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No.316 増加している喘息とアトピー性皮膚炎の背景因子と将来予測

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 1 日前
  • 読了時間: 13分

2025年7月14日


 喘息やこれに深く関係するアトピー性皮膚炎は、ほこりやダニが多い住まいに深く関係していると言われてきました。畳の上の生活は今では、少なくなり、住居はすきま風が入るような昔とは違い、気密性が高くなってきました。衛生環境は格段に良くなってきたのに喘息やアトピー性皮膚炎の患者さんは増え続けています。


 患者さんや家族が苦しむのは症状だけでなく、長年の治療に必要な医療費負担も大きなものになりつつあります。喘息、アトピー性皮膚炎は、この40年間に世界全体では、どのように変化してきたのか、いまのままでいけば2050年ごろには、有病率、罹患率、DALY(Disability-adjusted life year:障害調整生命年)、死亡率などはどうなっていくのだろうか、そして、その対策はどうすればよいのか、について報告した論文[1]を紹介します。統計結果から、その背景を読み取ろうとしています。途上国に現在、生じている問題は、やがて過去の富裕国と同様な軌跡をたどる可能性があり、他方、富裕国で現在、生じている問題の将来像は読み取りにくいのが実態です。

 

注)障害調整生命年(DALY)とは、病的状態、障害、早死により失われた年数を意味した疾病負荷を総合的に示すものである。

 



Q. 喘息とアトピー性皮膚炎の問題点は?


喘息、アトピー性皮膚炎は、世界中のあらゆる年齢層の人々にとって、大きな健康損失、経済的負担、そして苦痛の原因となる一般的なアレルギー疾患である。




Q. 論文の目的は何か?


・2021年度の世界疾病、傷害、疾病負荷(GBD)の一環として、喘息、アトピー性皮膚炎そして修正可能な危険因子に起因する負担に関する最新の推定値を提示し、2050年までの有病率予測を提示する。


注)世界中で疾病により失われた生命や生活の質の総合計を疾病負荷(GBD: Global Burden of Diseases)という。




Q. 解析の方法は?


・1990年から2021年までの204の国と地域における喘息およびアトピー性皮膚炎の有病率、罹患率、DALY、死亡率、ならびに対応する95%不確実性区間(UI)を推定した。

・系統的レビューにより、すでに報告されているデータを利用した。喘息については389の情報源、アトピー性皮膚炎については316の情報源からデータが特定され、ベイズメタ回帰分析を用いてさらにデータを統合した。


・4つの修正可能なリスク因子(肥満度の目安としてBMI、職業性喘息に関わる誘発因子、喫煙、二酸化窒素による大気汚染)に起因する喘息の年齢標準化DALY率についても説明した。

 

・二次分析として、社会人口統計指数(SDI)、大気汚染、喫煙を喘息およびアトピー性皮膚炎の予測因子として用い、2050年までの有病率を予測した。


・COVID‑19パンデミック前(2010~2019年)とパンデミック中(2019~2021年)における喘息およびアトピー性皮膚炎の負担の傾向を評価するため、平均年間変化率(AAPC)を比較した。




Q. 調査の結果は?


・2021年には、世界中で喘息患者が約2億6,000万人、アトピー性皮膚炎患者が約1億2,900万人と推定された。


・喘息の症例数は1990年の2億8,700万人から2005年の2億3,800万人に減少したが、2021年には2億6,000万人に増加した。


・アトピー性皮膚炎の症例数は1990年の1億700万人から2021年の1億2,900万人に一貫して増加している。

ただし、年齢で標準化した有病率は、喘息で40.0%減少、アトピー性皮膚炎は8.3%減少。  


・2021年には、喘息とアトピー性皮膚炎の負担はSDIグループ間で大きなばらつきがあり、年齢標準化DALY率が最も高かったのは喘息では南アジア(10万人あたり465.0)、アトピー性皮膚炎は高所得の諸国で多い(10万人あたり3552.5)。


・COVID‑19パンデミックの間、喘息の有病率の低下は停滞していた。しかし、同時期のアトピー性皮膚炎の有病率には有意差はなかった。


・修正可能なリスク要因は、世界の喘息は、DALY負担の29.9%を占めており、その中でも高BMI(Body mass index)(=肥満)が最大の要因(100,000人あたり39.4)であり、次いで職業上の喘息誘発因子(100,000人あたり20.8)が世界の全地域で続いている。


・高BMIに起因する喘息の年齢標準化DALY率は高SDI環境(富裕国)で最高であったが、職業上の喘息誘発因子の寄与は低SDI(途上国)環境で最高であった。

➡ 先進国の喘息は肥満に関係職業上の喘息誘発因子は途上国に多い。


・予測モデルによれば、2050年には喘息患者数が 2億7,500万件、アトピー性皮膚炎患者数が1億4,800万件になると予想される。


・年齢標準化有病率は2021年から2050年までには安定すると予想される(喘息では‑23.2% 、アトピー性皮膚炎では‑1.4%)。




Q. 将来の予測は?


・喘息およびアトピー性皮膚炎の症例数は2050年まで増加し続けると予想されるが、年齢標準化した有病率は横ばいか、減少傾向になると予測される。

➡世界的な負担のかなりの部分は、環境要因の改善など修正可能なリスク要因への取り組みによって管理できる可能性がある。

➡さらに、リスク要因の負担への寄与は SDIによって大きく異なるため、特定のSDIの状況に合わせた対策が必要であることが示唆される。

➡今後、喘息およびアトピー性皮膚炎に罹患する、と予想される患者数の増加は、喘息およびアトピー性皮膚炎のリスク要因に関する理解を深め、世界的に一般化可能な疾患の有病率データを収集することが不可欠であることを示唆している。




Q. 本研究から得られた結果から読み取れることは何か?


・本研究では、2021年版GBD(世界保健計画)の推定値を分析し、喘息 およびアトピー性皮膚炎の現在の負担に関する最新の推定値(有病率、発症率、死亡率、DALYを含む)と、2050年までの疾患有病率予測を提示した。


・近年、喘息およびアトピー性皮膚炎の症例数は増加しているものの、年齢標準化有病率は経時的に低下している。喘息の有病率が高いほど社会人口統計指数(SDI)も高くなるのに対し、DALY負担はSDIと逆相関していることが明らかになった。


・それに比べて、アトピー性皮膚炎の有病率とDALYが高いほど、SDIも高かった。


・環境の改善など、政策により修正可能なGBDリスク要因は、世界の喘息DALYの約30%を占めており、これはリスク要因を修正することで軽減できる喘息負担の割合を示している。


・高BMI(肥満)は 世界的に最も重要な要因であり、特にSDIが高い富裕国環境で顕著だった。対照的に、喫煙と職業性喘息の原因となる喘息は、資源の限られた環境で有意に高かった。


・COVID‑19パンデミックの間、喘息の有病率には有意差があったが、アトピー性皮膚炎の有病率には有意差はなかった。


・入手可能なすべての証拠の意味 喘息やアトピー性皮膚炎の負担は1990年から2021年の間に減少しておらず、2050年の予測では疾患の絶対数が大幅に増加すると予測されている。


アトピー性皮膚炎のリスク要因に関する推定値は不足しており、国レベルまたは地域レベルで標準化されたデータの収集を強化することが緊急に必要である。




Q. 喘息とアトピー性皮膚炎の関連性は?


・喘息とアトピー性皮膚炎は、それぞれ気道と皮膚のアレルギー性疾患であり、上皮バリアの破壊、遺伝、アレルギー感作、環境誘因といった共通する根本メカニズムを特徴としている。これらの疾患は進行性であることが多くアトピー性皮膚炎の患者は特定の年齢で喘息やその他のアトピー性疾患を発症する可能性がある➡ 年齢の標準化データでは減少を予想している。


・症状が数年間持続する人もいるが、年齢を重ねるにつれて症状が改善する人もいる。これらの疾患は小児期の症状と誤解されることが一般的であるが、特に喘息は、高齢者の患者において若年者と比較して死亡率と罹患率を高める可能性がある。




Q.アトピー性皮膚炎、喘息の増加と対策は?


・世界的な高齢化の傾向、人口動態の変化、環境およびライフスタイルのリスク要因への露出への増加を反映している。さらに、影響因子として温暖化、環境因子の複雑化が挙げられる。その中で改善が可能なリスク要因は、世界の喘息負担30%を占めており、これらのリスク要因を修正することで負担を軽減するための公衆衛生イニシアチブ、すなわち政策の潜在的な効果を浮き彫りにしている。


・リスク要因の中で、肥満は世界の喘息負担への最大の寄与要因であり、その寄与は特にSDI(社会•経済•環境指標)が高い地域で顕著である。対照的に、喫煙および職業性喘息誘発因子に起因する年齢標準化DALY喘息率は、資源の乏しい国で最も高く、これは、政策立案者が特定のSDI状況に応じて、個別化された予防および介入アプローチを実施する必要性を示唆している。



 

Q.本論文から読み取れることは?


世界的な喫煙率の低下に伴い、肥満は新たなリスク要因となり喘息症例数の増加にさ らに寄与する可能性が高い。


・アトピー性皮膚炎の場合、リスク要因は農村部と都市部で大きく異なり都市化が大きな課題をもたらしている。


大気汚染、食生活の変化、心理的ストレスといった要因は、西洋化の副産物として、アトピー性皮膚炎のリスク増加に多因子的に寄与している。


気候変動は湿度やアレルゲンの分布の変化にもつながり、感受性の高い集団におけるアトピー性皮膚炎のリスクをさらに悪化させる可能性がある。


・喘息とアトピー性皮膚炎は小児期の疾患として見過ごされがちであるが、本研究では年齢別の推定値で成人期を通して増加が示されており、これは以前の研究と一致している。


高齢者の喘息とアトピー性皮膚炎については、文献での調査や報告があまり行われていないが、成人期よりも多い


・先行研究の結果を再現し、男子は、小児期では喘息の負担が大きく、思春期以降は回復するのに対し、女子は生涯を通じてアトピー性皮膚炎の負担が大きいことを示した。


・喘息の負担における男女差は十分に確立されており、女子における思春期の性ホルモン変動や肺の発達の違い、特に不適応成長(dysapsis)との関連が指摘されている。特に男子は女子よりも気道サイズと肺容量の不一致が大きい。


・アトピー性皮膚炎の負担における男女差については依然として議論の余地がある。一部の研究で観察された男性のアトピー性皮膚炎の負担が高いことは、サーベイランスバイアスと関連している可能性があり、症例ごとの診断の正確さによって大きく左右されることもある。さらに、思春期および更年期における女子のホルモン変化もアトピー性皮膚炎の発症率と重症度に影響を与える可能性がある。


・SDIと喘息およびアトピー性皮膚炎の負担との間には明確な関連性が認められた。SDIが高い国では、喘息およびアトピー性皮膚炎の年齢標準化有病率が高かったものの、年齢標準化DALY率では対照的な結果を示した。 喘息による年齢標準化DALY率はSDIが低い環境では高いと推定されたのに対し、アトピー性皮膚炎によるDALY負担はSDIが高い環境では高いと推定された。これらの知見は、低資源国の喘息患者は、医療へのアクセスの制限や社会経済的要因(例:所得や教育)に起因する可能性が高いことを示唆している。


・アトピー性皮膚炎は通常は死亡に至らないため、裕福な国では有病率が高く、DALY負担が大きくなる。重要なことは、COVID‑19パンデミックの間、喘息の有病率と発症率には大きな差があったものの、アトピー性皮膚炎の発症率には差がなかったことである。これまでのいくつかの研究では、SARS‑CoV‑2を含む呼吸器ウイルス感染と喘息の発症または増悪との関連が示唆されている。呼吸器ウイルス感染は上皮バリアの完全性を破壊し、炎症性サイトカインを産生することで喘息の発症または増悪につながる可能性があることが知られている。


・喫煙に起因する喘息の負担を軽減するには、教育キャンペーンを通じて国民の意識を高め、ニコチン中毒の個人をサポートし、タバコの価格を上げて煙草への支出を減らし、禁煙につなげるなど、多面的なアプローチが必要である。

・アトピー性皮膚炎については、世界的に年齢標準化有病率が低下しているにもかかわらず、204の国と地域のうち42の国と地域では増加傾向が見られた。



図1:  1990年から2021年までの喘息(A)とアトピー性皮膚炎(B)の年齢標準化有病率の変化率。            

出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正

図2:  2021年における国別の喘息およびアトピー性皮膚炎の年齢標準化有病率、DALY率、およびSDI(社会人口統計指数)。

(A)    喘息の年齢標準化有病率(SDI別)。(B)喘息の年齢標準化DALY率(SDI別)。(C)アトピー性皮膚炎の年齢標準化有病率(SDI別)。(D)アトピー性皮膚炎の年齢標準化DALY率(SDI別)。DALY=障害調整生存年。SDI=社会人口統計指数。          

出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正

図3:  COVID‑19パンデミック前とパンデミック中の喘息(A)とアトピー性皮膚炎(B)の年齢標準化有病率(GBD地域別) AAPC=平均年間変化率。GBD=世界の疾病、傷害、および危険因子の負担に関する研究。     

出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正

図4:  1990年から2021年までのSDIレベル別喘息の4つの危険因子に起因する年齢標準化DALY(障害調整生命年率)の推移。SDI=社会人口動態指数。

出典:文献1を一部修正
出典:文献1を一部修正



Q.将来の問題点は?


・1990年から2021年まで、喘息とアトピー性皮膚炎の負担の減少は実現されておらず本研究では、SDIが高い環境での疾患負担に対する肥満の寄与はすでに大きく、さらに増加していることが確認された ➡ 肥満対策の重要性。


体重減少によって気道過敏性と喘息コントロールが改善する可能性があることが報告されている。そのため、肥満と喘息のある患者に対する生活習慣の減量介入と肥満集団における喘息の注意深いモニタリングは、富裕国における喘息負担の軽減に役立つ可能性がある。


・対照的に、職業上の喘息因子と喫煙は、高所得国よりも資源の限られた環境で喘息負担への寄与が高いことが示されている。主な予防策としては、職場での曝露の制御と、職業上の喘息原因物質が喘息の負担に与える影響を最小限に抑えるための教育および管理の改善が含まれるべきである。


・喫煙に起因する喘息の負担を軽減するには、教育キャンペーンを通じて国民の意識を高め、ニコチン中毒の個人をサポートし、タバコの価格を上げてタバコへの支出を減らし、禁煙につなげるなど、多面的なアプローチが必要である。


・アトピー性皮膚炎については、世界的に年齢標準化有病率が低下しているにもかかわらず、204の国と地域のうち42の国と地域では増加傾向が見られた。これらは主にSDI(重症度指数)が低い国で発生しており、専門医の不足、医療システムの限界、アトピー性皮膚炎治療費など、この環境におけるアトピー性皮膚炎管理の大きな課題に対処している。




 本研究では、喘息、アトピー性皮膚炎という、個人が有する危険因子と外部の環境因子の関わりについて、これまでに発表されてきた膨大なデータを元に将来の予測をしています。

 大気汚染に伴う二酸化窒素汚染、職業上の喘息の原因物質、喫煙に起因する喘息の負担についての関わりが問題です。現在の推定値に加え、この疾患の将来的な負担を理解することは、医療従事者、政策立案者、研究者など、様々な関係者にとって極めて重要です。特に、空気中のアレルゲンなどの環境誘因への曝露の増加は、時間の経過とともにアレルギー症状を悪化させる可能性があるため、将来の負担を予測することが不可欠です。

 

 肺も皮膚も常時、外界の空気に接しているという共通点があります。喘息管理の主な目標は、喘息症状の制御を最適化し、喘息増悪のリスクを減らし、薬の副作用を最小限に抑えながら肺機能を維持することです。喘息が十分にコントロールされている人は、呼吸による制限なしに、睡眠、仕事、学校、遊び、スポーツなどの通常の日常生活に参加できるはずです。喘息管理の4つの重要な要素は、患者教育、喘息の引き金への曝露の最小化、症状や肺機能の変化のモニタリング、および薬物療法です。

 他方、アトピー性皮膚炎(AD)は、慢性の掻痒性(かゆみを伴う)炎症性皮膚疾患で、一般的には子供と大人の両方が罹患しています。ADは、多くの場合、免疫グロブリンE(IgE)の血清レベルの上昇とアトピーの個人歴または家族歴と関連しており、湿疹、喘息、アレルギー性鼻炎などの障害群の素因を表しています。環境アレルゲンまたは食物アレルゲンに対する感作は明らかにADと関連していますが、ほとんどの患者さんでは原因因子ではないようですが、重篤な疾患または季節性再燃のある患者さんのサブグループでは寄与因子である可能性があります。

 喘息とアトピー性皮膚炎は、多くの点で重なりあっている部分が多くみられます。本論文は、途上国、富裕国のそれぞれの問題点が、両疾患にどのように関わるかを、解明した点がユニークです。




参考文献:

1.     GBD 2021 Asthma and Allergic Diseases Collaborators*

Global, regional, and national burden of asthma and atopic dermatitis, 1990–2021, and projections to 2050: a systematic analysis of the Global Burden of Disease Study 2021.

Lancet Respir Med 2025; 13: 425–46

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