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No.150 COVID-19: スウェーデン、学童の安全データは捏造だったのか?


2021年3月8日

 

 スウェーデンは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミックの中で積極的な予防策をほとんど取らなかった国の一つとして知られています。わが国を含む多くの国で学校閉鎖の政策を行っていた時期に幼稚園から9年生までの学童は、通常通り通学していました。


 この結果がどうであったか、というデータは医療者の立場からも重要なテーマです。New England Journal of Medicine(NEJM)に発表された論文[1]は、私も大変、興味があり、コラム#135で取り上げました。ところが、このデータは都合の悪い部分を伏せ、著者に都合の良いように結論が出されたものではないか、という批判論文がScienceの最近号に発表されました[2]。著者は、NEJM誌の査読者の勧めに従い、結論と矛盾する重要なデータを故意に省略した、との言い訳をし、今後はCOVID-19の研究には関与しないと述べました[2]。


Science論文[2]では、言外にデータ捏造の背景には、この研究者がグレートバリントン宣言に署名しており、その立場で都合の良い主張をしたのではないかとも述べています。

 米国を代表する医学雑誌、NEJMと科学雑誌, Scienceが論文の信憑性を争うという展開になっています。

 問題点をScience誌が指摘している順に、述べます。




Q.グレートバリントン宣言とは何か?


・COVID-19の対策案として、2020年10月4日、米国、グレートバリントンにてハーバード大学、オックスフォード大学、スタンフォード大学に所属する感染症疫学研究者、公衆衛生研究者、3人が「集中的保護(Focused protection)」を提言した。


・その内容は、自然感染を通してウィルスに対する免疫を獲得するようにし、他方、高齢者などリスクが高い人は保護していく、というものである。


・具体的には、街全体のロックダウンや学校閉鎖は中止し、若い成人は通常通りの勤務を継続し、レストラン、音楽、スポーツ大会などの文化活動を再開すべきであるとする。


・他方で感染弱者である高齢者などは、完全に隔離した状態で生活させ、そのサポートを行い、そこで働く職員などは頻回の検査を実施する。




Q.Scienceが指摘している問題点は?


・スウェーデン、カロリンスカ研究所の小児科医で疫学研究者のJonas Ludvigsson は、同国におけるコロナウィルス政策の確信的な支持者であった。しかし、学校閉鎖に反対する立場で使われてきた彼のデータは、同国内での科学者たちからも批判されてきた。


・彼が投稿したNEJM掲載論文は、2021年1月6日、オンラインで公開された。その内容は、2020年3月から6月までのスウェーデンの学童と教師の重篤な病気と死亡を2019年度と比較し、調べた研究レターである。


・子供がCOVID-19で入院したり死亡したりする可能性が低いことはすでに良く知られている。しかし、世界中の学校では取り巻くコミュニテイでのコロナウィルスの拡散を予防するため閉鎖とした。


・Ludvigssonは、グレートバリントン宣言に最初に賛同の署名をした47人の一人であったことから、単なる推論を結論ありき、として発表したのではないか。


・Ludvigsson論文は、2020年3月から6月の間にCOVID-19による合併症のために集中治療室に入院したのは、子供15人、就学前児童の教師 10人、学校教師20人だけであったと報告した。2019年11月から2020年2月までの65と比較してパンデミックが子供の死亡増加につながっていないと主張した。


・Ludvigssonが、他の研究者の個人的な問い合わせに対し、2019年まで7~16歳の子供たちは春の4ヶ月間に平均30.4人死亡していたが、2020年には、その年齢層では51人が死亡しており超過剰死亡は+68%に相当すると返事を送っていることが判明した。この理由は、例数が少ないので偶発的な結果ではないか、とLudvigssonは返事した。


・スウェーデン、ルンド大学の研究者は、通常は同じ月での比較を行うべきなのに時期をずらした比較をしており恣意的な印象があると述べている。


・子供たちのPCR検査は、積極的に実施されてこなかったので死亡した子供たちの原因がコロナウィルス感染に関連したものかどうかが不明であるとし、影響としては、他の原因で、集中治療室で死亡した子供たちは、コロナ感染が拡大したため適切な治療を受けられず悪化した可能性があるというコメントも追加されている。しかし、感染した教師の死亡例がある。


・Ludvigssonは、Scienceに対し、NEJMの査読者が、11月から2月の死亡者の比較を提案したのでさらに文字数制限があるので就学前と学童の数を一括して結果を掲載したと述べたが2015~2020年のデータで補足データを更新したが学齢期の子供たちでは68%の増加にはならなかった、という。その結果、責任は、Ludvigsson論文の査読を担当したFlahaultにまで及び、彼は、学校が感染拡大に関係しているかどうかは、現時点では結論ができていない。学校再開に向け、感染に関する疫学データを広く収集すべきであることを示唆した。




 米国を代表する、ScienceとNEJMが他国であるスウェーデン発の疫学データを巡って互いに非難し合うという異例の出来事となりました。

 子供たちの死亡リスクは、わが国でも指摘されていません。しかし、Science論文の筆者が指摘しているように、学校が安全であると結論したので結果的に学童感染が社会全体に感染を広げているかどうかの注意が遅れることになってしまった、と警告しています。

学童のクラスター感染、これが家庭内感染に拡大を起こす可能性がありうることは改めて認識しておく必要があります。




参考文献:


1. No.135 子供たちの新型コロナウィルス感染症(木田厚瑞コラムより)


2.G. Vogel. Data in paper about Swedish schoolchildren come under fire: Critics question NEJM letter that downplayed the risks of keeping schools open with few precautions.

Science 2021: 371 (6533), 973-974.DOI: 10.1126/science.371.6533.973


※無断転載禁止

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