的であり、したがって、高齢期に多い慢性疾患の早期発見、早期治療が原則であることは本論文の主張の通りです。
秦の始皇帝が夢みたような長寿薬は科学万能の現在であっても、熱い希望をかけられながら実現の見通しは進歩していません。現在の身体を十分に大切にし、軽い病気のうちに注意を守り、必要な治療を開始し、悪化を防ぐという戦略こそが実現性がもっとも高い医療と言えそうです。特に呼吸器疾患の多くがこの治療方針に相当します。
参考文献:
1.J. Rae J. et al.
The demographic and biomedical case for late-life interventions in aging. Science Translational Medicine 2010; 2(40): 1-6.
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