• 木田 厚瑞 医師

No.120 新型コロナウィルス感染症に対するマスク論


2020年11月24日


 都内の新型コロナウィルス感染症(Covid-19)の新しい感染者数は、1日あたりで500人を超え、さらに「家で感染4割超」という新聞の見出しもあります(読売新聞、令和2年11月21日)。

 電車やバス、街を歩く人たちの中でマスクをかけていない人を探すのは困難と思えるほど、わが国ではマスク着用は浸透しています。

 マスク着用の科学的な根拠については、欧米の臨床医学雑誌にも取り上げられています。

4月16日発行のLancet [1]では、WHO (世界保健機関)は、マスク使用に反対、米国CDC (疾病予防管理センター)は推奨と意見が分かれていることを伝えています(WHOはその後、推奨に転換)。この時期にWHOが必ずしも推奨派でなかった理由は、2019年にインフルエンザ予防で実施した調査では、マスクの予防効果が十分ではなかった、ということでした。他方、CDC見解は、個人を感染から守るためというより感染者にマスクを着用させて拡散を抑えるということが目的でした。論文の中ではマスクの過信を戒め、手洗い、ソーシャル・デイスタンスの方がむしろ重要だとも述べられています。

 患者数の急増もあって、マスクの重要さに関する意見にも変化がみられます。


New England Journal of Medicineでは、マスク着用は、天然痘予防のワクチン接種と同じ効果だという踏み込んだ意見を掲載し[2]、これは言い過ぎだという意見も掲載しています[3]。


 Covid-19は、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2) による感染症ですが、マスク着用の「科学性」についての論文で信頼できるものは多くはありません。他方で、私が診ている慢性呼吸器疾患の患者さんの中には、マスクを着用すると息切れが高度になると訴える人がおり、マスクの効果、注意点について質問されることがあります。


 ここで紹介する論文[4]は、運動中のマスク着用についての科学論です。引用文献は63編あります。




Q.マスク着用の問題点は?


・感染防止のため、CDC, WHOはマスクの着用を勧めている。


・しかし、運動のときにマスクをしていると呼吸仕事量が増加し、心肺に影響を与える。肺内のガス交換を変化させ、呼吸困難を特に運動時に高めるのではないか?




Q.マスク着用の目的は?


・新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)の感染は、ウィルスを含む微粒子、エアロゾルが鼻粘膜、気道粘膜に沈着、あるいは気道内に吸い込み感染を起こす。


・感染予防のため米CDC,WHOは公衆の中でデイスタンスを保つのが難しい時にはマスク着用を勧めている。


・マスクのマイナス効果としては運動時の問題がある。戸外での運動時にはマスクを使用しない人が多い。また、室内でのジムやフィットネスでは高度に感染(super spreader)のリスクが高い。


・マスク着用で、呼吸困難が増強する。呼吸仕事量が増加し、換気量減少やCO2の多い空気を再呼吸することにより肺のガス交換が変わる可能性がある。


・ただし、著者らマスクに関わる文献のすべてを調べたが厳密な統計処理したものは限られていることが判明した。




Q.本論文での運動程度の分類は?


・運動は以下の3種に分けた。

軽度=ヨガ、歩行、日常活動。

中等度=速い歩行。

高度=ジョギング以上。




Q.マスクの透過性と空気抵抗の問題点は?


・マスクは自家製の布製マスクからN95, さらに消防士が火災現場で使用するマスクまでの種類がある。その効果には当然、差異がある。


・マスクの素材、製造法(編み上げ、織物、材料を溶融して製造)、層の厚さ、層の枚数による差異がある。

形状(サージカルスタイル、円錐状、カモノハシ状)による差異がある。




Q.マスクのフィット性の問題点は?


・顔面へのフィット性が問題。


・適切なフィット性とは標準的なテストで無害エアゾルの95%以上がマスクを通過すること。


・医療用サージカルマスクでは鼻周囲のワイヤーを調節することにより50-90%の通過率が得られるように設計されている。使用効率はフィットが適切かどうかにかかっている。




Q.マスク着用下での通気性?


・市販マスクや自家製マスクで布製の場合には適切な使用で空気の通過率は30%以下か、あるいは90%程度である。ゆえにマスク着用による通過予防は相当なばらつきがある


・典型的なマスク使用ではマスクを通過する空気流量は30~85L/分である。通常の使用では湿度は通過性にはほとんど影響しない。小児ではフェイスマスクの効果は低下することが知られているがこれは適切なフィット性がないためである


・空気流の抵抗はフェイスマスク機能では鍵となる要素である。輸送される感染微粒子の速度が低下しておれば感染個体と接触したときに感染しやすくなる。


・米国、NIOSH(国立労働安全気機構)によれば標準的なN95のようなマスク仕様では吸気圧は、3.5cmH2O, 呼気圧は2.5cmH2O以上にならないよう、また、標準的な気流量は85L/分となっている。

重要なことは、これは最大使用条件であり、しばしばこれ以下の低値となっていることがある。


・85L/分の一定流は運動時の30-50L/分の換気量に相当する。これは運動訓練なしの健康人が強い運動をしたときの状態に匹敵する。


・より高度の強い運動ではより多くの換気量が必要となる。このことは気流抵抗が増加することを意味する。しかし、換気量や流量は運動時に直線的に増加していくのではないことに注意を要する。


・N95は予防効果がもっとも大きいがこれはサージカルマスクやフェイスマスクに比べれば空気抵抗が大きい。しかし、換気量>100L/分で呼吸してもN95では

<2cmH2O/L/secであり、同じ状態で継続使用しても圧は低値のままであるとなるように設計されている。


・サージカルマスクでは平均圧低下は一定流量、85L/分で<1cmH2Oである。


・85L/分の呼吸状態で着用した時の圧低下の程度はハンカチや2層の綿マスクで<1cmH2Oである。これは、非医学的なフェイスマスクとしてのWHOの推奨範囲である。しかし、試験は有酸素運動で高度の運動での分時換気量、150L/分の程度を検証したものではない。そのような高分時換気量での運動では、マスクを通しての圧低下幅はさらに大きいと考えられるが検証はされていない。




Q.呼吸の仕事量に影響するか?


・健康成人では、呼吸仕事量は運動でも安静でもわずかである。仕事量は吸気の際の呼吸運動である。運動では換気量が増加、流量が増加によることにより呼吸仕事量が増える。強い運動では安静レベルの20-30倍に増加する。


・鼻、口を覆うと呼吸抵抗が増加して呼吸仕事量が増加する。




Q.交感神経系に対する影響は?


・運動中では四肢筋を介して交感神経刺激が活発となり、全身の血管系を刺激し、運動中でも血圧を維持し、血流を保つように働く。マスク着用による交感神経系への影響はない。

筋肉の血流、心拍出量、脳血流量への影響もない。


・マスクで顔を蔽い低い圧により呼吸するような刺激を与えてもそれが交感神経を介して血管のコントロールを変えたり、四肢の疲労感を起こすことはない。




Q.心拍出量に対する影響は?


・マスク着用下で運動しても心拍出量の増加にはほとんど影響しない。これは最大運動量の50%まで増加させたときに観察されている。




Q.脳血流量に対する影響は?


・マスク着用下で種々の生理的な条件が変わっても脳血流量はきちんと一定に保たれるよう調節されている。




Q.高齢者がマスク着用の問題は?


・高齢者が運動に対して生理学的、感覚的にどのような特徴、変化があるかは良く知られている。

しかし、マスク装着で運動した場合に高齢者、若年者が異なる理由はない。

1) 若年者と同じ程度の運動ならマスク着用時の負荷の強さは若年者と同じである。

2) マスク装着で呼吸仕事量は胸腔内圧の変動は若年者との差がない。これによる心拍出量への影響は小さい。

3) 45歳以上、以下で比較するとマスクの種類に関わらず呼吸抵抗は一定だった。

4) マスク着用で口もとに死腔ができることになるが、これを追加しても換気力学、ガス交換、運動に対する息切れ感覚には若年者、高齢者の差なし。




Q.小児がマスク着用の問題点は?


・小児(6歳以下)、若年者では呼吸補助筋の発育が悪い。呼吸運動は横隔膜に依存しており呼吸数が増加すると呼吸筋仕事量は増加してくる。横隔膜は成人よりも早く疲労する。


・小児のマスク着用はフィット性が問題であり、これにより呼吸困難を起こす可能性がある。




Q.男女差の問題点は?


・女性の肺は小さく、胸郭も小さい。かつ太い気道のサイズが肺全体の容積と不均衡である。


・女性で循環器、呼吸器疾患の患者ではこのような呼吸器系の形態学的な差異が運動時の呼吸仕事量にも影響し、息切れ、動脈血ガス所見(O2, CO2)、心血管系に影響する。特に換気量が60L/min以上の時に呼吸抵抗は50%まで増加、全呼吸運動は20%まで増加する。

男性は典型的には分時換気量が増加し、より多くの気流を作り出せるが女性では不利となる。


・N95を用いた実験では女性は男性よりもより強く息切れを訴えた。




Q.呼吸器、循環器疾患患者のマスク着用の影響は?


・呼吸器疾患、循環器疾患があると呼吸仕事量が軽度に増加し、さらにマスク着用では呼気の一部を再吸入することになる。少量のCO2が低い濃度のであっても呼気を再吸入するだけで呼吸器疾患、循環器疾患では苦しさを訴える。そのような人ではフェースマスク装着で不安感や呼吸困難増強が起る。細かな動作ができにくくなる。また、呼吸仕事量が増え、動脈中のCO2が少し増加し、軽度の低酸素血症が生じ認知機能にも影響がでるというデータがある。具体的には、運転中などの際に問題となりうる。




Q.マスク着用に伴うその他の問題は?


・一般には、顔に冷気を吹きかけると息切れが改善する現象が知られている。

正常な呼吸状態で、マスク着用には呼吸―熱乖離現象が起こる。顔周囲の温度や体温が0.5℃、上昇すると影響がでる。


・軽症、中等症の呼吸器疾患では布製、サージカルマスク着用で呼吸が苦しくなる。より重症化するとさらに症状は強くなる。肥満低換気症候群でもマスクで死腔量が少し増加しても苦しさを訴える。しかし、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などのデータはほとんどない。


・1秒量(FEV1)が予測値の30%以下のCOPDでは、N95マスク着用下で6分間平地歩行テストを実施すると呼気終末のCO2は1.5mmHg上昇するし、酸素飽和度(SpO2)は1%以上低下する。しかし、FEV1が予測値の44%でサージカルマスク着用、30分間では変化なしのという最近のデータがある。自分のペースで歩く歩行テストではマスク着用下で動脈血、二酸化炭素分圧の上昇は1mmHg以下であり影響は無視できる。


・フェイスマスク着用では寒冷、乾燥状況ではFEV1はわずかに低下する。しかし、市販されているフェイスマスク着用では寒冷、乾燥状況が防がれるので効果的である。




Q.マスク着用の総括は?


・多くの文献でマスクの影響を調べたものは健康人を対象としている。


・マスク着用で布製マスクもサージカルマスク、N95マスクでは息切れが増強するが呼吸運動, 動脈血ガス所見、他の生理的指標は運動中では最高の運動中であっても測定値に差が出るほどではない。


・運動中のマスク着用で若年者、高齢者で差があると云う報告はない。


・呼吸器、循環器疾患では重症度にもよるが健康人よりも息切れが強くなる。それは呼吸に際し、抵抗が加わること、温かい空気の再吸入、ややCO2の高い空気を吸うことによる。


そのような問題点は、マスク着用という点ではCovid-19感染に比べれば小さな問題である。




 家庭で用いる布製マスク、サージカルマスク、N95マスク、人工呼吸器、高度の死腔を持ち呼吸負荷がかかるようなものまで運動時のいくつかのモデルにつきこれまでの論文を総括しています。

この論文で指摘しているように高齢女性で、慢性呼吸器疾患、循環器疾患がある人ではマスク着用で歩行時に前よりも苦しくなった、と訴える人が多い、という印象があります。

 マスク着用は、正しくフィットしているかどうかが問題であり、この点の注意は別稿に譲ります。




参考文献:


1. Cheng KK. et al. Wearing face masks in the community during the COVID-19 pandemic: altruism and solidarity. Lancet 2020 April 16 DOI:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30918-1


2. Gandhi M. et al. Facial masking for Covid-19-potential for “variolation” as we await a vaccine. 2020 Oct 29;383(18):e101. DOI:10.1056/NEJMp2026913.


3. Rasmussen AL. et al. Facial masking for Covid-19. N Eng J Med 2020; 383:2092-2094. DOI:10.1056/NEJMMc2030886


4. Hopkins SR. et al. Facemasks and cardiorespiratory response to physical activity in health and disease. Ann Am Thorac Soc. 2020 Nov 16. DOI: 10.1513/AnnalsATS.202008-990CME. Online ahead of print.


※無断転載禁止

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