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No.155 糖尿病でみられる肺機能検査の異常


2021年3月30日


 糖尿病は、代表的な慢性疾患として知られています。20歳以上の患者数は全世界で4億6,300万人に達するといわれ、現代人の肥満、運動不足を反映し、2030年には5億7千万人に達すると予測されています。


 糖尿病には、特有の合併症が見られることが知られています。それらには、心血管病変、失明、腎機能障害、血管病変による下肢切断などがあります。2019年には、世界中で4,200万人が糖尿病とその合併症で死亡しています。


 糖尿病は、徐々に進行し、しかも全身の臓器障害を起こす可能性がある病気です。肺にも当然、障害を起こすと考えられておりこれまでにも多くの論文が発表されています。

 臨床的には、糖尿病があると肺結核など感染症にかかりやすいこと、間質性肺炎、肺線維症は、糖尿病があると悪化しやすいこと、最近では、重い糖尿病では新型コロナウィルス感染症にかかりやすく重症化しやすいことなどが知られています。


 ここで紹介する論文は、これまでに各国で発表された成人の糖尿病(II型糖尿病)において肺機能検査の結果を健常者と比較した論文、計17,549編から厳密に66編を選択し、メタ解析という手法を用いて糖尿病で肺機能がどのように変化するかを明らかにした論文です[1]。膨大な作業量を得て導き出された結論は極めて単純であり、予想されたものでした。




Q.何が判明したか?


・年齢、性差、喫煙歴、BMI,人種差を補正して糖尿病の影響だけが見られるようにした。


・努力性肺活量(FVC)、1秒量(FEV1)、肺拡散能の低下を起こすことが判明した。


・他方、FEV1/FVCの比には変化を及ぼさないことから、この比により診断されるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断に関係する可能性は少ない。




Q.なぜ糖尿病で肺機能の異常が起るか?


・体重増加や肥満による影響。胸郭、腹部の皮下に脂肪が蓄積する結果、呼吸に合わせた胸郭運動および横隔膜の動きが悪くなること、呼吸に合わせて収縮、拡張をくり返す肺の硬さ(コンプライアンス)の異常が起る。肺が膨らみにくくなる可能性がある。


・重症糖尿病で死亡した人の病理解剖では、肺胞を構成する毛細血管や肺胞の壁が肥厚することが知られている。実験動物で糖尿病を作成し、肺の顕微鏡所見を非糖尿病と比較するとヒトと同じような変化が認められる。このような病変はヒトの肺では3億個ある肺胞の壁(厚さ約10/1000mm)に間質性炎症および線維化が顕微鏡レベルで起こることと関係する。また、その結果、呼吸に合わせて拡張、収縮を繰り返す肺の動きが悪くなる。


・アイソトープを付けたガス体を吸入させたデータでは糖尿病患者の肺胞の毛細血管の壁に変化が生じ、換気と血流のバランスに障害を起こす。肺機能検査では、肺拡散能の異常を起こす。


・高血糖が続くと、抗酸化物質の減少を起こす。その結果、肺胞の肥厚、線維化が促進する。


 

 糖尿病が重症であったり、コントロールが悪い状態が長く続くと、肺の微細な構造に変化が起ることが知られています。肺機能検査で肺拡散能の低下が強く起ると血液中に酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出する機能が低下していきます。これは必ずしも階段を上るときの息切れとは一致しません。


 間質性肺炎・肺線維症が進行していく変化は、肺胞が次第に肥厚していき肺でもっとも大切なガス交換が障害され、また肺が全体として容積が減っていくことですが重症糖尿病に認められる変化と類似しています。


 日常の臨床で精密な肺機能検査が必要とされる理由がここにあります。




参考文献:


1.Díez-Manglano J, et al. Pulmonary function tests in type 2 diabetes: a meta-analysis. ERJ Open Res 2021; 7: 00371-2020 [https://doi.org/10.1183/23120541.00371-2020].


※無断転載禁止


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