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No.324 大気汚染と子供の喘息発症はどのように関係するか?

  • 執筆者の写真: 木田 厚瑞 医師
    木田 厚瑞 医師
  • 9月12日
  • 読了時間: 8分

2025年9月12日

  

 世界保健機関 (WHO)によれば2019年にはPM2.5による大気汚染が原因となり世界で420万人以上が死亡したと言われます。莫大な被害者数です。1ミクロンは、1㎜の1,000分の1を意味します。現在では、微粒子による大気汚染が深刻化しています。微粒子は肺胞構造を通過し、全身の血管系に入り、多くの臓器に深刻な影響を与えます。さらに、近年では大気汚染だけでなく、密閉に近い状態の室内汚染も問題となっています。きれいな空気だけを選んで吸うということはできませんから全世代が犠牲になる可能性があります。


 喘息は代表的な呼吸器疾患であり、複数の環境および遺伝的影響の間の複雑な相互作用から発症する可能性があります。喘息の多くの危険因子は、主に関連研究を通じて特定され ています。現在、考えられている喘息の危険因子は、喘息の発症年齢、曝露のタイミング、喘息の発症に対する行動によって異なります。多種にわたる危険因子のほとんどについて、喘息を発症させないために危険因子を減らせるかどうかの程度は不明です。

 ここでは、近年の大気汚染の問題点を述べ[1]、ついで喘息との関連について最近の論文を紹介します[2]。




Q. PM成分とは何か?


大気汚染物質にはオゾン(O3)や粒子状物質(PM)、一酸化窒素(NOx)、硫酸塩(SO4)などが含まれる。近年の研究では、黒色炭素(BC)、SO4、硝酸塩(NO3)、カリウム(K)などのPM成分が喘息などの健康への影響に及ぼす影響に注目し始めているが、ほとんどの研究は各成分の影響を個別に検討しており、混合物として検討しているわけではない。PMは、金属と有機化合物の複雑な混合物であり、その濃度は相関関係にある。




Q. 喘息と粒子状物質(PM2.5)の関係は?


・喘息は、広い地域にみられる慢性呼吸器疾患である。大気汚染、特に空気力学的直径2.5μm未満の粒子状物質(PM2.5)とオゾン(O3の影響を受ける。


・多くの研究により、これらの汚染物質と喘息症状の悪化との関連性が明らかにされており、喘息の悪化による入院や救急外来受診の増加につながっている。


・PM2.5およびガス状汚染物質全体の健康への影響は十分に知られているが、  PM2.5の特定の成分が喘息の増悪に及ぼす影響、およびそれらが他の大気汚染物質と相まって及ぼす影響については、依然として十分な知見がない。




Q. 子どもに影響する大気汚染の現状は?


・一例として16年間 (1970年代半ばから1990年) にわたって14年間、追跡された米国、6つの都市の人口の縦断的研究では、大気汚染の増加は死亡率の増加と関連していた。この死亡率の増加は、微粒子汚染の増加と最も密接に関連していた。


・全体的な大気質が良好な地域では、用量反応効果は効果の閾値がなく、比較的大気質が良好な国でもPMのさらなる削減により平均寿命の延長など公衆衛生上の利益を享受できることを示唆している。


大気汚染は、乳児の脳の発達、肺の発達と機能 (喘息の発症、悪化を含む)、死亡率など、子供の健康への悪影響とも関連している。国連国際児童緊急基⾦は、⼤気汚染が基準を少なくとも6倍を超える地域に約3億人の子供が住んでおり、年間60万人の5歳未満の子供が死亡する主な原因となっていると推定している。


・空気の質の改善は、呼吸器疾患を持つ子供だけでなく、すべての子供たちの健康に利益をもたらす可能性がある。




Q. これまでのPM2.5の研究の問題点は?


・PM2.5は、発生源と場所に基づいて分類され、主に元素炭素(EC)、有機炭素(OC)、  SO4、NO3化合物で構成されている ➡したがって、混合物としての PM成分の影響は、各成分の影響を個別に分析するよりも有益である。


喘息による入院に最も強く関連するPM2.5の特定の成分を特定することにより、政策立案者と公衆衛生当局は、これらの特定の汚染物質の発生源の制御に取り組みを集中させることができる。


・PM成分の影響を調査した最近の研究は広範囲ではなく、複数の主要成分とその短期的影響のみに焦点を当てており、研究の限界がある。


・喘息は、全年齢で発症がみられるが小児と成人の両方における喘息増悪に対する大気汚染の影響に関する 22件の研究を対象に実施された系統的レビューとメタ分析では、12件の研究は 20歳未満の小児のみを対象とし、2件の研究は14~80歳の人を対象とし、8件の研究は0~75歳の人を対象としていた。




Q. 本研究の内容は?


・研究の目的:

本研究では、新しい加重四分位和回帰アプローチを用いて、米国11州における小児および成人の喘息入院と関連して、PM2.5の15成分、二酸化窒素、およびオゾン層の相対的重要性を定量化した。喘息の転帰に最も強く寄与する成分に関する新たな知見を提供し、PM2.5の総質量を超えた大気汚染の影響について、より詳細な理解を提供する。

➡ 15の成分とは、臭素(Br)、カルシウム(Ca)、銅(Cu)、EC、鉄(Fe)、 K、アンモニウム(NH4)、ニッケル(Ni)、  NO3、  OC、鉛 (Pb)、ケイ素(Si)、SO4、バナジウム(V)、亜鉛(Z)。


研究方法:

・都市部(人口の80%)では50m解像度、非都市部を1km解像度に区画し、その地域の住民の喘息調査と大気汚染の年間推定値を生成した。


・喘息による入院データは、 11の米国州の居住者のすべての入院歴を検討。研究サンプルは  2002年から2016年までの入院に限定した。サンプル収集の地域は、住民が 100人を超える郵便番号に限定した。


・0~18歳の小児および19~64歳の成人を対象に、 NO2およびO3と組み合わせた15種類のPM2.5成分への年間曝露と喘息による入院リスクとの関連性を調査した。汚染物質の全体的な影響とその影響における相対的な重みを評価するために、加重四分位和(WQS)回帰分析を使用した。


結果:

・全体では469,000人の喘息患者が調査の対象。0~18歳の子供の入院 676,564人。


図1: 17の曝露要素の重みづけ各モデル:0~18歳の子供(図1A)および19~64歳の成人(図1B)


出典:文献2より一部修正
出典:文献2より一部修正

・0~18歳の子供の場合: Ni、V、SO4、Pb、 NH4、NO3が寄与因子としての汚染物質混合物に最も重みを与えた。

・19~64歳の成人の場合: NO3、 Br、NH4、SO4、V、Ni が最もウェイトを占めた。



図2:7つの汚染物質モデルの重みのプロットを示した。


出典:文献2より一部修正
出典:文献2より一部修正

0~18歳の子供 (図2A)および19~64歳の成人 (図2B)

どちらのモデルでも、  SO4、  NO3 、 NH4が最も大きな重みを占め、 EC、OC、 O3はあまり寄与しなかった。




本研究による新しい発見:

・7つのコンポーネント・モデルの結果では、SO4、NO3、 NH4が最も重要な予測因子であることが確認された。




Q. 本研究から考えられることは?


・本研究の結果から、NO3とNO2の両方が汚染物質混合物に寄与していることを示唆している。しかも、NO3の方がNO2よりも寄与が大きいことを示している。


・すべてのモデルにおいてNO3の重みが高かったのは、NO2からNO3への急速な酸化によるものと考えられる。




Q. 小児の喘息悪化の寄与因子は?


・小児における大気汚染物質混合物への寄与が最も大きかったのは、ニッケル(Ni)であった。これらの金属は、重質燃料油の消費や金属産業のトレーサーであり、多環芳香族炭化水素など、本モデルには含まれていない他の排出物を反映している可能性がある。ニッケル(Ni)と硫酸ニッケル(NiSO4)は、特に気管支喘息などの呼吸器症状との関連性が指摘されている。


・既報として、中国で実施された研究では、PM2.5成分への曝露が5分位増加するごとに、喘息のオッズ比は1.18(95%信頼区間1.07~1.29)と報告されている。この研究では、BC、有機物、 NO3、NH4、SO4が調査された。著者らは、BC、有機物、 SOが喘息のリスク増加に寄与したと報告しており、これは、特に7成分モデルにおいて、 SOが曝露混合物に有意に大きな重みを加えることを示す本研究結果の一部とも整合している。


・臭素は成人でも有意な値を示したが、これは職業上の曝露によるものと考えられる。臭素はヘムオキシゲナーゼ1の発現亢進により呼吸器への刺激を引き起こし、最終的には酸化ストレスおよび気道抵抗を増大させる可能性がある。

臭素は海水および海水噴霧エアロゾル中に天然に存在するが、石炭燃焼からの排出物や難燃剤としても存在し、また多くの用途で塩素の代替として 利用されている。




 多くの呼吸器疾患は遺伝子を含む個体に特有な発症しやすさと、過ごす環境の影響を強く受けます。特に、幼少時から悪化がみられる喘息では感染しやすさや、環境要因が大きく影響します。喘息の悪化は、PM2.5を含む多種の環境要因が複雑に関与していることは確実ですが、本研究では、大気汚染物質混合物への寄与が最も大きかったのは、ニッケル(Ni)であることを明らかにしました。金属は、燃料油の消費や金属産業のトレーサーとして知られています。米国の11州の大都市を細かく格子状に分け、住民のうち、特に喘息児の環境要因のうちPM2.5との関係を明らかにしたという点で労作と言える成果です。結論の背景には、膨大な調査研究があります。かつて、わが国でも四日市喘息のように重工業による大気汚染が原因と言われた時代がありました。この時代には、PM2.5のような微粒子による汚染の実態を患者ごとの生活環境と対比させる研究は遂行できませんでした。

 近年の喘息治療は、吸入薬の開発や新しい抗体薬の使用で臨床現場ではかなりの進歩がみられています。診療現場では、個別化医療の態勢は少しずつ進歩していますが、どの人が悪化しやすい人なのか、また、重点的な悪化予防策は、どの時点で踏み切るべきか、の個別化医療の歩みの遅遅として進んでおらず、もどかしさを感じながら毎日、喘息の患者さんを診ています。




参考文献:


1.     Goldman RH. Overview of environmental health.

UpToDate: on June 2, 2025.


2.     Vu BN. et al.

Association of annual exposure to air pollution mixture on asthma hospitalizations in the United States. Am J Respir Crit Care Med 2025; 211: 1636–1643.


※無断転載禁止


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