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No.120 新型コロナウィルス感染症に対するマスク論

2020年11月24日

2021年6月13日加筆修正版


 現在では、街中では着用していない人を探すのが難しいほど、人々の日常生活に定着しています。そのような中、中国で、子供がマスク着用で運動中に急死したというニュースが伝えられましたが大きく取り上げられないまま経過していました。ところが最近、わが国でも同じ犠牲者がでたというニュースに私は、おおきな衝撃を受けました。


マスクの安全性を疑う人は殆どいないと思われますが呼吸器系の発達が未完成の子供たちにとっては、必ずしも安全ではないのです。


マスク着用の科学的な根拠については、欧米の臨床医学雑誌にも取り上げられています。

2020年4月16日発行のLancet [1]では、WHO (世界保健機関)は、マスク使用に反対、米国CDC (疾病予防管理センター)は推奨と意見が分かれていることを伝えています(WHOはその後、推奨に転換)。この時期にWHOが必ずしも推奨派でなかった理由は、2019年にインフルエンザ予防で実施した調査では、マスクの予防効果が十分ではなかった、ということでした。他方、CDC見解は、個人を感染から守るためというより感染者にマスクを着用させて拡散を抑えるということが目的でした。論文の中ではマスクの過信を戒め、手洗い、ソーシャル・デイスタンスの方がむしろ重要だとも述べられています。

患者数の急増もあって、マスクの重要さに関する意見にも変化がみられます。


New England Journal of Medicineでは、マスク着用は、天然痘予防のワクチン接種と同じ効果だという踏み込んだ意見を掲載し[2]、これは言い過ぎだという意見も掲載しています[3]。


COVID-19は、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2) による感染症ですが、マスク着用の「科学性」についての論文で信頼できるものは多くはありません。他方で、私が診ている慢性呼吸器疾患の患者さんの中には、マスクを着用すると息切れが高度になると訴える人がおり、マスクの効果、注意点について質問されることがあります。


 米国、カナダの研究グループは、マスク着用のリスクについて呼吸生理学の立場から解説しています[4]。さらに、メキシコのグループは、COVID-19治癒後の人たちで日常行動の指標となる6分間平地歩行テストをマスクの影響を検証しています[5]。さらに、小児の呼吸の特殊性を論じた論文があります[6]。

ここでは、主として参考文献の4を取り上げ、これに関する情報を加えて解説します(コラム No.120の加筆修正版です




Q.マスクの着用で懸念される心臓および肺への影響として挙げられていることとは何か?


・日常生活の行動に伴う呼吸仕事量が増加するのではないか?

・肺における酸素、二酸化炭素のガス交換機能が変化するのではないか?

・呼吸困難感の増強があるか?

・心臓、肺の働きに影響はないか?

(注:呼吸仕事量とは横隔膜や胸郭で呼吸運動に関わる筋群が行う仕事量を表す。空気が細い気道を通過する際に生ずる気道抵抗に逆らって空気を肺内に吸い込むために費やされる仕事量と、しぼもうとする肺の弾力に逆らって肺を広げるために費やされる仕事量に分けることができる。)




Q.運動中にマスク着用することのリスクと疑問は?


・ジム、フィットネスでの運動などでマスクを着用しなければスーパー・スプレッダーと呼ばれる感染者が大幅に感染を広げる危険がある。


・しかし、運動中におけるマスク着用は、呼吸困難感を強くする、呼吸仕事量を多くする、換気が低下する、呼気中の二酸化炭素の再吸入がおこり肺で行われるガス交換の効率が低下するのではないか、という疑問がある。




Q.運動と心臓・肺機能の関係は?


・運動強度が高まると呼吸の回数が増加する。また、1回の換気量も増加する。その結果、強い運動中では換気の総量が増加する。


・運動を強くするに従い、換気量が増加していく。最大運動能力の約60%の換気閾値に達するまではほぼ直線的に増加していく。


換気閾値を超えると急に二酸化炭素(CO2)の生成が増加し、これと共に動脈血のpHは酸性側に低下する。すなわち生体にとって危険な状態となる。


・しかし、酸素消費量(VO2)、心拍出量は最大限の運動を行っている間は負荷に応じて増加していく。


・その結果、動脈血の酸素分圧は、健康人では激しい運動中でもほとんど変化することはない


・ここでいう運動の強さは以下の分類による。

 酸素消費量の最大値の20~40%の軽度の運動➡ヨガ、ウォーキング、日常的な活動。

 40~60%の中等度の運動➡早歩き。

 >85%の強度の運動➡ジョギングなど。




Q.種々のマスクを使用して運動したときのマスクを通した抵抗値の変化は?


下図は、種々のマスクについて報告されているデータを元に作成したものである。


出典:Hopkins SR. et al. Face masks and the cardiorespiratory response to physical activity health and disease



種々のマスクを用いたときの圧差(縦軸)とマスクを通した空気の流量(横軸)の関係を示した図。

抵抗=圧差/気流で表している。破線は、厳密な心肺負荷テスト装置を用いて精密に測定したときの変化を示す。測定変化はグレーの範囲。

左図は、抵抗の最大を5cmH2Oまで上昇させたときのマスクを通した換気量との関係。

右図は、抵抗の最大を25cmH2Oまで上昇させたとき。

破線は、典型的なマスクを使用している場合。

+は、NIOSH N95の限界点。

SCBAは、N95マスクより3~5倍の抵抗がある。

サージカルマスク、布製マスクは、口での圧/抵抗は、NIOSHガイドラインよりも低値。

~120L/minまでの試験ではN95マスクでは典型的な他のマスクの5~10倍まで上昇する。

A点、B点、C点、D点では呼吸困難なし。

C点、D点では代謝異常が始まる。

E点は代謝異常が危険レベル。

SCBAマスクはN95より3~5倍の空気通過での抵抗がある。

CPETマウスピースでは、F点で>110L/minとなる。


注)粉塵作業用マスクは、米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)のガイドラインにより仕様が管理されている。1.4L/sec(すなわち85L/min)の標準量で許可されている最大吸気圧を示す。




Q.マスクの種類に関わる問題点とは?


・マスクの種類により空気の透過性が異なる➡ゆるく織り込んだ布製マスク、自製のマスク、サージカルマスク、工業用マスク、N95などで異なる。


・マスクは多種➡布製、サージカルマスク、N95レスピレーター、工業用ガスマスク。高度の抵抗性あるいは死腔容積が大きなものなど仕様が異なっている。

➡粉塵が舞う肉体労働ではマスク着用での作業で呼吸困難感が強くなることが多いので法律で安全基準が定められている。しかし、日常生活で使用するマスクには、基準もないし、信頼できる精密なデータもない


・マスク着用で空気の通りやすさは、1)布製であるか、織り込んでいるか、2)マスクの層の数、形状により異なる、3)顔へのフィット性、により大きく異なる。


・良くフィットし、レスピレーターと分類されるマスクでは通常の使用では、エロゾル粒子の95%以上の通過性がある。


・サージカルカル・マスクをきちんとフィットした状態での50~90%の透過性がある。

 ➡着用中の平均圧力低下は85L/minで吸気量、呼気量で差なし。

 ➡ハンカチ、2層のコットンマスクでも1cmH2O未満の変化である➡これはWHOの推奨範囲である。


・商業用、自家製、綿製では透過性は<30%~90%のばらつきがある。

 ➡このことから現時点では、マスクの透過性は30~85 L/min の間に分布すると考えられる。


・透過性はマスクを通過する湿気にはあまり影響しない。

 ➡フェイス・マスクの透過性は子供たちでは低いことが多い。この理由は、定められた通り、きちんと着用しないことによる(注:鼻腔を押しつぶすように斜めにかけたり、紐部分の締めつけ過ぎなどの状態がありうる)。➡重要な点はマスクを介しての気流抵抗は、マスクと顔の間の関係に依存している要素が大きいことである。




Q.子供がマスクを着用した時のリスクとは?


・乳幼児、幼児の呼吸生理学は成人と比較して大きな違いがある[6]。


乳幼児では呼吸補助筋が発達していないためほとんどの呼吸仕事量は横隔膜の筋力に依存している


運動中では呼吸筋の仕事量の増加が起るが幼児では主に呼吸数の増加により行われ、横隔膜は成人よりも早く疲労する。


6歳未満の子供では、頭のサイズと身体のサイズの比率が大きいため、胸郭外の気管容積など解剖学的死腔が比例して大きい。すなわち、呼吸では無駄な空間が大きい。


解剖学的な違いは、基礎代謝率が高い乳幼児は、成人よりも呼吸不全に陥るリスクが高くなる


しかし、このような違いは、2歳未満の子供と呼吸器および神経学的な障害を持つ子供以外は、年長児と青年の呼吸生理学に大きな差異はない、と言われているが個体差がある可能性がある。




Q.現在のマスクによる心臓、肺機能に与える影響のデータは?


安静中だけでなく運動時が問題➡呼吸仕事量が増える、ガス交換の障害、呼吸困難感の悪化。


これまでの多くの報告は、重症の呼吸器疾患を有する患者について呼吸メカニクス、ガス交換の視点から見たものだった。


呼吸困難は増強、活動の制限、呼吸仕事量、ガス交換及びその他の生理学的指標がマスク着用により影響を受けるかだが激しい運動中であっても検出できる異常はわずかであると云う問題がある。


健康人では布、サージカルマスク着用中の運動では影響が少ないが、重症の心肺疾患がある人では抵抗が加わることにより程度の差があるにせよ、動脈血中の酸素分圧、二酸化炭素分圧に影響する。すなわち、呼吸困難を増強し、運動能に影響する可能性がある。


呼吸困難感の増強、呼吸仕事量の増加、換気の変化、呼気二酸化炭素の再呼吸に伴う肺内のガス交換の異常がマスク着用で関係する可能性がある。


厳密なデータは不足しているがマスクの種類により異なる以下のことが生ずる可能性がある➡低抵抗のマスク(布製、サージカルマスク)、N95マスク、工業用マスク(SCBAsなど)。さらに作業現場では、外部に布を巻くなどの抵抗負荷を加えたり、死腔が追加されている使い方があり、労働作業中の安全面から研究対象となってきた。


呼吸器疾患、循環器疾患があると呼吸仕事量が軽度に増加し、さらにマスク着用では呼気の一部を再吸入することになる。少量のCO2が低い濃度のであっても呼気を再吸入するだけで呼吸器疾患、循環器疾患では苦しさを訴える。そのような人ではフェースマスク装着で不安感や呼吸困難増強が起る。細かな動作ができにくくなる。また、呼吸仕事量が増え、動脈中のCO2が少し増加し、軽度の低酸素血症が生じ認知機能にも影響がでるというデータがある。具体的には、マスク着用で運転中などの際に問題となりうる。




Q.筋肉の血流と疲労への変化は?


・マスク着用で血管の透過性、交感神経、横隔膜疲労、運動筋疲労、呼吸困難、脚の不快感、最大運動時の運動パフォーマンスへの影響はない。




Q.脳血流量への影響は?


・比較的一定に保たれている。




Q.呼吸困難感への影響は?


・強い運動中では呼吸仕事量は約40~50%増加し、気道内を流れる空気の抵抗も大きくなるがN95マスクを含め、安静時マスク使用の抵抗値をはるかに上回っている。


・マスク着用中では少量(50~100ml)の呼気の再呼吸となるので、吸入気中のCO2 濃度が高くなり、その影響で呼吸困難が増強する可能性がある。


・600ml以上の死腔(デッドスペース)を置くと、健常人、COPD(慢性閉塞性肺疾患)では、CO2濃度が上昇し、分時換気量の増加、呼吸困難感の増悪が起こることが確認されているが、通常のマスク着用では50~100mlに過ぎないのでこのような現象は見られない。


・マスク着用で顔の皮膚温、マスク内の湿度、吸入する空気の温度の上昇が呼吸困難感を増強させるという意見があるが実証されていない。




Q.男女差の問題点は?


・女性の肺は小さく、胸郭も小さい。かつ太い気道のサイズが肺全体の容積と不均衡である。


・女性で循環器、呼吸器疾患の患者ではこのような呼吸器系の形態学的な差異が運動時の呼吸仕事量にも影響し、息切れ、動脈血ガス所見(O2,CO2)、心血管系に影響する。特に換気量が60L/min以上の時に呼吸抵抗は50%まで増加、全呼吸運動は20%まで増加する。

男性は典型的には分時換気量が増加し、より多くの気流を作り出せるが女性では不利となる


・N95を用いた実験では女性は男性よりもより強く息切れを訴えた。




Q.マスク着用に伴うその他の問題は?


・一般には、顔に冷気を吹きかけると息切れが改善する現象が知られている。

しかし、正常な呼吸状態でも、マスク着用には呼吸-熱乖離現象が起こる。顔周囲の温度や体温が0.5℃、上昇すると影響がでる。


・軽症、中等症の呼吸器疾患では布製、サージカルマスク着用で呼吸が苦しくなる。より重症化するとさらに症状は強くなる。肥満低換気症候群でもマスクで死腔量が少し増加しても苦しさを訴える。しかし、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などでマスクの影響を調べたデータはほとんどない。


・1秒量(FEV1)が予測値の30%以下の最重症のCOPDでは、N95マスク着用下で6分間平地歩行テストを実施すると呼気終末のCO2 は1.5mmHg上昇するし、酸素飽和度(SpO2)は1%以上低下する。しかし、FEV1が予測値の44%でサージカルマスク着用、30分間では変化なしのという最近のデータがある。自分のペースで歩く歩行テストではマスク着用下で動脈血、二酸化炭素分圧の上昇は1mmHg以下であり影響は無視できる。


・フェイスマスク着用では寒冷、乾燥状況ではFEV1はわずかに低下する。しかし、市販されているフェイスマスク着用では寒冷、乾燥状況が防がれるので効果的である。




Q.高齢者の場合は?


・若年者と比べて呼吸困難感が増強するというデータはない。




Q.COVID-19の回復後にマスク着用で6分間平地歩行テストを実施した成績は?


・18歳以上でCOVID-19の診断がPCR検査で確定された患者で発症後、30日以上経過した人たちにマスク着用およびなしの状態で6分間平地歩行テストを実施し、マスク着用の影響を検討した[6]。


・平均44歳、77人。49人は男性。マスクは、100%ポリプロピレン製のプリーツスパンボンド/メルトブローン/スパンボンド不織布であるサージカルタイプと折り畳み式のN95粒子フェイスマスク。これを無作為に割付け、マスク着用、なしで6分間平地歩行テストを実施した。


・マスク着用なしで酸素飽和度(SPO2)の低下には有意差はなかった。


・43名はマスク着用なしで4%以上の低下が見られた。


・安静時SPO2は92~93%であったが最低値は87~88%であった。


・COVID-19治癒後に歩行テストで酸素低下ありは64%にみられた。

 ➡これらはCOVID-19 の後遺症によると考えられた。




 論文より読み取れることは、成人ではマスク着用により心臓、肺の機能的な異常は認められないということです。ただし、マスクの間違った着用は予防効果だけでなく心肺機能に異常を来す場合があります。

成人や高齢者ではマスク着用下での運動負荷の影響はないがCOPDなど肺機能が低下している場合には呼吸困難など影響が出る可能性があること。さらに2歳までの乳幼児のマスク着用はむしろ危険となる可能性があること。おそらく身体の成長、発育段階にある小児では、全力走などの負荷が加わった場合には、危険なリスクとなる可能性が高いということです。マスク着用での運動については、十分なデータがないというのが現状です。危険を伴う可能性があると考えた方がよいと思われます。

 COVID-19が治癒した後でも約60%では労作時に血中酸素飽和度が低下することを示しています。これは、歩行時のデータですが恐らく、夜間睡眠中にもかなりの酸素飽和度の低下が起こる可能性を示唆します。睡眠中は、酸素の20%を脳が消費します。脳が低酸素状態に置かれることは、将来、認知症が進む可能性がありアフター・コロナの重要な課題となりそうです。




参考文献:


1.Cheng KK. et al. Wearing face masks in the community during the COVID-19 pandemic: altruism and solidarity. Lancet 2020, April 16.

DOI:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30918-1


2.Gandhi M. et al. Facial masking for Covid-19-potential for “variation” as we await a vaccine. 2020 Oct 29; 383(18):e101. DOI:10.1056/NEJMp2026913.


3.Rasmussen AL. et al. Facial masking for Covid-19. N Eng J Med 2020; 383:2092-2094. DOI:10.1056/NEJMMc2030886


4.Hopkins SR. et al. Facemasks and cardiorespiratory response to physical activity in health and disease. Ann Am Thorac Soc. 2020 Nov 16. DOI: 10.1513/AnnalsATS.202008-990CME. Online ahead of print.


5.Hopkins SR. et al. Face masks and the cardiorespiratory response to physical activity health and disease. Ann Am Thorac Soc 2021; 18: 399-407.

DOI: 10.1513/AnnalsATS.202008-990CME


6.Salles-Rojas A. et al. Masking the 6-minute walking test in the COVID-19 era. Ann Am Thorac Soc 2021; 18:1070-1074, 2021.


7.Polgar G. et al. State of the art. The functional development of the respiratory system. From the period of gestation to adulthood.

Am Rev Respir Dis 1979; 120: 625-695.


※無断転載禁止


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