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No.165 新型コロナワクチンによる血栓症の疑問


2021年5月10日


 わが国でも新型コロナウィルス感染症の予防ワクチンの接種が、急速に進められています。他方で、ワクチンによる副反応も報告されており、私が診ている多くの患者さんからも質問を受けます。

2021年4月13日、米国の規制当局は、米国ニュージャージー州のJohnson & Johnson (J&J)が製造したワクチンの使用を一時的に停止するよう医療者に要請しました。これは、約700万人に接種した中で血液凝固の異常が6件疑われたためでした。

J&Jワクチンは、同様な副反応が報告されているオックスフォード・アストラゼネカワクチンと同じ仕組みでアデノウィルスを利用して(ベクター)、スパイクタンパク質を作り、体はそれに対する免疫応答を発達させているという共通点があります。


 ここではワクチンの懸念に対し、専門研究者がどのように考えているか[1]、その基礎研究がどこまで進んでいるかについて述べます[2]。




Q.血栓とワクチン接種の間に関係があるか?


・血栓は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)と呼ばれる病態である。これがヘパリン使用と関係なく起っている。


・HITはヘパリンが血小板第4因子と呼ばれるタンパク質に結合すると引き起こされる。


・現在までのデータでは、ワクチンのどの成分が血小板第4因子を活性化させるかは不明であるが、ベクターか、スパイクタンパク質か、注射液に加えられている化学物質の可能性があり、詳しくは不明である。




Q.他のCOVID-19ワクチンは血液凝固障害に関係しているか?


・ファイザー、モデルナ社によるワクチンは、mRNAに基づく異なる機序を取り入れているのでHITのような反応はみられない。


・現在のところ、同じアデノウィルスベクターを利用しているワクチンは、ロシアのスプートニクVであるが血栓症の実態は不明である。




Q.ワクチン接種を受けた人で血栓の頻度は?


・ヨーロッパでは、2,500万人のうち86人と報告されている。


・しかし、正確な数字は流動的である。数字は有害事象の報告に依存しており、その報告は、偏見や誤分類の影響を受けやすい。精確な統計結果では、人数が増加する可能性がある。




Q.リスクが高い人はいるか?


・リスクを特定するために必要な情報が不足している。


・ワクチン接種が開始された時には、比較的若い女性で血栓リスクが高いとされたが、ワクチン接種開始時期には主に女性である医療従事者が多かった可能性がある。男性の接種者が増えたときには変わる可能性がある。




Q.潜在的なワクチン副反応に対する懸念は、世界的な予防接種の取り組みに影響するか?


・信頼を維持させるためには正確なリスク情報を正確に伝えることが重要である。ワクチンに対する国民の信頼が損なわれると回復することが難しい場合がある。


・mRNAワクチンと比較してウィルスベクター利用のワクチンは、製造が比較的安価で保管が容易という利点がある。今後、途上国に大量に向けられる可能性が懸念されている。




Q.COVID-19が重症化するメカニズムは?


・COVID-19は、当初は、肺炎を起こす呼吸器感染症と考えられていた。


・重症COVID-19の場合、呼吸器系を超えて多臓器不全となる。


・呼吸器感染症から多臓器障害への移行は、炎症に伴うサイトカインストームにより免疫系が制御されない炎症反応を起こす。本来は防御分子である物質が身体の構造に対し、攻撃的になる。その本態は、多数の血栓形成によるものである。


・血管系全体は、内側から裏打ちしている一層の内皮細胞で構成されているがここに傷害が広範に起ると考えられている。




Q.健康な血管内皮細胞の役割は?


・血管内皮細胞は、全身の血流、血液凝固作用、炎症反応、増殖および酸化状態を調節するさまざまな要因の間で完全な動的バランスを維持している。





Q.損傷した血管内皮細胞の働きは?


図A/B : Rodríguez C. et al. Pulmonary endothelial dysfunction and thrombotic complications in patients with COVID-19

Am J Respir Cell Mol Biol 2021; 64, 407–415.より一部改変


・COVID-19を起こすウィルス(SARS-CoV-2)が内皮細胞に侵入するとアポトーシス、ピロトーシスと呼ばれる細胞の働きにより内皮機能障害が起る。


・広範な内皮損傷は、傷害と修復能力のバランスの調節不全により引き起こされ、酸化的、増殖的要因の増加と共に、異常な全身性血栓炎症の状態を引き起こす炎症性メデイエータ―の放出をもたらす。


赤い矢印は骨髄から末梢循環への内皮細胞前駆細胞の動員を示す。黒い矢印は、破壊された細胞結合を示している。青い矢印は、炎症性メデイ―エータ―と血栓性因子の減少レベルの増加を示している。赤い稲妻は、傷害、細胞死(壊死およびピロトーシス)を示す。緑のチェックマークは血管の恒常性(ホメオスターシス)を示す。赤い十字は内皮細胞の損傷を示す。


EMP=内皮微粒子、eNOS=内皮型NO合成酵素、EPC=内皮前駆細胞、NO=一酸化窒素、ROS=活性酸素種、TF=組織因子。


・これらのプロセスはすべてCOVID-19の患者で発生する可能性があると推定されているが、観察された広大な内皮損傷は、アポトーシスよりもピロトーシスまたは壊死に近いと考えられている。




Q.従来型インフルエンザとの違いは?


・A型インフルエンザウィルス感染による肺炎でも肺胞毛細血管の微少血栓症が起ることが知られているがそれよりも9倍高いレベルで起こす。




Q.臨床上の問題点は?


・臨床的には血中のDダイマーのレベルの高値、フィブリン、フィブリノーゲンの分解産物が高値および血小板数の増加が見られる。




Q.血栓の場所は?


・深部静脈血栓症では通常は下肢に血栓ができ(COVID-19では69%)、肺に向かって移動すると肺血栓塞栓症を起こす(COVID-19では23%、解剖例では33%)。




Q.血栓リスクが高い場合は?


・男性、高齢(60歳以上)、喫煙歴あり、初期症状で呼吸困難あり、高血圧、糖尿病、肥満、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、冠状動脈性心疾患では起こしやすい。




Q.血栓によるCOVID-19の後遺症は?


・肺血栓症後後遺症を起こす可能性がある。息切れなどが長期に持続する可能性がある。


・肺塞栓症後2年以内に急性肺血栓塞栓症患者の2~4%が慢性血栓塞栓症による肺高血圧症を発症すると報告されているがこれはほとんど診断されていない。




Q.COVID-19における内皮細胞損傷の予防法は?


・ACE-2受容体を標的とした治療法の開発。中でもADAM17レベルを増加させる治療薬がACE-2放出を加速し、SARS-CoV-2感染の可能性を減らす治療となる可能性がある。


・一酸化窒素(NO)もCOVID-19に対する実験的治療として検討されている。COVID-19に吸入NO療法が研究的な治療法の一つとして検討されている。




 COVID-19に関する臨床研究は急速に進んできています。この新しい病気で従来は、不明であった肺血管系に関する知見、血液凝固に関する成果が大幅に広がってきています。

 重症例であっても救命できる治療法ができるだけ早く開発されることを期待しています。




参考文献


1.Ledford H. COVID vaccines and blood clots: five key questions. Nature 592, 495-496 (2021) DOI: https://doi.org/10.1038/d41586-021-00998-w


2.Rodríguez C. et al. Pulmonary endothelial dysfunction and thrombotic complications in patients with COVID-19. Am J Respir Cell Mol Biol 2021; 64, 407–415.

Originally Published in Press as DOI: 10.1165/rcmb.2020-0359PS on November 12, 2020


※無断転載禁止

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